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6さいのばらーど

  • 6さいのばらーど
    ゆーゆ(井上あずみさんの長女7歳): 「NHKみんなのうた」より

お奨めの1冊

  • 斉藤惇夫作・薮内正幸画: 冒険者たち(ガンバと15ひきの仲間)

カテゴリー「あるぱいんアルバム」の16件の記事

2010年10月20日 (水)

玉造(大阪環状線)にて

2010.10.19 火曜 晴れ
Img_5663 OWAF中級登山学校(無雪期)終了式のあと行われた玉造の「や台や」での懇親会(夜8時~)に参加した。この日受講生・関係者など参加者は40数名にのぼった。30年以上も続いている登山学校。ここの運営システムの実態は特筆ものである。
私は15年前の年度(1995年)に受講生として参加した。
Img_5702 ここ毎年、記念にTシャツを作っている。

【玉造というところ】・・・アーケード商店街が健在で古い歴史のある大阪の下町。

2010年3月15日 (月)

八ケ岳にて

2010.03.14日曜 快晴
P3140154_4 権現岳東稜を登攀後、旭岳を経てツルネ東稜を下った。権現岳下りの稜線上からの旭岳(左)と赤岳(右)。たまたま写っているのはAYさん。

2009年12月17日 (木)

13年前・・・剣岳三ノ窓・チンネ

2009.12.17 木曜
Scan10001気に入った古い写真をピックアップしてみた。
1996
年の8月。天候不良、3日目に雨の三の窓雪渓から三ノ窓に上がる。翌日快晴の中、チンネ左稜線を登った。ロケーションがよく日本で最もアルパイン気分になれるところだ。予備日がなくなり剣尾根R4には取り付けなかった。(P会のHK・OMさんらと)
右は小窓王、左にはジャンダルム。
※チンネ左稜線取付き辺りから撮影

2009年8月11日 (火)

剣岳早月尾根(1996年5月)

この時は早月尾根、早月小屋より上部にBCを設け、翌々日、好天をつかみ、全員で頂上を経由して本峰南壁A2に登った。
11 後方は剣尾根。

剣岳源次郎尾根(1995年8月)

2009.8.11

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14年前、P会の主力メンバーがマッターホルンに行ってしまい、新会員対象の合宿を剣沢BCで行った。
当時、新会員は全員OWAFの半年にわたり集中訓練する中級登山学校で、実技・座学を受講し終了することが、P会では義務付けられていた。OWAFで多くの仲間に恵まれ、青春に戻ったようで、はしゃいでしまいました。いまでは良き思い出となっております。

2009年8月 3日 (月)

奥穂高岳コブ尾根(1998.5)

31 1998GW P会のKD君とOHさんと登った。お二人とも当時20代。天気もよく楽しい一日でした。この写真は使い捨てカメラで撮影した。そして岳人の読者投稿欄に初めて掲載された。

2009年1月12日 (月)

錫杖岳1ルンゼ(2008.9)

Img_0003_2  2008.9.14   OWAFパーティ:1ルンゼ左から1ルンゼに合流し、V字岩壁取り付きに向かって懸垂中のYNさん。私の撮影位置は1ルンゼ6ピッチめから。1ルンゼは稜線まで上がり、烏帽子西肩からクリヤ谷登山道に下りたが、登山道でコケて手をついたところ、肩を痛めてしまった。

2009年1月11日 (日)

穂高岳屏風岩東稜(2008.8)

Dhmf2qjw_34gxd4jfgw_b 2008.8.16  T4で東壁雲稜ルートには先行3パーティあって、詰まっていたため、諦めて誰もいない東稜に転進して取り付いた。同ルートは終日貸切だった。photo by HM氏

鹿島槍リターン(2008.5)

Img_3023 2008.5.4  アプローチの天狗尾根取り付きで雪渓を踏み抜き、流れにハマッテたいへん、ザックの中までぐっしょり。重くなり、へばる。写真は天狗の鼻から、上部を観察するA監督。右サイドの北壁主稜は雪がなくペケ。下りは大川沢のやや上流に降りたため、へつりと雪解けの徒渉が核心となった。

谷川岳一ノ倉沢滝沢リッジ(2008.3)

44o 2008.3.22  全身で格闘した2日間、夕方ようやく、国境稜線に達した。長かったです。これも「岳人2008.7月号」に掲載された。photo by o/g氏