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6さいのばらーど

  • 6さいのばらーど
    ゆーゆ(井上あずみさんの長女7歳): 「NHKみんなのうた」より

お奨めの1冊

  • 斉藤惇夫作・薮内正幸画: 冒険者たち(ガンバと15ひきの仲間)

カテゴリー「海外」の153件の記事

2019年2月20日 (水)

エべレストサミッターのお話

2019.02.20(水)

昨年5月に登頂されたM&CのK保さんの話を伺える会(19:30~)があったので、横浜西口の県民センターに行って来た。

私と団塊の同学年、就職でいったん登山をやめ55歳から再開したとのこと。私は45歳から再開した。サラリーマンの境遇は似たようなものだ。

私との大きな違いはトレーニング(主に走ること)を絶やさなかったことに尽きる。マカルー、ダウラギリ、マナスル、エべレストに取り組んだ。

今回はエベレスト登山の内容。シェルパ2名の支援をもとにご自分が隊長として登山を進めた。日常の不断のトレーニング、サミット戦術もシェルパと協議しながら主体的に進めたこと、いわゆる公募隊による登頂者ではないこと、そこにその価値を評価したいと思う。現在69歳、団塊世代の生き方の鏡でもあると思う。

P.S. 3/31には日本ヒマラヤ協会主催の報告会などが御徒町であるので、参加を予定したいと思っている。

2019年1月30日 (水)

ネパールのレスキューヘリ 保険金詐欺事情

 2016年秋にアマダブラムを登りに行った折(トレーニング不足で登れなかったが)、高所順応を十分にという趣旨でまずルクラからカラパタールまで歩いた。その折にエベレスト街道の上を飛ぶヘリコプターの多さに驚いた。世界一といわれるこのコースはトレッカーの数がとんでもなく多いが、いくら何でもそんなにヘリレスキューが多いとは思えなかった。ヘリで観光客を運んでいるのかなくらいにしか考えなかった。それにしても高所なのに。

 カトマンズ(KTM)でトレッキングの代理店を営んでいる知り合いから、不遜な同業者の話を聞いたことがあった。客にトレッキング中に薬品を飲ませて下痢をさせ、ヘリ手配をしてKTMに下山させてしまうような業者がいるなど。そのときはそんなの稀だろうと思った。それほど深刻には思わなかった。

 2017年に西北ネパール登山隊のBC近くで隊員の1名が高山病を発症(SPO2が40くらいに低下してしまった。少しでも高度を下げようと移動させ、一晩中看護師でもある隊員が看病した)、衛星携帯で緊急レスキューヘリを要請した。後の清算は登山隊の代理店と保険会社の間で行われた。ヘリだけで約140万かかったと記憶している。私たちは日本の損保の登山保険を特定期間掛けていた。その期間に該当したため、幸いその保険適用ができた。
 チベット国境に近い西北ネパール、フムラのシミコットの空港には観光ヘリが多数あった。これはインド富裕層のカイラスに詣でるツアーに使用されていた。

 帰国してから20日後にまたネパールのアンナプルナ内院に知り合いらのトレッキングに交じり出かけた。その折、ポカラとアンナプルナ内院を結ぶルート(渓谷)でも往復するヘリコプターをよく見かけた。ここでもレスキューというより観光客の利用が多いのかなくらいにしか思わなかった。実はそうではなかった。

 昨日ネットでニュースを見ていたら、保険会社の代理で医療救助の業務に関係しているアイルランドの会社Traveller Assist(レスキューを理由に多額の保険金がネパールで支払われている実態を指摘していた)が、ネパールでの保険を引き受けないという趣旨の記事を目にした。

 世界の三大通信社のひとつ、フランスのAFPの記事(2019.1.27)
 【記者コラム】から

ネパールでの旅行保険適用停止の恐れ 保険業者がネパール政府に最後通告
AFPの記事(日本語訳)→→→ http://www.afpbb.com/articles/-/3208309

 気になり、本日再度検索したところネパールでのヘリコプターを使った保険金詐欺に関する記事を見つけた。保険金に群がる看過できない実態をさらに知ることとなった。

フランスAFPのレポート(2018.11.7)

AFP Nepal支局発の記事(日本語訳)  AFP BBNEWSから→→→ http://www.afpbb.com/articles/-/3191321

このままでは、ネパールの主要産業でもある観光産業に打撃を与える可能性もあり、観光省の動きに目が離せない。

【追記】
カトマンズで日本人が経営する著名なコスモトレックのホームぺージにもNewsが掲載されていた。以下にその全文を引用した。

詐欺的で法外な保険請求(2018年9月8日)

 

 欧米の保険会社がネパールを訪れる旅行者(観光、トレッキング、登山)に対する保険を取り扱わない事態が起こっている。
   複数の保険会社によれば、欧米からのネパールへの旅行者の保険請求は法外な金額が多く、その請求自体が信用できないとしている。事実、ネパールではトレッキングや登山等の事故などでヘコプターを利用することが多くいわゆる、レスキューには保険が適用されるが事故でもないのにヘリコプターを利用して保険請求する詐欺的行為が頻発している。
   欧米の保険会社は観光省に対して調査を依頼し、5月から8月にかけて関係すると思われるヘリコプター会社、病院、ブローカーなどを摘発さらに詳しい調査を継続している。

2018年12月17日 (月)

用件があって大阪へ② 西ネパールの集い(2018報告会)

2018.12.15(土)

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報告会に先立ち2019登山隊の打合せ10:00a.m.~。
場所は大阪環状線桃谷駅の近く、ネパール料理のシュレスタにて
(注)桃谷駅は東京で云えば北区の東十条といったところか。焼き肉の聖地、鶴橋が隣でコリアタウンも近くにある。とにかく庶民的な下町的雰囲気を感じるところだ。

第1回打合せといったところで計画では、ネパールガンジーから空路ドルポのDUNAIに入り、チベット国境のスワクサカン6400mの山頂を目指す。終了後ムグを経てジュムラに抜ける。来秋2ヵ月を予定する。

私はまだ体の問題で明確な参加判断ができない。しかし行く気は十分。この冬の寒さを我が体が経験して決断できると思う。血圧の安定が前提だ。

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定食のダルバート、品がよくというかスマートなメニューに仕上げていた。見た目を大事にする日本風にアレンジされていた。@\1050 現地ではローカルに行くほど見た目はよくない。見た目は関係ない。食えればよいのである。私はカトマンズのトラチャンハウスの奥さんが作ってくれるダルバートが好きだ。土地や家によりいろいろだ。どこもこういったステンレス皿に盛り付けます。量はいろいろお替わり自由。私にはインディカ米のパサパサごはんがなかなか口に合わない。

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私はチョーメンを注文。現地でも選択できるときはこれだが、やはりスマートな出来にアレンジされていた。@¥900 日本の焼きそばと同じ。チョーメンはチベット料理。アレンジするならトロミをつける中華風がいいと思う。

午後3時から3つの隊による報告会が行われた。

Ⅰ.極西ネパール・フムラ地域 チャワンタン6125m登頂
       2018.8.24~10.2    大阪市大山岳会と札幌中央労山の2名パーティ

Ⅱ.トルボの山とトレッキング ~イェメルンカン・クンラとカルマロンへの道
   2018.8.27~10.23 西北ネパール山旅隊 女子2名男子1名の3名のグループ、平均年齢66歳

Ⅲ.フムラのチベット国境・北部西部方面の踏査
   2018.10.1~11.16 女子1名単独

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ここのお店はプロジェクターが天井に取り付けられ、壁面いっぱいに投影することができる。こういった集会にうってつけだ。

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この方は大阪山の会の故 大西 保さん。地味なエリアといえる西ネパールをライフワークにした岳人で、日本で紹介し多くの情報をもたらせた。残念なことに2014年秋に病没された。
故大西さんを師匠とした報告者の一人IBさんが金剛山の麓、千坂赤坂村で週末にドルポBCをオープンしている。ここに大西さんの蔵書を保管しているという。以前から伺いたいと思っていたが果たせていない。

10年くらい前だろうか、大阪で行われた海外登山集会で西ネパール関係の講演をされた。
この時、インドヒマラヤのカメット南壁初登攀でピオレドールを受賞した谷口ケイさん(故人)が、当時のパートナー平出さんが登攀中に撮影した迫力ある画像を公開して、私の記憶に鮮明に焼き付いた。

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報告会は約18名ほどだったが、終了後の懇親会には13名ほどが残った。

関西で西ネパールの辺境に魅せられた人達の集まりだった。もともと大阪で長く勤務していまは神奈川に住んでいるが、参加してよかったと思っている。2回目の西ネパール行きをぜひ実現したいと思っている。

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梅田に戻り、夜の阪急東通り商店街方面。東京でいえば池袋に似ている街だと思う。

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ここの夜はいつも賑わっているキタの繁華街だ。ピンク系の風俗店が減ったような気がした。
この日で師走が折り返す。

2018年7月22日 (日)

ネパール+インドで出会った子どもたち

2018.07.22(日) 晴 暑い

海外登山に出掛けると膨大な写真が残る。1か月を越えるような場合、1000枚から多い時で3000枚くらいか。整理にとても手数がかかる。

①2016.12.03~06
登山を終え、一人カトマンズに残り、2015.4の大地震M7.8の震源地に近いエリアの山村を廻ってみた。
私が初めてのネパールトレッキング(私一人で彼と彼のおじさんでポーターをしてくれたダナンの3人)でランタン渓谷をガイドしてくれたピタンバル・グルン君と23年ぶりに再会した。一般のトレッカーとしてではなく、ネパールの農村を内側から眺める小旅行をセッティングしてくれた。偶然結婚式やお葬式にも出会ったりした。彼と親せきの学生と3人で歩いた。

Galchhi ⇒ Suntar ⇒ Kalleri ⇒SnaulaBazar ⇒Patle ⇒DhadingBesi

2016.12.03

カトマンズからポカラへの幹線道路で50キロくらいか、Galchhiまで車で行き、そこから徒歩で丘陵地のSuntarの部落まで行った。標高1300mくらいだろうか。たまたま小学校の教員同士の結婚式に出会った。長時間の式と披露宴が新郎実家の庭で行われていた。

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とても盛大でしかもエンドレス。遠方からも徒歩でやってくる。村の一大イべントである。新郎の妹さんに焼酎ロキシーをしこたま飲まされた。中央に座っているのが新郎新婦

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子どもたちにとってはお祭りと同じで大喜びである。

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お母さんがお化粧をしてくれたのだと思う

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前歯が抜けているところを見るとこの子は6~7歳であろうか

翌々日も丘陵地を歩く

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遠望できたのは、これから訪れるスナウラ・バザールの集落。さらに左上奥に見えたのはマナスルManaslu 8125mだ。
1956年、国策登山隊ともいえる日本山岳会第三次マナスル登山隊により初めて登られた日本人初の8000m峰だ。登頂記念の記念切手が発行されたことを憶えている。昭和のあの時代は記念切手がよく売り出されたものだ。切手収集もした。

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雑穀であるヒエとのこと、これは焼酎ロキシーの原料にもなる。 ここの農地は山地で決して豊かな土壌ではない。左上の小さな建物にはヒンドゥーの神様が祭ってある。貧しい土壌であるだけに家畜の糞が重要な役割をする。山羊、牛、鶏など。

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メインストリートで遊んでいた子どもたちの一人、4~5歳くらいだろうか。ここで昼食の焼きそば(チョウメン)食べさせてくれたお店の若い奥さんの女の子だ。
梅味の塩飴をあげたのだが、気に入らなかったらしくパッケージを踏んづけていた。

この写真は自宅、デスクトップパソコンの壁紙として立ち上げ画面に設定している。

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一緒に遊んでいた男の子、とてもハンサムな子だ。車の玩具を持っていた。

ここら一帯の山地低部の丘陵地に暮らす人々はインド・ヨーロッパ語系のパルバテヒンドゥーといわれる。その昔、イスラム教徒に追われインドからヒマラヤの山裾に沿い東に移動してきた民族だ。顔立ちはインド・アーリア系ではっきりしている。

ここから1日かけて北に向かうとチベット・ビルマ語系・チベット仏教系のグルン族の村、Patleだ。ここではお葬式に出会った。

ネパールの人口は四方八方から様々な文化・言語をもって入り込んだ民族によって構成されている。複合多民族国家といわれる所以である。東と西のまったく異なる言語系統の接点にある。民族の垂直分布にも特徴があり宗教(カースト社会)とも絡めて、単一民族の私たちにはとても分かり難いものがある。

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なぜか参列することになった。通夜の読経は一晩中続いた。麓の町のお寺から僧侶ら5名がやってきていた。喪主はこの村の若きリーダー。

【追記】

これは初めてインドヒマラヤに行った時、基地となったインド北部のリゾート、マナリで見かけた女の子。(2010.08)

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この子はザンスカール、レルー谷入口(標高4000m)、レルー村の小中学校(ドイツ人の寄付で設立)を訪問した際に出会った。下級生の面倒をみていたお姉さん役、といっても小学校高学年。遠方の子どもは2段ベッドの寮住まい。6-7歳の小さな子は痛々しくみえた。母親の傍にいたいだろうに・・・。しかし冬休みはとんでもなく長い。帰省できる。
たまたま私たち3人の登山隊のサーダー役だった若者が、ここの学校の若い教師と知り合いだったため校内を案内してくれた。開校00年記念とかでアニバーサリー行事の練習をしていた。太鼓に合わせた集団演技やローカルダンスなど、早いテンポの流行のダンスも。教師から厳しい叱責が飛んでいた。

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北インドの最深部ともいえるザンスカールでの登山を終えて、インド北部ラダックの首都レーで泊まったホテル経営者のお子さんたち。経営者はチベッタンと聞いたが、交雑がすすんだのだろう。この子どもは色白でチベッタンには見えなかった。原住のアーリア系ダルト族とのラダッキか、とにかく交雑する民族は複雑だ。私たちには分からない。
レー近くの国境地帯では実効支配がすすむ中国軍との厳しい対峙があり、郊外に大きなインド軍の基地があった。デリーに戻るレーの空港は軍隊の管理で検査はとても厳しかった。
(2011.08)

2018年5月27日 (日)

韓国ソウル郊外 仁寿峰(インスボン)

2018.05.27(日)晴

お誘いがあり、5/15-5/22の日程で行ってきた。5/16-5/18の3日間は雨で登れなかった。1月~2月は毎週アイスクライミングをしていたが、ここ1年、ろくに岩登りはしていなかった。贅沢なリハビリクライミングとなった。体重は増え体は硬く、よってレベルダウンしてフォローでも難しく感じた。なかでも

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5/19 医大ルート、ソウル ECHO A.C.のFANクンと3人

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5/21 いろんなクラック主体の人気ルート、シュイナードB
ブラックダイヤモンド(パタゴニア創始者)による初登ルート。内容がいい人気のルート。

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5/21 このグループのルートはインスB。あとで分かった福岡県連8名のみなさん、トソンサへの下山で一緒になった。

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5/21 医大ルート・スラブの長いラッペル。
伊那谷から4日間の予定で来たFUNAちゃん、クラックがうまい。ずい分と練習して小川山のジャックと豆の木5.10b/cをオンサイトできたという。

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5/21 登山口のウイドンにて 海鮮のチヂミが美味しい。お酒は生マッコリと生トンドンジュ、生はあたりまえ。だから振ったりしているのを見かけることがある。。日本に輸出しているマッコリは加熱してある。現地と比べなぜか美味しくない。やはり生が美味しい。

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5/22 景福宮(キョンボックン) 中国観光客多し。レンタルの韓国服を着て楽しんでいる方が目立った。足元は運動靴など。
このあとソウル駅から金浦空港に向かった。

2018年5月22日 (火)

韓国仁寿峰⑦ 5/22

2018.05.22(火)曇り

景福宮は

65歳以上は入場料無料、大きなリュックやスーツケースを収納するロッカーも無料。10時からは衛兵の華麗な交代式。

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日本語ガイドの劉 智賢さん、集合時間の午前10時に希望者は私だけだったので、1時間ほどマンツーマンでガイドしていただいた。私からは芍薬について解説した。
朝鮮王朝の王様は一日5回の食事だった。60歳まで生きた王様は4人しかいなかった。そうだ。そんなことも教えていただいた。

敷地に隣接している国立民俗博物館に立ち寄った。

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これは両班(ヤンバン・貴族階級)の祝言の様子

午後雨が降ってきた。ソウル駅までタクシーを利用した。地下駅より金浦空港には空港鉄道A'REXが便利。下車してLOTTE MALL GIMPO AIRPORTのレストラン街に向かった。

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DinTaifungのお店に入った。やはり先ずは小籠包、どこのテーブルにも小籠包の蒸籠が置かれていた。皆さん必ず注文するようだ。

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そのあと中華風冷麺をいただいた。

冷麺@12,000Wo. 小籠包@9,000Wo. 生ビール2杯で9,800Wo.

2018年5月21日 (月)

韓国仁寿峰⑥ 5/21

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2018年5月20日 (日)

韓国仁寿峰⑤ 5/20 SKY WAY

2018.05.20(日)晴

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ここをトラバースして、傾斜のあるクラックに取りつく。

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上部はスリリングなスラブ ルート名は和名で天の道、韓国名はハヌルキル

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白雲山荘のアイドル犬、3歳のサンドリ(山の子という意)、2年前にはトルトリという可愛い子犬がいた。

ほかにここの飼い犬ではないが、白い野犬がいる。決して近づいてこない。

2~3年まえにここの国立公園で適用される環境関係の条例ができているという。
罰金で飲酒禁止(5,000円相当)、禁煙(1000円相当)、日曜日に白雲山荘前ではPoliceが二人監視していた。

2018年5月19日 (土)

韓国仁寿峰④ 5/19

2018.05.19(土)快晴 風強し・寒い

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2018年5月18日 (金)

韓国仁寿峰③ 5/18

2018.05.18(金)

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この雑誌が白雲山荘にあり、以下の記事が載っていた。

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この方は相模労山の元会員さん。何年か前にガンがもとで若くして亡くなっている。冬の南アルプス南部の赤石沢をウエットスーツで踏破した。聞いた話では相模原で養豚業を営み、豚の尻に嫌な奴の名前を付け蹴飛ばしていたなんてことも聞いたことがある。

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トソンサのバス停前ロータリー。信者さんがローソクで献じてゆく。

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より以前の記事一覧