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6さいのばらーど

  • 6さいのばらーど
    ゆーゆ(井上あずみさんの長女7歳): 「NHKみんなのうた」より

お奨めの1冊

  • 斉藤惇夫作・薮内正幸画: 冒険者たち(ガンバと15ひきの仲間)

カテゴリー「書籍・雑誌」の19件の記事

2018年3月12日 (月)

登山時報から

2018.03.12(月)晴れ

労山の登山時報を定期購読している。毎月みていると有用な記事がある。ここ数年は西ネパール方面の記事が参考になった。1月号には私たちの西北ネパール登山隊の報告記事が掲載された。
3月号で気に留めた記事は、吉尾さんの「遺稿集 垂直の星」からの抜粋である。JAWF理事長の浦添さんが短文を寄稿している。労山の歴史や登山技術、遭難対策などで困ったときに読むとヒントを与えてくれるとのこと。
ずいぶん前からこの本は知っていたが、過去の原稿を集めたものだったので買っていなかった。

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先週、登山時報をみて、その文章の前後を読みたいと思い、すぐにアマゾンに注文を入れた。少々硬い文章であるが、その記事を以下に引用しておく。

吉尾さんは、「登山とは自然の法則にのっとって、たえず変化の可能性を秘めている山とそれに登る人間との関係で成り立っているスポーツである」ことから、「登山者はいつも自分の力を正しく見つめ基礎から一歩一歩技術を高め山のあらゆる変化に応じられる経験をためてゆくことが必要」であること、そして「安全を保障してくれるのが基本技術」であり、「準備・戦術・判断力、基本技術を総合したものが登山技術」だと指摘する。登山技術は、岩登りや先鋭的な登山だけでなく、ハイキングでも必要で登山を広げ、向上させる運動を前進させるには、「登山というものが必要としている技術を正しく位置づけ」る必要があると説いている。

表現の仕方の是非は別にして、山に向かう者に対して登山の内容を問わず、伝えたいという意思が伝わってくる。登山技術を実践を通じてしっかりと身に着けようと語りかけてくるようだ。半世紀以上も前、登山界で大活躍された方だけに重たい呼びかけだと受け止めることができる。

2017年11月15日 (水)

1936年インドヒマラヤ ナンダ・コート6867m初登頂

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ヒマラヤ初登頂―1936年のナンダ・コート(1986年11月10日 初版第1刷発行 筑摩書房)

著者 堀田弥一(明治42年 富山県生まれ)
昭和 7年 立教大学卒業
昭和11年 ナンダ・コート初登頂 ※この1936年の2月に2・26事件が起きた。
昭和29年 マナスル第二次登山隊隊長をつとめる。

カバーの写真はインド ガルワールヒマラヤの美しい双耳峰、ナンダ・デビィだと思う。

この本によると主峰の西峰7816mの初登頂は1936年8月29日、ナンダコートの登頂に先立つこと37日、ティルマンを含む英米混成隊が成功した。
東峰7434mは1939年、ポーランド隊により初登頂されたが、彼らが帰国した時、ドイツの電撃的侵略により故国がなくなったという悲報に接することになった。

1976年に日印合同隊による初縦走が成功した。ここときのメンバーは以下のとおり。
隊長=鹿野勝彦、マネージャー=梶正彦、隊員=長谷川良典、小原俊、重廣恒夫、寺本正史、加藤保夫、小林政志、伊丹紹泰、桐生恒治、磯野剛太、関章司、丸尾祐治、高見和成
インド側隊員=J・シン」以下6名

戦前の学生登山界の一端をかいま見ることができる。

ナンダ・デビィも候補のひとつだったという。

貴重な1冊だと思っている。

【追記】
12/16にBS11の特別番組で3回目の立教大学隊が秋に行ったそうで、その模様が放映されるそうだ。当時のフィルムをデジタル化した映像がみられそうだ。20:00~

2015年10月13日 (火)

アニメ 「GAMBA ガンバとなかまたち」

2015.10.13(火)快晴

アニメ 「GAMBA ガンバとなかまたち」が先週の土曜日から公開されている。
南町田のグランベリーモールに観に行こうと思っている。

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原作は斉藤惇夫著「冒険者たち ガンバと十五ひきの仲間」(岩波少年文庫)で、この本の挿絵は故薮内正幸さん。モノトーンの独特の動物画がいい。読んでいてそのシーンが鮮明にまぶたに浮かんでくる。ストーリーを盛り上げてくれる挿絵だ。この本は児童文学のカテゴリーだそうで、還暦の歳に読んだ。ぐいぐいと引き込まれた。孫にぜひ読ませたい一冊だ。
ガンバの冒険三部作とは知らなかった。あとの2冊は「グリックの冒険」と「ガンバとカワウソの冒険」 近々読んでみよう。

関係ブログ ⇒ http://zettkeikanakurikuri.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/post-e7e6.html

山梨県北杜市」白州町にある薮内正幸美術館のHP ⇒ https://yabuuchi-art.jp/

【追記】
10/20 昼前に町田のTOKYUにあるメガネ屋さんにサングラスを買いに行った。昼食で南国酒家に寄った後、小田急8階にある久美堂書店で読んでいなかった三部作のうちの2冊を購入できた。

2014年6月10日 (火)

読書中

①バルト三国史 
A History of Baltic States 鈴木 徹著 東海大学出版会 2000.5.20
②リトアニア 
民族の苦悩と栄光 畑中幸子・ヴィルギリウス チェパイティス著 中央公論新社 2006.7.25
③リトアニア 
小国はいかに生き抜いたか 畑中幸子著 日本放送出版協会NHKBOOKS 1996.8.30
④ポーランド・ウクライナ・バルト史 
伊東孝雄之・井内敏夫・中井和夫著 山川出版社 1998.12.5

【追記】
傷はぜったい消毒するな 
夏井 睦著 ㈱光人社光文社新書 2009.6.20

2012年9月11日 (火)

河出書房刊 [インドラサン登頂]を入手

2012.09.11(火)快晴

Img_8568アマゾンの通販で探し、今回、福岡の古書店(@1,100)から送ってもらった。今から50年も前にOB会のAACKではなく、現役の学生隊である京大山岳部パーティ(注1.)が登攀で苦労の末、インドラサン(6,221m)に初登(1962.10.13)したドキュメント。1964.02初版、河出書房新社刊、当時の定価は250円。
この本でこの隊のBCまでのアプローチがMalana Nalaからであったことを知った。

この谷の中ほどにあるMalana村に関し、言語も他と異なる外界から隔絶された異質な村であったという興味深い記述を見つけた。インドなので複雑なカーストは当然としても閉鎖的な村の独特な自治や慣習などに関する記述が目を引いた。

現在ではアプローチは、Manali寄りの距離の短いDuhangan Nalaの谷からが一般的。



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なお、隣接しているディオ・ティバ(6,001m)には、奥山章らが1969年春にDuhangan Nalaを辿り、頂上からスキー滑降に成功している。(注2.)
インドラサンに比べるとディオ・ティバは、数段登りやすいピーク(もちろん天候や積雪などの条件に恵まれればという前提)として、一般のガイド登山でも募集されていることがある。

今回多分、ディオ・ティバに登頂したあと、日数が足りなくてインドラサンは試登に終わるかもしれない。天候への懸念から時期は、モンスーン明けの比較的安定が望める10月を選んだ。

『京都北山から-自然・文化・人』 京都府山岳連盟編著2008.11ナカニシヤ刊・・・読んでいたら、関西岩峰会による1972年、インド・ラサン南壁初登攀&ディオ・ティバ登頂という1行の記述を見つけた。ぜひ記録を読んでみたい。(注3.)

(注1.)1962年のインドラサン初登頂に続いて、同山岳部の現役学生隊が1964.10.15にネパール・アンナプルナ山群にあるアンナプルナ南峰(7,256m)の初登頂に成功した。その様子は『ガネッシュの蒼い氷』1966.9朝日新聞社刊に詳しい。20~23歳の学生4名が執筆を分担している。仲間のこと、準備から登頂、その後のトレッキングまでを夢と希望、そしてチャレンジに満ちた様子が、若者たちのみずみずしいタッチで描かれている。私、若いときにはそういう雰囲気の山岳部に憧れ何回も読んだ。
(注2.)『ザイルを結ぶとき』奥山章著 1973.7山と渓谷社刊
(注3.)1972年、関西岩峰会によるインド・ラサン南壁初登攀&ディオ・ティバ登頂の記録が『岩と雪』30号・『岳人』1972.7号?に掲載されているという。

2012年7月16日 (月)

山岳図書資料目録を作成してみた(まだ未完)

2012.07.16(月)晴れ 暑い

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   ここ数日かけて、所有している山岳関係書籍、雑誌等のリストを作成してみた。まだ未完成。様式は大町山岳博物館付属の山岳図書資料館のリストを参考にさせてもらった。高校生のときからのものもあるが、結構散逸してしまった。個人としては、保有している方だと思う。何回も読み直すし、寝るとき読みながらとか、調べもののときとか手元にあると安心なのでついたまってしまった。
   私にとってはとても大切なもの。興味のある方には見てほしいと思う。
作成中のリスト ⇒⇒⇒ 「sangakutoshorisuto.xlsx」をダウンロード   ※7/26更新済み

 
  山岳関係のみの書棚の右壁に掛けてある写真は、1994年にネパールランタン谷から望遠で撮影した未踏のキムシュン(6,745m)。このエリアの盟主、ランタンリルン(7,245m)から連なる尾根上にある。衛星峰である。
  書棚上には谷川岳一ノ倉沢全景のパネルや地図、その右側には昨年、インド北部ラダックのレーで購入したシルクハットのような山高帽「ティビ/ゴンタ」。ザンスカール地方でお祭りの村を通過したとき、何人かの年輩者が被っているのを見かけた。
   その横のうちわは、転勤で高松に1年いたときに丸亀城内のお店で購入、丸亀はうちわの産地。竹製の手作りのもの。この書棚のほかに数年分の雑誌を保管しているラックがある。

【追記】
  今日、7月なのに自宅付近から富士山が見えた。この時期としてはとても珍しいことだ。

2012年4月 1日 (日)

ウトロで読んだ本

2012.04.01(日)晴
宿泊したホテルには図書コーナーがあって、数冊借りて読んだ。うちこの2冊は記憶に留めておこうと思う。
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①戦後、国(農林省)の杜撰な開拓事業に乗って入植した人々のドキュメント。夢と希望を抱いて開拓農家として知床に移り住む。そこで厳しい生活が営まれた。そして離れた。
丁寧な取材と資料調査により構成されている。
29日に案内してもらったエリアの一部が、当時の入植地であったことをガイドのYMさんから教えられた。
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②拓銀は勤務先の株主でもあり、近くに支店があった。下位の都市銀行であった。潰れるとは誰も思わなかったと思う。しかしこの本にはバブルの時代、上位行に追いつけ追い越せの過度なハッパをかけ、あるまじきブレーキの効かない無茶な貸し込みで暴走してゆく営業実態が生々しく記されていた。北海道新聞の記事をもとに編集されている。実に読み応えがあった。過去のこととして葬ることのできない銀行の事件である。
最近のオリンパス事件の経営層と当時の拓銀経営トップがダブってみえた。適切な手続きを経ないで発生させた巨額の損失や隠ぺいした責任は極めて重い。
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(注)再訪するつもりなので、購入しておきたい。札幌の共同文化社が出版元。

2012年2月 7日 (火)

「山靴の音」著者/芳野満彦さん逝去

2012.02.07(火)雨
朝刊で芳野満彦氏(80)が5日に亡くなったという記事を見つけ、友人に連絡してみた。
Img_3277高校生のとき購入した著書「山靴の音」をいまでも大切に保管している。
THE MOUNTAINS No.4  山靴の音 1966.4.27 初版 二見書房 @580
22P.「岩と雪の中で-遭難」、高校生二人の凄まじいドキュメントが綴られている。読み返してみた。八ヶ岳赤岳付近。1948年12月のこと。同行の友はいまでいうところの低体温症で亡くなった。本人はビバークを重ね、救助されたのち凍傷により足部を切断した。五文位のサイズになってしまったことだろう。
新田次郎の「栄光の岩壁」のモデルともなった。

1965年の夏、マッターホルン北壁の登攀で芳野さんは福岡の渡部恒明氏とともに日本人初の成功をおさめた。このあと渡部さんは、高田光政さんとともにアイガー北壁に向かったが上部で滑落し、負傷して亡くなった。ミュンヘンで彼のフィアンセが待っていたことで、週刊誌等でセンセーショナルに報道されたことを覚えている。

2011年3月12日 (土)

インド北部のガイドブック

2011.3.12 土曜
インド北部の全体を把握するのに役立つ2冊
Img_8212_2 ①ラダック Ladakh・・・Ryokojin Ultra Guide 高木辛哉  著  @1500
発行所 ㈲旅行人 ℡03-5933-2771
京都のSM氏に勧められた。ガイドブックとして重宝しそうだ。入手可。
ザンスカールへの経路に詳しい。歴史、宗教などその地域のことの詳細な記載あり。その他は図書館に行くしかない。
Img_8213 ②Trekking in the Indian Himalaya・・・lonely planet walking guide
このシリーズ、ネパールのものも所有。
英語なのでスラスラとは読めない。辛いが必要なエリアのみ、なんとか読む。でも楽しいことである。

2011年1月17日 (月)

この岳人2月号に投稿写真が掲載

2011.01.17 月曜
20110117oodai_2 先週15日発売の岳人、読者投稿欄(新岳人写真倶楽部P.132)に掲載された。
Img_5969昨年11月、紅葉の大台でのワンショット。クライミングルート名は、「サマーコレクション」、通称:サマコレ
このページ、古くは穂高岳コブ尾根(GW)、雪彦山三峰正面壁、黒部丸山東壁(9月)、谷川岳滝沢リッジ(3月)など載せてくれた。