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6さいのばらーど

  • 6さいのばらーど
    ゆーゆ(井上あずみさんの長女7歳): 「NHKみんなのうた」より

お奨めの1冊

  • 斉藤惇夫作・薮内正幸画: 冒険者たち(ガンバと15ひきの仲間)

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2019年1月

2019年1月30日 (水)

ネパールのレスキューヘリ 保険金詐欺事情

 2016年秋にアマダブラムを登りに行った折(トレーニング不足で登れなかったが)、高所順応を十分にという趣旨でまずルクラからカラパタールまで歩いた。その折にエベレスト街道の上を飛ぶヘリコプターの多さに驚いた。世界一といわれるこのコースはトレッカーの数がとんでもなく多いが、いくら何でもそんなにヘリレスキューが多いとは思えなかった。ヘリで観光客を運んでいるのかなくらいにしか考えなかった。それにしても高所なのに。

 カトマンズ(KTM)でトレッキングの代理店を営んでいる知り合いから、不遜な同業者の話を聞いたことがあった。客にトレッキング中に薬品を飲ませて下痢をさせ、ヘリ手配をしてKTMに下山させてしまうような業者がいるなど。そのときはそんなの稀だろうと思った。それほど深刻には思わなかった。

 2017年に西北ネパール登山隊のBC近くで隊員の1名が高山病を発症(SPO2が40くらいに低下してしまった。少しでも高度を下げようと移動させ、一晩中看護師でもある隊員が看病した)、衛星携帯で緊急レスキューヘリを要請した。後の清算は登山隊の代理店と保険会社の間で行われた。ヘリだけで約140万かかったと記憶している。私たちは日本の損保の登山保険を特定期間掛けていた。その期間に該当したため、幸いその保険適用ができた。
 チベット国境に近い西北ネパール、フムラのシミコットの空港には観光ヘリが多数あった。これはインド富裕層のカイラスに詣でるツアーに使用されていた。

 帰国してから20日後にまたネパールのアンナプルナ内院に知り合いらのトレッキングに交じり出かけた。その折、ポカラとアンナプルナ内院を結ぶルート(渓谷)でも往復するヘリコプターをよく見かけた。ここでもレスキューというより観光客の利用が多いのかなくらいにしか思わなかった。実はそうではなかった。

 昨日ネットでニュースを見ていたら、保険会社の代理で医療救助の業務に関係しているアイルランドの会社Traveller Assist(レスキューを理由に多額の保険金がネパールで支払われている実態を指摘していた)が、ネパールでの保険を引き受けないという趣旨の記事を目にした。

 世界の三大通信社のひとつ、フランスのAFPの記事(2019.1.27)
 【記者コラム】から

ネパールでの旅行保険適用停止の恐れ 保険業者がネパール政府に最後通告
AFPの記事(日本語訳)→→→ http://www.afpbb.com/articles/-/3208309

 気になり、本日再度検索したところネパールでのヘリコプターを使った保険金詐欺に関する記事を見つけた。保険金に群がる看過できない実態をさらに知ることとなった。

フランスAFPのレポート(2018.11.7)

AFP Nepal支局発の記事(日本語訳)  AFP BBNEWSから→→→ http://www.afpbb.com/articles/-/3191321

このままでは、ネパールの主要産業でもある観光産業に打撃を与える可能性もあり、観光省の動きに目が離せない。

【追記】
カトマンズで日本人が経営する著名なコスモトレックのホームぺージにもNewsが掲載されていた。以下にその全文を引用した。

詐欺的で法外な保険請求(2018年9月8日)

 

 欧米の保険会社がネパールを訪れる旅行者(観光、トレッキング、登山)に対する保険を取り扱わない事態が起こっている。
   複数の保険会社によれば、欧米からのネパールへの旅行者の保険請求は法外な金額が多く、その請求自体が信用できないとしている。事実、ネパールではトレッキングや登山等の事故などでヘコプターを利用することが多くいわゆる、レスキューには保険が適用されるが事故でもないのにヘリコプターを利用して保険請求する詐欺的行為が頻発している。
   欧米の保険会社は観光省に対して調査を依頼し、5月から8月にかけて関係すると思われるヘリコプター会社、病院、ブローカーなどを摘発さらに詳しい調査を継続している。

2019年1月29日 (火)

伊豆大仁 城山南壁 と河津桜

2019.01.29(火)終日快晴

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左側が南壁、その左にあるのが西南カンテ

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南壁でアップ

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SさんーN子さんペアからスタート、1Pめ

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3Pめから街を眺める。城山は大仁のシンボルだ

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2Pめ以降をT中クンがリード、これは3Pめトラバースのスタート

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最終ピッチ

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城山南壁下近くの民家に咲く河津桜

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鮮やかな色彩の花びらをアップして撮った。まだ1月末だが天気よく待ち遠しい春に心浮かれた。温暖な伊豆のそんな河津桜に魅かれた。

2019年1月27日 (日)

1月第4週末の見晴茶屋

2019.01.27(日)終日快晴・冬型

前日の午後、小屋に入った。寒気が入り風が強く寒く感じた。
ダウンのシュラフを持ち込み布団の中に敷き込んで寝たところ、とても暖かく快適だった。シュラフはMountain Hardwear Made in USA スリーシーズン用でサイズが外人用というか日本人には大きいので窮屈感がなくてよろしい。

小屋の南側窓際で、秦野市の夜景そして星空を眺めながら眠った。贅沢な夜を過ごした。

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0712、朝、江ノ島の右側に朝日。正面鉄塔の先が大磯。

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刈れ枝が散らかるデッキも掃き落とした。
川崎市内の爽やか高校ワンゲル部の男女生徒の団体が往路帰路ともここで休憩した。

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10:12 秦野市内と湘南の海

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14:35 チェーンソーで輪切りにし、ナタで割ってストーブ用のマキにする。これはK藤さんと船長さんがナタをふるった。
小屋西側には別途丸太を輪切りにしたマキ材を積んだ。

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14:35 江ノ島、逗子、三浦半島、遠く房総半島、ギザギザの鋸山も眺められた。

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この日の小屋の主な仕事としては、ここで管理を担っているバイオトイレ2基の清掃整備(酵素剤の定期投入もある)、ペーパーや廃棄ゴミの処分、食事・飲用の水汲み(800ℓタンクから)、デッキの枯れ枝掃き落とし、マキづくり、週末用素泊まりグループの布団割り振り、2Fの通風窓開け、処分廃棄物の荷下ろしなど。
当分雨や雪は降る見込みはないようだ。年末から水源の湧き水は涸れた。水源の利用は3月まで見込めないかも知れない。

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15:08 大倉尾根の天神尾根分岐から大倉尾根下部を担当するNPOみろく山の会登山道整備グループによる整備だと思う。整備に使用する資材を県が供給し、現地での整備作業をこの山の会(会員総数は約700名と聞いた)が担当している。この尾根に設置してある泥流失を防ぐ水切りもこのグループによるものだと思う。とても有効。
自然保護を計画的に進める県と登山環境を整備しようと利用する側が、県の予算執行とボランティアの労務提供をマッチさせたこの地味な取り組みは評価したい。

近くの大倉高原山の家(2017年11月末に老朽化で廃止)と隣接する貴重なキャンプ場周辺(4月にはマメ桜が咲き、そして野生の山椒が芽吹き、葉を利用できる)は、秦野市民だけでなく、神奈川、東京の多くの老若男女の郊外ハイクに最適なエリアとして再整備が待たれる。

宿泊者はO林、K藤、私K田、立ち寄ってくれたのは、1/26小田原のO津さんら、1/27船長、日本橋のご隠居さんら、Y島さんのトレラン仲間など。

2019年1月22日 (火)

海老名レッジ

2019.01.22(火)

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2019年1月20日 (日)

三つ峠 金ヶ窪沢のアイスコンディション

2019.01.20(日) 晴時々曇り、午後一時小雨

会内で計画が出ていたので、混ぜてもらうことにした。

今シーズンは太平洋側の降雪が極めて少なく、氷の発達には好都合だ。この日は気温が思ったほど下がらず水滴が垂れた。しかしアイスゲレンデの金ヶ窪沢は近年以上のコンディションだと思う。右岸枝沢も登れそうだ。

ここは氷の条件さえよければ、車でのアクセスや登山口からのアプローチがよく、アイスクライミングデビュー・初体験、初級者の初リード練習などに最適だと思う。アイスの条件次第だが、今年は今のところ条件はよく十分にいけると思う。まだまだOKだ。

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アプローチ途中に見える堰堤の氷結状況。まだ薄いがOK。左端が厚かった。堰堤上の樹木を支点にできる。ガイドの講習会を見かけたことがある。70度くらいの傾斜を登るフォームの練習に良い。

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堰堤の上から氷結していたので、私はここからアイゼンをつけた。いままでメインの大滝までこんなことはなかった。通常は右側をアプローチとする。

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雪がほとんどなく右岸枝沢もOKだ。

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本流の氷床を進む。楽しい

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ここが金ヶ窪沢大滝のメインアイス。右は世田谷の太子堂から来られた単独の方。ルートは主に①左、②右、③右から斜め(たっぷり35mはある)で、いずれもグレードはⅢ+で初級者のリード練習にいいと思う。今回右端は濡れるので避けた。

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M村さんがまずリード

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アイスデビューというかアイスの洗礼に都内からきた4人のグループ。キャーキャー楽しそうでした。
この日、混むかと思ったが、ここに来たのは8名のみ。珍しい。天気予報がよくなかったからか。

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Newのノミックを持参したK藤さん。彼は昨年、久々の氷登りにストレートのシャルレを持参して相沢(西上州)の大きな氷瀑で苦労した。

ここもM村さんがリード練習で登った。

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終了点のお二人。この先まだナメの氷床が続いていた。稜線まで標高差300m余だと思う。

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終了点から取り付き点を見下ろしてみた。結構な高度感があった。

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この左端は水が垂れているので、ロープはびしょ濡れになった。

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下降路で右岸の氷が気になって観察した。立っているところは短いがⅣ~Ⅳ+だろうか。

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駐車した三つ峠裏登山口。道路のアプローチも駐車場も雪なし。こんな具合。トイレの水も凍っていなかった。

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帰路富士吉田側のMt.FUJIはこんなに雪が少ない。驚いた。

先月12月24日からほとんど雨量は限りなくゼロに近い。2月初めまでほとんど降らないだろう。少し融けてはまた氷り、これを繰り返して氷は発達してゆくだろう。芦安あたりがよいのでは。雪が降りにくいエリアが当面は良いと思う。

2019年1月17日 (木)

あれから4か月経過

2019.01.17(木)快晴

あれは昨年9月16日(日)だった。海老名のクライミングジム/レッジでのことだった。お昼ごろ仲間と二人で入店した。

 過日8月11日(土)小川山兄岩下部スラブ(P.56)のピクニクラ5.10b★★★NP&B 30mの下部で体の入ったクラックから左壁に移るとき、上半身を捩った際、体が硬くて左肩を痛めてしまった。このルートはこのエリアでは内容がぎっしり詰まった好ルートだと思っている。
 しばらく整形医院に通ってみたが、あまりに緩いリハビリだったため通院を止めてしまった。

 3月に白内障手術でその後数ヵ月ほどトレーニング不足が続いた。その間5月にお誘いを受け韓国仁寿峰(インスボン)に行った。そのときトレーニング不足を痛切に感じた。なかでも柔軟性不足と上半身のパワー不足。これが登り込み不足とともに脳内出血の前哨要因として思えてならない。

 9月16日の当日、アップ2本めとして前傾壁5.10aに取り付いて3ピンめを取るときに違和感を感じた。そしていったん降りることにした。力が入りにくかったと憶えている。前傾5.10aではホールドはガバなので登る分には問題ないが、体の動きが悪くなり(柔軟性が不足)登り込み不足だった。この年代になるとトレーニングの中断(不十分さも含めて)はとても問題だ。後退してしまうのだ。

【概 要】 発症から入院・退院までの概要を9月下旬のブログにその経過を書いたが、この時の記述をもとに振り返ってみた。

●いつ・・・9月16日(日)午後1時ころ発症した。

●どこで・・・海老名のクライミングジム「Ledge レッジ」

●だれが・・・私本人、一緒だったのは、同じ山の会のYDさん

●どのように・・・アップ後、5・10aの被り系に取り付くも2ピンを取ってから、体を引き上げるもとても重く感じて、いったん体勢を整えようと降りたところ、一息後立ち上がろうとしたところ

●どうした①・・・まともに直立できない。歩こうにも全く安定せず、ギッタンバッコン、おサルさん歩きのようで、歩くどころではない。パワー自体の衰えは感じないし、痛くも痒くもなかった。アタマの思考回路や会話回路への異常も感じなかった。

●どうした②・・・ジムの受付に行き相談した。そのとき私は大ごととは思わなかった。冷静なYDさんの勧めで119番通報をすることになった。

●どうなった①・・・サイレンを鳴らした救急車(生まれて初めて乗った)で、YDさんが同乗して近くにある地域医療の基幹病院である海老名総合病院に搬送された。(13:45くらい
医師の指示により自宅に連絡して連れ合いに来るように電話した。

●どうなった②・・・対応した医師の問診のあと、直ちに検査となった。MRI→X線→CT画像診断
約1時間後の午後3時には妻とともに画像を見ながら、私は医師より診断の説明を受けた。そして直ちに5階の脳神経外科病棟に緊急入院となった。

どうなった③・・・診断の結果は、CT画像により頭部中央やや左の被殻部位(運動関与部位)に脳内出血(白いところ)を認めた。小出血であった。このため右半身に症状がでた。後遺症は程度は不明だが、リハビリをしても残る部位がでると宣告された。

●治療は・・・最初の2日間は安静


一般的な点滴(ぶどう糖ほか)とともに血圧降下剤入りの二つの点滴を受けた。

食事は最初の2食は抜き、それからお粥を2日間食べた。トイレや2日目からのリハビリやトイレなどは必ず付き添い付きで車椅子移動、夜間の排尿はナースコールをするように言われたが、尿瓶を利用した。勝手にベッドから離れることを禁じられた。2日目のCT検査で出血が止まっていることを確認。あとは降圧錠剤で血圧をコントロールのうえ、発症からの急性期(1週間)をリハビリとともに過ごした。ここの脳神経外科の医師は4名で毎朝2~3名、夕方も病棟へ病状の確認に巡回して来た。
幸い、頭の回路や会話への影響は避けられた。

●そして退院・・・さらに1週間をリハビリで過ごした。理学療法士を中心に作業療法士、言語聴覚士の3名チームで毎日親身になって担当してくれた。2週間の入院は症状のモニタリング以外はリハビリと血圧管理がすべてであった。足のしびれはなくなったが、右手のしびれは残った。そしてぎこちないが、なんとか歩けるようになった。病院のリハビリ部門の有難さが骨にしみ、担当の方には頭が下がる思いがした。

14日目には退院となった。あとは自助努力で現場復帰?しなければならない。
とても快適な緊急入院であった。

〇思い当たるふし・・・考えてみれば確かにあった。
前述の発症前半年間の今までにないトレーニング不足にあったと思っている。
通常昼間の血圧は正常の範囲(130前後・80前後)であった。

【脳卒中発症の背景】・・・脳出血と脳梗塞をまとめて脳卒中という。
〇遺伝・・・母の父親、その父も脳卒中、母もクモ膜下出血。父親は甲状腺ガンで亡くなっているが、遺伝的には脳卒中家系と云える。

〇生活習慣・・・在職中はストレスもあり、喫煙、飲酒習慣があった。毎夜の遅い帰宅そして狭心症の発作を
40代前半と59歳のとき2回経験した。1回目のときはそれが狭心症とは気が付かなかった。1回目のときは数分で痛みが消え、狭心症とは分からず病院にも行かないでそのままにした。40代~50代前半のサラリーマン生活は生活習慣としてはいま思うと最悪であったと思う。健康への自信は過信なほどヒト一倍あった。59歳のときの狭心症治療で担当医師から喫煙が治療に差し支えるので禁煙を勧められ、これは大阪の勤務先近くの内科医の禁煙治療が成功したが、禁酒(節酒)までは取り組まなかった。2ヵ月後にはインドヒマラヤの登山に出掛けた。

〇トレーニング不足・・・60歳後半の体力後退は考えていた以上のものがあった。それなりのトレーニング方法を確立して実行していなければならなかった。

〇高所登山・・・2010年からインドヒマラヤへの6000m峰に連続3回、2012年のデナリ、2017年エヴェレスト街道からアマダブラム、2017年西ネパール6000m峰など。2010年に5000m直下のハイキャンプや2017年のアマダブラムで、その内容こそ違うが高所障害を経験した。

【現在の回復状況】 発症後4ヵ月を経過して

〇いま主に取り組んでいること

 ①近隣のスポーツクラブでメニューを組んでもらい、
月8回利用の平日会員で通っている。
 ②近所の整骨院に週2回ペースで通っている。電気刺激とマッサージが中心。右肩は回復した。
 ③手の痺れ改善のため、手の専門医にかかっている。肩のリハビリもお願いした。手先の作業性回復の状況は不満である。脳出血・障害からきている痺れなので回復は難しい。
 ④体のバランス改善のため、丹沢の山小屋に行っている。歩きがいい。とても重要だと思っている。


〇どのくらい回復したか

主観で云えば85%くらいであろうか。右足のダメージがそのくらいであろうか。右肩の回復はよい。右手の痺れは医師は電気刺激のスピード計測値から改善が進んだという評価を下している。
私自身の体力回復のトレーニングが進んでいない。
今後は出血部位の
MRI確認が3月上旬にある。

〇その他

この病気は、日頃よりリスク管理が大切なことではあるが、ビビッていては積極的な生活は送れない。わたしの周りには30代40代の若いときに脳梗塞を発症している方もいる。昨年8月と10月に同年代の会員が脳梗塞を発症して。私の脳内出血は9月。症状はそれぞれ異なる。100%回復は望めないと思う。しかしそれを受け入れ、いくらかでも積極的な生活を送りたいと思っている。

2019年1月10日 (木)

赤岳鉱泉周辺にて

2019.01.09(水)午前中まで寒気流入、昼には抜けて快晴となった

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甲府盆地では前泊地としては最高のところ。ましてや平日である。カイセンは石和温泉を引いている。広い露天風呂、高温の火山の大きな石が何回か大きな部屋に出てくる。
経営母体は石屋さんが本業らしい。露天風呂には美しく磨かれた赤い石が配置されているし、庭にも大きい石が配置されている。見事でもある。

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美濃戸の駐車場前、寒気が入り夜間に降った雪で覆われていた。それまでは黒々していたはず。ここでは2センチくらい。
関東平野では12/24から降雨なし。

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赤岳鉱泉への途中。稜線には寒気の雲がかかり、とても寒そう。八ヶ岳にかかる寒気は半端ではない。

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午前中は台湾からやって来たグループがアイスクライミング体験&講習会を行っていた。

なんとなく日本語ではない会話だなと思っていたので、若い女性に声をかけて分かった。

昨年の富士山でも台湾の若いグループに出会ったし、9月下旬には台湾太平洋側の港町基隆市(キーロン)、龍洞(ロンドン)の岩場で知り合った女性らも北アルプスの縦走に来た。12月の西穂ロープウエィでも台湾からのツアー客がきていた。

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ジョーゴ沢F1、例年に比べしっかり氷っていた。降雪が少なかったからだ。

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前シーズンからアイスを始めたT中クン、1年前はジョーゴ沢上部のナイアガラの滝Ⅳ+で何回も登ってみた。今回はⅢ+のリード練習が目的。登り方の基本形、適度な間隔でのスクリューの入れ方、バイルの振り方などがテーマ。繰り返しの練習が大事だと思う。

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F2の左側には短いがⅣ級ピッチの氷ができていた。

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今年は例年になくアイスはいい状態だと思う。

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裏同心沢に入ると大同心、小同心を見上げることができる。

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裏同心ルンゼのF1、しっかり氷ができていた。ということはF6までとても良い状態になっているはずだ。。今年はよい。15:15タイムアップで終了。

赤岳鉱泉アイスキャンデーまえで装備を整理し、16:00下降開始。途中峰の松目沢の出合いを確認して、ヘッドランプを使うことなく18:00には美濃戸駐車場に着いた。

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18:30に美濃戸口のレストランJ&Nで食事にした。私はビーフカレー、T中クンはビーフシチューを注文した。

今シーズン、彼がⅣ級の氷をリードで登れるように期待したいと思っている。体の軸がしっかりしている。ただ登ればいいわけではない。取り付きながらアイスと対話しながら自己の安全をしっかり考え、確実に登ること。そのためには練習を重ねてそれなりの技術を身につけること。これをクリアできればその先にⅤ級~のアイスが待っている。

2019年1月 8日 (火)

火曜日のレッジ

2019.01.08(火)

S子さん、T中クンの3人でお昼すぎに海老名のクライミングジムのレッジに行った。
私は、脳内出血のきっかけとなった5.10aの前傾壁を確認してみたかった。なぜそうなったか?
今回触れてみたがそう血圧があがることはなかったと思う。9/16のときはUPで結構血圧が上がったのではなかろうか。???

2019年1月 7日 (月)

箱根仙石原の温泉

2019.01.07(月)快晴

リカーブ箱根というホテル。2回目である。ファミリーにはリーズナブルなホテルだ。大人4人、小学生1人なので大きな部屋を割り当ててくれた。

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ホールには縁起物の酒樽が。触って揺らせてみたが空であった。

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部屋に入るとこの有様。自宅にはない広いベッドで飛び跳ねていた。

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広くはないがここに白濁した温泉がある。この湯に浸かるために来た。熱すぎず適温。

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露天風呂は少し茶褐色がかっている。適温

翌日小田原駅で1名降ろし、茅ヶ崎から圏央道、海老名Jで東名に入り、16号を走り丸亀うどんで昼食、HONDAのお店で正月のくじは外れでフリースひざ掛けをもらい、バックドアのボルト締め補修をしてもらった。帰路に大沼神社に立ち寄り帰宅した。

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人気のある天下の箱根とはいえ、経営努力が感じられた。当然のことながら人員は絞っている。ファミリーに人気のホテルのため価格を懸命に抑えている努力を感じた。食事は食堂でビュッフェスタイルで時間制(夕食90分・朝食50分)であった。不満なし。

サービスでは、大浴場に持参する個人用バスケットが用意され、バスタオルの下に大きめのポリ袋が何気なく入っていた。

このクラスのホテルは、不特定多数を相手にするスーパーマーケットのサービスと一緒で、お客さんにはできるだけ不満を残さずにお帰りいただき、またリピートしてもらう。そんなサービスの感じがした。
私らは高級スーパーや高級ホテルの客ではない。ファミリーで来るときはここでよい。

ホテルは何軒あるか知らないが、いくつかの種類の源泉の配管を道路に水道管と同じように埋設していると思うが、とんでもないほど埋まっていると思う。いままで考えたこともないが・・・

2019年1月 5日 (土)

大山地図読み歩き

2019.01.05(土)

大山で読図歩きをしようという話を聞きつけ正月の運動不足解消に混ぜてもらった。

結果、帰路の唐沢峠から広沢寺コースで左太ももが辛く感じて遅れをとった。

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大山山頂からの湘南海岸。ここは日頃見馴れている見晴茶屋より650mも標高が高い。

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山頂北側のアンテナ横からネットフェンスを越え北尾根に入る。

1160m付近から北東に落ちるネクタイ尾根に入って下降する。最初下降開始地点を誤った。

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谷底付近で一休み

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広沢寺

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お寺に隣接した旅館

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相模大野ボーノで夕方4時からやっている「居酒屋やまちゃん」。西端にこのお店あったかなと思い聞いてみたら昨年夏に開業したとのこと。

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お店の外から大山がよく見えた。山頂のアンテナまで見えた。

2019年1月 2日 (水)

元旦を見晴茶屋で迎えた

2019.01.02(水)快晴⇒晴

2018.12.31 自宅➡大倉⇒見晴茶屋

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丹沢山中で唯一のキャンプ場。ここの愛好者らが一種のコミュニティを形成しているようだ。

2019.01.01 終日見晴茶屋、朝山頂は雲に覆われたという。昼前から山頂付近も快晴となった。

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江ノ島の右側に朝日がでてきた。

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宿泊者がおせちを買ってきた。

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大晦日は12名ほどが泊まった。

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元旦の見晴茶屋

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下山する二人は、蛭が岳山荘の関係者で大晦日には70名の宿泊者で賑わったという。

元旦の深夜は満天の星空となった。

2019.01.02 見晴茶屋⇒大倉➡冨士見の湯➡自宅

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ここの小屋のストーブは鉄板づくり。ヤカンやナベには最適。輻射熱がよくでる暖かいダルマストーブのような鋳物製ではない。

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正月二日の日の出。冬至が過ぎだんだん日の出が早くなってきた。湘南の海がこんなに広くながめられるのは珍しい。

連日雨が降らず、ソーラーからのバッテリー充電はいいのだが、水源が枯れてしまった。まだ600ℓくらいはタンクにあるが、少々の降雨ではどうにもならない。本日から節水態勢。

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ここは弘法山公園の北側。秦野市の環境センター(=ゴミ焼却場)に併設され、焼却熱を利用している。温泉ではないが、秦野の名水を使っている。

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本日は富士山に雲がかかり裾野しか見えない。丹沢の山々はまじかに眺めることができた。

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露天風呂もサウナもあった。

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館内2階の食堂で遅い昼食のカツ丼を注文した。@850 でてきたのがこれ。食べ物に保守的な私は驚いた。私のイメージとは似ても似つかわないもの。食べたかったのは、普通のカツ丼でダシの効いただし汁に加熱しすぎない卵でとじたカツ丼だ。カツはしっかりしたものであったが、ご飯が不味かった。これはあくまでジジイ個人の印象でクレームではない。世間からズレてしまったようだ。

多くのお客さんがこのしゃれたカツ丼を注文していた。甘酒もサービスされた。

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正月の二日でここのお風呂から、入館者にお年玉としてこのロールペーパーをプレゼントされた。縁起がいいのでしばらく使わないことにする。

2019年1月 1日 (火)

謹賀新年 見晴茶屋にて

2019.01.01(火)元旦 昼前より快晴となる

午前3時くらいからヘッドランプを点け、塔の岳でご来光を迎えようという人たちがたくさん上がってきた。

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見晴茶屋前の初日の出 シャッター時刻 6:52

2019年の年賀状  「2019pdf.pdf」をダウンロード

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