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2018年12月17日 (月)

用件があって大阪へ② 西ネパールの集い(2018報告会)

2018.12.15(土)

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報告会に先立ち2019登山隊の打合せ10:00a.m.~。
場所は大阪環状線桃谷駅の近く、ネパール料理のシュレスタにて
(注)桃谷駅は東京で云えば北区の東十条といったところか。焼き肉の聖地、鶴橋が隣でコリアタウンも近くにある。とにかく庶民的な下町的雰囲気を感じるところだ。

第1回打合せといったところで計画では、ネパールガンジーから空路ドルポのDUNAIに入り、チベット国境のスワクサカン6400mの山頂を目指す。終了後ムグを経てジュムラに抜ける。来秋2ヵ月を予定する。

私はまだ体の問題で明確な参加判断ができない。しかし行く気は十分。この冬の寒さを我が体が経験して決断できると思う。血圧の安定が前提だ。

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定食のダルバート、品がよくというかスマートなメニューに仕上げていた。見た目を大事にする日本風にアレンジされていた。@\1050 現地ではローカルに行くほど見た目はよくない。見た目は関係ない。食えればよいのである。私はカトマンズのトラチャンハウスの奥さんが作ってくれるダルバートが好きだ。土地や家によりいろいろだ。どこもこういったステンレス皿に盛り付けます。量はいろいろお替わり自由。私にはインディカ米のパサパサごはんがなかなか口に合わない。

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私はチョーメンを注文。現地でも選択できるときはこれだが、やはりスマートな出来にアレンジされていた。@¥900 日本の焼きそばと同じ。チョーメンはチベット料理。アレンジするならトロミをつける中華風がいいと思う。

午後3時から3つの隊による報告会が行われた。

Ⅰ.極西ネパール・フムラ地域 チャワンタン6125m登頂
       2018.8.24~10.2    大阪市大山岳会と札幌中央労山の2名パーティ

Ⅱ.トルボの山とトレッキング ~イェメルンカン・クンラとカルマロンへの道
   2018.8.27~10.23 西北ネパール山旅隊 女子2名男子1名の3名のグループ、平均年齢66歳

Ⅲ.フムラのチベット国境・北部西部方面の踏査
   2018.10.1~11.16 女子1名単独

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ここのお店はプロジェクターが天井に取り付けられ、壁面いっぱいに投影することができる。こういった集会にうってつけだ。

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この方は大阪山の会の故 大西 保さん。地味なエリアといえる西ネパールをライフワークにした岳人で、日本で紹介し多くの情報をもたらせた。残念なことに2014年秋に病没された。
故大西さんを師匠とした報告者の一人IBさんが金剛山の麓、千坂赤坂村で週末にドルポBCをオープンしている。ここに大西さんの蔵書を保管しているという。以前から伺いたいと思っていたが果たせていない。

10年くらい前だろうか、大阪で行われた海外登山集会で西ネパール関係の講演をされた。
この時、インドヒマラヤのカメット南壁初登攀でピオレドールを受賞した谷口ケイさん(故人)が、当時のパートナー平出さんが登攀中に撮影した迫力ある画像を公開して、私の記憶に鮮明に焼き付いた。

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報告会は約18名ほどだったが、終了後の懇親会には13名ほどが残った。

関西で西ネパールの辺境に魅せられた人達の集まりだった。もともと大阪で長く勤務していまは神奈川に住んでいるが、参加してよかったと思っている。2回目の西ネパール行きをぜひ実現したいと思っている。

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梅田に戻り、夜の阪急東通り商店街方面。東京でいえば池袋に似ている街だと思う。

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ここの夜はいつも賑わっているキタの繁華街だ。ピンク系の風俗店が減ったような気がした。
この日で師走が折り返す。

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