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6さいのばらーど

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2018年10月

2018年10月29日 (月)

芸術と憲法を考える連続講座 第10回 ナターシャ・グジー

2018.10.29(月)終日快晴

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海外の現状とかウクライナ原発事故の話を聞きたいと思い、出かけてみた。この会のことは、10/23のナターシャ・グジーのコンサートで知った。対談のなかで、彼女が参加した貴重な2016年のウクライナでの行事のビデオも見ることができた。ウクライナ大統領夫人の出席とその重い発言に感銘を受けた。お二人の演奏も花を添えた。自宅から芸大まで遠いが、行ってよかったと思っている。小田急からの乗り換えが楽な千代田線根津駅から行ってみた。

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・日 時 2018.10.29 6:30p.m.,~9:00p.m.
・会 場 東京藝大 上野キャンパス 音楽学部5号館1階109教室
・主 催 東京藝術大学音楽学部楽理科、[後援]日本ペンクラブ、[共催]自由と平和のための東京藝術大学有志の会
・テーマ 原発なき地球へ 戦争なき世界へ 出て見えた日本 来て、知った日本
・内 容 ヴァイオリン奏者金子飛鳥とウクライナ出身歌手・バンドゥーラ奏者ナターシャ・グジーによる対談と演奏

感想として、交流のある二人の女性(日本人とウクライナ人)が音楽を通じて、世間に真摯に訴え働きかけている姿勢をいくらかでも感じることができた。
興味深かったことは、アメリカに移住した飛鳥さんが、演奏活動で世界を巡り”原発感”の国による違いをその国民性の違いから語ってくれたこと。とくに原発の多いフランス人のことなど。
ナターシャさんは原発事故の被曝地でその被害を目のあたりにしたことを語った。自分にもできることをコツコツと音楽活動を通じて伝えたい。原発なき社会と平和を願う人々の希望をつなぐ活動をしているとのこと。

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オープンで1曲、最後に二人のコラボで3曲が披露された。

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バンドゥーラは大正琴のような金属音とビオラのような弦の音色を奏でる。大きな民族楽器だ。60前後の弦が張られ8キロの重さだという。5オクターブの広い音域が可能。

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最前列でお二人の演奏や歌を聞くことができた。

会場で公開された2016年のウクライナでの行事を収録したビデオは、とても価値のある内容だと思う。事故現場と被害を受けた人々の実態、そして行事のなかでウクライナ代表のマリーナ・ポロシェンコ大統領夫人が応対した数々のコメント、立派だった。

次回私が行くのは、第12回12/6山野井孝有さん テーマ:山と語学を愛した大学生はなぜ逮捕され命をうばわれなければならなかったのか?


根津駅への帰路、下谷地区は時代小説によくでてくるところだ。このお寺もそのひとつ。

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昭和30年代を思わせるこんなレトロな喫茶店があった。下町エリアは歴史散策の宝庫だ。多くの大衆時代小説を気軽に読むとよい。

2018年10月28日 (日)

脳内出血その後

2018.10.28(日)

9月16日入院➡9月29日退院、退院後早くも1ヵ月経過。
リハビリ病院への転院のすすめはなかった。生活上の問題はないと判断されたのだろう。

脳神経による後遺障害としては、右半身にでて右手特に手に痺れが残り指先の作業がやや鈍くなっている。肩の可動域の狭まりも感じている。起床時、歩行時の左右のバランスの悪さも感じている。
スポーツジムと整骨院に週2回、病院のリハビリ室で指導を受けた体の動きを自宅でやっている。自転車乗りと車の運転は退院後ずっとやっている。
100%回復はない。体が硬くなっていると実感。前屈、腰の左右への曲がりと肩の可動域改善が当面の課題。
足腰の強化回復は山歩きが一番と思う。減量も課題。冬山での低温時どういう障害がでるかはまだ不明。これから3カ月先を考えてリハビリに取り組んでゆく。
右手については手の専門医に近日相談することにする。手の専門医は少ない。
海老名の病院には11/13にリハビリ進捗チェックに行く。来年3月にMRI画像で出血部位の確認をすることになっている。

当面の管理は血圧である。日中の血圧は正常である。ただし狭心症がでたときに禁煙には成功したものの、生活習慣はよいとは言えない。

2018年10月24日 (水)

厚木郊外広沢寺

2018.10.24(土)

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2018年10月23日 (火)

ナターシャ・グジー Nataliya Godsey

2018.10.23(火)曇り

皇居前竹橋、国立公文書館での「躍動する明治」展を見学のあと、葛飾立石に向かった。

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CVSファミリーマートは余計だが、昭和を感じさせてくれる京成立石駅前のアーケード商店街

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踏切反対側の商店街の右路地に入ると昭和30年代を思わせるディープな横丁があった。

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会場にはまだ時間があるので、通りがけにある呑み屋さんに寄ってみた。立石の関所 江戸っ子。ここは2回目、夕方4時にはお店に入れてもらえる。40名は入れる。5時頃、一人で入ったが、すでにほぼ満席であった。とんでもなく大きなアルミなべ(豚もつの煮込み)の前の狭いカウンター席に座らせてもらった。

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前回来た時と変わらぬ繁盛店で、お客さんは近所の方が多いと思った。




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ここは葛飾区文化会館(SYMPHONY HILLS)、なぜ東京での会場が立石か? ☛理由があると思う。

私の勝手な推測だが、彼女の音楽事務所が立石7丁目にある。会場に近い。コンサートの栞に[主催] オフィスジルカ [後援] 在日ウクライナ大使館 [協賛] 都立墨田川高校柔道部OB会有志とあった。来日して根を下ろしたのが立石だったのではないだろうか。そして下町の皆さんの暖かい支援と交流があったのだと思う。日本語はとてもお上手だった。

   ⇔ 画像をクリックすると拡大できる。葛飾区での一日警察署長

彼女の名前のスペルは Natalia ナタリア ☛ ナターシャというのは、日本で云えば愛称で「なっちゃん」というようなものだとトークのなかで語っていた。

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ここは葛飾区立石の会場「かつしかシンフォニーヒルズ アイリスホール」、開演前のステージの様子、客席298席のホールで開演した。18時30分すぎには満席となった。

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https://www.youtube.com/watch?v=d4Kijkkz4f0・・・・2008.8.7 NHK-E②の番組「視点・論点」に弾き語りで出演した。ウクライナでの被爆体験の気持ちを吐露した語りはズキンときた。

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ウクライナ生まれ。ナターシャ6歳のとき、1986年4月未明に父親が勤務していたチェルノブイリ原発で爆発事故が発生し、原発からわずか3.5キロで被爆した。その後、避難生活で各地を転々とし、キエフに移住する。ウクライナの民族楽器バンドゥーラの音色に魅せられ、8歳の頃より音楽学校で専門課程に学ぶ。1996年・1998年救援団体の招きで民族音楽団のメンバーとして2度来日し、全国で救援公演を行う。2000年より日本語学校で学びながら日本での本格的な音楽活動を開始。その美しく透明な水晶の歌声と哀愁を帯びたバンドゥーラの可憐な響きは、日本で多くの人々を魅了している。2005年7月、ウクライナ大統領訪日の際、首相官邸での夕食会に招待され演奏を披露。2016年7月、これまでの活動が評価され、外務大臣賞を受ける。コンサート・ライブ活動に加え、音楽教室学校での国際理解教室やテレビ・ラジオなど多方面で活躍しており、その活動は教科書にも取り上げられている。
(Profile、コンサートの栞から)

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コンサート終了後、CDやウクライナ刺繍などの販売コーナーでサイン会が行われた。

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Profileで逆算すると現在38歳だと思う。誠実そうなお人柄を感じさせてくれた。
原発事故で故郷を追われ、家族との生活が一変した被害者の一人。そして住んでいた町は地図から消えた。

この日のゲストの一人であったヴァイオリン奏者 金子飛鳥さんと今月29日には東京芸大でのイベントで、対談することになっているという。行ってみたいと思っている。

(注)藝大生と市民がともに学び考えるための「芸術と憲法を考える連続講座」 第10回 2018 10/29(月)18:30 【 原発なき地球へ 戦争なき世界へ (出て、見えた日本 来て、知った日本)
金子飛鳥さん 東京藝大卒 世界50か国で講演した。ヨルダン・パレスチナ公演の体験10年前のアメリカ移住により、日本の平和憲法と銃のない社会の尊さを強く実感する。
ナターシャ・グジーさん 6歳のときチェルノブイリ原発事故で被曝した。2000年より日本での本格的な演奏を始める。音楽を通して原発なき社会と平和を訴え続ける。日本在住。


(注)第12回 12/6(木)の講座では、山野井泰史さん(アルパインクライマー)のお父さん(元毎日新聞印刷部長)が、「山と語学を愛した大学生はなぜ逮捕され命を奪われねばならなかったのか?」というテーマでインタビューに登場する。これも聞きに行きたいと思っている。

午後9時には終了したが、帰宅は11時をまわっていた。千葉県に隣接した葛飾立石は遠かった。

国立公文書館 特別展 「躍動する明治」を見学

2018.10.23(火)

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平成30年秋の特別展 明治150年記念 主な展示資料

藩ヲ廃シ県ヲ置ク

明治4年(1871年)7月14日、廃藩置県の詔が発表されました。知藩事(江戸時代に藩を治めていた藩主など)は罷免され、政府が任命する府知事(のち県令)が各府県の行政を行うことになりました。藩は全て府・県となり、日本全国で3府302県となりました。廃藩置県の詔を収録した文書。

大日本帝国憲法

明治22年(1889)2月11日、大日本帝国憲法が発布されました。同憲法のもとでは、天皇が国の元首として位置付けられ、法律の範囲内で国民に居住の移転・言論の自由などが認められました。また、帝国議会が設けられ、司法権が行政権から独立したことにより、三権分立が定められました。

新橋横浜間鉄道之図

明治5年(1872)9月12日、明治天皇御臨席のもと、新橋・横浜両停車場で鉄道開業式が行われました。同駅間は当時29キロメートル、所要時間はノンストップで53分でした。

その他展示物の一部

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(注)ガラスケース内の資料は撮影禁止だが、それ以外はOKだった。

2018年10月21日 (日)

鶴川 武相荘とあとりえ・うを巡る

2018.10.21(日)快晴

午後、小田急線鶴川駅に集合して、鶴川街道を歩いて旧白洲邸 武相荘に向かった。
このあたりは古くは武州と相州が隣接して武相地区といわれ、明治26年には多摩地区などとともに東京府(現東京都)に移管されたエリア。
昭和18年にここにあった農家を買い取って白洲夫妻は引っ越して来た。相当広い敷地だったようだ。現在敷地は狭められ住宅に囲まれているが、当時は長閑なところだったと思う。

旧白洲邸 武相荘のホームぺージ ☛ https://buaiso.com/

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友人らとともに8名で訪れた。武相荘の正面入り口、天気がよいためか入場者が多い。旅行社の団体の入場もあって驚いた。入口スぺースでは骨董市が行われていた。自宅にモノを増やしたくないので特に買いたいものはなかった。

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正面の門前 このお二人は当方とは全く関わりのない方

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門をくぐると相当な年数を経た柿の木があった。こんな太い幹の柿の木は見たことがない。注目した。
レストラン&カフェは順番待ち。

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芦屋に生まれ育つ。戦前に若くしてイギリスに留学、ケンブリッジに学ぶ。白洲次郎は、参戦当初より日本の敗戦を見抜き鶴川へ移住。英国風の田園生活をイメージして当時の鶴川村に移ったのではないか。遺言は「葬式無用、戒名不要」。まさに自分の信条(プリンシプル)を貫いた83年だった。
白洲正子は樺山伯爵家の次女として、東京に生まれる。祖父は薩摩藩出身で警視総監や海軍大臣を歴任した樺山資紀、父の愛輔は貴族院議員。学習院女子部初等科を卒業後、アメリカハートリッジスクールへ入学。結婚し二男一女を得る。戦後、文学・骨董の世界に踏み込む。

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茅葺き屋根の母屋前 

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敷地内の林には短いながら散策路がある。前を歩く白いジャンパー姿はA沼クン。

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見事な竹林もある

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武相荘から鶴川駅方向に歩いて10分あまりのところにある板画家、畦地梅太郎(1902~1999)のアトリエが静かな住宅地の庭にひっそりと佇んでいる。いまは息子さんが運営しているのだと思う。
山の愛好者の中高年には広く知られている癒し系の人気版画家だ。私の自宅居間には「六月の山男」という作品を掛けてある。

あとりえ・うのホームぺージ ☛ http://atelier-u.net/introduction.html

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予約しておいた町田の「梅の花」にて歓談しながらゆっくりと食事ができた。いい歳の人間が皆さん 高校生になってしまうから不思議だ。

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ゆば湯豆腐

夜の8時に町田駅で解散となった。

2018年10月20日 (土)

秋の湯河原幕山公園幕岩 リハビリ

2018.10.20(土)

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午後3時すぎに血圧測定後、幕山山頂まで歩くことに。私のバランス感覚を取り戻すには歩行が一番。
天気が回復して快晴、見晴しが良くなった。真鶴がよく見えた。

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これはホトトギス

2018年10月17日 (水)

厚木郊外広沢寺の岩場

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↑ 2018.10.13(土) 知り合いのグループが講習会

発症して4週間後(退院して2週間後)
右手の痺れ、右肩の旋回域縮小、右下肢はまだ膝が不安定、全体としての体のバランス感覚が不足、そして前屈、腰のひねり度不足、要は一段と体が硬くなってしまっている。
とにかく岩に触れたい一心。ここは初心者向けの貴重な岩場。
ここのところ天候が不安定のためか、土曜日なのに珍しく空いていた。

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↑ 2018.10.17(水)

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ここは典型的な里山風景

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林道沿いに茶畑もある

お忍び?風の廣澤寺温泉もある

2018年10月13日 (土)

海老名のレッジ

2018.10.13(土)

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2018年10月12日 (金)

似合わないが弾き語りライブへ

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たまたまYouTubeで、チェルノブイリ原発事故のバンドゥーラの弾き語りを見てナターシャ・グジーを知った。ウクライナの現地でこの事故に遭った女性(当時子ども)の一人だ。
この弾き語りのライブ(2018.10.23)をぜひ見たいと思いチケットを購入した。
ホールの所在地は葛飾区立石。東京でもなかなかディープなところだ。

ナターシャ・グジーのHP ☛ http://www.office-zirka.com/profile.htm

ライブの案内パンフ ☛ 「181014scan.pdf」をダウンロード

2018年10月 8日 (月)

連休を見晴茶屋で過ごした

2018.10.08(月)曇り

退院後はじめて山道を歩いてみた。特に不安定なことはなかった。リハビリウォークである。

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右から平塚の一部、茅ヶ崎、藤沢、江の島、鎌倉、逗子、葉山、三浦半島に至る湘南海岸がよく望めた。


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今回泊まったのは、OB,KT,SKの三氏と私の4人。7日は天気も良くハイカーで賑わった。

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朝食の麻婆なすと麻婆豆腐

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SKさんがストーブ用のマキ割りをしてくれた

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大倉高原山の家との間の広い尾根道で見かけた

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サルの腰かけ

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丹沢そば 前から一度寄りたいと思っていたお蕎麦屋さん

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もり蕎麦を食べた。8月に食べた川上蕎麦や奈川蕎麦よりは美味しいと思う。独善的な評価は避けたい。好き好きでいい。

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帰路、ここで汗を流した。文庫本「新選組始末記」を持ち込んだ。幕末の混乱期、時代の仇花ともなった新選組の成立背景、多くの若者が、尊王攘夷も幕藩体制の志を胸に命を懸けた。新選組の血を血で洗ったその活動、そして幕府とともに滅んだ。
著者子母澤 寛の昭和3年の処女出版であった。読んでみてさすが新聞記者だっただけにその取材力には舌をまいた。

2018年10月 2日 (火)

台風24号の爪痕

和歌山に上陸した台風24号は、9月30日(日)夜から10月1日(月)未明にかけて松本から宮城、本州を縦断した。深夜に相当な風が吹きまくった。自宅前の公園では、老木の桜にカラスが巣を作っていたが、通りすぎた朝には、地べたにその巣が落ちていた。

本日朝、5時すぎに脳内出血の退院からまだ3日目(出血から16日目)ではあるが、クロスバイクで相南公園のラジオ体操に出かけた。

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前屈がうまくいかない
韓国出身の女性と話しをした。午前3時に起き1時間ほど体を動かしてからここに来ているという。別の鼻筋の通った女性は、最近頭が悪くなったといい近くの国立病院に検査にゆくという。87歳とのこと。明るく話すお婆さんとの会話は楽しい。

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台風の強風で枝が相当落ちてしまったようだ。

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この公園は雑木林でドングリがいっぱい落ちた

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園内で折れてしまった枝

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自宅前小公園の50年以上経過している桜の老木も2個所で結構な枝が強風で折れた

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金木犀はまだ咲き始めのためか花が落ちていない。香料っぽい匂いではあるが、秋の季節の匂いとして早い春の沈丁花の匂いとともに気に入っている。

2018年10月 1日 (月)

海老名にて 緊急入院そして退院 Ⅱ

入院期間は9月16日(日)から29日(土)までの足かけ2週間

入院病棟は西館5階で西側にある6人部屋、丹沢大山を正面にみる窓側のベッド

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高架は小田急線、その先には圏央道、正面の山は丹沢山塊。

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病院の周囲は、田んぼ。海老名駅は相模鉄道との乗り換え駅だが、40~50年前までは駅周辺には水田が広がっていた長閑なところだった。

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病院の駐車場

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9月23日、中秋の名月

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箱根の山々も眺められた。

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朝の丹沢大山

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入院病棟、リハビリ、救急などの棟の玄関

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