最近のトラックバック

2023年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ

6さいのばらーど

  • 6さいのばらーど
    ゆーゆ(井上あずみさんの長女7歳): 「NHKみんなのうた」より

お奨めの1冊

  • 斉藤惇夫作・薮内正幸画: 冒険者たち(ガンバと15ひきの仲間)

« 平湯キャンプ場 | トップページ | 近所の朝 »

2018年8月27日 (月)

飛騨、信州・木曽から伊那、甲州へ

2018.08.26(日)晴~快晴

平湯野営場に連泊するつもりだったが、家族の反対でここは撤収することになった。とりあえず甲府まで行こうということになった。

平湯から安房峠を経由して道の駅風穴の里で休みスイカを食べた。奈川渡ダムから木曽薮原方面に入った。木祖村でソバを食べた。

Dscn1084p


Dscn1085p

県道26号から1486mの境峠を越え、木曽谷に下りた。

Dscn1089p

木曽川にでて権兵衛トンネルから伊那市に移動した。もうすぐ稲刈りとなる。正面左には、甲斐駒ヶ岳、その右には大きな仙丈ヶ岳が遠望できた。

Dscn1093p

ここは天竜川右岸の段丘の上にあるアパート。南アルプスも中央アルプスも眺めることができた。実は学生時分に2年間ここで暮らした。隣には県立の伊那弥生が丘高校があり当時は女子高であった。
この建物はあれから45年以上経過しているのにすっかりリフォームされ、古さは全く感じなかった。窓はアルミサッシに替えられ、トタン屋根も立派な屋根になって外壁もすっかり塗り直されている。ボットン便所の臭気ダクトが入居当時のままなのでリフォームされたことは間違いない。2階右から2つ目の区画で暮らした。

伊那市内を車で廻ってみたが、随分と変わっていた。

ここから高遠に行くことにした。ここは平成の大合併で伊那市高遠町となっていた。
江戸時代の絵島生島事件の真相に興味があったからだ。高遠町歴史博物館に立ち寄った。

Dscn1096p


Dscn1097p


Dscn1098p

復元された絵島の囲み屋敷を見学

Dscn1100p

八畳の間で61歳で逝く春とともに没するまでの28年間、高遠城の南東長谷を経て高遠に遠流(死ぬまで)された。

絵島は宝永元年(1704年)六代将軍家宣の側室である月光院に女中として仕えることになった。絵島は容貌が美しく同僚にも慕われ月光院の信頼も厚く出世して大年寄となった。

ここの会館売店で北条元那著「絵島 事件はこうして起こった」を購入した。
(注)江戸城大奥に渦巻く陰謀と確執、側用人間部詮房追い落としを策する老中、天英院の嫉妬、そして絵島は狙われた。元禄正徳期、世は太平を謳い絢爛豪華な町人文化が華開くなか、江戸城内に突如起こった大疑獄絵島事件、その包囲網の背景を探る(帯より)

Dscn1103p

杖突付峠(1247m)展望台からの八ヶ岳連峰

諏訪盆地と伊那谷の分水界となる峠だ。江戸時代には高遠藩や飯田藩の参勤交代路であった。

Dscn1104p

展望台の眼下には諏訪湖

渋滞30キロということで、甲府のカイセンに泊まった。有料の貸し部屋を確保できた。
翌日の8/27昼前に帰宅した。走行距離は550㎞だった。

« 平湯キャンプ場 | トップページ | 近所の朝 »