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6さいのばらーど

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2018年4月18日 (水)

ネパールの観光産業事情、地震関連調査、および西北ネパールでの登山活動など

どちらかというと、西ネパール、とりわけ西北ネパールに興味があり、ここ2年くらいの間に、2カ月位の計画で訪れたいと考えている。6000mの山でも登れたら云うことなし。
一般出版物以外でHPから得られる情報を一部だが、ランダムに拾ってみた。幅広い知見を蓄えておきたいと思っている。

いまのネパールでとりわけ最大の都市カトマンズへの人口集中はすさまじい。水不足もおきているという。近郊では個人住宅の建設も盛んだ。消費生活層も増加している。誰もが豊かになる権利はある。しかし急激な変化は、カトマンズ盆地に主に車とバイク等の急増による排ガスで深刻な大気汚染をもたらせている。粉塵もすごい。マスクをしている市民や学生,、交通警察官の姿は異様である。私たちが昨年訪れた西北ネパールの辺境とここの生活環境の大きな落差はすさまじい。これが同じ国かと。

Ⅰ.ネパールの観光関連の論文など

①ネパール観光産業の現状と問題点 日本国際観光学会論文集(19) March 2012
http://www.jafit.jp/thesis/pdf/12_02.pdf

 ●ネパールでの観光産業全体を見つめる総説的内容で、これからの観光産業発展への問題点指摘と国の政策への提言を行っている。観光産業が全産業雇用者の8%を占め、最も成長が期待されている分野として外貨獲得ができ最も経済に影響を及ぼす期待され、経済効果の高い産業としての政策を実行する必要がある。交通インフラの量と質ともに不足しており要投資、観光産業の人材育成(ガイドほか)への育成投資などハード・ソフト両面からみた政策をポテンシャルの高いこの産業にNew Nepalツーリズム期といえる現在推し進めてゆくことの重要性を説いている。

②ネパール観光産業におけるトレッキングの現状と課題
「daigakuinkiyou0_35_1.pdf」をダウンロード

 ●トレッキングの今後の課題を究明することがこの研究の課題であると言っている。2日以上5000m以下でのものをトレッキングとして、アンナプルナ周辺、エヴェレスト街道、ランタン谷の3エリアでネパールでのトレッカーの92%を占めるという。人も場所も季節も集中しているのである。ガイド、ポーター不足があったり、ある意味で雇用への恩恵も限られたりして、農業シーズンとのミスマッチも抱えている。
論文末尾の参考文献は役に立つと思う。

①②ともネパールからの大学院留学生研究者の執筆だと思う。


③ネパール・ヒマラヤのトレッキング観光開発と環境へのその影響  立教大学 紀要14号
「AA11362100_14_08.pdf」をダウンロード

 ●観光開発に伴う環境問題に関して具体的な実態をさらけ出した優れた論文だと思う。トレッカーの増加とともに彼らの目に触れないところで集積されている実態がある。1シーズンでとんでもない量が集積されているのである。排水処理廃棄物処理は行われていない。地元民には危機意識は全くなく荒廃は進行するばかりである。トレッカーの増加とともに燃料が森林資源から灯油、プロパンガスに移行が進んでいる。荷揚げ物資の増加も登山道荒廃に一役かっている。いまやゴミや燃料の問題は山岳地域にとどまらない。
産業の中で最も発展の可能性をもっているのが観光産業であるが、貧困解消を目的とした観光とは言ってられない状況になっているのではなかろうか。トレッカーへの過大なサービスの提供が大きな環境問題を招いているのも事実だ。環境対策での成功事例もある。失敗例とともに地元NGOがいかに学ぶかがカギのようだ。


私が訪れた人気のアマダブラムではBCで大量のゴミの集積をみた。また幹線道路でも谷側にまとめて廃棄された大量のペットボトルを見かけた。ナムチェの自然保護官のオフィスではHさんが誓約書を書かされたような気がする。西北ネパールでの登山では観光省で注意を受けた。
世界でも有数のトレッキングコースでそれはそれで素晴らしい景観を楽しめるのだが、ネパール観光産業の実態を見てしまったような気がした。まだまだこれからだ。


④ネパール連邦民主共和国のスポーツツーリズム
http://www.ssf.or.jp/Portals/0/resources/encourage/grant/pdf/research15_4-02.pdf

 ●
農業と観光が主要な産業といえるネパールで、笹川スポーツ財団助成のスポーツ政策に関する研究。スポーツツーリズムに焦点を当て資格制度と地域雇用を論じている。気になるのは結論のなかで、資格制度の充実が逆に優れた人材が国外に流失してしまう可能性を危惧している。トレッキングは観光収入で2割を占めるというが、エアスポーツでは高収入を得ている従事者が多いという。雇用対策には政策とのバランスと調和が重要。

⑤ネパールのカースト社会における観光産業と社会的弱者…観光都市ポカラの発展と少数民族タカリの健闘  山本勇次 (立命館大学 紀要91号)
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/re/k-rsc/hss/book/pdf/jinbunken91-05.pdf

 
◎確かな現地調査を通じてカースト社会の視点から、観光都市ポカラの発展を見つめ、そして少数民族のタカリーをクローズアップした。読み応えのある優れた論文だと思う。

私が泊まるカトマンズの宿は、タカリー族の
トラチャンハウス。ご主人の弟さんは近くにあるHotel Sunset Viewの経営者(奥さんは日本人)で、ここはお蕎麦がおススメ。ダウラギリとニルギリに挟まれたカリガンダキ川の高台に建LODGE THASANG VILLAGEも弟さんの経営だ。ここにも泊まったが、近所の集落には申し訳ないような贅沢な山荘だった。2階のベッドルームからは聳え立つダウラギリ(8167m)が眺められた。第一級のヒマラヤの眺めだと思う。一坪くらいのステンレス浴槽による日本式のお風呂にも入浴できた。庭にはヘリポートも備えていた。ここはKhobangですぐ上流の集落が少数民族タカリー族のTukucheだ。かつてはチベットとの交易を生業とした。

⑥ネパールの観光都市ポカラにおける有機農業の現状と展望
http://www2.ges.kyoto-u.ac.jp/wp-content/uploads/2014/04/1393.pdf


 ●自然環境に恵まれたポカラは農地も広く、市街地の広がりや人口の集中(生活用水の不足を懸念)で、カトマンズに次いで突出した大きな都市となっている。観光都市であるがゆえに外国人需要の高い有機農業が今後注目度が高いが、国レベルの位置づけや政策はこれからだ。山間部の家畜・作物一体型の伝統的農業とは一線を画す。
執筆者の青木美紗さんは、
現在奈良女子大環境科学系の研究者(講師)

一方で気になることは、輸入肥料の増加である。統計には現れない。隔絶されたような西北ネパールでは、交易街道でチベット国境を越えて中国製のP,N系の化成肥料が、ラバの背に載せられて運ばれてくる光景を目にした。どんどん入ってきたらどうなるだろうかと気になった。

Ⅱ.西北ネパールの登山隊&トレッキングなど

①半世紀前の西北ネパールへの踏査状況

・1960年 同志社大学ヒマラヤ登山隊によるアピ7132m登頂と西北ネパール探査

・1963年 北大山の会によるナラカンカール踏査と地質調査

・1964年 同志社大学ヒマラヤ遠征隊によるサイパル7031m登頂と西北ネパール踏査

(注1)以上3件は、1967年刊ネパールヒマラヤ探検記録(1899~1966)講談社が出典
(注2)ほかに1983年に西北ネパール女子学術登山隊がドザム・コーラに入った。2000年には大阪山の会が北大隊のあとをたどり多くの情報をもたらせた。(Ⅱ-④参照)
(注3)極西ネパール、西北ネパールに関する近年の記事は労山登山時報2012.05~2015.04にかけて掲載記事があり参考になる。


②1992 フムラ県シミコットからカイラスへのトレッキング紀行(1992年)
https://yamane.exblog.jp/7258366/


 ●これはどうやら後藤ふたばさんのブログのようだ。いまから26年前のフムラの様子をかいま見ることができる。シミコットからヤリを経てネパールとチベットの国境を越えてカイラス行きを実現してしまった。若いから不法越境をやってしまったのだろう。彼女が27歳のときだ。いまは真似してはいけない。中国官憲に捕らえられてしまう。捕らえられたらなかなか帰国させてもらえないかも。
彼女は著書のなかで、フムラは何もなくとても貧しい地域だと書いていた。山屋の私には辺境そのものが魅力的に映るが…

今のフムラのシミコットの空港は、インドからの富裕層のカイラス巡礼ツアーで賑わっている。インドとの国境のネパールガンジから空路小型機でシミコットに入り、ここからヘリコプターに乗り換えチベット国境の町へ移動して、国境を越え陸路でカイラスに向かう。これが隣国のインド人には最短のルートであろう。
(注)後藤ふたばさん:当時は成城育ちのお嬢さん、今年53歳になると思う。だいぶ前に結婚され信州東部で小間物のお店をやっていると聞いたことがある。いまは不明。ヤマケイ社刊で3
冊のチベットやネパールに関する旅の本をものにしている。
・チベットはお好き? 後藤ふたば 1993.4.20 山と渓谷社 (注)西北ネパール・フムラのシミコットから国境越えの記載あり
・もうひとつのチベット行 後藤ふたば 1994.7.10 山と渓谷社
・行きたい人のチベット入門 後藤ふたば 1995.7.15 山と渓谷社


③2011  西北ネパールの山旅報告 コジ・コーラの山なみ メラピークKOBE登山隊
http://merapeak-kobe.com/mera/syuppan.html

 〇近日報告書をお借りする予定

④2014  西北ネパール ロレチェリ(6246m)試登 メラピークKOBE登山隊
http://merapeak-kobe.com/sanko/2014/20140913.html

  ●2014年10月14日、モンスーンが空けているのにこの時期としてはめったにないベンガル湾で発生したサイクロン(日本で云う台風に相当)が入り込んで、時季外れの大量降雪に見舞われた。登山・トレッキングシーズンでもあり、サーダーがラジオのニュースにより、雪崩による死者がアンナプルナ周遊、ダウラギリ方面に集中し、29名が亡くなったことを知ったという。(その後のニュースで43名死亡、385名がレスキューされたという)
登山隊はこの時期、異常事態に遭遇した。上部キャンプで雪崩に遭い装備を失くしたり、不安定な積雪に悩まされた。登山活動を再開するも登攀装備の回収もままならず、10/20に登山中止を決定したという。
この登山隊のキャラバン周遊ルートの経験が、2017年の私たちの登山隊に活かされることとなった。手元にこのときの報告書がある。


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⑤2015 同志社大学 西北ネパール Aichyn(6055m)登山隊

 ●Chanwathan山域  現役山岳部学生5名(うち女子学生1名)による全員登頂
その報告は「山 その大いなる旅Ⅱ」(同志社大学山岳部創部90周年記念誌/DAC報告26号)に詳しい。
2010年西北ネパールチャンラ峰6563m学生隊員4名全員登頂の記録も掲載されている。

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なお、2007年のクビ・ツアンポ源流域学術調査隊(JAC関西支部・同志社大学山岳会)がクビ・カンリ6721mに初登頂しているが、その報告の中で隊長の和田豊司氏が、「河口慧海足跡(国境越えの後)についての考察」を寄せている。


⑥2017 労山大阪兵庫 西北ネパール Nyalu Lek登山隊
http://zettkeikanakurikuri.cocolog-nifty.com/blog/files/1712022018_1.pdf

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 ●これは私が参加した登山隊の隊長による概要報告を労山の登山時報1月号に寄稿した。2018年4月13日には公式報告書が出来上がり自宅に届いた。
BCへのアプローチは同志社大の登ったAichyn峰の南側の谷をたどった。


⑦2017 同志社大学 西北ネパール登山隊
https://www.finetrack.com/funtotrack/post-30647/

 
 〇まだ情報を得ず

⑧私がヒマラヤ最奥の聖地ドルポと「慧海ルート」を歩く理由(2018.2.14) 稲葉 香
https://www.yamakei-online.com/yama-ya/detail.php?id=266

 ●以下は」稲葉さんのBlog、大阪・千早赤坂村にヒマラヤンカフェ Dolpo B.C.を開いている。一度ここに伺って、西ネパール通いをした大西 保氏(大阪山の会)の遺した広範なネパール・チベット関係図書を拝見させていただきたいと思っている。

https://denali6194.exblog.jp/22479883/

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Ⅲ.2015年のネパール大震災

①2015年4月 ネパール地震(Ghorkha)地震 第一次被害調査報告
http://www.bosai.go.jp/saigai/2015/pdf/20150611_01.pdf

 ●国立研究開発法人 防災科学技術研究所災害リスク研究ユニット による現地調査の報告で、生々しい建物被害の写真が目を引いた。私は市街地の建物被害だけでなく、郊外山間部などの個人住宅の被害に注目したい。大半が脆弱な構造の石積みレンガ積みに目地を泥モルタル塗りの素人づくり。

②ネパール・ゴルカ地震における復興課題に関する研究 J-Stage 環境情報科学
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ceispapers/ceis30/0/ceis30_177/_pdf/-char/en

 ●サブタイトルは「地域構造と学校防災教育を事例として」
2015.4.25 カトマンズ北西部ゴルカ震源とする地震により教育現場では、200人以上の生徒さん、5000校を超える学校建物の倒壊損傷という損害を受けた。震災地の現状とゴルカの今後の復興課題がテーマである。


一昨年の12月にエヴェレスト街道沿いの登山を終えて、カトマンズに戻ってから近くのダディン県、丘陵地に暮らすパルパティヒンドゥの集落を訪れた。4日間にわたり、山間部の村落ヒンドゥ~グルンの村を廻ってみた。崩落して放置された民家、ブルーシートで凌いでいる家族、再建中の住宅(アメリカで支援した耐震性の住宅・角に1本鉄筋をいれたもの)、家畜小屋同然の仮住まいで生活をしていた中学の若い女教師(カーストはバフン)など。水場への断水被害も目立った。でも皆さんはたくましい。子供たちも明るい。私は1万円の募金に応じたが、こういう時の義援金はこの国ではどうあるべきか考えさせられた。2015年同志社大の登山メンバーは登山後、預かった義援金をクーンブの村へ直接届けたことが報告書に記載されていた。直接が一番よいようだ。中抜きがないから 

③名古屋大学院 環境学研究科報告 
http://www.nagoya-u.ac.jp/about-nu/public-relations/researchinfo/upload_images/20170526_env_1.pdf


ゴルカ大地震はカトマンズの北70キロに位置するランタン村に壊滅的損害を与えた。行方不明者350名以上に及んだ。地震後名古屋大大学院の雪氷圏研究グループにより、ランタン村にてドローンとGPSによる現地調査を行った。衛星過去データから地震前の標高差から堆積量を見積もった。堆積量は681万立米m、厚さは11.3mと積算した。東京ドーム何個分だろうか(東京ドーム5.5個分に相当)、大雪崩の原因は冬期の異常降雪(5000m付近で1.3~1.5の積雪)が原因であったと結論付けた。
雪崩のハザードマップを作りランタン村復興の一助にするという。


私は25年前にこの村を訪れたことがある。村の中心地からランタン・リルン7245mの頂上を仰ぎみて、頂上直下に大きなアイスブロックが落ちそうな感じで眺められた。落ちたらどうなるかとその時おもったが現実となってしまった。頂上の地形が変わるほどの地震による崩落が雪崩となって落ち、村背後の大きな岩壁の岩盤を巻き込んで落ちてきたのだ。あの平和な村が一瞬にして消えた。ある報告ではLand Slidと表現された。

④ネパール地震と雪氷被害(日本雪氷学会緊急公開シンポ)
http://zettkeikanakurikuri.cocolog-nifty.com/blog/2015/07/post-1784.html

●現状把握と復興に向けてというテーマで法政大学市谷キャンパスで開催された。

ランタンエリアに限定したテーマ発表であった。


Ⅳ.その他

①ネパールにおけるジェンダー政策の進展と女子教育の停滞(マオイストの武装闘争がもたらしたもの) 文教学院大学外国学部 文教学院短期大学部 紀要8号(2008)
https://www.u-bunkyo.ac.jp/center/library/image/fsell2008_181-197.pdf

 ●現在のネパールにおける教育事情が見える。カトマンズでは今空前の教育ブームではなかろうか。私立学校が繁盛(乱立?)している。中産階級・富裕層は男の子を寄宿舎にいれてカトマンズの私立学校に通わす。公立学校の内容・教師はともに評判が良くない。公立には女の子が多い。学費も安い。まだ男尊女卑の世界かもしれない。

現金に余裕のないフムラの山間集落にある家庭では、カトマンズのチベット仏教の尼寺に女子を送り出し、修行がてら勉強させていた。私らの登山隊が基地にしたチベッタンのお宅では16歳の男の子をカトマンズの私立学校へ、ポーター兼キャンピングスタッフ(54歳)も、やはり男の子をカトマンズの学校に行かせていた。

執筆者の一人、伊藤ゆきさんのブログ ⇒ 
http://asuhenokotoba.blogspot.jp/2017/04/40.html

文教学院大のあるゼミではネパール家庭でのホームステイ体験に取り組み、コーディネイトした「風の旅行社」のピタンバル・グルン君の名前を見つけた。彼は25年前にランタン谷トレックのときガイドをしてくれた。
 ⇒ 
http://www.kaze-travel.co.jp/kazenokanatani_030.html

②ネパール基本情報
http://cale.law.nagoya-u.ac.jp/2013renkeikikaku/_userdata/013Nepal_Summary.pdf


 ●面積 :14.7万㎢(北海道の1.8倍,日本全体に対して38%の大きさ)、小国とはいえ東西に広がる領土は800㎞におよぶ
   年間所得:735USドル/一人(2016.7.29)
   宗教 :ヒンドゥー教:81.3%、仏教:9.0%、イスラム:4.4%、ほか
   人口 :2,817万人(2014年)、: 識字率65.9%(2001年)、
     主要産業:GDPの3割が農業、労働人口の6割以上が農業に従事、観光産業は、GDPの2割
   在日ネパール人:20,383人(2012年)

 ●ネパール関係図書
   ・ネパールを知るための60章 ㈳日本ネパール協会(編) 2009.9.25 明石書店
   ・もっと知りたいネパール 石井 溥 編 1986.11.10  弘文堂
   ・ネパール 自然・人間・宗教 伊藤和洋=著 1979.11.5 平川出版社
   ・ネパール人の暮らしと政治(中公新書1153) 山本真弓著 1993.10.15 中央公論社
   ・ネパールあっちこっち 小野田文彬 1986.12.20 清水弘文堂
   ・ネパール神々の大地 黒住 格著 1983.12.1 神戸新聞総合出版センター (注)アイキャンプ参加
   ・カトマンズ百景 内田良平 1992.7.15 山と渓谷社 (注)写真集
   ・HUMLA 
Journey into the Hidden Shangri-La Neresh Kusi Geraldine Werhahn  (注)フムラ地方の写真集

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