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2017年11月15日 (水)

1936年インドヒマラヤ ナンダ・コート6867m初登頂

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ヒマラヤ初登頂―1936年のナンダ・コート(1986年11月10日 初版第1刷発行 筑摩書房)

著者 堀田弥一(明治42年 富山県生まれ)
昭和 7年 立教大学卒業
昭和11年 ナンダ・コート初登頂 ※この1936年の2月に2・26事件が起きた。
昭和29年 マナスル第二次登山隊隊長をつとめる。

カバーの写真はインド ガルワールヒマラヤの美しい双耳峰、ナンダ・デビィだと思う。

この本によると主峰の西峰7816mの初登頂は1936年8月29日、ナンダコートの登頂に先立つこと37日、ティルマンを含む英米混成隊が成功した。
東峰7434mは1939年、ポーランド隊により初登頂されたが、彼らが帰国した時、ドイツの電撃的侵略により故国がなくなったという悲報に接することになった。

1976年に日印合同隊による初縦走が成功した。ここときのメンバーは以下のとおり。
隊長=鹿野勝彦、マネージャー=梶正彦、隊員=長谷川良典、小原俊、重廣恒夫、寺本正史、加藤保夫、小林政志、伊丹紹泰、桐生恒治、磯野剛太、関章司、丸尾祐治、高見和成
インド側隊員=J・シン」以下6名

戦前の学生登山界の一端をかいま見ることができる。

ナンダ・デビィも候補のひとつだったという。

貴重な1冊だと思っている。

【追記】
12/16にBS11の特別番組で3回目の立教大学隊が秋に行ったそうで、その模様が放映されるそうだ。当時のフィルムをデジタル化した映像がみられそうだ。20:00~

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