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2017年9月21日 (木)

ゴルカGORKHAを訪れた ⑩

201709.21 THU.小雨

ネパールで以前から気になっていたのがゴルカでグルン族のふるさとと云ったところだ。、9/16には西北ネパールの山旅からKTMに戻れたので、9/20-21に一人でローカルバスで行ってみた。カトマンズとポカラをつなぐ道路から北へ24㎞、標高1200mにある山間にある町だ。KTMから140kmの距離でNAYAバスセンターから朝9時発・往路6時間、翌日は午前11時30分発・復路8時間のバス旅であった。カトマンズ盆地が大渋滞であった。

かつて18世紀にカトマンズ盆地を制圧したゴルカ王朝の拠点でもあった。18世紀後半にはほぼ現在の国土を確保した。

初日は晴れでグルンのエリアに入ると山間のところでのどかなところだ。集落が山間に点在しているが、中心地には商店街が形成されていた。
大震災では震源が近くずいぶんと被害を受けたと説明してくれた。復興は比較的早かったようだ。

泊まったところは Cottage Resort「 Manaslu Bamboo Hotel」で部屋代はNrs.1500(¥1660相当)、ゴルカのバスセンター前にあるツーリストセンターの若い女性からサンセットがきれいだと強く勧められた。
経営者が待機しており、バイクの後ろに跨ってホテルに向かった。

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9/21は小雨で視界不良 大半が竹でできた建物、よってバンブーホテル。ゴルカは竹がよく採れるとのこと。

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広さは8畳くらい、シャワーはあるがお湯は出ないため沸かしてもらいバケツでもらった。

翌日は小雨のなか、Gorkha Museumに行ってみたが、木曜日は休館であったため、残念ながら中には入れなかった。銃を持った兵隊が警備していた。

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18世紀に使われた大砲だと思う。

19世紀にインドからネパールに侵攻した英国軍は山岳戦で撃退されてしまい、以後その勇猛さに目を付け第2次大戦では英軍の雇兵/グルカ兵としてビルマ戦線に投入された。
前の晩に一緒に飲んだ際、帰省していた経営者の弟さんはインド軍の傭兵になっていると言っていた。

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管理人さんのお子さん、スクールバスで小学校に通っていた。

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