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6さいのばらーど

  • 6さいのばらーど
    ゆーゆ(井上あずみさんの長女7歳): 「NHKみんなのうた」より

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  • 斉藤惇夫作・薮内正幸画: 冒険者たち(ガンバと15ひきの仲間)

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2017年8月

2017年8月16日 (水)

西北ネパール フムラの子どもたち ⑥

BCまでのキャラバン中に出会った子どもたち

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8/12 キャラバンスタート、Simikotの町はずれで見かけた愛嬌のいい女の子

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8/13 実はこの男の子と言葉は通じなかったが、お腹にある傷を見せてくれた。穴が開いていた。厳しい表情をしていた。治療を受けたいという気持ちが伝わってきたが、私たちにはどうすることもできなかった。集落の位置は分かっている。

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8/13 キャラバン1日目のキャンプ地、Dhanaporiで最初にやってきた女の子

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8/13 夕方やってきた子どもたち

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8/14

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8/14 仲のよい兄と妹の二人。お母さんはこの街道でバッテイ(茶店)をやっていた

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8/15 地図にはSallikadhとあった分岐地点。母親とここのバッティにいたチベッタンの男の子

ここから左の道が、国境のネパール側のYulsa(Hilsa) を経て、Kailashに至る古くからのチベットとの交易の街道。右はLimi Valley Trekの道で、Salli Kholaを経て標高5000mのNyalu Laの峠を越える。驚いたことにこの右のルートは中国の手により道路が作られていた。国境まで通じているという。もちろんこの道路はダイナマイトや大型ブルドーザーで荒っぽく作ったらしく、車高の高い大型のトラックなどでないと通行は無理だと思う。キャタピラーの痕も残っていた。中国は軍用車両などでいつでも入ってくることが可能だ。まことにもって驚いた。
大国の中国とインドにはさまれて援助に頼らざるを得ない弱小国ネパール政府の立場は微妙だ。かつしたたかかもしれない。

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8/16 Nalu La 5000mほどの峠越え手前のキャンプ地。ここには夏期に放牧に来ている家族のお子さん。チベッタンの顔だ。右の子の髪の毛に注目!
ここは広い草地が広がり、入会地となっており10家族くらい来ているようだ。夕方になると牛がカランカランとのどかに鈴を鳴らして戻ってきた。
ここにはガソリンスタンドで埋設しているような大きな軽油タンクが放置されていた。道路工事で使われたものだろう。

2017年8月15日 (火)

Salli Kholaの大岩壁 ⑤

8/15-16に岩壁の下を通過した。その際に撮ってみた。バックキャラバンの9/10-11で見かけた大岩壁はもっとすごかった。

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上部正面岩壁のクラックは大きい。いつの日かトライするクライマーが現れるかも知れない。

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2017年8月14日 (月)

キャラバン2日目 Kermiまで ④

2017.08.14(月)

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国境方向からやって来た女の子たち

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街道のところどころにある茶店バッティ

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のどかなチベット交易の街道、背中には中国からの物資が積まれていた。化成肥料もあった。

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ここのキャンプ場はチベッタンTibetanがやっていた。何かと価格が高いようだ。なかなかの商売人だ。
ここには温泉があるという。ただし往復で1時間半以上かかるというので、やむなくパスした。入りたかった。

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このおじさんはここのキャンプ場で、硬い木を削りラバの鞍用の木工品を手づくりしていた。

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完成品、これがないとラバに荷を括り付けられない。

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これはチベットのビール、大瓶。チベットの国境を越えて運ばれてきたのだと思う。ラサビールRhasa Beerというブランド。こんなまずいビールは飲んだことがない。アルコールは3.3%、薄いガス圧。

2017年8月13日 (日)

キャラバン開始1日目 Dhanapori まで ③

2017.08.13(日)曇り

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ここにラバなど30頭が終結し、ラバ方の手により荷物が背中に括り付けられた。

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いきなり急登でシミコットの飛行場と集落が眺められた。

昔からのチベット交易の主要街道をたどるところからキャラバンがスタートした。

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途中休んだPanihaulaのバッティ(茶店、Tea Shop)で荷物を持ったお兄さんと歩いてきた20歳の尼さんに出会った。彼らはまる一日歩いて実家のある集落に向かう。

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このラバにはケロシン(灯油)がくくりつけられている。

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街道沿いには集落、対岸のあちこちの斜面にも集落がある。         

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後ろでドッコ(運搬用の竹かご)を担いでいるのは、シミコットでポーター兼キャンプ要員として雇用した54歳(ここでは紫外線が強すぎるためか男女ともに老け込みが早い)のおじさん。大量に用いる生卵とケロシンバーナーのコンロを担いだ。明るい方でやはり子どもをカトマンズの学校に行かせているという。私たちは彼をエッグマンと名付けた。よく働く方だった。

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1日目めの整備されていたキャンプ地 Dhanapori 
娘さんがキャンプ地あちこちに落ちている家畜の糞を手掴みで拾って投げ捨ててくれた。

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30頭ほどで隊荷を運ぶ。それぞれのペースでラバが続々と到着

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黄色いテントが隊員用プライベートテント、期間が長いのでこの方がストレスにならない。

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私たちのキャンプに最初にやって来たのはこの女の子

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次にやって来た子どもたち。年長のこの女の子は私にだけはチョコレートをちょうだいねとアイコンタクトしてきた。

2017年8月11日 (金)

登山隊の基地となるシミコットSimikotへの移動 ②

2017.08.11(金)晴れ

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モンスーン中でもあり天候不良で2日間飛べず、3日目にようやくインドとの国境の町ネパールガンジーNepalgunjの空港からシミコットSimikotに飛べた。ダイヤなんてあってないようなもの。飛べるときにブンブン飛ばす。

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機上からみた田んぼ。ネパールガンジーはネパール西南部にあり、暑いところで稲作にはとてもよいところだ。

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乗務員はパイロットとCAが各1名。耳栓用の脱脂綿とアメを配ってくれた。
「Summit Air」の乗務員のユニフォームはパイロットとCAともにこのポロシャツとGパンだった。

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シミコットの飛行場に無事着陸、山腹をこすりそうだった。1トンの荷物は別便となった。ここの飛行場は標高2985mの台地上に造られている。
この町には他の町との間にクルマが走れる道路は通じていない。

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このヘリコプターはチベットのカイラス巡礼にゆく旅行者向け。ここから国境まで一気に運ばれる。ほとんどがヒンズー教徒のインド人ツアー客(いかにも富裕層)。カイラスはヒンズーもOK
後日ここのヘリでメンバーの一人がベースキャンプ手前で高度障害によりレスキューされるとは思わなかった。

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空港の管制塔

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メインストリートの商店街

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ワンピースを着た女の子、珍しい。ほとんどパンジャビかズボンなのに

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ここが基地となったお家。ラバの手配、ケロシン(灯油)や野菜、肉、タマゴなどキャラバンの準備をここで行った。チベット人の家族で奥さんは41歳、ご主人は42歳、
ラバはシミコット周辺から集められる。ご主人はいわば手配師。ハイキャンプで使うガスカートリッジは飛行機には載せられないので、雇用したスタッフが行けるところまでローカルバスで行き、そこから歩いてこの町に入った。
ここの16歳になる息子さんはカトマンズの学校に行かせているとのこと。

【追記】

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ネパールガンジー空港で知り合った尼さん(修行中か?)。カトマンズの尼寺にいて2か月の夏休みで帰省すると言っていた。実家はシミコットから歩いてまる1日のところにあるとのこと。お家はLek Tanginらしかった。
私たちのキャラバン開始1日目、バッティ(茶店)で休んでいると又出会った。シミコットに迎えに来てくれたお兄さんと一緒だった。
カトマンズの学校に行かすのは費用的にも大変なことと思う。だから尼寺に入れて勉強させているのだと思った。

カトマンズはいま空前の学校ブームだと思う。私立のカレッジ(専門学校)がとても多い。制服を着た生徒さんをよく見かける。
公立の小中学校はレベルが低いと不評のようだ。

カトマンズはちょっとしたバブルのようだ。お店には商品が溢れている。ここでは何でもお金が要る。
クルマやバイクが増え続け、盆地内は空気が非常に汚れている。マスクが必要だ。市内では白いマスクは2時間ほどで吸い口が黒くなった。カラーマスクを買うとよい。
カトマンズへの人口流入が増え続けている。交通渋滞もひどい。
農地が減って住宅が増えている。飲料用の水が不足していると聞いた。
モール式のショッピングセンターもあった。ジーパンやスポーツ用品のブランドショップも入っていた。

カトマンズとシミコットとの落差は、これが同じ国かと思うほど大きい。

2017年8月10日 (木)

成田⇒カトマンズ⇒ネパールガンジーへの移動 ①

8/4 9:10成田NRTから仁川ICT経由でネパールトリブヴァン空港ヘ向かった。
関空からの6人とは仁川で合流した。

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東ネパール出身のお子さん、家族揃っての里帰りとのこと。日本では津田沼に住んでいるという。了解をもらって乗り換えのICTで撮らせてもらった。

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カトマンズの宿、ブーゲンビリアが咲くトラチャンハウス、ご主人が庭木だけでなくたくさんの植木鉢の世話もしていた。

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持参したテントの点検、ハイキャンプで使うテントの点検を屋上で行った。

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翌日、早速今回アレンジの一部をお願いしたボチボチトレック社の事務所兼倉庫兼自宅を訪れて打合せを行った。社長はチィカさん、彼はエベレストはもちろん、K2にも登頂しており、栗城氏のヒマラヤ登山のサポートを担当している代理店のエネルギッシュなグルン族の方だ。

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事務所近くの八百屋さんの店頭はこんな感じ。

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カトマンズのタメル地区、旅行者が集まるエリアでなんでも揃う。

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両替店はタメルにいくらでもある。

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これはネパール政府観光省の施設、ここでブリーフィング。とてもオープンな庁舎

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ここは中央郵便局GPO、大阪での登山隊の壮行会に参加してくれたみなさんにお礼のはがきをここから差し出した。

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カトマンズ市内、綺麗なアスファルトの道路があった。

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カトマンズからネパールガンジーへの移動は荷物とともにチャーターバス。車内のバスのTV、インドのDVDが流れた。歌と踊りが楽しい。

カトマンズからネパール西南部のネパールガンジーまで約500キロはあろう。タライ平原からインド国境の町、ネパールガンジーには16時間はかかったと思う。

2017年8月 1日 (火)

デザイン手拭いを戴いた

2017.08.01(火)曇り、午後にゲリラ雷雨 1時間に80㎜を越えた(海老名市では120㎜超)

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先の滝谷メンバーのKDさんからいただいたシャレたこのデザイン手拭い、使えば使うほど風合いが増し、味わいを深める注染の手ぬぐいだそうだが、使いつぶすのは惜しいと思い自室の壁に貼り付けてみた。

この鎌倉にある会社のHPは以下のアドレスで↓
http://www.grap.co.jp/nugoo/abouttenugui/histry.html

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