最近のトラックバック

2023年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ

6さいのばらーど

  • 6さいのばらーど
    ゆーゆ(井上あずみさんの長女7歳): 「NHKみんなのうた」より

お奨めの1冊

  • 斉藤惇夫作・薮内正幸画: 冒険者たち(ガンバと15ひきの仲間)

« 2016年10月 | トップページ | 2016年12月 »

2016年11月

2016年11月30日 (水)

中部ネパールの旅③ ポカラへ

2016.11.30(水)

この画像を編集 中部ネパール ダウラギリ主峰
投稿者

11月30日WED
前日は、ポカラから空路でジョムソンに入り、Kobangの丘の上にあるLodge Thasang Villageに泊まった。炬燵や1坪弱の日本式のお風呂も備えてある。敷地の前庭にはヘリポートもある。ご近所の集落には申し訳ないような施設である。部屋からもダウラギリ8,167mが眺められるが、屋上からの眺めがとても良い。飽きることがない。ポカラには四駆の車で戻った。

Dscn0452


Dscn0458

ロッジの入口から奥にロッジが見える。背後にはダウラギリ主峰

Dscn0464

2個所のチェックポストを通過した

Dscn0470

タトパニ ここにはプール風の温泉がある

Dscn0471

これはタトパニの道路脇で見かけたイラクサ、葉についている細いトゲに触れるととんでもない痛みに襲われるので要注意。1993年にランタンの谷で用足し中にお尻に触れて飛び上がったことがある。ネパール最強の草である。

Dscn0476

昼食のダルバート

ポカラでは レイクサイドにある「HOTEL TREK-O-TEL」に泊まった。ここは有数のリゾート、夕食は近くの中華料理店に行った。

2016年11月29日 (火)

中部ネパールの旅② ジョムソンJomsomから

2016.11.28(火)

Dscn0357

朝一番、23分のフライトでジョムソンに入った。運賃は@12,000程度。アンナプルナとダウラギリが機上から迫力ある眺めが楽しめた。着陸したジョムソンJomsomは荒涼とした感じのところだ。

Dscn0358
ランドローバーでガタガタ道を行く。

Dscn0367

マルファーMarpha、荒涼とした地形にあってなかなか趣のあるところだ。風が強いところでこういう街並みになったのだろう。屋根にはマキが積まれている。マキの量が豊かさの象徴になるという。

Dscn0369

ダウラギリBCへの分岐があった。

Dscn0379


Dscn0435

ロッジ タサン ビレッジ、この庭にヘリポートもあった。夜は湯たんぽを用意してくれた。

2016年11月28日 (月)

中部ネパールの旅① ポカラへ

2016.11.28MON

朝7時、ツーリストバスでカトマンズからポカラへのバスに乗った。足掛け8時間かかった。


Dscn0283

途中で昼食タイム  Blue Heanen Restaurant & Bar Benight-9,Malekhu(Karamkhola),Dhading

Dscn0285


Dscn0291

ポカラに着いて時間があったので行ってみた。International Mountain Museum Pokahara  ポカラ山岳博物館
Dscn0293


Dscn0292


Dscn0315
河口慧海のコーナーがあった

Dscn0336


Dscn0329

2015.4.25の大震災で地滑りなどで大きな被害を受けたLangTang村

Dscn0345


Dscn0347

レイクサイドにある中華料理店

Dscn0350

2016年11月27日 (日)

11/27 ⇒カトマンズ

2016.11.27

Dscn0216

ルクラ飛行場 飛び立つときは下り坂の滑走路からTake Off

Dscn0220

機内ではアメが配られた。帰路は右側の座席がヒマラヤの展望よし。

Dscn0227

足元には山肌が近くにみえた。

Dscn0231_2


Dscn0245

これはガネッシュヒマール

Dscn0262

カトマンズ空港 オープンな国内線出口

Dscn0272

元外交官であったネパール人のお屋敷を引き継いだホテル。古都パタンを眺望できる。日本人客が多い。オーナーの奥さんは日本人。ここでは天ざるがお目当て。
ここのご主人はタカリー族でツクチェの出身。私らが泊まっているゲストハウスのご主人の弟さんで、これから行くポカラ⇒ジョムソンJomsom⇒マルファMarpha⇒ツクチェ⇒コバンKobangにある山荘のオーナーでもある。

Dscn0269

植栽がきれい。

Dscn0267

ブーゲンビリア

Dscn0266

戸隠で修業したネパール人の蕎麦職人により、手打ち蕎麦が提供されている。天ざるがなかなかいける。ネパールにいることを忘れてしまうほどだ。開放的なテラスでいただいた。

Dscn0275

カトマンズで滞在したゲストハウスの屋上からの眺め、ここはカトマンズ南地区のNew Baneswor

Dscn0273

ゲストハウス Mohan Singh Tulachan  の屋上から

Dscn0279

ここの奥さんが作ってくれるダルバートはなかなか品が良く食べやすい

2016年11月26日 (土)

11/26⇒ルクラ

2016.11.26

Dscn0127

モンジュMONJOの宿で知り合ったペア。成田→モンゴル→ネパール→エジプト→南アフリカ→南米が今後の主な行く先とのこと。1年半を予定していると言っていた。二人とも勤めをやめてやってきた。女性は茅ヶ崎、男性は福岡の出身だという。やるなぁ~

Dscn0130

泊まった宿。ナマステホテルだから、こんにちは旅館(ロッジ)

Dscn0131

大きなマニ車、1回まわすと1回のお経をあげたのに相当するという

Dscn0135


Dscn0136_2


Dscn0138
大工さんのお仕事、もう日本では見られない作業、カンナかけ、ノミでの穴あけなど。

Dscn0154

ダディング開業して2年目という。

Dscn0146


Dscn0147

焼いたパンが並んでいる

Dscn0159

アップルパイとアップルの生ジュース、日本でのフルーツパーラー並みの価格

Dscn0155


Dscn0165


Dscn0181


Dscn0174


Dscn0175



Dscn0193


Dscn0196

咲いていた皇帝ダリア

Dscn0206

女性初めてのエヴェレスト登頂者
ルクラLuklaでの宿は EVEREST PLAZA

2016年11月25日 (金)

11/25⇒モンジ

2016.11.25

Dscn0048


Dscn0071


Dscn0075


Dscn0078


Dscn0081
ナムチェ

Dscn0084


Dscn0093


Dscn0103
ナムチェのバザール

Dscn0100


Dscn0101


Dscn0111

11/24テシング3380m

2016.11.24


Dscn0007


Dscn0012


Dscn0019

タンボチェの僧院

Dscn0036

ここにメモリアルの碑があり、寄ってみた。

Dscn0028

なぜかジュディオングさんの名前も刻まれていた。湯浅道夫さんはRCCⅡの中核となった一人だ。
故加藤保夫氏は日本の登山史に記される重要なヒマラヤ二ストのクライマーの一人だ。

Dscn0035


Dscn0043

右にはアマダブラム、正面左にはローツェとその左にはエヴェレスト

Dscn0042

2016年11月23日 (水)

11/23 休養 アマダブラムBC

2016.11.23


Dscn9089

アマダダラムベースキャンプ 手前が食堂テント、後ろがキッチンテント

Dscn9086

ガイドのヌプさん、国際ガイド、ガイド助手、いずれもグルン族

Dscn9095
これは欧米人の女性二人とガイド

Dscn9099
荷下ろしするゾッキョ

Dscn9100
冷やしうどん、海苔をいっぱい載せてくれた

Dscn9103
海苔巻きも

Dscn9105
ゾッキョ

Dscn9109

これは夕食、私はご飯に持参したのりたまをふりかけた。お米は日本産

2016年11月22日 (火)

11/22⇒アマダブラムBC

Dscn8988


2016.11.22


Dscn8971


Dscn8972


Dscn8976


Dscn8979


Dscn8984


Dscn8985


Dscn8993


Dscn8994


Dscn8995


Dscn9009


Dscn9021


Dscn9029


Dscn9031


Dscn9037


Dscn9051



Dscn9053


Dscn9054


Dscn9071


Dscn9076




2016年11月21日 (月)

11/21アマ・ダブラムC1⇔C2下から戻った

11月21日MON
ヒマラヤのマッターホルンともいうべきアマ・ダブラム6,856m、1961年3月、ヒラリー率いる登山隊が初登頂に成功した。
前日にBC4600mから5800mのCIに登り、この日C2に向かうもC2手前で体が全く上がらなくなり、残念ながらそこからターンした。Photo.はC1からC2に向かう緩傾斜地帯、C1直下からFixed Ropeが張られている。

Dscn8925


Dscn8926


Dscn8930


Dscn8957


2016年11月20日 (日)

11/20⇒アマダブラムC1

2016.11.20

Dscn8886


Dscn8888


Dscn8890


Dscn8897


Dscn8898


Dscn8902


Dscn8907


Dscn8911


Dscn8915

2016年11月19日 (土)

11/19 休養 アマダブラムBC

2016.11.19

Dscn8880


Dscn8881


Dscn8882


Dscn8883

2016年11月18日 (金)

11/18⇒アマダブラムBC4600m

2016.11.18


Dscn8827


Dscn8832


Dscn8834


Dscn8838


Dscn8843


Dscn8844


Dscn8847


Dscn8856


Dscn8862


Dscn8866


Dscn8867


Dscn8870


Dscn8871


Dscn8878


Dscn8879

2016年11月17日 (木)

11/17パンボチェ

2016.11.17

Dscn8781


Dscn8790


Dscn8793


Dscn8802


Dscn8803


Dscn8804


Dscn8814


Dscn8819


Dscn8820


Dscn8823


Dscn8824


Dscn8825

2016年11月16日 (水)

11/16⇒アイランドピーク⇒チュクン




2016.11.16

Dscn8749
標高5800m付近で足が前にでなくなってしまった。

Dscn8753


Dscn8757
氷河湖、今後も温暖化で氷河が溶けて大きくなる。そして堰き止めている部分が崩壊すると下流で大災害となる。実際に南米でそういう事件が何年か前ににあった。

Dscn8761
これはネパールの雷鳥、小さな集団でやってきた。

Dscn8765


Dscn8771
WiFi用のアンテナだろうか。繋がらなかったようだ。ここからターンした。



Dscn0004


Dscn0005
アマダブラム

Dscn0006
チュクン

2016年11月15日 (火)

11/15⇒アイランドピークBC

2016.11.15

Dscn8703
ここまでご一緒したN島さんはここからルクラ、カトマンズへ向かうため同行するトレッキングガイドのハルカスくんとともにお別れした。

Dscn8705


Dscn8707
アイランドピーク、

Dscn8709


Dscn8712


Dscn8714


Dscn8716


Dscn8719


Dscn8721


Dscn8725
圧巻のローツェ南壁 前穂高東壁、北尾根Ⅳ峰正面壁をドドーンと拡大した感じ

Dscn8727


Dscn8743


Dscn8745
アイランドピークBC
ガイドする業者さんの客用に用意した固定テントが多いようだ。

Dscn8748

2016年11月14日 (月)

11/14 休養 ディンボチェ

2016.11.14

2016年11月13日 (日)

11/13⇒ディンボチェ

2016.11.13

2016年11月12日 (土)

11/12エヴェレストのスーパームーン

11月12日SAT.17:25

Dscn8619
カラパタールからの左奥のエヴェレストと右手前がヌプツェ

Dscn8635


Dscn8640


Dscn8643

カラパタールからの下山時、残照のエヴェレストを眺め、そのあとにスーパームーンが現れた。ただし2日後が正式のスーパームーン。左奥がエベレスト、右手前がヌプツェ
天気はポストモンスーンで11/4ネパール入国時から12/9の出国時までずっと快晴続きだった。

11/12 ⇒ ゴラクシェップ⇔カラパタール

2016.11.12

Dscn8576


Dscn8579


Dscn8584


Dscn8592


Dscn8607


Dscn8618


Dscn8634


Dscn8639


Dscn8644


Dscn8647

2016年11月11日 (金)

11/11 ⇒ ロブチェ Lobuche 4930m

2016.11.11

Dscn8519

エヴェレスト街道なので、人が多いのは当たり前

Dscn8522


Dscn8530


Dscn8539


Dscn8543


Dscn8546


Dscn8548


Dscn8550

プモリが近づいてきた。

Dscn8554

マルチディレース EVEREST Trail Race
(6th~18th November 2016) をやっていた。二人が下ってきた。

Dscn8556

エベレストBCから下ってきた女性ナンナー 

Dscn8558_2

この人も下ってきた。腹部にエントリーした印の長方形の布を付けている。下りのゴールはタンボチェ

Dscn8574

ここはロブチェLobucheのロッジ

2016年11月10日 (木)

11/10 休養 ディンボチェ

2016.11.10

Dscn8409


Dscn8417


Dscn8419_2


Dscn8421


Dscn8422


Dscn8431


Dscn8446


Dscn8455


Dscn8470


Dscn8477


Dscn8480

2016年11月 9日 (水)

11/9⇒ディンボチェ4350m

2016.11.9

Dscn8305


Dscn8309


Dscn8311


Dscn8316


Dscn8318


Dscn8329


Dscn8331



Dscn8353


Dscn8365


Dscn8396


Dscn8397


Dscn8404

2016年11月 8日 (火)

11/8⇒デポチェ3758m

2016.11.8


Dscn8186

初めて見えた。アマ・ダブラム(母の首飾りの意)

Dscn8197

ここのホテルに寄ってみたかった。建てたのはネパールの観光開発に深く関わったヒマラヤ観光開発、日大山岳部OBの宮原巌さん、東信州上田郊外青木村田沢温泉の不二家ホテルがご実家だ。ここ青木村は東急を創業した五島慶太の出身地でもある。
このホテル建設については、宮原巌著「ヒマラヤの灯 ホテル エベレスト ビューを建てる」文芸春秋社刊に詳しい。

Dscn8202

我々はおじさん4人組だが、ここのホテルのテラスで紅茶を飲み、エヴェレストやローツェを遠望し、アマダブラムを眺めてみたかった。ミルクティーは@1200円くらいだったと思う。

Dscn8205

ここのテラスは欧米人でとても混雑していた。取り敢えず満足。上高地の帝国ホテルのような雰囲気を味わった。

Dscn8253

バッテイのやんちゃ3人兄弟

Dscn8279

タンボチェTengboche 3867m

Dscn8280


Dscn8284

アマ・ダブラム、見飽きませんね

Dscn8291

2016年11月 7日 (月)

11/7⇒ナムチェ3440m

2016.11.07(月)

Dscn8054

さすが世界有数のトレッキングルート、エヴェレスト街道だけに客は多い。

Dscn8062

タムセルク 6608m

Dscn8068

Monju 集落のはずれにサガルマータ国立公園管理事務所がある。

Dscn8071


Dscn8075

ナムチェに向かう

Dscn8127

ナムチェのメインストリート ここではなんでも揃う。腕時計(Protorek)が動かなくなってしまったので、ここでChina製を1200NRSで買った。

Dscn8128_2

両替もできるし、なんとATMもある

Dscn8130

古くはチベット交易の基地でもあり、現在は週末にバザールが立つ

Dscn8138

ナムチェは標高3440m、このような斜面に建物が建っている。シェルパ族がロッジを経営している。危険なガイドから安全な仕事に移行しているという。その分タマン族やグルン族が進出している。子供はカトマンズの学校に行かせている。シェルパ族は裕福になったのだ。

Dscn8160

左からカラパタールまでのNさん、H隊長、K隊員(私)、T隊員の4名、ストローで吞むお酒は
泊まったのは「プモリゲストハウス」でご主人は、エヴェレスト初登頂時のBCにキッチンボーイで参加したという。
ナムチェではSPCC  Sagarmatha Pollution Committee Center(環境対策委員会)の事務所に出向き、トレッキングピーク(アイランドピーク)とエキスペディションピーク(アマダブラム)への登山の手続きを行った。し尿管理や残置物有無など注意を要する。

(注) SPCC関連HP  ⇒  http://www.nepal-news.net/archieves/others/everest080429.html

この日驚いたことだが、両手にポールを持った片足の欧米人トレッカーとすれ違った。アグレッシブな欧米人には日本人とは大きな違いを感じた。

2016年11月 6日 (日)

11/6カトマンズ(空路)ルクラ2900m⇒パグディン2550m

2016.11.06

6:00発 朝早く空港に行った。大混雑、国内線入口でまず荷物検査、再び荷物をエアラインの検査、機内持込の検査で引っかかった。ナイフが見つからない。それにしてもここの空港にはサルがやってくる。サル暮らす空港だ。

Dscn7971

7:35離陸、着陸進行方向左側の席がヒマラヤを遠望できる。8:05ルクラ空港無事。

Dscn7982

それにしても着陸時は左側の山肌が近づくので気持ちよくない。

Dscn7985

飛行機はフル回転で客を運んでいた。過去に事故もあっただけに、天候確認は厳格に運用している。必ずしもとぶとは限らないので、帰路には予備日が必要だ。

Dscn7987

ルクラの街並み

Dscn7990

ルクラのチェックポスト

Dscn8013


Dscn8014


Dscn8019

パグディン 対岸には大きなホテル、ロッジが見える。

Dscn8026


Dscn8047

ミャンマーから来た団体さん。民族楽器も持参してとても賑やか。

Dscn8050
踊りが好きなようで。

ロッジは基本的には2ベッド/室で上掛けはあるが、11月で高度を上げてゆくのでシュラフを持ち込んで利用した。高度の高いところでは湯タンポ

2016年11月 5日 (土)

カトマンズ・パタン PATAN

2016.11.05(土)

パタンはカトマンズの南5km、パグマティ川の対岸にある。古都パタンの街にはぜひ訪れてみたいと思っていた。パタンの旧名は「美の都」ラリトプールLALITPUR。住民の9割以上がネワール族。中世の建造物を見ることができる。15~17世紀のマッラ王朝時代には三王国のひとつだった。

Dscn7904
修復工事が進んでいた。

Dscn7907
ここの歴史保存地区への外国人観光客のエントリーフィーは@1000NRS。

Dscn7908


Dscn7906


Dscn7910


Dscn7903


Dscn7911


Dscn7916
あざやかなブーゲンビリアが咲くHOTEL SUNSET VIEWの庭にて
ネパールではどこでも咲いていた。ポインセチアも。

2016年11月 4日 (金)

ネパール カトマンズへ

2016.11.4(金)
自宅/タクシー4:30発⇒4:45着/相模大野駅/5:05発➡(リムジンバス)➡7:25着/成田空港9:10発⇒(KE706)⇒11:50着/仁川空港乗り換え/14:05発⇒(KE695)カトマンズ/18:50着 ※インド首相送迎で1時間遅れ

Dscn7889
カトマンズの空港内にて

Dscn7891

遅い夕食は宿泊するゲストハウス近くのHOTEL SUNSET VIEW内の居酒屋へ行った。メニューも日本式。ここは日本人客が多いホテルだ。お蕎麦が売りで天ざるが食べられる。
カトマンズでの滞在先はカトマンズ南東部、空港に近いNEW BANESWORにある(モハン・シン)トラチャンハウス Mohan Singh Tulachan 登山関係者やトレッカーにはここがよい。HOTEL SUNSET VIEWの経営者は弟さん。兄弟の一人は信州大学農学部に留学したが、帰国後事故で亡くなったという。ここの一族はツクチェ出身のタカリー族。ツクチェでは蕎麦を栽培するようになった。信州大学関係者とはそんな交流もあった。日本語も通じるし美味しいダルバートも食べられる。種々相談にものってもらえる。居心地のよいゲストハウスである。ホテルへも歩いてすぐのところにある。

« 2016年10月 | トップページ | 2016年12月 »