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6さいのばらーど

  • 6さいのばらーど
    ゆーゆ(井上あずみさんの長女7歳): 「NHKみんなのうた」より

お奨めの1冊

  • 斉藤惇夫作・薮内正幸画: 冒険者たち(ガンバと15ひきの仲間)

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2015年8月

2015年8月31日 (月)

帰途、明野町のテーマヴィレッジ「ハイジの村」に立ち寄る

2015.08.31(月)

 帰路は川上村から信州峠を越え塩川ダムを通り、明野町のクララの湯方向を走った。ここ明野町に山梨県立フラワーセンターがあるのは知っていた。神奈川県には大船フラワーセンターがある。通り道にあるのでそういうイメージで寄ってみた。何のことはない県立のテーマパーク施設であった。
 もともと1998年に県立フラワーセンターとして、豊かな自然を身近に感じ、花とふれあえる場、花の生産振興の拠点として開設された。バブル期には自治体もハコものやこういった施設設置を熱心に進めた。
 結局思うように運営が進まず赤字が膨らんだ。自治体事業の失敗である。そこで2006.4.1にテーマパーク施設として指定管理者(㈱ハイジの村)による運営委託に移行した。親会社は桔梗信玄餅である。


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駐車場に展示してあった。

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入口から入場すると中庭にでた。
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正面には甲斐駒ヶ岳やアサヨ峰

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ヒマワリ迷路の最終日でだいぶヘタっていた。

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アルプスの少女ハイジがテーマ

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シンボルの展望塔をバックに大規模な花壇が展開している。

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この車で園内を1周できる。

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セグウェイもあった。

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展望塔から中庭を見下ろしてみた。県立フラワーセンターといいながらも実態は物販主体のテーマパークだ。入場者にはいっぱいお金を使ってもらわねばならない。もう県立フラワーセンターには戻れない。私の入場券には、No. 745828 と印刷されていた。
もちろんここでアニメーション「アルプスの少女ハイジ」のストーリーをすべて知ることが出来たのは収穫であった。
花と幸せのテーマビレッジ ハイジの村 にて (山梨県北杜市明野町浅尾2471)

廻り目平からの帰途

2015.08.31(月)朝まで雨、のち曇り

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週末は天気が悪く、月曜の朝はこんな感じでテントがすっかりなくなってしまった。朝には雨は止んだ。
その後、テントやターブを乾かすことができた。キャンプを撤収して元通りにした。

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川上村内のあちこちの道路やレタス畑には花壇が多い。害虫対策になるのだろうか。

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川上村のヒーローともいえる宇宙飛行士油井さんのノボリがいっぱいたなびいていた。

2015年8月30日 (日)

廻り目平BCにて・・・国際交流

2015.08.30(日)小雨

前日の夕方、近くのスペースにテントを張ったアメリカからやってきた若者3名が今朝、温泉がないかと尋ねてきた。隣村の清潔で大きな施設がある南相木村の「滝見の湯」を紹介した。しかし彼らは公共交通機関で来たため、彼らだけでそこへ行くのは極めて効率がよくない。よって彼らを伴い同行のO島さんとともに一緒に行くことにした。車に乗せた。
この施設の上流に東京電力のロックフィルダムができている。つまりこの入浴施設はダム建設の見返り施設なのだろう。ここの経営は㈲南相木村故郷ふれあい公社。入場料@450

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湯上りの3人。満足の様子,左から、Helley Kaya-KLauderer (from New York)、真ん中は、Riley Rice (from Oregon) 右側は Josh Cofsky (from Boston)
湯上り時の男子更衣室では日本の若者とアームレスリングとなった。丸太のような腕の外人にかなうわけがない。結果は見えていた。日本人グループの若者たちも交えて露天風呂でも楽しい交流ができた。

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ランチタイム、チケットは自販機で絵をみながら購入。彼女はソースかつ丼を注文した。味がついている丼にさらにソースをかけようとしたので、Stopをかけた。

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彼はたぬきうどん。ハシで器用に食べていた。

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から揚げを注文。彼もソースをかけようとしたのでStopをかけた。

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廻り目平のキャンプ場に戻る途中、川上村役場の隣りにある森の交流館、川上犬保存展示施設を案内した。1921年国の天然記念物指定、純血を保ち続けている。戦前には猟師に伴われた猟犬の血が流れている。後ろ脚の強さに定評があるとのこと。

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天然記念物川上犬を観る。

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犬にもそれぞれ個性がある。人懐こく寄ってくる犬や遠くに離れてこちらを見つめる犬、吠える犬、このワンチャンは犬小屋から出ずに我々を心配そうに見守っていた。臆病そう。その表情が面白い。

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夕方はわれらのサイトに合流。

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夜、携帯スピーカーを取り出してきた。結構な出力のあるものだ。このスピーカーの商品名は「Jawbone Minijam Box」とのこと。最新曲だけでなくビートルズナンバーも彼らは楽しんでいた。YesterdayやLet it beなども。話は尽きない。Do you know Beach  Boys?・・・
Yale Univ.(USAアイビーリーグのひとつ)を卒業した22歳の若者で卒業旅行のようだ。都内のクライミングジムで小川山を教えられたという。この日は温泉施設から戻った後、3人はリバーサイドに向かった。壁は乾いていないし、強いにわか雨にも遭って戻ってきた。
いかにも育ちのよいGeniusな若者たちだった。別れ際、彼女は私の帰路に対して、安全運転で帰ってくださいねと気を配ってくれた。
こんな時、英会話の堪能な外大卒の甲府のKINUさんやMN山の会のK川さんがいてくれたらなと思った。携帯電話で友人のN川にも登場してもらった。こちらは身振り手振りのボディランゲイジやアイコンタクト、筆談となんでもあり。恥ずかしさはかなぐり捨てた。私は聴力がやや弱い。

【追記】
8/31朝、明け方まで雨だったので左岸に早く乾く岩場へのアプローチを紹介した。行きがけのキャンプ場では、クライミング三昧生活の関西のK端さん、S原さんに出合った。林道から八幡沢左岸、ガマスラブ、左岸状スラブのそれぞれの入口ケルンまで案内した。廻り目平には4泊するといっていた。いくらかでも安くなるようにキャンプ場精算は回数券併用を勧めておいた。次に訪れるエリアは北アルプス立山だそうだ。

2015年8月29日 (土)

八ヶ岳山麓の食堂 仙人小屋での昼食

2015.08.29(土)

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八ヶ岳山麓の鉢巻道路に面した個性的なお店。大繁盛。

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外には熊の毛皮が貼られていた。

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後ずさりしそうなメニューがある。熊や鹿の肉、ハチの子のドンブリ・・・

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私はキノコの天婦羅を注文した。

この日、廻り目平キャンプ場のAサイトは貸切りで、朝から結婚パーティの準備が行なわれていた。出席者は100名以上で友人たちを中心に企画運営された。

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戻ったら、無事終了したとのこと。残念ながら晴天というわけにはいかなかった。

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おめでたい日であった。

美濃戸口の「長谷川恒男記念庫」訪問

2015.08.29(土)

天候が悪く登れないし、テントやターブは濡れて撤収も適切ではないので、K取夫妻とともに八ヶ岳の登山口、美濃戸口にあるメモリアル施設に行くことにした。
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美濃戸口にある太陽館、本年5月、ここに長谷川恒男記念庫がオープンした。開設したのは奥さんの長谷川昌美さんである。(註:長谷川恒男 1947-1991)
入口には訪問者の署名簿がある。私は214人目だった。5月の署名を見たら早大山岳部OB、1965年ローツェ・シャ―ル早大登山隊で7,050m付近で雪崩に遭遇し負傷して仲間に救助された当時、元東京新聞記者の成川隆顕氏の名前があった。この登山隊の後援は朝日新聞社であった。

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二村さんの造った特製のピッケルやバイル。ピックの先端に注目!尖っていない。氷ったクラックにねじるように差し込んだのだろうか。登山道具は時代の変遷を反映しているので興味深い。

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ミゾーのバイルなら同タイプ(形状が鳥のくちばし状)のものを私も持っている。古くなっても処分し難い。

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冬期用の3重靴(左)と2重靴(右)、下の棚にはワイヤーで固定する軽量のアイゼン。

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壁面には彼のスナップ写真がいっぱい。

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この時計はナダレに遭った時刻で止まったという。
ここの館長さんは、もと「グループ・ド・ボエーム」の武藤 昭さん。当時の盟友だった佐内 順さんのその後について教えていただいた。41歳で亡くなったと伺った。

2015年8月27日 (木)

夏の終わり

2015.8.27(木)曇り、午後晴間あり ここ3~4日は涼しい。

8/26は天気が良くない、よって綱島のビッグロックに4人でジムトレに行った。
クラックの練習ができる貴重なジムだ。

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K川さんがなぜか高級チョコレートをくれた。

8/27 朝の散歩は久しぶりに相模緑道

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落葉広葉樹緑が濃い

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丹沢山塊方面は雲で覆われていた。

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4月初めには花桃がきれいに咲く。いまの時期には実をつけていた。緑道にて

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自宅には百日紅が咲いている。

今週末はこの夏最後の廻り目平に行くことになる。

2015年8月24日 (月)

8/24夕方 小川山廻り目平から戻った

2015.8.24

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8/22 ベースキャンプにて 夕方来客1名(大阪P会のTDさん)あり。

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8/23朝のうちは小雨、 昼前から近くのガマスラブでK湊さんのTr.クライミング特訓、ガマスラブ右端。1回目は左足で20回ほどトントンと躊躇の足踏み。2回目は2回のトントン足踏みで越えることができた。別動隊は、湯川のクラックに向かった。
前日、K湊さんは「春の戻り雪」で4Pのマルチピッチを体験した。別パーティは八幡沢左岸スラブへ。
8/23 夕方みんな帰り私が残った。 当夕方、那須から来たI芹さんペア、東京郊外のS谷ペア、水曜から来ていた兵庫・広島のY岡さんペアらと大きな食堂テントで歓談しながらI芹家庭菜園で収穫したスイカをいただいた。

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8/24 廻り目平の朝 時雨ていたが次第に回復。
ファミリーできている家族も多い。小さな男の子に話しかけてみたら誇らしげにクワガタを見せてくれた。

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川端下地区にオープンしたピカピカの川上山荘。先週内部を見学させていただいた。

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川上村の大型スーパー ナナーズ 今シーズンから 敷地内にpatagoniaが出店している。8/20-8/24 SALE 30%-40%OFF
ここで土産に好物の浅間納豆を3個、木綿豆腐2丁、レタス1個@99を買ってクーラーBOXに入れて持ち帰った。


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帰路 川上村のレタス畑  この日は夕方、北ア涸沢方面へ移動予定だったが台風接近のため中止して、信州峠経由で自宅に帰った。
盛夏は過ぎた。窓を開けて運転した。秋の訪れを感じたそんな一日だった。自宅でもエアコンは不要だった。

2015年8月19日 (水)

8/19昼前 小川山廻り目平から戻った

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8月15日(土)自宅→廻り目平BC 八幡沢大滝右岩壁のクラック

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ここにはキャンプ地から50分ほどかかった。

8月16日(日)西股沢対岸の岩場、リバーバンクエリア

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前日から何回もチャレンジして、5・12のRPに成功したFCを始めて2年目の努力の人、Nさん。」

8月17日(月)朝から雨で寒い。役場付近の気温は16℃。
南相木村の滝見の湯♨(入浴)を経由して、標高約1,200mの佐久市美笹別荘地に家族と離れて通年単身でお住まいの知人A宅を訪問した。

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川上村のいたるところにレタス畑が広がる。豊かな村に変貌した。戦前は林業、狩猟、子馬の生産が主な仕事だったという。

8月18日(火)天気回復、前日夕方から加わったK川さんも含めて4人でスラブ状岩壁とガママルチルート上部へ。

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ガマルート最終ピッチ。眼下には西股沢、対岸の山が眺められ、前日大雨が降っただけに緑が眩しい。ここのTopの眺めは素晴らしい。Photo.は女子大ではスキー部だったMN山の会のK川さん。

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夜は炭を起こし秋刀魚ととうもろこしを焼いた。炭の持つ遠赤外線の加熱はとても美味しい。前日の晩には輸入モノだが、マツタケも食べることができた。

8月19日(水)BCから私だけ帰宅するため、朝7時半にはキャンプ場をチックアウトした。

川上村役場付近は気温20℃との表示がされていた。

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役場建物には村の英雄、宇宙飛行士由井さんの横断幕がかかっていた。いたるところにノボリも立っている。村の小中高生には夢が身近に感じられたに違いない。

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川端地区に今シーズンから新たに民営の川上山荘がオープンした。食堂には大きなマキストーブが据えられ、壁には人工壁が備えられていた。お風呂は24時間OK、外来入浴は@300。今年は冬もやってみるとのこと。新しい施設は魅力的。1泊2食付 @6,700~

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自宅への帰路、信州峠経由で甲州茅が岳側に位置する明野町の名所、ヒマワリ畑をみて帰途についた。後方に見えるのは甲斐駒ケ岳。

2015年8月12日 (水)

8/12早朝、小川山廻り目平から戻った

2015.08.12(水)曇り

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8月07日(金)午後1時すぎにNana'sで買い物してから廻り目平到着、KTさんとBCを設営した。混雑というほどではない。

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8月08日(土)私は休養

8月09日(日)みんなで弟岩 3ピッチの「小川山劇場」大人5名と小学4年生1人 に行った。BCに戻ってからたこ焼きパーティ

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ナナーズへの買物途中に立ち寄った役場となりにある川上村林業総合センター「森の交流館」。ここに併設されている川上犬の保存飼育施設がある。10頭くらいいるだろうか。それぞれ性格が違う。これは人懐こい「スズ号」。

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夕方、たこ焼き、子供たちは手を出したくて仕方ない。兄ちゃんが手をだせば、弟も負けていられない。

8月10日(月)

8月11日(火)左岸状スラブ

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8月12日(水)石和24H温泉 カイセン早朝発~帰宅 ※カイセンでは誕生月無料でケーキまで出してくれた。

朝夕はとても涼しい。日中でも陽が陰ると涼しい。8/10&11に夕立がきた。

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8/11午後1時半ころヘリコプターが烏帽子左岩稜に飛来した。事故があったようだ。落ちれば岩稜の両サイドは樹林帯なため、引き上げがたいへんだと思う。写真上段中央にホバーリング中のへりが写っている。
夕方にも再度飛来してきた。

2015年8月 5日 (水)

南アルプス南部(三伏峠から光岳)の山旅アルバム⑥ ~易老渡へ下山

8月4日(火) 快晴 光岳小屋キャンプ地~易老岳~易老渡~遠山郷かぐらの湯~帰宅

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光小屋から頂上まで空身で15分もかからなかった。

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今回の山旅の最終日、日の出を光岳(2,591m)の頂上で迎えた。

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南アルプス南部はとても山深いところだ。

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帰路、振り向くと光小屋。この静岡県営小屋を原田夫妻が守っている。右の建物が洋式のバイオトイレだった。山小屋のトイレもずいぶん変わったものだ。ありがたい。

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イザルヶ岳の分岐点、センジュヶ原が広がっている。
光岳エリアは雲上の森林公園ともいえるところだ。この山旅で最も気に入ったエリアだった。

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沢筋を下ってゆく。前日すれ違った年輩者が羅臼岳のルートに似ている地形があったといっていたがこの沢筋のことだと思う。

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易老岳頂上から易老渡までのきつい下りには、下から頂上へ30番までの番号がふられているこんな表示がかかっていた。登りも下りもこのカンバンに励まされる。この日、光岳山頂から易老渡までの高度差は1,730m、易老岳から易老渡までの高度差は1,500mでひたすら下降を続けた。上がって来るのはたいへんだ。

 易老渡は天竜川に注ぐ遠山川、遠山郷木沢エリアから約20キロ奥に位置する。今回、ちょうど静岡市に帰るという登山者2名が易老渡の駐車場にいたため、声をかけたところ遠山郷まで快くワンボックスカーに同乗させていただくことができた。炎天下の林道を歩くと4時間かかるという。南アルプス登山口にあたる木沢地区で降ろしてもらった。とてもありがたかった。ここで飯田市の友人を待った。

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ここは秋葉街道宿場町の面影を残す山間の旧城下町、中世の豪族遠山氏のお膝元として栄えた遠山谷の中心地。ここにできた真新しい道の駅遠山温泉「かぐらの湯」に立ち寄った。補助金?ゆえかデラックスに造られていた。足掛け1週間の山旅の汗をここできれいに流すことができた。
南信州の天龍村、阿南町、下條村、飯田市を走り、中央道松川ICから帰途についた。

(5時頃頂上往復後、テント撤収、光小屋5:40-易老岳7:20-易老渡10:00-(かぐらの湯)-神奈川の自宅19:20)

南アルプス南部(三伏峠から光岳)の山旅アルバム⑤ ~光岳小屋キャンプ地

8月3日(月) 晴れ 聖平小屋キャンプ地~上河内岳~光岳小屋キャンプ地

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朝の聖平小屋

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左から聖岳、赤石岳、荒川三山の大きな山脈

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南アからみる富士山はとても端正な姿を見せてくれる。

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上河内岳を眺める。右側の肩に上がり、空身で往復した。

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上河内岳山頂2,803m

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上河内岳の肩に南より上がってきたパーティ。どこかの大学WV部だと思う。


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南アルプス南部の盟主、聖岳、赤石岳、荒川三山

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南部の光岳方面が眺められる。さらに静かな縦走路となる。

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茶臼岳を越えて、仁田池付近の草原

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植生保護のため木道が設置されていた。

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ここは喜望峰2,500m、ここからさらに易老岳へ向かう。

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樹林帯にある易老岳2,354m

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ルートは主稜線から谷筋に変わってゆく。

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静高平の水場、ヒシャクが置いてある。とても美味しい。ここで必要な水を汲んでゆく。

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センジュヶ原① 明るく広い草原に出た。

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センジュヶ原② 先に光岳小屋が見える。

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夕方4時すぎから夕立となった。7時近くまで降った。雷も響きわたった。雨中の設営となった。

(5時頃頂上往復後、テント撤収、聖平キャンプ地5:55-上河内岳8:30-茶臼小屋9:50-茶臼岳10:55-希望峰11:40,12:00-易老岳13:30、13:40-三吉平14:30-光岳小屋16:10)

南アルプス南部(三伏峠から光岳)の山旅アルバム④ ~聖平小屋キャンプ地

 8月2日(日) 晴れ 百間洞山の家テントサイト~聖岳~聖平小屋キャンプ地

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中盛丸山

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兎岳

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聖岳への登路は兎岳山頂からいったん大きく下ってから聖岳の山頂に登り返すことになる。

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聖岳頂上、ここまで暑かった。

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ここに至り南ア南部の大物3つを越えることができたので取敢えずホッとした。

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頂上からの下降路。

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登山道で岩の棚(自然物)に誰かが作ったような・・・。

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遙か下方に聖平小屋があった。

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聖平小屋前のキャンプ地(標高2,260m)

(百間洞山の家キャンプ地5:25-中盛丸山7:20‐小兎岳7:50-兎岳8:35、8:50-最低鞍部9:35-聖岳頂上11」35、12:05~聖平小屋キャンプ地14:00)

南アルプス南部(三伏峠から光岳)の山旅アルバム③ ~百間洞山の家キャンプ地

8月1日(土) 快晴 荒川中岳避難小屋~荒川小屋~赤石岳~百間洞山の家キャンプ地

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荒川中岳避難小屋の夜明け、南アから眺める富士山は端正な姿だ。

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眼下には荒川小屋、ここの水場の水も美味しい。前方が赤石岳



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荒川前岳の静岡県側斜面。ここで53年ほど前の正月に大きな報道となった雪崩遭難事故が起きた。

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後方の大きい山が荒川岳、山稜左奥の突起のように見えるのが越えてきた烏帽子岳だと思う。

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ツアーパーティもいて賑やかな赤石岳山頂、山頂避難小屋で缶ビールをいただいた。

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百間洞山の家、キャンプ地は赤石寄りに整地されたサイトがあった。この日はほかに高松から来たペアが1張りで静かであった。小屋は結構泊り客があった。ここはの夕食はトンカツが有名だそうだ。

(荒川中岳避難小屋5:50-荒川小屋6:45-大聖寺平7:30-小赤石岳9:05-赤石岳9:35-百間洞キャンプ地12:00)

南アルプス南部(三伏峠から光岳)の山旅アルバム② ~荒川中岳

7月31日(金) 快晴 小河内岳避難小屋~荒川中岳避難小屋 悪沢岳ピストン

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早朝の小河内岳避難小屋

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右奥にはひときわ高く荒川岳が聳え立つ。

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小河内岳2,801m 

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板屋岳から高山裏露営地に向かう。越えてきた稜線を遠望。

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高山裏露営地にある避難小屋、ここの管理人さんは77歳とのことだった。この先巻道となる。15分くらい先に水場があった。とても美味しい水場があった。

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前岳に至る主稜線、積雪期特に厳冬期にはルート選択に悩むことと思う。、

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前岳北側斜面

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荒川前岳3,068m

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荒川中岳3,083m
ここで荒川小屋キャンプ地に向かう予定を変更した。目の前の立派な山容の荒川三山の主峰、悪沢岳に登りたくなったからだ。この日は中岳避難小屋に泊ることにした。」

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悪沢岳の登路では、ヒナの雷鳥が後ろから私を追い抜いて行ったので驚いた。近くにほかのヒナとともに親の雷鳥がいた。

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荒川東岳(悪沢岳)3,141m

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東岳山頂から東側方面 丸山(ダルマ山、悪沢ノ頭3,032m)が見える。

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荒川岳中岳避難小屋、寝るところは2階であった。やや古い避難小屋だが、気持ちの良い管理人さんがいた。ここも東海フォレストの所有。ここはキャンプ禁止。
(小河内岳避難小屋5:50-高山裏露営地8:50、9:20-水場9:40-荒川岳前岳12:30-荒川岳中岳12:50-荒川岳避難小屋12:55 荒川岳東岳ピストン 小屋13:45→山頂14:35、14:45→小屋15:30)

南アルプス南部(三伏峠から光岳)の山旅アルバム① 鳥倉登山口~小河内岳

 7月30日(木) 晴れ 1/6 鳥倉林道登山口~三伏峠~小河内岳避難小屋

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鳥倉林道駐車場にあるゲート。飯田市の友人にここまで送ってもらった。ここから歩きだした。
以前だと三伏峠へは塩川土場からの登路だったはずだが、いつの間にか変わっていた。

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林道を40分ほど歩くと鳥倉登山口(1,875m)があった。ここまでマイクロバスをやや大きくしたような中型の伊那バスが夏山期間(7/18-8/30)に運行している。1日に2便ある。伊那大島6:45と12:10発、鳥倉登山口発は9:10と14:25の2便がある。

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麓の大鹿村は歌舞伎が有名。ブルーポピーの栽培でも知られている。

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三伏峠までの登路にはときどきこんな木道がいくつもでてきた。途中美味しい水場もあった。登り始めの1時間は体が慣れず辛い。

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三伏峠2,560mは日本一標高の高い峠だそうだ。翌日は荒川三山を越えたいので、ここのキャンプ地には泊らず先にある避難小屋までを行程とした。

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烏帽子岳(2,726m)の下りの縦走路。この先にある前小河内岳(2,784m)の下りでは雷鳥親子に出合った。

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東海フォレストが建てたきれいな小河内岳避難小屋が見える。夏山期間は管理人が入っている。加熱処理した天水1ℓが自炊用として提供された。また夕方、量は少ないが揚げたての野菜の天婦羅をサービスとして出してくれた。これは美味しかった。この日ここに泊ったのは8人だった。眺めの良い小屋だった。
(鳥倉林道駐車場7:45-鳥倉登山口8:25、8:45-三伏峠11:40,12:05-烏帽子岳12:55-前小河内岳13:45-小河内岳避難小屋14:40)

2015年8月 4日 (火)

南アルプス南部(三伏峠から光岳)の山旅

2015.08.04(火)

 7月29日(水)から8月4日(火)に南ア南部の一人山旅に行ってきた。予備日や休息日も予定していたが、好天続きで使うことなく2日間繰り上げて下山した。日程は以下のとおり。

7月29日(水) 自宅⇒(中央道経由約245㌔)⇒飯田市の友人宅泊
7月30日(木) 鳥倉林道登山口~三伏峠~小河内岳(営業)避難小屋
7月31日(金) 小河内岳避難小屋~荒川三山中岳(営業)避難小屋 悪沢岳往復
8月01日(土) 中岳避難小屋~荒川小屋~赤石岳~百間洞山の家キャンプサイト
8月02日(日) 百間洞山の家キャンプサイト~聖岳~聖平小屋キャンプサイト
8月03日(月) 聖平小屋キャンプサイト~上河内岳~易老岳~光小屋キャンプサイト
8月04日(火) 光岳往復 光小屋キャンプサイト~易老岳~易老渡⇒遠山郷かぐらの湯⇒(中央道松川IC)⇒帰宅

 今回の山旅をまとめてみると、上河内岳から光岳へのたおやかな縦走ルートは出色で、とりわけ光岳周辺の緑の景観には心が揺さぶられた。光岳人気に納得した。8月3日(月)のデジカメのショット数が最も多かった。
 なお、三伏峠途中や高山裏露営地、荒川小屋、百間洞、聖平、光小屋手前の水場で得られた水は、奥秩父千曲川源流に滲みでる水場のように冷たくてとても美味しく感じた。

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光岳静高平の水場、まわりはトリカブトの群生地。

 テント持参で8日分の食料と初日の小河内岳避難小屋で使用する水を持参したので、ザックは20㎏超となってしまった。初日は辛かったが雷鳥に出合い癒された。

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なかなかこちらを向いてくれない親の雷鳥。近くには雛が3羽いた。前小河内岳の下りで見かけた。

 足元はローカット5・10のアプローチシューズ、衣類はノースフェースの長袖丸首シャツ、ミズノのクールテック襟付き半袖シャツを重ね着、パンツは生地と縫製がしっかりしているVAUDE(Korea)。 トレッキングポールは超軽量のHelinox(Korea)、ザックはモンベルの80ℓエキスぺディションパック、帽子はディズニーキャップ(初日に失くしてしまった)、弱くなった左右の膝には新たに購入した圧迫固定サポーターを装着した。

 今まではトレッキングのような縦走はいつでもできるとして岩登り等を優先してきた。しかし、昨今年齢を重ねてくると体力が落ちてきたことを実感するようになり、歳がいってから歩こうと考えていた南ア南部の山旅に出かけることにした。実際に行ってみたら高齢者が実に多かった。軽装で行けるようになったからだと思う。ガイド引率のツアーパーティも見かけた。そういう面では少々がっかりした面もあったが、聖平以南から光岳までの山懐の深いエリアの縦走にはお釣りがくるくらい十分に満足できた。70代の方も目立った。大丈夫かなと思われるようなお爺さん(70後半?)にも荒川岳で出合った。高山裏露営地にある避難小屋の管理人さんは77歳だといっていた。結構なことと思う。

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