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6さいのばらーど

  • 6さいのばらーど
    ゆーゆ(井上あずみさんの長女7歳): 「NHKみんなのうた」より

お奨めの1冊

  • 斉藤惇夫作・薮内正幸画: 冒険者たち(ガンバと15ひきの仲間)

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2015年3月

2015年3月29日 (日)

玉川学園 桜・樹木等の野外講座

2015.03.29(日)晴れ、曇り、午後3時には降雨

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自宅居間からの桜、まだ一部咲きか。

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駅から玉川学園正門へのアプローチ。二分咲きの老木、ソメイヨシノ

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10:30開始  9号館前のスズカケノキの前からスタート

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しだれ桜の解説、

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農学部敷地のソメイヨシノ。咲きだしていた。駅前より遅い。

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菜の花畑。谷あいに宅地が迫ってきている。

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花弁とガクの解説

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奥に教会、手前右に観音様、寛容さのある学園。
11:55終了
体調不良は半月に及んだ。

2015年3月28日 (土)

孫の春休み

2015.03.28(土)晴れ

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この子にとって2回目となる町田リス園。

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タイワンリスの放し飼い広場、約200匹が放されている。

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茶目っ気

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0飼い慣らされた台湾リスとのこと。エサはヒマワリのタネ。オープン時はお腹を空かせてあるらしく食い付がいい。飛び乗ってくるとびっくりしてエサを投げだした。


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人間を恐れず

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小動物がいっぱい。こちらのエサはキャベツやニンジン。
ニホンリス、キタリス、エゾリス、アカリス、シマリスがいる。プレーリードッグもいる。

ファミレスで昼食をとり、古淵のIYとイオンで買い物し、公園へ移動。

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相模原市立公園、天気が良いので家族連れが繰り出して大賑わい。

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遊具がいっぱいある。

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何回も滑り込む。遊具で遊びたかったらしい。

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ポニーにも乗れる。暖かな春の一日となった。来月4月から小学1年生となる。

2015年3月27日 (金)

サクラ咲く

2015.03.27(金)快晴

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黒河内病院の小彼岸桜9分咲き=ほとんど満開、ここの元院長さんが信州伊那谷の高遠町出身で患者さんのために高遠の小彼岸桜を植えたと、ここにお花見に来ていたお年寄りから聞いた。

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車いすの入院患者さんが建物からでてきた。

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幸せな気分になるから不思議だ。これも桜のチカラだと思った。
小彼岸桜は樹冠の広がりはあるが樹高は5m程度で高い大木にはならない。

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これは自宅前の小公園、園芸品種の老木ソメイヨシノ。開花が始まった。エドヒガン×オオシマザクラ、接ぎ木で増やす。よってクローンである。

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この花には時節柄、清楚という言葉がぴったりだ。前日は2~3の開花だった。これで土日には一気に開花しそう。桜から元気をもらいたいと思った。

体調を崩してもう半月となる。まだ不調である。医師から処方された5日分のカゼ薬は、①PL配合顆粒、②メジコン錠15㎎、③ネオヨジンガーグル7%、④トローチ剤

2015年3月25日 (水)

桜の話を聴きに行ってきた

2015.03.25(水)

「日本のサクラ類、石川晶生 桜は春の訪れを知らせる使者の代表であり、自然の変化の指標植物でもあった。まさにすべての活動はさくらの開花から始まったといえる。山野に咲く艶やかな桜の花と周りの春の風景を眺めながら田を起こし、その年の豊穣を願ってきたことだろう。桜は昔から人々の暮らしの中から親しまれてきた花であり、日本を代表する花なのである。」・・・講座テキストから

地元にさがまちカレッジ(学ぶことは、面白い-暮らしの中の身近な学び-)というカルチュアものというか、そういう企画があるのを知った。興味の湧くテーマを聴きにゆく。参加費は@1000円で、場所は玉川大学、講師は石川晶生さん。90分の講座だ。50名募集のところ80名の申込みがあり、全員受け入れてくれた。1か月前に申し込んでおいた。いまの季節にマッチしたテーマで関心が集まったのだろう。

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玉川学園は多摩丘陵の端に位置する。よって坂だらけのキャンパスである。とにかく自然環境が抜群である。キャンパスは小田急線を跨いで61万平方メートルに及ぶ広大なものだ。敷地は東京ドーム13個分に相当する。
成城学園の流れをくみ、良家の子女が通う学費の高い学校であるというのが沿線イメージだった。当時の私には私学は無縁の世界だった。男子生徒の制服は紺色のスーツとネクタイでこれに憧れて玉学の高校に進学した仲間のS山クン(彼は当時中学生ながらVANブランドで決めていた)がいた。

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敷地内の二つの建物に惹かれた。模築と記してあったが、これはあまりにも有名な松下村塾。生きた学問の重要性を説いた吉田松陰の思想に共感した山口県出身の学生らにより1966年に完成。2011年に建て替え。どおりで真新しい。学生の活動に使われていた。
25年位前に家族とともに山口県萩市に行ったことがある。とても質素な平屋だった。

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儒家 廣瀬淡窓が江戸後期の1817年、豊後日田に設けた当時日本最大規模の私塾 咸宜園(かんぎえん)。この模築も学生らにより1969年完成、2011年に建て替えられた。
「咸宜園」とは咸く宜し(ことごとくよろし)の意味で、門下生一人ひとりの意志や個性を尊重する教育理念を塾名に込めた。入学金を納めれば身分の差や男女の差もなく入塾が許された。80年続いたという。初めて知った。知らないことを知ることは楽しいことだ。桜の話を聴きにきたのだが、おまけを先にもらったような気になった。
咸宜園HP⇒ http://www.city.hita.oita.jp/kangien/kangien.html

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特定宗派のミッションスクールではないが、礼拝堂があった。

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講座終了後、すでに開花している「寒緋桜」を観察する受講生。桜のうんちくが深まったような気がした。

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接写してみた。この桜の花弁はヒラヒラと散るのではなく、バッサリ落ちるという。

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桜の老木。場合によっては空洞のなかに根が伸びて生き残ろうとする例もあるという。
樹木の一般的な剪定のやり方を教えてくれた。いままでは単に適当に切り詰めていただけだった。切った枝の跡をきれいに覆ってしまう自己復元の例も紹介してくれた。
※調布の国領あたりの野川沿いに観るべき桜があると教えてくれた。

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蕾みが膨らみ、開花間近だ。

3月29日は春のキャンパス公開日だそうで、石川さんが学園内の桜を案内・解説してくれるという。
今回の講師、石川晶生さん・・・玉川大名誉教授、玉大では自然科学・生命科学を教えた。都内に生まれ玉川大学農学部に進学し育種・園芸研究室で学んだ。当日、穏やかな語り口でキャンパス内の桜だけでなくその他の樹木や花などの話を聞くことができる。日本櫻学会員、樹木医でもある。いかにも品のよいおっとり玉学育ちという雰囲気の先生だ。

野生種(種の集団につけたもの、6群10種)と園芸品種(固有名詞のようなもの、約300種)、染井吉野とは(オオシマサクラ×エドヒガン)、小彼岸桜とは(マメサクラ×エドヒガン)、なぜ一斉に開き一斉に散るのか⇒クローンだから。趣向の地方差としては、江戸では一斉に開花する派手な桜が好まれた。逆に京都では1本1本の個性が好まれたと解説してくれた。
後ろに座ったオバちゃんが町田市の桜の3名所を教えてくれた。・・・①恩田川沿い、3㌔、②尾根緑道、1.5㌔に450本、③芹が谷公園
いよいよ春本番、浮き足だってきた。

2015年3月23日 (月)

平日の岩登りトレーニング・・・厚木郊外

2015.03.23(月)晴れところにより・・・

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新しく設置された道標。通称「対岸の岩場」前は、初めて聞く「滑岩」という表示でした?

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弁天岩トップへ、HRさん

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弁天岩トップの確保ポイント、昨年支点をリボルト、より安心に。

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下降する上Eさん

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45mの懸垂開始、F川さん、自分が信じられない。怖いと・・・。

午後3時前、小雨に見舞われる。山沿いのみ。

2015年3月22日 (日)

週末は静養でした

2015.03.22(日)晴れ、夕方お湿りあり
この一週間絶不調でした。出掛けられなかった。風邪だった。
金曜夕方は若い方二人の来訪あり。注文していたクライミング用品を届けてくれた。
日曜日は町田の東急に雑用で出掛け、午後からはレンタルの韓流時代劇DVD。連続ドラマでもう止まらない。

2015年3月18日 (水)

知人の通夜に行った

2015.03.17(火)晴れ

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 昨夕、横浜地下鉄センター北駅からほど近い、「メモワールホ―ル都築」に行ってきた。祭壇には今井通子さん、田部井淳子さんの献花があった。S島さんには西上州で先月2月1日にお会いしたばかりであった。確かに体調すぐれずという印象はあった。腰が痛いとは言っていた。酒もとうに断ったという。氷瀑を前にして座り込んでいた。「荒船の湯」の露天風呂でも一緒になりみんなで談笑した。アイス本などで知られるHKさんの話もでて、あいつはクライマーが亡くなると、故人のピッケルなどをかき集めに廻っているなどと・冗談をいいながら・・。あれからまだ6週間も経ずに逝ってしまった。本人は末期のがんを自覚していただろうし(分かっていた)、忍び寄る死も覚悟していたのだと思う。精一杯、最後まで仲間とともに山に向き合いたかったのだと思う。
 彼は1979年、今井通子隊長のカモシカ同人ダウラギリⅡ(7,751m)・Ⅲ(7,715m)・Ⅴ峰(7,618m)縦走隊に加わった。彼は1979.10.13にⅤ峰の登頂に成功した。14名の縦走隊員のうち7隊員が目標となった三つの頂に立った。斬新なプランにチャレンジして成功した登山隊だった。(註)昭和54年度朝日体育賞受賞
 この日、W林、O蔵、H川、N津といった当時のメンバーも顔を見せた。W林、O蔵さんらとはそのまま帰る気にならず、N川、M崎、MKさんらとともに近くの店に立ち寄った。
 彼はK大学工学部を卒業後、大手出版社のS学館に入社した。私の次姉もS学館の月刊誌J文芸編集部にいたことがある。聞いたところどうもその期間は被ったことはなかったようだ。ヒマラヤ遠征隊メンバーに加わり、退社してフリーの道を歩み始めた。苦労を重ねたことと思う。
 私が56歳のとき大阪から東京に転勤となり、JR南武線溝の口に1年暮らしたことがある。駅近くにセントラルスポーツがあって、そこにはクライミングボードが備えられており、彼は毎週トレーニングにきていた。そこで彼の仕事仲間でもある友人を介して知り合った。どちらかというとヤマ屋さんというよりもアドヴェンチャー系の方だ。

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 会場では喪主の奥さまにお願いしてシャッターを押させていただいた。自身の肝に銘じたいことをいくつか感じた。ご冥福を祈りたい。

【追記】
書棚から
ダウラギリⅡ・Ⅲ・Ⅴ峰 縦走」を取り、彼らの動きを追ってみた。35年も前のこと。文字情報からでも十分に当時の若者たちの行動シーンは浮かんでくる。

2015年3月15日 (日)

八ヶ岳ジョウゴ沢・・・日帰り

2015.03.15(日)久しぶりの好天・快晴

ジョウゴ沢のF2より上はおそらく45年ぶりのことと思う。前日まで裏磐梯に4日間行っており、疲れが残っていてヘロヘロになってしまった。やはり歳だ。自覚がなくていかんと思う。せっかくの好天だし、一つの滝でしこしこ練習するより、山のなかに入ろうということにした。
不調の内容としては、歩行時の多汗、歩行時の息苦しさ、林道の傾斜がいつもよりきついなという感じ方、F2のUPでやけに体を引き上げることの苦しさ・・・絶不調でした。原因は不摂生、寝不足など要するに連続した日程の中での体調管理のまずさである。ちゃんと体調を整えて山に行けと改めて反省した。ケガの原因になりかねない。

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F2をリードするアグレッシブMr.YD

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F3のゴルジュを行くと、右側に小さいながらきれいな氷があった。

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絶不調と時間不足でF3の上からターンした。F2の下りは懸垂で。

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赤岳鉱泉の人工氷瀑アイスキャンデイ

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YOKOSUKAから来たというNAVY関係者の皆さん。

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美濃戸からの林道では、銀マットを敷いて滑る20代のSMクン。
夕方5時に原村の「もみの湯」へ。夕方からは入浴料が@300とな.った。茶褐色の温泉、露天風呂もよし。
帰路の中央道では大月八王子間で事故渋滞のため、都留ICで降りて秋山街道から帰った。22:30帰宅

2015年3月14日 (土)

フーセツの会津 裏磐梯

2015.03.14(土)天気回復
昨年に続いて2回目の裏磐梯旧猫魔ホテル。

①昨年の状況↓猫魔ブナの森スノーハイク
http://zettkeikanakurikuri.cocolog-nifty.com/blog/2014/01/post-a14a.html

②昨年の状況↓ホテルのこと
http://zettkeikanakurikuri.cocolog-nifty.com/blog/2014/01/post-51c0.html

3日間(3/11-13)風雪だった。帰る4日めの3/14にようやく回復してきた。それでも磐梯山の1500m以上では雲に覆われていた。中2日のどちらかで磐梯山に登ろうと思い用意して来たが、寒気が入り風雪が続いたため諦めた。

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3/12連日の風雪、露天風呂にて。降雪で頭が冷たくなるので、皆さんタオルを載せていた。

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3/13夕方、なかなかの露天風呂だ。温泉の色は褐色。

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3/14朝、ようやく天気回復、氷った桧原湖が見えた。

2015年3月 9日 (月)

月曜はジムのサービスデー

2015.03.09(月)曇りのち雨
同じ市内にあるストーンマジックというクライミングジム。ここは毎週月曜は、ジム利用料\1,000・駐車場無料。年金生活者には好適。いままでは中高年者が目立ったが、最近はボルダーのボードを中心に若い人達も増えてきた。結構なことと思う。

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撮った時刻は夕方5時ごろで入場者が勤労者と入れ替わるので、いったん減る時間帯。
近年、ジムが増えた。利用しているジムは、藤沢のJ-WALL、相模原のストマジ、綱島のビッグロックなど。町田駅前の中村屋のスポーツジムの中にも小さいがボードが設置されている。

2015年3月 4日 (水)

湯河原幕山公園 梅の宴

2015.03.04(水)回復 晴れ→快晴

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開成町の瀬戸屋敷から湯河原へ向かう途中、南足柄市の洞川で河津桜が咲いていた。なかなか艶やかな早咲きの桜だ。

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湯河原の幕山公園、梅の宴本部前、山腹下半分は梅の絨毯

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トレランの女性、最近増えました。

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クライミング・・・ここは桃源郷とネーミングされた岩場エリア

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白梅

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薄桃色の梅

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鮮やかな紅梅

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山腹は梅の絨毯

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湯河原町営の日帰り温泉で入浴。浴槽は大き目。露天風呂もよし。

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予てより入りたかった早川魚市場入口にある食堂。帰路、夕食に私は金目鯛の煮付け、家内はカレイの煮付けを定食でいただいた。煮付けはやや甘味のタレ漬け。私はうす味あっさり系の味付けが好み。

開成町あしがり郷 瀬戸屋敷のひなまつり

2015.03.04(水)晴れ→快晴

ここを訪れるのは3年ぶりかと思う。毎回同じかというとそうではない。新規展示もある。楽しめた。開成町は神奈川県の西端にある。開成町の婦人会が企画運営を担っているとかつて聞いたことがある。いまや開成町の重要な観光イベントであり、つるし雛つくりの文化活動も行っている。ここのおばちゃんたちはすごいと思う。

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築300年の古民家、この旧名主瀬戸家の屋敷が会場。屋敷林に囲まれた1,800坪の敷地

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つるし雛が圧巻、会場には計7000個以上を展示。

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なんとも豪華

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地味な300年前の「享保雛」・・・江戸時代のもの

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市松人形、和まされる。

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蔵への渡り廊下の青竹に注目。

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なんとも微笑ましい。

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このようにおさまっている。

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蔵も展示会場、蔵の中には高さ2.4mの大つるし雛が新登場。多種多様のつるし雛飾りにはそれぞれの意味や云われの説明書きが掲示されていた。うさぎ、鶴、花、ぞうりなど。女の子の厄払い・守り神・無病息災・可愛いい、丈夫な成長などの願いを祈る。

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蔵の会場に飾られてあった武田信玄の子孫が代々伝え持ったひな人形。その親族から譲りうけたと説明書きにあった。350年以上も前のもの。

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座敷いっぱいに飾っている。右側にも注目。花びらのなかに飾られたもの。初めてみた。

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ここは会場屋敷の裏手にある農家が保存されていた。家主は熱海に住んでいるらしい。

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ここの建物の壁に貼ってあった。雑誌のページだろうか。10代の吉永小百合

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大ヒット「高校三年生」の舟木一夫、これも壁に貼ってあった。雑誌は平凡か明星だろうか。

2015年3月 2日 (月)

丹沢大山の歩荷に付き添った

2015.03.02(月)晴れ
2日前には新会員のNHさんが歩荷訓練で歩いた。この日はFKさんの歩荷訓練に同行した。年に1回は体の点検を兼ねて冬山前などにやっておくとよいと思っている。

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8:30 鶴巻温泉駅前をスタート。FKさんの負荷は21kg。まずは快調な足取り。

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FKさんのザックは70リットルのOSPREY、2リットルのPetボトルを5本入れてずっしりと重く、重心がかなり下となり背負いにくいのではと心配したが、構わずに歩いていた。

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第一関門の高取山にはまずは順調に到達した。11:00

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天気回復しいつものことだが、白い富士山が綺麗だ。

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蓑毛越えをすぎてからペースダウンして、大山の登りでは標高900mを越えたあたりからヘロヘロ状態となった。
休憩ごとに心拍数を計測した。Max.は140、概ね120台から130で推移。回復はやや遅めだが、山馴れすれば早くなる。Petボトルの水を捨ててもらおうかと声を掛けるも彼女はYesと言わない。

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あと10分の表示に励まされゆっくりだが少しづつ高度を上げる。

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ヘロヘロになりつつも、15:00 ようやく山頂に到達した。スタート地点からの差引標高差は1,230mほどだ。

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頂上からは湘南の海岸ラインがよく見えた。Photo.は西湘、真鶴半島方面。
体が冷えるので15:30には下山を開始し下社からは女坂を下り、お店が軒を連ねる参道を通って17:00にはバス停に着くことができた。よく頑張りました。

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途中、大山ケーブルカーは工事中で休業中だった。工事関係者用に林業で使うモノレールが仮設されていた。

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大山寺の下の参道ではミツマタの白い花が満開だった。

2015年3月 1日 (日)

弥生3月 厚木郊外 広沢寺の岩場清掃集会2015

2015.03.01(日)雨模様
もう16回目になるという。山登りを志す者が、岩場を使わせていただくという気持ちが大切だと思う。老いも若きもそういう山の仲間が集う。そして地元の皆さんとの交流の場でもある。

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運営を担うYMさんのお人柄には頭が下がる思いだ。雨模様で開会は30分繰り上げた。

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当会からは世話人の一人、この日はK取さんが司会進行を担当。その右も世話人の一人、茅ケ崎山岳会の柴Tさん。

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当会からは、写っていない方を含め13名が参加+マイドファミリー+3名も。

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近年、岩場周辺、ハイキング道は随分ときれいになっている。一方、アプローチとなる一般道路脇の山側と谷側での投棄ゴミが目立った。いわゆる不法投棄だ。対策は諦めず法運用を含め地道に取り組むことが現実的だ。廃棄物は食品の包材、缶飲料、PET飲料が中心だが、タイヤ、建築材料の一斗缶類、廃棄パソコン、電子レンジなどの家電品まで及んだ。

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無名山塾主宰のガイド、岩崎元郎氏のご挨拶。今回は挨拶に替えて山の歌を歌ってくれた。氏とは50年以上も前の昭和山岳会の南ア荒川三山での雪崩事故の件で話を交わした。当時、彼はこの事故報告書の編集に携わった。

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閉会

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小雨模様で寒いので、火を焚いてくれた。

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最後に恒例の豚汁をいただいた。暖かく美味しくてお替りさせていただきました。
正午には終了した。

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