最近のトラックバック

2023年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ

6さいのばらーど

  • 6さいのばらーど
    ゆーゆ(井上あずみさんの長女7歳): 「NHKみんなのうた」より

お奨めの1冊

  • 斉藤惇夫作・薮内正幸画: 冒険者たち(ガンバと15ひきの仲間)

« バルト三国 ラトビア首都リガの歴史地区 | トップページ | 立岡山 »

2014年9月13日 (土)

バルト三国 エストニア首都タリンの歴史地区

エストニア首都タリンの旧市街地区が世界遺産。

Img_7573
パンフなどに掲載されているタリンの代表的な旧市街地。トームペアの丘の展望台から。

Img_7566
タリンの大聖堂
1240年、デンマークの統治時代にタリンの聖母マリア教会がエストニア司教区の大聖堂として奉納された。
1561年以降、スウェーデンがエストニアで政権を握ってからルター派を代表する教会となった。

Img_7617_2
中世タリンの城と要塞 トームペアの城壁。
1265年からデンマークのマルガレータ女王が守りを固めようと建設が始まった。
中世タリンの下町の城壁は本格的で、16世紀初頭の頃は北欧全体の防御システムと比べても最も巨大で強力なものであったという。何世紀にもわたり城壁の補強が行なわれが、17世紀以降になると火器の威力が増し、城壁は防御の目的を失っていった。

Img_7651
砲塔として建築された「太っちょマルガレータ」
武器庫や牢獄としても歴史上使用されてきた。現在は海洋博物館の建物として利用されている。入館してみた。

Img_7700
海洋博物館屋上からの眺め①

Img_7708
海洋博物館屋上からの眺め②

Img_7584
ロシア正教会 アレクサンドル・ネヴスキー大聖堂 
黄金色に映える玉葱坊主が特徴。18世紀、エストニアがロシア帝国に併合され、19世紀になるとエストニア人をロシア正教へ改宗させる本格的な運動が始まったという。

Img_7631
旧市庁舎

Img_7508
夕食の帰路、夜になると旧市街地に教会の尖塔が浮かび上がった。

(註)引用等は現地で購入した日本語版ガイドブック「中世の都市 タリン」から。

« バルト三国 ラトビア首都リガの歴史地区 | トップページ | 立岡山 »

海外」カテゴリの記事