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6さいのばらーど

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2014年1月

2014年1月31日 (金)

裏磐梯 猫魔の森 ブナハイク

2014.01.29(水)に裏磐梯高原に位置する「猫魔の森」をスノーシューを履いてブナハイクを楽しんだ。ガイドさんからは野生動物の足跡、熊の生態やブナだけでなく、たくさんの樹木の解説など内容の濃い案内をしてくれた。樹木の名前を知っていても現物は憶えきれない。無雪期にはヤブこぎになるから苦労だけで面白くないはずだ。この森に入るには低木や藪を覆う3mくらいの積雪がある今この時期が最適だ。

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2014.01.29(水)天候は回復
猫魔スキー場方面のブナの森をガイドしてくれるコースがあることを知り、前日に申し込んだ。知床でもそうだったが、案内してもらうのが手っ取り早い。結果オーライだった。リーダーのUさんはとても知的で明るい方で内容の濃いネイチャーガイドをしてくれた。
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ホテルの標高は約800m超、スタートの猫魔スキー場は約1,000mでブナハイクの客さんは8人。午前9時半すぎに専用のバスで移動した。平日だしまだスキーのお客さんはほとんどいない。
スキー場の駐車場でスノーシューを装着してここからスタート。

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まずは斜面をUPしてゆく。

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Uさん、ネイチャーガイドの開始。ブナに登る幹に残る熊の爪の傷跡、下るときに長めの爪傷が残るという。なるほど・・・。

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明るい猫魔平を進む。

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熊床・・・ブナの実を食べるために、熊は木を登り枝を折って食べるという。熊床はその名残りだ。

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Uさんが詳しく解説してくれた。

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樹形がいい。まるで手入れをした庭木のようだ。Uさんは「猫魔の貴婦人」と言っていた。6月の新緑をみたいものだ。

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太いブナ・・・樹齢は300年くらい。樹齢は幹の太さから凡そ推定できる係数を教えてくれた。

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えぐれたブナの古木。だいぶ弱っている感じ。

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ねじれパンみたいなブナ

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これはヤドリギ

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この時期、森の中をスノーシューでどこでも歩ける。ネイチャーリングは詳しいガイドとともに行動するのが楽しい。得したような裏磐梯での半日だった。

2014年1月30日 (木)

旧猫魔ホテルの露天風呂

2014.01.30(木)
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もちろん寒い。タオルをほっ被りして入った  .

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ここのホテルに2泊した。茶褐色の温泉に入るのを楽しみにしていた。
露天風呂からは桧原湖を見下ろすロケーションがいい。廻りには背の高い松に囲まれている。混んでいないし熱すぎないので長く浸かっていられる。

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1/30朝、露天風呂脇の枝には樹氷ができていた。

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やはりアゴまで浸からないといけない。至福の時。なにも云うことはない。

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こういう景色は飽きない。

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眼下の桧原湖は氷結している。

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大きな内湯もいい。温泉好きにはたまらない。カウントできないほど何回も入った。調子の良くないヒザは浴槽の中でもんだり曲げたり伸ばしたり・・・。

裏磐梯に行った

2014.01.30(木)曇り、神奈川では15:00ころ雨

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1/28(月)から1/30(木)、東北新幹線、磐越西線猪苗代駅経由、2泊で行った。磐越西線に乗ったのは45年ぶりだろうか。そのときは先輩の実家に集結し新潟・新発田から蒸気機関車に乗り、喜多方方面に向かった。小パーティに分かれて行なったその年の夏山合宿で、飯豊に入った、まず縦走してから飯豊川に入った。あれから飯豊山には行っていない。いまの磐越西線は単線のままだが電化されていた。

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泊ったホテルは「猫魔ホテル」だったはずだが、いつの間にか星野リゾート系のホテルとなっていた。
部屋は広く、食事は夕食も大きな食堂でビュッフェスタイル、若いスタッフばかりで今風のサービスがいい。

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敷地は広く、エントランス付近にはカマクラも作ってあった。

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ホテル入口

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裏側の磐梯山も眺められる。1888年(明治21年)の大噴火で大きくえぐられた右側が見える。露天風呂から眼下に望める桧原湖はそのときできたという。

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ここはとても大きなリゾートホテルでサービス品質が高く、満足度の高いホテルだった。経営努力を感じさせてくれたホテルでもあった。新緑か紅葉の時期に再訪したいと思った。

【追記】
1992年に300億円かけて建設されたというバブル期を象徴するようなこのホテルはバブル崩壊とともに倒産。多額の不良債権処理(要するに損切りの確定)、所有会社の変遷、様々な紆余曲折を経て現在に至っている。物件を買収した不動産会社から、コストが下がり運営が可能と判断した星野リゾートが、2013年に運営を受託して経営していることが分かった。そのバブル変遷の経緯は以下のHPに詳しい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A3%8F%E7%A3%90%E6%A2%AF%E7%8C%AB%E9%AD%94%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC%E5%A0%B4

金融機関のバブル処理のほとんどは完了したとしても、末端ではまだまだ終わっていないことを実感した。言い方は悪いが一例としてみると、銀行やゼネコンに煽られてバブル期にオープンした高コストのゴルフ場が、経営に行き詰まり倒産して大きな損失を抱え、その足元をみた禿鷹ファンドに思い切り買い叩かれる。安く買われて可能となったローコスト運営を武器に事業を再生させ、ファンドは再生後に売り先を探して多額の売却益を手にする構図であることがわかる。そんなゴルフ場の経営再生のような形でリゾート事業の再生が進んだ事例だと思う。
たいへんな努力と苦労の末に開花させた独特の経営ノウハウと高いサービス品質を売り物にした星野リゾートの快進撃はまだまだ続きそうだ。

2014年1月26日 (日)

今シーズンのあいすクライミングはじめ

2014.01.26(日)午前薄日、午後寒気流入

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小川山/廻り目平の手前にある「岩根山荘」の人工氷瀑、岩根アイスツリーに初めて訪れてみた。遅まきながら今シーズンのアイスC.事始めである。

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左はMr.YDクン、右はMrs,KMサン。いずれも初体験です。
ホースをTopにセットして水を流し、標高1400mここの寒気で人工の氷瀑を作り上げる。
聞いた話ではあるが、アイスクライミングの盛んな韓国では、崖を利用してつくる高さ100mにも及ぶクライミング用人工氷瀑があるという。

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裏側に回るとドライツーリングの練習ができる区画があった。ここでは小賢しいテクニックが必要だ。取りあえずM6グレードに取り付いてみた。

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帰路、清里の萌木の村、飲食店ROCKを案内していただいた。若かったら彼女を誘って来たくなるようなしゃれたお店だ。しかし今はもうそんな気にならない。店内はアメリカ風雰囲気の店づくりでネオンサインがセットされている。でも大阪の下町に集中出店しているあの知る人ぞ知る異色の食品スーパー、「スーパー玉出」のような店内ネオンサインのディスプレーとは根本的に異なる。

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ここのお店の売りはビーフカレー。生野菜をたっぷりと一緒に盛り付けているのが目を引いた。そして柔らかなスネ肉がとてもGoodです。元食品業界人としては国内か海外の工場かは分からないが、予め工場で加圧加熱したスネ肉を仕入れて利用しているとは考えられるが、メニュートータルとしての完成度がとても高いと評価した。カレーの色は名古屋でコンニャクの上に乗せる甘めのドテ味噌と同じで美味しそうには見えない泥の色。しかし美味しかったです。後味もよし。お勧めの人気メニューだ。

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店内にあるこのしゃれたストーブでは自分で串に刺したマシュマロを焼いて食べることがOKです。近くでみていたら炎が上がり燃やしてしまいそうな若い女性がいましたので、思わずサポートして消してあげました。その時クシを握っている若い女性の手を意図的にではありますが、思わず握ってしまいました。そして感謝されました。久々に心躍りました。冬の充実した一日であった。終わり

2014年1月25日 (土)

ユガマク(湯河原幕岩)は寒かった。

2014.01.25(土)曇り、午後、風が強まり寒かった。

往路、帰路とも道路はスイスイだった。帰りは西湘から入り愛川相模原インターで降りた。
この日、予報では春みたいに暖かいということであったが、ここでは風が吹いてそんなことはなかった。

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桃源郷エリアは熟年・高齢の方で混んでいた。

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トイレまえの朝の臨時売店で前日に造ったというコンニャク(ここでも農家が造るんだと知った)を買ったとき、店番のおばあちゃんに聞いたら、ここ幕山公園の梅祭りは2月9日からとのことであった。広場の売店はすでに設置されていた。関係者は昨年の開花遅れの混乱に気をもんでいるようだ。

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早咲きの白梅はほんの一部だが開花が始まった。

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アプローチ=ハイキング路では水仙が真盛り。いい香りもする。

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シンデレラ フェースには誰もいなかった。まずここにある4ルートに取り付いてみた。この日は姐さま2人と3人。

明日は信濃/川上村の岩根山荘・岩根アイスツリーの氷遊びに5人で行くことになっている。電話で聞いてみたら混んでいるようだ。寒くなりそう。

2014年1月21日 (火)

東伊豆/ウィークデイの城ケ崎

2014.01.21(火)晴時々曇り
やはり伊豆は暖かった。平日のため1/20のフナムシと1/21あかねの浜のクラックエリアは貸切であった。城ケ崎の地ベタは石や岩のため、グランドフォールはできない。大怪我をしてしまう。

1/20「民宿つるや」さんの看板から曲がって駐車エリアに入った。私は初めてのエリアで、なかなか進入路を覚えられないと思う。


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フナムシエリア

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パープルシャドー5.8★★★ 傾斜の強いクラックルート、硬い体にはちょいと辛い。トップロープで奮闘的にチャレンジするYDクン。入会してクライミングを始めてまだ半年。あと半年か1年を頑張ればリードできる若者だと思う。

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1/21 あかねの浜エリア、大島が遠望できる。あそこで大災害が発生したとはとても思えない穏やかな島影だった。

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いつも力まずしなやかに登るS子さん。

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ここに空き巣となっている大きな蜂の巣があった。


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伊豆急・伊豆高原駅周辺は別荘・保養所ばかりのとてもあか抜けているところだ。田園調布地区の住宅地がそのまま保養地に変化してここに移ったという感じだ。泥臭さや生活臭は全く感じられない。1/20は某企業の保養所に格安で泊った。朝食付@2800、もちろん写真のユニデン伊豆迎賓館ではない。ここは広大な敷地と見事に手入れされた植栽群、浮世離れさは群を抜いていた。

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帰路、伊東市の魚港に面した魚の卸売市場がある幹線道路の左側にある地元の温泉浴場に入った。入浴料金は250円、1ヵ月入り放題のパスは1500円だそうだ。ここのお湯は結構熱い。自宅の風呂には入らず、毎日夕方ここに通う方も多いという。羨ましい限りだ。こういう浴場が市内にかなりたくさんあって各地区ごとに自主管理されている。番台のおばちゃんは股ヒーター。近くに専用の駐車場もある。腹がへり近くでラーメンを食べてから帰途についた。

2014年1月19日 (日)

1月第3週末の過ごし方

2014.01.19(日)快晴・・・冬型天気で寒気も流入、寒い

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1/18(土) 昨日は起床時の室温は12℃で、エアコンで23℃まで上げるのに30分かかった。寒いので湯河原幕岩は中止して、藤沢の室内クライミングジムJ-Wallにゆくことになった。

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久しぶりでぶら下がり、体への刺激ができた。年末年始の飽食で肥えてしまった。ヒザも痛め整形医院に通っており、これからの回復がいまの大課題である。

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1/19(日) 買物のついでに相模原市立博物館とその対面にあるJAXAを一人で訪れてみた。
博物館では、催しがあり昭和の農器具や生活用具など子供向けの学習展をやっていた。私が子供のときの紙芝居(ここでは地元の民話を題材にした「むじな坊主」)を再現、実演していた。幼少のとき世田谷区の東玉川で育ち、当時「ライオン丸」という紙芝居が4時ころだろうか毎日やってきた。当時はテレビやゲーム機器もなく近所の子供たちが集まり(=子供の社交場)楽しみであった。水飴や針で切り抜く駄菓子、いくらだったか忘れた。5円は10円か。
そして今晩の星空のプラネタリウムを観た。座席を少し倒してみたら少々寝入ってしまった。


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JAXAでは前回訪問時に比べて展示を少々変えていた。当時のハヤブサ運用チームの個性的なオバサン(現在)が説明に立っていた。また種子島のロケット発射時の画像を見せながら大音響再現体験をやっていた。担当の大学院生の説明を受け、140デシベル以上のバリバリと響きわたる凄まじい発射音を体感した。発射現場から3キロ離れたところでの音の再現だという。展示場では種々の画像をしっかり観るのが楽しい。1回では時間が足りない。ここで科学の先端技術に接すると「鉄腕アトム」と「子供の科学」で育った元科学少年としては身震いがするほどである。大袈裟ではあるが、それほど人類の進歩を体感することができるところだ。多くの方にお勧めしたい。

2014年1月13日 (月)

1月の連休は八ヶ岳赤岳鉱泉BC

2014.01.13(月)曇りのち快晴

新会員の冬山山行ということだった。年末年始の北八つ、雲取と今回の八つで3回お付合いができた。

1月11日(土)・・・山間部は雲がかかった。
朝5時半に自宅発、Y田クンを途中ピックアップして、南諏訪ICから美濃戸口の駐車場に入った。
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赤岳鉱泉は混んでおり、テントは樹林帯に設営した。


1月12日(日)快晴・・・とてもよいコンディション。

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赤岳鉱泉BCから中山峠経由で地蔵尾根へ。K上、Y田両名は赤岳を廻った。上E、杉Uと私は稜線からUターン。中山展望台でドッキングした。ここの展望台には初めて訪れてみた。好天のときは素晴らしいところだ。

1月13日(月)・・・午前中にどんどん天気回復

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朝のうちは曇り、ゆっくり撤収して下山。原村の「♨もみの湯」にゆっくり浸かって、渋滞なしの中央道、高尾山ICから帰宅した。16:30

2014年1月 5日 (日)

雪の雲取山

2014.01.04(日)晴

山の会の新しい会員、KMさんの希望があって、MMさんとともに3人で雪の雲取山へ行くことになった。天気が心配であったが、結果としてはKMさんの熱意が通じて好天に恵まれた。私にとっては高校生の時以来、久々の冬の奥多摩を楽しむことができた。

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1/4朝、鴨沢コース小袖乗越から8:40スタート

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工事中の七つ石小屋、トイレ工事だろうか。正面に富士山が見える小さな小屋である。

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ブナ坂。天気はどんどん良くなった。先で休憩しているグループは町田周辺にお住まいの方達であった。

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54年前の東京国体に合わせて開設された雲取奥多摩小屋は、素泊まりだけの自炊小屋だ。幅の広い明るい尾根の脇に立っている。

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雲取山頂近く、正面の頂に雲取山頂の避難小屋が見えた。最後は急登。先頭のMMさんは14:45には到着、私ら2人は15:10に到着。所要時間は歩き出してから6.5時間だった。この日は下山する人達が多かった。運動靴にショルダーバック姿の若者は日帰りできていた。

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夕食の食材を並べてみた。石狩風味噌粕鍋。翌朝は残り汁を使ったあさり入り卵粕雑炊。

1/5朝、山頂避難小屋からの日ノ出。
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夜中、午前3時すぎに小屋の外へ出たが、久々に冬の星空も眺めることができた。星の粒が大きい。もちろん数も多い。

関東平野の夜景も眺めることもできた。今回の目的は夜景だ。光源までは遠いので六甲や丹沢からの夜景のように間近に細かくは見えない。細く幅広い光がボヤっと見えた。Autoでシャッターを押してみたが、撮れていなかった。首都圏の街の大きさを実感した。デカい。
東京方面の夜景、私のデジカメではうまく撮れなかったが、同行したMMさんはうまく撮っていた↓
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1/5朝の富士山

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山頂、標識の後ろに富士山がある。

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雲取山荘、実は49年前の2月28日、建て替え前の暗く小さな雲取小屋に同行の友達とともに泊ったことがあった。鴨沢から登り、翌日好天の石尾根を8時間かけて氷川駅まで歩いた。翌年の1月15日から16日にかけては高校の仲間と4人で鴨沢から上がり、雲取小屋下にテントを張り、翌日10時間をかけて長沢背稜から酉谷山を経て日原に下った。今はこんなに歩けない。なぜこんな数十年前のことを記することができるかというと、当時の山日記が残っているからだ。残したメモ・文章や写真を通じて詳細に想い出すことができるのはとても楽しいことだ。

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初めての奥多摩温泉、平成11年の開業だという。露天風呂もあった。かつて奥多摩では湯に浸かって帰ることはなかった。ありがたいことだと思う。

帰路の道路は混むこともなく16:30には帰宅できた。

2014年1月 1日 (水)

2014年元旦

2014.01.01(水)快晴

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年の初めは父母のお墓参りからスタート。相模原メモリアルパーク

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緩い斜面で丹沢山塊を正面にのぞむことができる。開放的な霊園である。
実は私の区画もすでにここに確保してある。

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古淵方面に買い物の後、帰路にある大沼神社に初詣。午後だったのでとても混んでいた。

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ここでは獅子に触れ、刀で撫でてもらい無病息災を祈ってくれる。担当は今年もこの優しそうなおじさんだった。

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