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2013年8月21日 (水)

大町市立山岳博物館を訪れる

2013.08.21(水)

8/20 白馬の帰途、時間があったときぜひ寄りたいと思っていた大町市立山岳博物館を訪れた。

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昭和24年1月、厳冬の北鎌尾根で逝った松濤 明の手帳のコピーが展示されていた。事後所属していた徒歩渓流会が発行した遭難報告書「風雪のビヴァーク」があまりにも有名。これは高校生のときから何回も読み返した。死に直面してこれほどまでに冷静でいられるだろうか。
過去行なわれた海外登山の当時の装備も展示されている。

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↑これは戦前、1936年の立教大隊のインド遠征、ナンダ・コット(6,867m)で使用された装備。
1970年、エベレストに植村直己が登頂した翌日に第2次登頂パーティとしてシェルパとともに登頂した平林克敏の装備なども。平林氏は地元大町の高校出身のはずだ。推薦で同志社大山岳部に進み、のちに西ネパールの山域、1960年のアピ(7,132m)や1963年のサイパル(7,040m)に初登頂して足跡を残した。同じ京都なのでAACKを相当意識していたことと思う。
ここの博物館の初代館長、お会いしたことはなかったが、故柳沢昭夫さんは岳界では知る人ぞ知る著名な方だった。信州大学卒業後、県内で高校教師、大町山の会で唐沢岳幕岩通い、そして富山県の文部省登山研修所を経てここの博物館立ち上げに尽力されたことと思う。

貴重な資料を編集した登山史資料集No.2をここの売店で入手した。これは五龍から白馬で行われた戦前から昭和30年代の記録等を収集しまとめたもの。鹿島槍を中心としてまとめられた「No.1」は入手できなかった。
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ついでに見つけたヤマケイの文庫本も一緒に購入した。
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