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2013年1月18日 (金)

相模之國国分寺・・・歴史の足跡

2013.01.18(金)快晴
前から気になっていた海老名の史跡国分寺跡にぶらっと行ってみた。天平の時代、相模の国の中心地として国府があった現在の海老名市。
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海老名の歴史を象徴する七重の搭のシンボルモニュメントがある。縮尺は1/3と説明書きにあった。当時の搭の高さは65mと推定されている。とんでもなく高い。

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国分寺参道入り口にある大ケヤキ

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相模国分寺

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逆川跡記念碑

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史跡前にあるお国分寺そば

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相模国分寺跡、ここに細長い大きな建物があったことが確認されている。柱の位置がマーキングされている。
ここは天平13(741)年、仏教の力で国家の安寧を祈願するため聖武天皇の詔によって国ごとに建てられた国家寺院の一つだ。国分寺だけでなく国分尼寺がセットで建てられた。建立の詔には国分寺の僧は20名、国分尼寺の尼は10名と定められていた。大和国の東大寺と法華寺がそれぞれ総国分寺・総国分尼寺とされた。

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海老名市温故館 旧海老名村役場庁舎を相模国分寺跡まえに移設して海老名の歴史を展示している資料館。1階には国分寺跡から出土品の展示、当時の国分寺のミニチュアも。温故館の係の方から懇切丁寧な説明を受けた。説明していただいた内容にはとても満足した。市内の学校の生徒さんの見学も多いと思う。説明馴れしていた。よく勉強されていると思った。小さいがぎっしりと歴史ロマンが詰まった展示館だ。

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8世紀、天平の時代に建てられた国分寺の復元想定図。規模は区画溝から伽藍地は東西約240m、南北約300mの範囲であったとされている。この国家寺院は詔により、相模国を支配した豪族らにより多大な労力と時間を費やして造営されたものと思う。その造営費用は計り知れない。古代寺院の中心となる搭には、聖武天皇が写経した「金光明最勝王経」が安置されたとされている。

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温故館2階には、生活に関連したものを展示している。

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メンコ、コマなども。ほかに農機具などもところせましと展示。

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相模国分尼寺跡、国分寺とセットとなって尼寺が設置されたという。ここの国分尼寺は国分寺の北方400mに位置している。伽藍地は175~200m四方と推定されている。

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高台にある千手観音像で有名な龍峰寺。ご開帳は1/1と3/17という。

ほかに海老名には、秋葉山古墳群が発掘され史跡に指定されている。いまから1,700年前、ヤマト政権の時代、この地域を統治していた歴代権力者の墓が造られた。これは旧今福家の表門と文庫蔵のある今福薬医門公園とともに次の機会に訪れることにする。

私が知っている海老名は駅が田圃の中にあった。現在の駅前はとんでもなく大変貌した。

海老名文化財等の資料:①史跡相模国国分寺跡・史跡相模国尼寺跡、②史跡秋葉山古墳群、③旧今福家の表門と文庫蔵、④海老名の記憶遺産、⑤えびなef vol.11(観光協会ef)

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この日の午前中、相模大野にある小学校の校庭。まだ1/14(月)の大雪が融けずこんな状態。雪と遊ぶ子供たちの楽しそうな姿がいい。

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相模大野駅前の再開発工事がほほ完成し、3/15に施設オープンとなる。駅から空中の回廊でつながる。それにしてもオーバーストア状態に??? 地元商店街の地権者による商業ゾーンもできるという。横丁風の飲食店が楽しみ。
Openする複合商業施設Bonoを紹介するHP ⇒⇒⇒ http://www.sagamiono-sc.com/nsmall.html

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