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2012年9月11日 (火)

河出書房刊 [インドラサン登頂]を入手

2012.09.11(火)快晴

Img_8568アマゾンの通販で探し、今回、福岡の古書店(@1,100)から送ってもらった。今から50年も前にOB会のAACKではなく、現役の学生隊である京大山岳部パーティ(注1.)が登攀で苦労の末、インドラサン(6,221m)に初登(1962.10.13)したドキュメント。1964.02初版、河出書房新社刊、当時の定価は250円。
この本でこの隊のBCまでのアプローチがMalana Nalaからであったことを知った。

この谷の中ほどにあるMalana村に関し、言語も他と異なる外界から隔絶された異質な村であったという興味深い記述を見つけた。インドなので複雑なカーストは当然としても閉鎖的な村の独特な自治や慣習などに関する記述が目を引いた。

現在ではアプローチは、Manali寄りの距離の短いDuhangan Nalaの谷からが一般的。



Img_8569

なお、隣接しているディオ・ティバ(6,001m)には、奥山章らが1969年春にDuhangan Nalaを辿り、頂上からスキー滑降に成功している。(注2.)
インドラサンに比べるとディオ・ティバは、数段登りやすいピーク(もちろん天候や積雪などの条件に恵まれればという前提)として、一般のガイド登山でも募集されていることがある。

今回多分、ディオ・ティバに登頂したあと、日数が足りなくてインドラサンは試登に終わるかもしれない。天候への懸念から時期は、モンスーン明けの比較的安定が望める10月を選んだ。

『京都北山から-自然・文化・人』 京都府山岳連盟編著2008.11ナカニシヤ刊・・・読んでいたら、関西岩峰会による1972年、インド・ラサン南壁初登攀&ディオ・ティバ登頂という1行の記述を見つけた。ぜひ記録を読んでみたい。(注3.)

(注1.)1962年のインドラサン初登頂に続いて、同山岳部の現役学生隊が1964.10.15にネパール・アンナプルナ山群にあるアンナプルナ南峰(7,256m)の初登頂に成功した。その様子は『ガネッシュの蒼い氷』1966.9朝日新聞社刊に詳しい。20~23歳の学生4名が執筆を分担している。仲間のこと、準備から登頂、その後のトレッキングまでを夢と希望、そしてチャレンジに満ちた様子が、若者たちのみずみずしいタッチで描かれている。私、若いときにはそういう雰囲気の山岳部に憧れ何回も読んだ。
(注2.)『ザイルを結ぶとき』奥山章著 1973.7山と渓谷社刊
(注3.)1972年、関西岩峰会によるインド・ラサン南壁初登攀&ディオ・ティバ登頂の記録が『岩と雪』30号・『岳人』1972.7号?に掲載されているという。

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