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2012年5月13日 (日)

笹子雁ガ腹摺山で読図を楽しむ

2012.05.13(日)快晴
この日は総勢8名で地図とコンパスを持って中央沿線の山歩き。中央線JR甲斐大和駅で下車した。かつてここは初鹿野という名前の駅ではなかったか。駅の名前が変わっていた。一連の町村合併の関係か。

景徳院から大鹿峠、笹子雁ガ腹摺山へのコース。
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甲斐の国主、武田勝頼ゆかりの景徳院。ここで織田・徳川連合軍の追撃を受け、武田家が滅亡する。
本堂は焼失して建て替えられているが、この山門は当時のままの面影を残しているという。
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快晴、北岳がみえた。
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新緑が目に沁みる。ここは晩秋から5月半ばまでが適期と思う。
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当然、富士山も見えた。ここの山域である大菩薩峠方向からみる富士山は、かつて500円札の裏の絵として有名だった。諸説あるが、牛奥雁が腹摺山からの富士山と記憶している。
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笹子雁ガ腹摺山頂上、ここまで小ピークがいくつもある。地図をしっかりみると分かる。
ここから笹子に降りた。
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甲州街道沿いのお家では紫と白の藤が咲いていた。

知合いの大阪府岳連のN真理さんらが行っている講習会マニュアルを個人的に参考にさせてもらいました。

 実は旧初鹿野駅(現甲斐大和駅)の下車は46年ぶりであった。1966.05.03に夜行電車を利用して大倉高丸に高校山岳部の新入部員歓迎山行として、初鹿野駅⇒景徳院⇒湯ノ沢峠⇒大倉高丸⇒大鹿峠⇒景徳院⇒初鹿野駅のコースをたどった。大倉高丸の頂上でみんな(総勢14名)で3時間の昼寝をしたと当時のメモに記してあった。大鹿峠~景徳院の間は今回のコースと重なったが、憶えていない。  .

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