最近のトラックバック

2023年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ

6さいのばらーど

  • 6さいのばらーど
    ゆーゆ(井上あずみさんの長女7歳): 「NHKみんなのうた」より

お奨めの1冊

  • 斉藤惇夫作・薮内正幸画: 冒険者たち(ガンバと15ひきの仲間)

« 2012年4月 | トップページ | 2012年6月 »

2012年5月

2012年5月29日 (火)

自宅ではシャクヤクなどが開花

2012.05.29(火)晴れのち曇り・・・寒気流入で不安定

Img_6590
シャクヤクが派手な花弁を咲かせていた。

Img_6603
松葉菊は陽があたると花を開く。

Img_6598
スナックエンドウが実をつけ始めている。収穫期である。この日は4つの実を食べた。

Img_6600
自宅前の小公園ではつつじが咲きだしている。梅雨入りまえの華やかな一時である。

明日は庭木をだいぶ切り詰めようと思っている。そういう時期である。
クライミング用のハーネスを着け、落ちないようにスリングを電柱に巻き付け、セルフビレーをとり作業することになる。素人にはオオゴトである。

今年もカッコーがやってきた。近くには雑木林がある。

2012年5月28日 (月)

ソウルにて

2012.05.28(月)薄日

前日(5/27)、仁寿峰の白雲山荘から戻った。そして午後、鐘路3街(チョンロサムガ)の登山用品街で買い物したり、食堂街で遅い昼の食事をした。そこは問屋街、道具屋街といったところ。浅草やアメ横みたいな雰囲気。この日は日曜で休みの店舗が多かった。

早朝、5:35に仁川から関空に帰る6人を空港行きのリムジンバスが停車する景福宮バス停で見送った。

この日は「仏陀の日」ということで、国民の祝日であった。街中に同じ規格の提灯がつけられていた。

Img_6530
午前中は出発まで時間に余裕があったため、IKさんと近くの朝鮮王朝の宮廷であった「景福宮」見物に出かけた。

Img_6499
とりわけ中国と日本からの観光客が多かった。この大きな建物の2階は宴会場であったという。

Img_6486
王宮の最奥で日本では見かけない花をみつけた。造花っぽいが本物。ハスの花に似ているが、名前は分からない。

広場では景福宮のイベントがあった。まるで歴史絵巻を観るようであった。

Img_6565

Img_6564

Img_6575

早めのお昼は、大元旅館の優しいお母さんに紹介してもらったお店に2人で食べに行った。チヂミ1と冷麺2、ビール2、マッコリ2など注文。2人で34,000wo(約¥2500)ほど

Img_6580

旅館に戻ると若い女性がいて話しかけたところ、私たちに気軽に応じてくれた。父親がスペインとイタリアのハーフ、母親もハーフで、クォーター。現在某県立高校の3年生、成田空港を利用したという。これから梨大(241イデ)へ服を買いに行くと云っていた。タレントのベッキーに似ていた子だった。当初は20代半ば国籍不明の美女に見えた。

夕方仁川空港から中部空港に帰るIKさんと別れて、私は1人で金浦空港へ地下鉄で移動した。旅館の方が乗換しなくてよいように光化門(533クァンファムン)まで案内してくれた。

Img_6585
ここには最新のロッテショッピングモールがあって、お土産を買った。

8日間の楽しいインスボンクライミングツァーを終えた。
今回2度目の韓国だった。今回は時間の余裕があった。ソウル市内しかみていないが、山歩きをする人々や街でみかけた市民からは、幸せそうな暮らしぶりをしている印象を受け、全体として活気を感じた。ただ女性のしゃべり方は、お互い怒鳴りあっているようできついなぁと思った。

(注)金浦15:30⇒羽田17:30⇒自宅20:00
   昨年同様、往復ともアシアナ航空を利用した。
       預けた80リットルのザックの重量は約20㎏であった。

2012年5月27日 (日)

白雲山荘から下山

2012.05.27(日)曇り

Img_6413
白雲山荘では本当にお世話になった。
Img_6266
オーナーは李 永九氏、81歳だという。とてもお元気。流暢な日本語を話す。お母さんは73歳。とても美味しい食事を提供してくれた。

Img_6418
お寺のある登山口、トソンサまではゆっくり歩いて30分で下山。
Img_6420
タクシーに4人づつ分乗してウイドンに下りた。
前年に続いてエーデルワイスという登山用具店に寄ってお買い物。ここのオーナーさんには昨年、「ニュールート」というロングピッチの新しいクライミングルートを韓国の登山学校の校長さん(クローニンの初登者)らとともに案内していただいた。そんなご縁で行き帰りにここに寄らせてもらった。行きには持参してきたクライミングシューズの張り替えをお願いしておいた。頼まれていたクラックグローブもここで確保した。ここウイドンで1週間ぶりにお風呂に入った。サウナ・露天風呂付き、6,000wo

ここから大元旅館のある景福宮まで、タクシーで移動。荷物を置いてから鐘路3街へタクシー移動。
Img_6438
登山用品の買物。カードもあるし随分と買ってしまった。MAMMUTマムートやMILLETミレーのブランドショップもあった。
Img_6433
飲食店街、ここには観光客は来ない。
Img_6434
アーケード商店街もあった。

Img_6449
夕食は有名な鶏のお店に行ってみたが、行列をなして待ちとなっていたため、他のお店を紹介してもらった。
Img_6451
ここは大元旅館のすぐ近くにある。
ずっと体を動かしていたが、ついに減量とはならなかった。

2012年5月26日 (土)

仁寿峰(インスボン)⑤

2012.05.26(土)

早朝、万景台に上がってみた。
Img_6358
朝、慰問への道の途中から
Img_6371
万景台頂上で知り合った。47歳と53歳の明るいお二人。
Img_6373
恰好つけてニコンの一眼レフで撮影していた。
Img_6383
ここで上半身裸となり、この岩の上で突然ジャンプのパフォーマンス。

クライミング最終日、SYさんと取り敢えずオアシステラスまで行ってからルートを決めようということでツルバイ(出発)。
オアシステラスで、前日に登ったウジョンBに取り付いた。OGさんとHDさんはすでにインスAに取り付いているのが望めた。
Img_6396
核心部、右から上がりハング下を右にトラバースしてから立木まで直上する。
Img_6391
難しいスラブを登るヘッピリ腰のOTクンがみえた。最年少のOTクン(28歳)はこの春から岩登りを始めた。(望遠撮影) ちなみに最年長者は、68歳のリードクライマーSYさん。
Img_6395
人気の医大ルートがみえる。

2012年5月25日 (金)

仁寿峰(インスボン)④

2012.05.25(金)晴れのち快晴
4日目となる。AKさん、IKさんとの3名で行動。

Img_6292
オアシステラスへのアプローチ、下部大スラブ2P。

ウジョンBのまえに、医大ルート左下のクラックルート、クンヒョンの一部を登ろうということになった。

Img_6264
クンヒョンの核心はハンドクラック(5・10a)。HS氏のガイドブックでは最高の★★★★★評価。

Img_6300

ウジョンB・・・4P、140m、5・8/楽しめるが長いチムニーが疲れる★と紹介があった。
Img_6324
1P目5・8、チムニー入口まで2P分延ばす。

Img_6332
2P目の長いチムニー(5・5)、フリクションがよく効く。ランナーはすべてカムでとる。

Img_6337
最終ピッチのダブルクラック5・7

終了後、IKさんはもうエエワァということで、さらにAKさんと2人でマイナールートのインスCへ行った。60m伸ばして2Pで終了。懸垂していると、インスリッジに行ったSY、KN、OTさんらが鳩ルートをトラバース中であった。

2012年5月24日 (木)

仁寿峰(インスボン)③

2012.05.24(木)曇り
Img_6244
朝ごはん 赤飯を食べさせてくれた。
Img_6240
朝の山荘2F、ここにエアマットを敷き、シュラフで寝た。

SYさん、IKさんと3人。
インスB・・・3P、100m、5・9/医大ルートと並ぶ人気のルート★★

Img_6245
取り付きの1Pがクローニーと共用。最後が結構むずかしい。
Img_6253
クラック。
Img_6260
IKさんがクラックを終えてダイクをトラバース

Img_6269
山荘に戻ってから、空身で白雲台(ペグンデー837m)へ上がった。30分もかからない。手すりなどしっかり整備されている。ソウル市民の人気のハイキングコースである。後ろが仁寿峰。

2012年5月23日 (水)

仁寿峰(インスボン)②

2012.05.23(水)晴れ
Img_6174
朝ごはん、このおかずは4人用、マメごはん。

2日目、メンバー交代でSYさん、KNさんの3人で行動。径8㎜・60mのダブルロープ。
Img_6175
下部のスラブからオアシステラスに上がるアプローチ。前日の取り付きよりさらに右に回り込む。60mほとんどいっぱいの1P。

①インスA・・・4P、130m、5・8/広いクラックと2段チムニーを登る好ルート★★と紹介されている。
Img_6179
下部は傾斜も緩く易しいが・・・。
Img_6187
核心部は傾斜もあり、内面登攀となる。馴れない私には難しい。こういう登り方は練習が必要。国内では場所が限られてくる。

Img_6194
終了点からは懸垂下降。60m2回

②医大ルート・・・4P,140m5/9(耳岩を登ると5・10c/d)、スラブのルートで現地の人気No.1ルート★★★とYMさんが紹介している。
Img_6202
ウイドンにある登山用品のお店の方らが先行する。この方は足はスリッパ履きだが、底はクライミング用仕様???
Img_6218
2P目は傾斜のあるスラブでA0、
Img_6221
3P目は5・9のスラブ、ボルトがほとんどない。小川山だったら2.5mおき位に設置されているが・・・。

Img_6223
向かって左の壁(ウジョンA、Bのルートがある。)には、クライマーがいっぱい取り付いていた。
Img_6233
下降は大テラスから同ルートを懸垂。

2012年5月22日 (火)

仁寿峰(インスボン)①

2012.05.22(火)晴れ

Img_6411
前日に先行の6名が、ソウル市内を経由して、ベースとなる白雲山荘に集結した。(From 関空4、中部名古屋1、羽田1)

私はインスボンは2回目、クライミングの初日、OGさん、HDさんの3人でロープを結んだ。

①鳩ルート・・・4P、95m、5.7、A0/仁寿峰(インスボン)のフェースの中で頂上への最も易しいルートと紹介されている。★★★ 
トラバースあり、高度感ありで楽しいルート。
Img_6112

②インスC・・・5.9/地味で人気なく無印。でも静かでよい。西面にある。短くきると4P、60mロープの2Pでもよい。
Img_6119

③友情A・・・4P,110m,5.9/短いが変化に富んだ好ルート★★★
取り付きまで5.7と5.6のスラブを2P登る。ほとんどランナーはとれないので調子が狂う。カム必携。というかインスボンではナチュプロが当たり前。
Img_6148
2P:縦のクラック5.9、私はフォローでもビビりました。クラックはどうしても苦手意識が先にでてしまう。
Img_6150_2
3P:5.9 左側のクラックにそって登る。 

白雲山荘での夕食、ビールやマッコリを飲みながら・・・。
翌日にはさらに2人が加わる。平均年齢を下げてくれる。
Img_6165
夕食の焼き物は、日により牛肉、豚ばら肉、合鴨など。
Img_6168
韓国の家庭料理。小皿がいっぱい。とても美味しい。正面のやや大きめの皿の白い液体が自家製のマッコリ。

2012年5月19日 (土)

丹沢/広沢寺

2012.05.19(土)快晴
Img_6058
アプローチでは、茶畑がしっかり葉をつけていた。丹沢山麓、山里の傾斜地には西丹沢にかけて茶畑を結構みかけることがある。丹沢茶は知られてはいないが・・・。

Img_6068
講習会で会員さんと希望者が8名ほど集まった。弁天岩の小広場、この日、よく陽が当たっていたためかヒルはでなかった。よく初心者講習会で利用される近場の岩場だが、この日は珍しく空いていた。日陰は涼しい。
Img_6073
支点づくりやロープワークなど。
Img_6061
3月末からブータントレッキング、最近では屋久島などでお元気な高齢者、いつも明るいTE子さん。今は昔のガリビエールのメットを被る。
私はインスボン用に購入した8㎜60mロープ2本を岩場でラッペルなどで使いやすくなるようにしごいてみた。
A2のアブミ練習ルートにも初めて取り付いてみた。上段に乗ってやっと届くようにうまい間隔でボルトが設置されていた。うち1本はリングがとんで、細いシュリンゲや細いワイヤーがタイオフされていた。

Img_6079
対岸の道路に面したところには通称、「対岸の岩場」がある。

2012年5月18日 (金)

自宅にて

2012.18(金)晴れ時々曇り
今の時期、狭いとはいえ庭木や草など整理しなければならない。サルスベリは脇芽をかきとる。カクレミノは全体を詰めてみた。雑草はドクダミが力強く、抜いても抜いてもでてくる。
Img_6033
今年はスナックエンドウを1本鉢に植えてみた。
Img_6036
すでに3つの実をつけた。
Img_6037
先端はぐんぐん伸びている。手のかからないトウガラシも1本鉢植えした。
Img_6049
シャクヤクが開花待ちである。
Img_6038
門扉の横には植えたベゴニアが咲き続けている。

(追記)昨日、大阪のSGさんから、お願いしていたOGさんの遺品が届いた。自室の目につくところに、メモリアルとして吊るした。かつて使い込んだカム(Wild Country)、スリング(Edelrid)、カラビナ(B.D.)など。彼との4年まえの滝沢リッジの登攀が瞼に焼き付いている。
Img_6056

2012年5月16日 (水)

好天の富士山頂

2012.05.16(水)晴れのち曇り

Img_5874(水ヶ塚駐車場から)
翌月の海外登山のため、一回目の富士山。登路は富士宮口。自宅より約110㌔の距離。水ヶ塚駐車場(1400m)でH隊長と落合った。五合目登山口(2400m)から上がった。
Img_5877
7合目の鳥居。隊長の体調がよくないので、ここから一人となった。
Img_5879
8合目からは頂上が望める。
Img_5883
もくもくと高度を上げる。
Img_5885
何回も頂上を眺める。なかなか近ずかない。酸素が体に取り込めていないことを実感。そして距離感がつかめない。クリックで拡大でき、豆粒の登山者2名がみえる。
Img_5887
14:05ようやく富士宮登山口頂上。知らない方がカメラの視界におられた。
Img_5903
鳥居は埋まり、
Img_5888
お宮も埋まり、
Img_5901
何もかも埋まっていた。
Img_5896
火口壁がみえた。
Img_5900
剣ヶ峰
15分ほどいて、SpO2など測定。やはり数値は低い。意識した呼吸を心掛けたのだが。もう1回来る必要がある。やはり代々木のミウラBCにもお世話になろう。
Img_5906
下りではボードやスキーを持った二人に出会った。頂上より7合目まで滑れる。ただし、8合目下から視界不良になってしまった。下山で苦労したのでは?
登山口には15:50到着。雪の上だったので、頂上より1.5時間で下れた。

2012年5月13日 (日)

笹子雁ガ腹摺山で読図を楽しむ

2012.05.13(日)快晴
この日は総勢8名で地図とコンパスを持って中央沿線の山歩き。中央線JR甲斐大和駅で下車した。かつてここは初鹿野という名前の駅ではなかったか。駅の名前が変わっていた。一連の町村合併の関係か。

景徳院から大鹿峠、笹子雁ガ腹摺山へのコース。
Img_5780
甲斐の国主、武田勝頼ゆかりの景徳院。ここで織田・徳川連合軍の追撃を受け、武田家が滅亡する。
本堂は焼失して建て替えられているが、この山門は当時のままの面影を残しているという。
Img_5782
快晴、北岳がみえた。
Img_5791
新緑が目に沁みる。ここは晩秋から5月半ばまでが適期と思う。
Img_5803
当然、富士山も見えた。ここの山域である大菩薩峠方向からみる富士山は、かつて500円札の裏の絵として有名だった。諸説あるが、牛奥雁が腹摺山からの富士山と記憶している。
Img_5813
笹子雁ガ腹摺山頂上、ここまで小ピークがいくつもある。地図をしっかりみると分かる。
ここから笹子に降りた。
Img_5819
甲州街道沿いのお家では紫と白の藤が咲いていた。

知合いの大阪府岳連のN真理さんらが行っている講習会マニュアルを個人的に参考にさせてもらいました。

 実は旧初鹿野駅(現甲斐大和駅)の下車は46年ぶりであった。1966.05.03に夜行電車を利用して大倉高丸に高校山岳部の新入部員歓迎山行として、初鹿野駅⇒景徳院⇒湯ノ沢峠⇒大倉高丸⇒大鹿峠⇒景徳院⇒初鹿野駅のコースをたどった。大倉高丸の頂上でみんな(総勢14名)で3時間の昼寝をしたと当時のメモに記してあった。大鹿峠~景徳院の間は今回のコースと重なったが、憶えていない。  .

2012年5月11日 (金)

史跡足利學校・・・足利その②

2012.05.11(金)晴れ時々曇り
Img_5740
フラワーパークの近くにある日本最古の学校といわれる足利學校にも寄ってみた。
ここではまず15分程度の説明ビデオをみるとよい。この史跡の全体を理解することができる。室町から江戸時代は主に儒学や易学などを学んだのだろうと思う。
Img_5739
外からの景観
Img_5742
學校門:學校入口
Img_5746
方丈、解放的。

Img_5755
広々した方丈の内部、学生への講義や学習の座敷として使用された。

Img_5759
書院は庠主(学長)の書斎、兼接客など。

Img_5757
庭園

Img_5767
學校門、足利學校のシンボル

足利の大藤・・・足利その①

2012.05.11(金)晴れ時々曇り
家人の強い要望で、栃木県南部にある足利フラワーパークで満開の藤を観に行った。横浜湾岸経由から都内を抜けて東北道に入ったが、首都高でトラックと接触しそうになり怖い思いをした。
藤のシーズンなので平日でも混んでいる。車のナンバーをみると関東一円から来ていることが分かる。4/18から5/20までは7:00am~9:00pm
Img_5631
ここの入場料は開花する花のシーズン(咲き具合)により変動する。藤のシーズンが最も高く¥1700だが、それだけの価値は十分にあった。
Img_5634_2
こんな大きな藤棚は初めて観た。樹齢145年を越える紫の大藤棚。
Img_5653
この藤棚の下はこんなふう。
Img_5644
黄色い藤のトンネル仕立て。黄色い藤も初めて。きばな
Img_5662
白藤の回廊、白い花房の藤棚。すき透るような楚々とした白。白の藤が最も良かったと思っている。クリックすると拡大可。
Img_5687
うす紅の藤、これは鉢植え。
Img_5726
藤のオンパレード。
Img_5728
園内はこれでもかと。
Img_5668
大きな花の西洋シャクナゲも満開。バックはもちろん藤。
Img_5670
手前の花はクレマチス。

Img_5642
休憩できる椅子やベンチが随所に配置されている。
Img_5639
藤だけではない。フラワーパーク。
なんとも贅沢な藤三昧を楽しむことができた。

2012年5月10日 (木)

韓流時代ロマンにハマる

2012.05.10(木)曇り⇒午後3時ころ雷雨(寒気流入の影響)

二つの連ドラにハマってしまった。
①NHKで日曜夜11時から放映している「イ・サン」は、DVDを借りて残りを全部観終えてしまった。NHKの放映を待ってはいられなかった。

②いまTV東京で月曜から金曜までの朝8:25から放映している「善徳女王」。

主人公の女優(イ・ヨウォン)さんが、男装で兵士役を演じていた。とても凛々しくてよい。
Img_5573
放映を待てず、近所のTSUTAYAにDVDを予約した。なかなか借りれない。

Img_5619_2
時代設定は7世紀の新羅。中国では唐の時代。ドラマは劇画調で展開してゆく。
遅ればせながらハマってしまった。
この日は第26話、かなり先の第62話で完結する。
※BSフジでも週1で月曜の18:00から放映している。こちらは第50話を経過。

今月下旬、韓国仁寿峰にクライミングツアーに出掛けるので、ソウルで関連のものを買ってこよう。

善徳女王役/女優のイ・ヨウォンさん
Photo

2012年5月 7日 (月)

佐久の岩村田にて

2012.05.07(月)晴のち曇り
秋に予定しているインドでの登山打合せのため、関係者が信州/佐久平に集合した。
往路は東名・関越道で200㌔、スムーズな3時間の走行、燃費18㌔/ℓ。
上州から佐久にかけて車窓から見える新緑が目に染みるようだ。
早く到着したので、同行の方を岩村田宿に案内した。
Img_5491
商店街の裏にある立派なお寺を訪れた。
永禄三年(1560)建立、浄土宗 一行山 無量壽院 西念寺
Img_5490
本堂に12世紀末の作と伝えられる長野県宝指定の阿弥陀如来坐像が安置されている。宇治平等院と同じ定朝作。
Img_5497
ほかにも、ここには以前訪れた寺社がいくつかある。
円満寺、龍雲寺、鼻顔稲荷神社など
Img_5500
江戸時代は中山道の宿、内藤氏1万5千石の城下町。
中山道だけでなく、善光寺、甲州、上州下仁田にも通じるかつて交通の要衝として栄えた岩村田。遊郭もあったという。
お店でコゴミとフキノトウを買った。

打合せを終え、帰路は八ヶ岳の麓、小海、清里を経由して中央道から帰った。3時間で自宅に戻った。
八ヶ岳山麓はようやく春が来たという感じ。桜が咲いていた。ほかヤマブキ、ユキヤナギなど。

帰宅してから、コゴミはやや硬め茹での御浸しに。
Img_5542
やや痛んでいるフキは選り分けて小さく刻み、香りを強めで楽しみたいので、さっと水でさらしてから、油で炒めてさらにみりん、味噌を加えて煮詰めて出来上がり。
Img_5629

2012年5月 5日 (土)

新緑の丹沢を歩く

2012.05.05(日)快晴
宮ケ瀬、丹沢三峰から大倉まで歩いた。山のトレーニングは山に行くこと。衰えてゆく脚力と心肺。膝にはサポーターが必要だし、持病の薬が欠かせない。当然、体は還暦を境に下り坂にある。
6:10相模大野⇒ 8:00宮ヶ瀬三叉路・・・11:00本間ノ頭・・・12:35丹沢山13:05・・・14:00搭ノ岳・・・15:50大倉  ⇒16:50相模大野

Img_5426
1,000m位までは新緑が美しい。眩しいくらいだ。1,200m以上ではこれからという感じ。
Img_5459
丹沢山頂上では快晴で眺望が極めてよい。とりわけ雪の富士山も。
Img_5457
ファミリーも
Img_5465
丹沢山から搭ノ岳の稜線はまだ樹木に葉がないだけ視界がよい。
Img_5476
搭ノ岳頂上では芋の子を洗うようだった。
Img_5478
ここからの眺望もとてもよい。相模湾西湘方面。

2012年5月 4日 (金)

3回目のJAXAと市立博物館の見学

2012.05.04(金)曇り、午後雷雨、不安定
Img_5403
約束していたこの日、親戚の子供たち3人らをJAXAに案内した。
Img_5387
休日のため家族連れで賑わっていた。4歳から小学4年生の男の子たち展示物よりもスタンプラリーに一生懸命であった。
Img_5399
休日のため食堂や売店はやっていなかった。
Img_5402
構内の新緑
Img_5405
それから斜め対面にある相模原市立博物館へ移動。
子供たちは今度はモニター画面での画面検索に執心。
私にはJAXA関連の展示物に興味が湧く。
Img_5413
CGの画像がとてもいい。
Img_5410
あのハヤブサのP.M.川口さんの色紙が掲示されている。
まるで子供たちに「チャレンジしよう」と呼びかけているようだ。
新緑がきれいな季節となった。

2012年5月 3日 (木)

今年も牡丹が咲いた

2012.05.03(木)雨
20120430072541
自宅の小さな庭に牡丹が咲いたと家人が携帯メールで写真を送ってきた。4/30のこと。

Img_5373
本日は雨、花弁がすっかり重くなって垂れていた。

(注)4/27時点の開花を待つ蕾みの状況
Img_5225

2012年5月 2日 (水)

GWの上高地にて

2012.05.02(水)雨

4/30、鹿島槍の帰路、松本で大阪に帰る二人と別れて、一人で上高地にまわった。
Img_5310
途中、徳本峠登山口のある島々宿では桜が満開であった。信濃路の春は遅い。
Img_5313_2
小梨平にテントを張ったが、全然寒くない。入山予定の方らは天気下り坂のため、2日ほど遅らせるという連絡が入った。
Img_5321
5/1は焼岳に向かった。
Img_5326
雪に埋まっていた焼岳小屋まで上がってから下山した。
Img_5335
中の湯から上ったという単独の方が焼岳からの途中でテント泊していた。あとで見つけた稜線近くのトレースからすると残雪で下山路を誤ったようだ。
Img_5338
帰り道、湿地帯ではでは冬眠から醒めたカエルが活動開始。これは交尾とはいわず抱接という。
河童橋では北鎌から下山してきた大阪PTNの会、SM夫妻に出合った。
この日は、前日に道の駅でコゴミ(¥350)とノビル(¥200)を入手することができたので、
Img_5355_2
結構な量のコゴミは茹でておひたしに、
Img_5358
ノビルは味噌をつけて食した。辛いけど全部食べた。
5/3朝入山のMT氏らとインド登山の打合せするつもりであったが、5/2帰宅することにした。何ともしまらないGW前半となってしまった。帰路、再び道の駅に寄ってみたが、ノビルはなかった。食堂では山菜天ぷらを食べることができた。

今回の狙いは白骨温泉に浸かること。中学3年の夏休みに雲ノ平と上高地に憧れて、初めて北アルプスを縦走した。このときに白骨温泉に泊まった。それ以来のこと。旅館はつるやさんか、えびすやさんか、斎藤さんかは憶えていない。
Img_5371
駐車場上の真新しいお風呂を教えてもらった。楽しみにしていた谷底にある公共野天風呂は例の地震の影響でクローズしていた。
Img_5365
入ったお風呂は5/1にオープンしたて。木の薫りが漂っていた。4人しか浸かれない小さな露天風呂だった。白い濁り湯で満足。硫黄臭もよし。
沢渡からの道路は工事中で閉鎖しており、乗鞍高原経由となっていた。

2012年5月 1日 (火)

松本/旧開智学校を見学

2012.04.30(月)
Img_5309
信州で過ごした学生時代に訪れ忘れた旧開智学校(明治や9年開校、擬洋風建築の重文)。ずっと気になっていたので、この機会に同行のお二人を誘って寄ってみた。佐久の旧中込学校などとともに教育県長野を象徴する文化財だと思う。
鎖国を解き明治新政府となり、国を富ませ先進諸外国に追いつけとばかり、その礎となる人材育成に着手した。それが明治の学校設立であり、当時の教育事業への情熱を感じさせてくれた。
Img_5285
正面で記念写真を撮る見学者が多い。当時の生徒さんは正面玄関から入ることはなかった。
Img_5307
教室では、オルガンやアップライトピアノ、小学生用の木製の机と椅子などがあった。ほかの展示室では戦前の修身の教科書があった。
「キグチ コヘイ ハ シンデモ ラッパ ヲ クチカラ ハナシマセンデシタ」 これは母からよく聞かされた。
当時の生徒心得も掲示してあった。とても立派な内容。生徒の進級結果もみた。とても厳しい教育が実践された様子がわかる。1000名の生徒規模であったという。

Img_5280
ここ旧開智学校の南東側には国宝松本城がある。

« 2012年4月 | トップページ | 2012年6月 »