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6さいのばらーど

  • 6さいのばらーど
    ゆーゆ(井上あずみさんの長女7歳): 「NHKみんなのうた」より

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2011年9月

2011年9月28日 (水)

韓国・仁寿峰(インスボン)クライミングツアー

2011.09.28 (水) 快晴
Img_1409 9月19日に成田発、昨夕戻ってきた。旧知のOWAFの皆さんと現地、景福宮駅にある大元旅館でドッキング。
あるご縁で韓国の登山学校の校長さんやコーチ(ガイド)、5-13女性プロクライマーとも交流。案内してくれた。全期間晴れ。帰るころには山では葉が色づき始めた。
岩登りだけでなく、アイスクライミングのジムも楽しむことができた。
白雲山荘の食事が美味しかったし、冷たいマッコリもよく飲んだ。
Img_1238 Photo:クライミング初日の9/20には校長(64)さんがインスAスペシャルを案内してくれた。粒子の粗い花崗岩のスラブそしてフレーク状のクラックなど。韓国では後続は数珠つなぎ式。
以降、医大ルート、シュイナードB、ニューリュウ、クローニン、ニューリュウなど。
(註)校長の朴さんはクローニン(雑誌ではクローニーキルと表記)の初登者という。

2011年9月18日 (日)

巻機山割引沢

2011.09.18 日曜 晴れ ※神奈川は快晴

9月17日(土)曇り時々小雨
Img_1133_2前晩、関越道・塩沢石打ICから清水部落に入り、翌朝ここから割引沢に入った。ナメのきれいな沢であった。
米子沢から上がった若者と出遭ったが、米子沢はそれほど荒れていないとのことであった。
Img_1174_3 下山後、登山口にある民宿、「雲天」に泊った。明治8年建築の建物を20年前、ここに移築したと聞いた。
Img_1179

2011年9月15日 (木)

インド・ザンスカール地方/レルー谷での登山

2011.09.15 木曜 快晴
 
インド・ザンスカール
2011.08.03
Img_2774 午前2時30分、ヘッドランプを点灯させC2(5,335m)を出発。
左サイド、無名の氷河から白いドーム状のunnamed peakに連なる稜線を目指す。
氷化した傾斜のある斜面を登った。アイススクリューでFixしたロープを伝う。
Img_2917 Photo:下山時の写真、登りは天候が良くなかった。
Img_2889_2 頂上近く(標高5,800~5,900m位)から南西方向を撮影。まわりは未踏査の氷河と未踏峰群である。
行ってみないと分からない、そういう感じで行われた過去、数十年前の登山隊スタイルの追体験ができたと思っている。そういう海外登山がしたかった。
Img_2795_2 C2では夜中も氷河の崩落する音が鳴り響いていた。
(註)デジタルカメラ:Canon DIGITAL110IS

インド・天空のトイレ

2011.09.15 木曜 快晴

インド・ザンスカール
Img_1241 キャラバン中やベースキャンプ(BC)では、簡易テントのトイレを設置してくれた。キャンプは水を確保できるところに設けられる。高所のキャンプ1(C1:4,746m)やキャンプ2(C2:5,335m)ではテントより下、離れたところを指定の場所とした。
↑Photo:ザンスカールスムド/キャンプ地イブキトラノオ満開3,935m(7/15)
Img_2492 高所キャンプ以外では、流れがあるところを天然の水洗トイレとして用足し。小川が本流に注ぎ込むようなところがいい。本流に流すようなところでは、落ちないようにしなければならない。流されたらもちろん危険。氷河の融水で水温が低く、流れが速い。Photo:レルー谷BC4,220m(7/23)
Img_2385 簡易トイレではなく、流れのあるところでは、始末はペーパーを用いず、黄金の左手で処理する。そして流れでよく洗う。こんな感じである。慣れるととても快適。すべてはインダスに注ぎ込む。ロールペーパーは期間中、せいぜい2個程度の消費であった。お腹をこわすことなく毎朝快調であった。
Photo:レルー谷二股4,183m付近(7/22)
Img_1092(註1)お店のトイレのこと(7/12)
キャラバンスタート地点の手前、ダルチャ(Dharcha3,400m)で朝食をった。そこのテント食堂のトイレ。大きなカメから柄杓で水を取って流す。手動式水洗トイレより川に注ぎ流す。

(註2)ついでにお風呂や洗濯のこと。
1ヶ月以上も風呂はもちろんのこと、シャワーも浴びることはできない。出発前日にスポーツ刈りにした短い髪は時には水洗いした。非常に乾燥しているし、汗もあまりかかないようで、それほど不愉快ではなかった。でも加齢臭は発したと思うが本人には分からない。
下着は1週間に1回くらい水洗いした。洗剤は若干持参したが敢えて使うことはなかった。キャンプ中、干し紐と洗濯ばさみが役に立った。
泊ったLehのホテルではシャワーは見せかけで、使うことはできなかった。デリーのホテルに戻ってから、思い切り垢をこすり落としてすっきりした。

2011年9月14日 (水)

丹沢・大山

2011.09.14 水曜 快晴

Img_1107 昨日9月13日 火曜・・・大山の涼しいところに立寄った。
秦野から蓑毛までバス。ここからヤビツ峠方向に歩き、春岳沢に入る。結構水量がある。沢の身支度をして流れに入った。水際は涼しい。12時前にターンした。この沢は以前来たときには藪漕ぎをした。沢ガイドブックには水流が無くなったらターンがいいと書いてあった。
いやな予感がした。蛭がいた。防いだつもりだったが、帰宅したら首筋に吸い付いていた。
Img_1108 分岐点まで戻り蓑毛越えから下社にまわり、参道をおりた。日陰はなんとか。でも暑い。平日のため空いていて良かった。
Img_1110 茶店(西野茶屋)に入り生ビール2と冷奴をいただく。
汗をかきたかった。この日は半日コース。
Img_1103 (註)往路の秦野駅では売店で好物の茹で落花生を買った。

2011年9月11日 (日)

八ケ岳大同心

2011.09.11 日曜 晴れ
Img_1078 昨日、9月10日(土)は、八ケ岳横岳・大同心の岩場に行ってきた。天気よく取り付いたのは私たち3名のみの貸切であった。
Photo:左側の岩峰が大同心
Img_1051 ここの岩場はコンクリートの壁に大小の石をはめ込んだようなホールド。まるでクライミングジムのホールドみたい。傾斜はきつい。
Photo:大同心正面壁の取付き点へ
Img_1053 しかしここは自然の岩場だから剥がれも想定しながら確認しつつ優しく体を揚げてゆく必要がある。思い切ってホールドに頼るのはどうか。
浮石には注意しなければならないが、ビレーポイントはぺツルのボルトが埋め込まれてしっかりしている。ナットが緩んでいるものをいくつか見かけた。締め具を持参したい。
Img_1063 古いリングボルトばかりと思っていたが、そんなことはない。ルートとして整備されていると思う。積雪期によく登られるので残置支点は多い。
(Photo:5P目のトラバース)
Imgp2113_2 最終ピッチは支点を確認しながらアブミでリード(ⅣA1)。後続はフリーで。
(Photo:撮影KJ氏)

Img_1086 天気よく貸切状態なので楽しい一日となった。午後下山したが結構な人数が上がってきている。最近は若い人も目立ち女性のファッションがいい。水際にはトリカブト、何となく心が???。
原村の日帰り温泉に浸かってから渋滞の相模湖ICに向かった。

2011年9月 8日 (木)

大阪にて

2011.09.08 木曜 快晴
OWAF の会合でインドザンスカールの報告のため、9/7(快晴)に大阪に行った。職場を6/30付で辞したので、時間はあるので、安価な交通手段として往復とも昼間のバス便を初めて使用した。新宿からの往路は空いており、ゆったりとシートを活用。
Img_1023 9/8 帰路はJRバスで2階の最前列席で新幹線とは異なる車窓の風景を楽しんだ。時間は苦にならなかった。
Photo:名古屋の湾岸ルート
Img_1009 JR大阪駅は大変身。
京都駅みたいな新感覚の駅施設に変貌。

Img_1008 駅前のヨドバシでは相変わらず大繁盛。この一店舗で、四国に相当する売上を計上するという。
Img_1010OWAF事務所のある環状線玉造駅に行った。大阪らしい庶民的な街である。
長く大阪で暮らしたのでほっとする。
昨晩はありがたいことに羽曳野のH氏宅でお世話になった。

2011年9月 7日 (水)

高尾から陣馬を平日に歩く

2011.09.07 水曜
Img_0992 9/6は久振りのウォーキング。高尾~陣馬を一人で歩く。過去1回目は20代のとき、そして30代ではファミリーで訪れたことがある。従って3回目となる。但し、今回は陣馬まで歩くことにした。
Img_0993 9時に登山口から歩き出す。台風のあとで、枝がたくさん折れて落ちている。森の中だから意外と暑くない。
Img_1000 天気は悪くない。平日でも結構人はいる。さすが首都圏エリアは人口が多いからだろう。
Img_1003 陣馬では1軒の茶店が開いていた。
ここから和田の部落に下り、15:47のバスでJR藤野駅にでた。

2011年9月 3日 (土)

インドでの登山・荷を搬送する馬のこと

2011.09.03 土曜

Photo:7月13日キャラバン初日、ザンスカールスムド付近
Img_1152 インドにはネパールのようにポーターがいないため、登山やトレッキングでは通常、キャラバンの荷物搬送には馬を使う。私たちの隊では往路、30頭の馬を使った。昨年は20歳前の若い馬方(Horseman)で馬に舐められていた。馬は賢く人をみる。今回は精悍な馬方ばかり5名で搬送した。
Img_1308 馬は荷を左右にうまくバランスよくくくりつけるのがポイント。四足のため、人間一人が通れる程度の足場の悪い山路でも谷に転落することなく仕事をしてくれる。
Img_1404 シンゴ・ラ越え。
Img_1409 5,000mを越える峠越えの下りの雪渓の上では踏み抜いてひっくり返った馬がいた。
Img_0157 ここは標高4,185m。氷河の融けた鉛色の冷たい水で強い流れ。馬は徒渉もできる。深く流れが強いため、荷上げ時の徒渉は無理で、8/6のスイス隊はここから2時間下流にあるヤバイ吊橋まで戻り対岸を上がっていった。吊橋では1頭が流れに落ちたという。馬は草地のある目的地に着いたら放しておく。
Img_0298 帰路、BCからの搬送は10頭しか手当できなかったため、1頭あたりの重量とカサに無理がかかり、なかなか下りてこなかった。谷の入口にある部落にたどりつけなかった。何回もひっくり返ったという。翌日レルーの部落に到着したときには、馬がのびてしまった。こんな姿は初めてみた。可哀相な使い方となってしまった。休憩後、翌日の仕事のため川上にある隣の部落、イチャー(Icher)に向けて移動していった。
Img_1691 イチャーまでのキャラバンでは半日ほど隊列の最後尾について歩いてみた。一緒に歩いたキッチンボーイは前職が馬方らしく巧みに扱っていた。いろいろな掛け声を使いわけている。そして棒などで馬のケツを軽くたたいたり。馬は登りで踏ん張るときは歩行しながら糞をだしたりする。Buoa~と臭いオナラもする。
Img_1431 山間部では不可欠の家畜であるが、道路ができれば車にとって代わるだろう。ここではそういう転換期にあるといえそうだ。
現地にはドンキー(Donkey・ロバ)もいるが、体が小さいので荷上げにはむかない。インドでの登山隊には馬がいい。今回、馬であればBCをABCまでキャンプを上げられたと思う。

2011年9月 1日 (木)

インド・レルー谷でスイスの公募/スキー登山隊と遭遇①

2011.09.01 木曜

2011登山隊日誌から
2011.08.05 金曜
Img_2997 登山を終えて前日には、前々日に泊ったキャンプ2(C2:5,335m)からキャンプ1(C1:4,746m)をとばして、前進ベースキャンプ(ABC:Advanced Base Camp4,386m)まで下山した。この日はABCからベースキャンプ(BC:4,185m)までの行程。荷下げもする。ザックはモンベルの80ℓ、軽くて重宝した。
Photo:足元には星の形をしたエーデルワイスがいっぱい咲いていた。
Img_3007 BCより30分くらい上部にヤクが20頭ほど放牧されていた。というよりも育成の放し飼いといったところ。正直言って彼らが暴れたら怖い。群れのリーダーに注意が必要とのことで、刺激しないように距離を保って通過した。急流のNateo Nalaを渡っているヤクもいた。
Img_302512:50には下流に移した新BCに着いた。広い平坦地で、しかも安全なBCだ。
すると突然、外人パーティが現れた。トレッキングパーティかと思ったらそうではなかった。結局、スイスからきたことが判明。L/O(リエゾン・オフィサー)を伴い、スイスのガイド2名、客9名、荷物搬送の馬26頭、ヤク4頭、他にローカルポーターを何名か連れた大パーティの出現であったので、びっくり仰天した。
Img_3028 午後、雨が降りだした。15:30-16:40まで、私たちの食事用テントで交歓会となった。ジュネーブからきた公募隊であることが分かった。20歳から58歳のメンバーで平均40歳という。若い女性も2名いる。15日間で未踏峰に登るという。山用スキーを7台ほど携行していた。何人かはインストラクターをやっているという。
Img_3029 58歳のリーダーのガイドは1970年代にエヴェレスト北壁を登攀しているという。もう一人のガイドは精悍な感じ。ルート工作で先頭に立つクライミングガイドであろう。L/Oは年輩者で目付きは鋭く、おそらく軍隊出身者ではなかろうか。
日本山岳会(JAC)の英語版レポートをみて登山隊をアレンジしたという。この隊は昨年入ろうとしたが、Leh近郊で発生した水害で取りやめたという。
Img_3031 私は若い女性には資生堂のクレンジングペーパーをプレゼントした。日本で有数の化粧品メーカー商品と説明した。

ガイドがくれたラベルには、MOUNTAIN ADVENTURE Stephane Schaffter とあり、所在地、メールアドレス、URLが記載されていた。
URL:www.mountain-adventure.org
Img_3042 この日、BCのコックがお祝いのケーキを作ってくれた。

(注)ベースキャンプがなぜもっと上流に設置できなかったのか、設営したBCが登山活動中になぜ移動したのかについては後日記す。

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