最近のトラックバック

2023年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ

6さいのばらーど

  • 6さいのばらーど
    ゆーゆ(井上あずみさんの長女7歳): 「NHKみんなのうた」より

お奨めの1冊

  • 斉藤惇夫作・薮内正幸画: 冒険者たち(ガンバと15ひきの仲間)

« 2011年4月 | トップページ | 2011年6月 »

2011年5月

2011年5月29日 (日)

2011.5.29 週末はMt.Fuji

2011.05.29 日曜 雨
28日、朝(8:20)から吉田口から二人でカッパを着て雨のなかを上がる。
今回も訓練。昨年もインドに出発する前月のこの同じ時期に一緒に行くメンバーとともに富士にきた。
残雪量は昨年より少ない。アイゼンは七と八合の間で装着した。
今回は天候を考えて予定した頂上テント泊は断念し、3,400mあたりにテントを張った。
29日、ザンザ降りの雨の中でテントを撤収した。
5:15下山開始→8:10吉田口五合目駐車場着
Img_0160写真は登山指導所下。ここが風雨を唯一避けられるところ。
高所順応の一環。休憩の都度、血中酸素飽和度(SpO2)を測定した。私の数値は不満足。82-84%。6,000峰と7,000峰を経験しているSTさんは92%、私とは歴然たる差がでていた。
29日朝の安静時は92%であった。行動時の酸素取り込みが課題であろう。間に合わないが体力増強と減量が必要と認識。
Img_0170 五合目からの富士山麓。朝なのでお客さんはまだ数人程度。
Img_0182 帰路、中央道諏訪SAで温泉に入る。積極的にPRしていないし、分かりづらく入浴客は少ない。源泉93℃に加水しているとのこと。
敦賀駅からはタイミングよく特急サンダーバードに乗ることができ、新大阪には夕方4時半過ぎに到着した。
帰り道、信州と滋賀北部や敦賀市(記録的な降雨量となった)では、ドシャ降りのなかでの走行となった。

Img_0189_2 新大阪駅では「羽球部」というジャンパーをみかけた。
漢字からは理解できるけど、一応この女子高生に声かけして確認した。→バトミントン部で正解。
「中国でも羽球部か?」と尋ねてみた。→ワカンナ~イがお答え。

2011年5月22日 (日)

日曜日は、変化著しい一日となった。

2011.05.22  日曜 曇り→強い雨→曇り→晴れ
Img_0091_2 朝4時半には起床、8時すぎにはJR道場駅に行った。百丈の下部岩壁で準備していたら雨が降り出し、アイゼンで右のルンゼから登りだしたらそれも強い降雨となった。前線の通過が早まったようだ。トレーニングは中止した。
Img_0095_3 すぐ近くにある「鎌倉峡キャンプ場」。よく利用させていただいた。

本日はOWAFでTG氏らが、雨を避け炊事場で、ロープワークなどの講習会を行っていた。
Img_0097_3 6月中旬には、ここ鎌倉峡を流れる川沿いに蛍がでる。
毎年楽しみにしている。
Img_0110_3 道場地区は田植えが始まっていた。いまは田植機でとても早い。

大北商店前で雨宿りがてら荷物を整理したら、メガネがないことに気づき捜しに戻った。幸いなことに下部岩壁下で発見できた。
Img_0116_2 帰路、梅田にでて立ち飲み「奴」で生ビール。
昼間から繁盛している。
Img_0119_2 続いて「はなだこ」でたこやきを食す。よく売れている。
阪急百貨店が工事中で、この店付近では通行する人がとても多い。
Img_0135_2 いったん帰宅してから汗を絞りたくて出直す。
淀川の右岸をウォーク&ラン。西中島をスタートにした。晴れると暑い。下流で長さ700mの伝法橋を渡る。Photoは阪神の新線。
Img_0141_2 地下鉄を弁天町から動物園前まで乗車。動物園前商店街入口にあるおでんの「成田屋」では、西成ジャズライブ。6月のスケジュール表を入手した。「110522nisinarijaz.pdf」をダウンロード
Img_0151_2 ジャンジャン横丁。
いつきても懐かしい雰囲気が感じられるので気に入っている。
子供のとき浅草に連れて行ってくれた父を思い出す。
Img_0153_2 この横丁にある「ホルモン道場」を本日のゴールとした。
「チョウ」と「ミノ」をいただく。ここでは鉄板で焼いてくれる。
ナマのレバーとセンマイもある。
なんとも中身の濃い1日であった。フル稼働。

2011年5月21日 (土)

爺&婆、大阪「みさき公園」で孫と遊ぶ

2011.05.21 土曜 晴れ
Img_9905 定例のランニング。朝5時過ぎに神崎川に向かう。右岸(下流からみて右手)を走った。1時間後自宅に戻った。
今日は南海電車で大阪と和歌山との県境にある「みさき公園」へ孫に会いたくて神奈川から来た家内と向かった。
Img_9928 ここの公園の売りはイルカショー。大人のほうが楽しんでいた。
目の前でみせる水中からのジャンプはド迫力だ。
Img_0007 それにしてもよく動く女の子だ。2歳5ヶ月になる。
見ているだけでこちらが疲れてしまった。
途中、疲れて付いてゆけず、落伍して休憩し横になった
Img_0044 穏やかで可愛い表情のキリンへの餌やり。
帰路はいったん和歌山市駅まで行って孫らと別れた。どっと疲れがでた。
南海電車では郊外に移転した和歌山大のある辺りのニュータウンに新駅を建設中。
Img_0082 帰路、難波で街にでて、新しく開業したクライミングジムを見に行った。
こんな大きいジムはみたことがない。
「グラビティリサーチNAMBA」、SWINGヨシモトビル3F。
好日山荘が運営・管理となっていた。

2011年5月20日 (金)

5月北御堂相愛コンサート・・・<主催者タイトル>クラシックへの誘い~そよ風の調べ~

2011.05・20 金曜 快晴
Img_9895 今月は相愛の専攻生によるサクソフォンの四重奏。

Img_9893_2 そもそもサックスは、ジャズやビッグバンドの楽器というイメージだったが、クラシックにいいなんて見事に覆された。私の音楽素養はこの程度。ソプラノ・アルト・テナー・バリトンの4種類のサクソフォンによる12名でのアンサンブル。
最後の曲・Riverdanceではパーカッションの1名が加わった。
Img_9890 北御堂で月1回あるお昼のクラシックコンサート、私はすっかりここの常連。お香が漂う本堂での演奏はなかなかよい。本堂は音響効果にもいいと思う。曲目・G.F HandelWater Music、・恩徳讃、・B.Whelan  Riverdance ほか
Img_9904_2 この日は一日「親鸞聖人降誕会」という行事で、入口には派手な旗が掲げられていた。
次回:6月23日(木)12:25~12:45、曲目:C.ドビュッシー(ピアノ)亜麻色の髪の乙女 ほか

2011年5月19日 (木)

ジタバタとトレーニング

2011.05.19 木曜 晴れ
Img_9847 朝は4時半から相模原ゴルフクラブにかけてランニング。森の道に入る。5時半に戻った。
Photo:この道路のドンツキが相模原GC、左側は企業の研究所敷地、右側には大きな森が広がる。
Img_9831 薬と携帯電話、デジカメ、ウォークマン(ZARD)をポシェットに入れて肩にかけている。
Img_9863 今夕、代々木のミウラBCで常圧低酸素室(まず4,000m設定から)に入った。
前回は昨年の6/116/18の2回、訓練を受けて6/26に出発した。今回は昨年行わなかった肺機能の検査を受けた。問題なし。実年齢より若いですよと云われた。
Img_9866 1年ぶりなので、高度4,000m相当の酸素濃度で1時間15分程度、常圧低酸素室に入った。ここではこういう環境下で自分に相応しい呼吸の仕方を体に覚え込ませることが目的。最初は安静⇒10/100の傾斜を歩行⇒15/100の傾斜を歩行、普通の呼吸と吐き出す腹式呼吸を
交互に行い、体につけたメーターに表示される血中酸素飽和度%を見ながら歩行した。ただ数字を上げればいいというものでもない。
今回行くインド未踏の山頂は6,100m。前回失敗した高度5,000m確実に順応できればと思っている。
Img_9868最寄駅は北参道駅がとても近い。7月月初に再び「ミウラBC」に行く。

今週日曜は百丈岩でアイゼン登攀、月末は富士山頂で泊まる高所順応とトレーニングが続く。

2011年5月17日 (火)

青森・みちのく早朝ランニングⅡ

2011.05.17 火曜
Img_9765 朝4時半から1時間走った。車も走っていないし、人も歩いていない。まだ寒いくらい。
ここではいまどき紫モクレンが咲いていた。
Img_9781 レンゲツツジも咲いていた。
Img_9633 これは梨の花か(長十郎と表示があった)、りんごの木か。
Img_9648 八重桜が散りだしていた。こちらの春は1ヶ月は遅いようだ。
入浴後計量したら1kアップ。

2011年5月16日 (月)

青森・みちのく早朝ランニングⅠ

2011.05.16 月曜 晴れ
Img_9708 みちのくの早朝ランニング。まだ寒い。
ようやく新緑l。
Img_9718  呼吸を整えながら(高所での呼吸を意識して、腹式で大きく吐き出す)緑の中を走る。5時から6時まで。

2011年5月15日 (日)

青森へ

2011.05.15 日曜 快晴
午後、三沢へ移動した。火曜の晩に神奈川に帰る。木曜は大崎にでる。大阪へは金曜朝となる。
Img_9615 羽田には横浜経由で行った。
いつも工事中だったJR横浜駅の工事は、いつの間にか終わっていたが、相変わらず人が多い。
Img_9621 京急横浜の駅ホームには、お立ち台があって、駅員さんがプラットホームを見渡しながらマイクで案内している。今回はベッピンの新人女性駅員さんか。凛々しい。よく目立つ。後は指導するお姉さん駅員さんだろうか。こういうお立ち台はここの京急横浜駅でしかみない。珍しい。
よく見渡せて安全運行に役立っていると思う。

朝のランニング

2011.05.15 日曜 快晴
Img_9549 ここのところ、雨の日の1日以外、毎日続いている。いまは時期がいい。
相模緑地緑道。
Img_9608 ここからは丹沢の大山を遠望できる。
Img_9609_2 自宅近くには貴重な雑木林が残っている。
ここを通って帰宅した。

2011年5月14日 (土)

青山・神宮外苑あたり

2011.05.14 土曜 晴れ
Img_9559 お昼にパサージュ青山の「梅の花・青山店」で食事をした。
天気もいいし、せっかく来たので外苑あたりを散策することにした。30数年ぶりだろうか。
Img_9567 神宮球場では六大学野球をやっていたので、適当に入ったら慶応の応援席だった。
対戦は慶応対明治であった。
この球場に初めて来たのは、父親に連れられ、王貞治が出場した高校野球。都大会だった。
Img_9578 花の大応援団の活躍はまことに素晴らしい。学生服姿で応援をリードする男子学生が何とも頼もしくみえた。昔は汗くさそうでいかつい奴が多かったと思うが、いまは好男子が多い。学生服のせいかそれほど軟弱そうにはみえない。
全く切れ目のない応援活動には目をみはった。体育会なみのトレーニングをしていると思った。一方チアガールの女子学生の動きをみていたら、とてもハードであることが分かった。炎天下で女子学生の一人がダウンした。
とても楽しめた。プロ野球を観に行くよりいいかも。
Img_9588 外苑のイチョウ並木。この時期、初めて訪れた。晩秋には落葉の絨毯となるところだ。
Img_9585絵画館前。ここは戦時に学徒出陣の痛ましい行事が行なわれたところだ。
神宮球場のすぐ近くには都立青山高校があった。「青春の墓標」を遺した奥 浩平の出身高である。私の兄もここに通った。
本日、東京では街でも、駅でもやたら人が多く、日ごろ大阪で暮らす私は疲れてしまった。
【追記】・・・40年前に読んでいた本(いまも自宅にある)
1.されどわれらが日々 柴田 翔 S.39.08.10①刷、46.12.01第79刷@420 文芸春秋社刊
2.青春の墓標      奥 浩平 S.40.10.30①刷、44.10.10第22刷@390 文芸春秋社刊
3.二十歳の原点     高野悦子S.46.05.10①刷、46.11.25第17刷@450 新潮社刊

2011年5月13日 (金)

御堂筋/本町ガーデンシティ・ロビーコンサート

2011.05.13 金曜
Img_9506 御堂筋の並木の葉の色が濃くなってきた。
右の新築ビルのロビー(天井が高い)が会場。上は外資系のホテルSt.レジス。
第7回大阪国際室内楽コンクール&フェスタのプレイベントだそうで、
・会場:本町ガーデンシティの広いロビー
・開催:本日12:30と18:00の2回、30分ほどのミニコンサート
Img_9511 ・出演:クァルテット・エクセルシオ Quartet Excelsior 
※1996年 第1回東京室内楽コンクール1位 
Img_9522 ・桐朋学園大出身の4名、この方・西野ゆかさんがリーダーでしょうか。
珍しい弦楽四重奏。
ヴァイオリンが実に優雅な音色を出していた。

2011年5月12日 (木)

ランニングを開始する

2010.05.12 木曜 曇り
7月の出発に向け、4月末からランニングを始めた。といっても朝のジョギングから。呼吸を整える。ペースを一定に。まず30分程度。だんだんとスピードを上げ、時間を延ばしてゆく。病院の負荷検査では心臓の回復が極めて高いとのコメントであった。週3回は必須。朝5時から6時の間を充てる。やや節制?の生活。山のトレーニングは山にゆくのがよい。
Img_9475 今日は神崎川、大阪河川共同艇センターがあって、学生の競艇部だと思うが、数艇が漕がれていた。フォアなどスポーツ艇は動きがとても美しい。
雨で河川の水は泥色。泥の川。安治川を舞台にした小説のタイトルのようだ。禁煙して1年。体は重い。でも成功した。
※Photoは本日夕方、チャリで。このあと雨降りとなった。
Img_9478 河川敷には花壇が適当にある。個人が勝手に作っているのか分からないが、いいじゃないですか。花はいい。
Img_9471_2【追記1】 新御堂吹田側の道路下にインド料理のお店がある。どうみても客が来そうにない立地にある。でも成功して欲しいと思う。
前から気になっていたお店。
オババが来たら一緒に入ってみようと思っている。
Img_9501_2 【追記2】  13日朝、神崎川に注ぐ糸田川沿いを走る。ここもなかなかよい。右側には車両は入れない。
Img_9496 沿道には自治会管理の花壇がある。相模の自宅にあるのと同じ「カラー」が咲いていた。

2011年5月 8日 (日)

信州佐久平/中込と岩村田

2011.05.08 日曜 快晴
昨年に続いて今年7月に出発するインド・ザンスカール登山隊の参加メンバーによる打ち合わせのため、今回も信州東部の佐久に行った。
近鉄の夜行バス・千曲川ライナー、3列シートで良く眠ることができた。朝7時過ぎには佐久平に到着。沿線では花が咲きはじめ、遅い信州の春を感じさせてくれた。まだ田植えは始まっていない。
集合はお昼だったため、午前中の時間を利用して市内を訪れてみた。
Img_9438 旧中込学校。明治8年落成。
当時としては極めて珍しい洋風建築。地元の誇りだったようだ。建築費のほとんどを地元小村の有志募金で賄い、松本の開智学校とともに教育県のルーツをみる思いがした。
手前には立派な藤棚。
上部には時を告げる太鼓楼。建物にはステンドグラスも嵌め込まれ、ギヤマン学校ともよばれた。
Img_9388 昨年佐久にきたとき、この学校のことを知ったので、ぜひ訪れてみたいと思っていた。
受付で明治時代の銅版画のコピーをいただいた。⇔「110508nakagomi_school.jpg」をダウンロード  
Img_9402 展示してあった修身の教科書。ほかにもさまざまな教科書、授業料徴収の判取帳、生徒の作文、明治時代の文部省公文書など貴重な保存文書をみることができた。教育関係者にとっては興味つきないものと思う。
Img_9381 中込駅近くのお店「蔵元:初鶯」
Img_9371 浄土宗 西念寺。1560年の建立。
ご本尊の阿弥陀如来像が安置されている。制作年は今より千年前、宇治平等院と同じ定朝作という。
このお寺は小諸藩、岩村田藩の菩提寺でもあった。(岩村田)
Img_9440 龍雲寺。信玄ゆかりのお寺という。。(岩村田)

Img_9444 近くの円満寺は工事中であった。。(岩村田)

Img_9370 かつては交通の要衝であった岩村田の宿。小諸、甲州、上州への街道の分岐点であったため米穀の集積地としても大きな役割を果たした。遊郭もあったらしい。
中山道は、京都と東国を結ぶ重要な街道であった。皇女和宮をはじめ、都を離れて嫁ぐ姫たちが通る街道であったため、「姫街道」ともよばれた。
Img_9454長野駅の近くで豊橋のKD氏(Photo)と生ビールを飲みながら、名古屋行き特急電車の時間待ち。
22時には大阪宅に戻った。

2011年5月 5日 (木)

剱岳から帰る

2011.05.05 木曜 快晴
4月30日の夜、千里中央を出発。5月5日の23時過ぎに大阪単身宅に帰宅した。
1日朝、馬場島手前6㌔のゲートは果たして閉まってした。ここで剣から下りてきた単独行のMiyamo(大阪)にバッタリ会った。車で迎えにきたおかぁちゃん(チカちゃん)と2歳半になるおとうちゃんそっくりのお子さんがいた。
5月1日は天候悪く、予備日を使い馬場島で停滞。翌2日から行動を開始した。
赤谷尾根から。
取りあえず、7枚ほど掲載。
Img_9254 北方稜線、赤ハゲの通過。左側に巨大雪庇群。(5/3)
Img_9286小窓への下り。HKさん。(5/4)
Img_9305 小窓ノ王へ(左側)。小窓尾根の登攀を終えて先行する二人。真ん中・正面の岩壁がチンネ。(5/5)
Img_9306 小窓の頭付近から見た圧巻の剣尾根。(5/5)
Img_9320 チンネと池ノ谷ガリー。(5/5)
Img_9332 小窓ノ王から時間切れの下山。
Img_9339 白萩川西仙人谷を下った。ここには前日、小窓谷を上がり西仙人谷に滑り込んだ山スキー隊のシュプールが残っていた。
下降中、小窓尾根側から1回雪崩があり、谷中央までデブリを押し出した。前後して赤谷尾根側の崩落による跳ねた落石を右腕に受けたが大事には至らなかった。
馬場島着15:00
上市のph7.8、「大岩・湯神子温泉」で汗を流し、立山ICから北陸道へ。

【追記】
赤谷山の登りから小窓までは、東京下町の老舗山岳会、「朝霧山岳会」の4名と同じ行動であった。
Img_9324 小窓ノ王付近では単独で、鹿島槍から黒部川を越え、ガンドウ尾根を辿ってきた「松戸岳人倶楽部」の方(Photo)とすれ違った。

« 2011年4月 | トップページ | 2011年6月 »