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6さいのばらーど

  • 6さいのばらーど
    ゆーゆ(井上あずみさんの長女7歳): 「NHKみんなのうた」より

お奨めの1冊

  • 斉藤惇夫作・薮内正幸画: 冒険者たち(ガンバと15ひきの仲間)

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2010年10月

2010年10月31日 (日)

2010 インドヒマラヤの高山植物

2010.10.31 日曜 曇り
デジカメで撮った高山植物をセレクトしてみた。名前は自信がないので今後調べて記載する。掲載は日付順。ジャンカール・ナラ上流。
Img_2137 ①7/03
標高4100m付近
Img_2838 ②7/11 ブルーポピー・・・ヒマラヤの青いケシ、天上の妖精ともいわれる神秘的な美しさ。高さは20センチ内外。7月中旬から8月中旬、高山の岩地に咲く。
前進ベースキャンプ(ABC)の上部を偵察中、右岸モレーンにて、堆石した大きな石の間に大きな花びらを見つけた。標高4600m付近。
Img_3214 Img_3225 7/18,BCとABCの間、谷沿いの別ルートの斜面、やはり堆石した石の間でも見かけた。どこにでもあるというわけではない。
Img_2846 ③7/11 標高4600m付近
ブルーポピーの近くで見つけた。

Img_2908_2 ④7/13
キャンプ1(C1)4875mの直下にて
Img_3436 ⑤7/24エーデルワイス
P7030679 ベースキャンプ(BC)を撤収して下山中。この大群落のジュウタンの上を歩く。標高4200~4300m付近。
左のPhotoは往路の7/3にDaliでKD氏接写撮影。
Img_3447 ⑥7/24
ここは往路のBC手前のキャンプ地。氷河の融けた冷たい川の徒渉を終えて休憩。
この谷の奥は本流右岸から入る大きな谷。この谷を徒渉し本流から奥に入る公式登山隊は我々が初めてのはずだが、限られた時期に本流左奥の峠(Tarsalam峠 5490m)を越えてヤクを売りに上流から下ってくる地元の方が踏破するルートがあるという。
今回入手して使用した地図は15万分の1で地図のタイトルは「Ladakh、Zanskar(sud・south)」

【追記】
Img_3426 私たちの入った時期には二人で550頭を面倒みる羊飼いが上がってきた。
7月24日、BC撤収後の下山帰路で彼らのカルカに寄ってみた。標高4,100m台のところ。
Img_3432 珍しい水タバコを吸っていた。吸えとすすめてくれた。私たちにチャイを振舞ってくれた。
彼らは旧式ではあるが、Philips社製のポータブルラジオを持参していた。

2010年10月29日 (金)

御堂筋裏通りの御霊神社

2010.10.29  金曜

 
Img_58361
とにかく由緒のある立派な神社。関西は関東に比べて神社仏閣が多いと思う。歴史の違いがあるし、文化・経済の中心であったからであろう。

Img_5831
ここは大阪ガスビルの裏手の通りにある。いまの時期は歩くのがいい季節だと思う。いろいろ発見できる。
大正期には人形浄瑠璃の文楽座がここの神社内にあったという。

Img_5833

この神社のホームページがあった。
http://www.goryoujinjya.com/index.html

2010年10月27日 (水)

宮崎にて

2010.10.28 木曜 曇り
Img_5814 宮崎空港駅前
Img_5825 電車からは時々海岸がみえる日豊本線。

2010年10月26日 (火)

故・逸見晴恵さんのこと

20101026 火曜 晴れ 寒気が入る
先週金曜(10/22)の昼間、川越にお住まいの友人から携帯電話に連絡を受けた。
晴恵さん(ハーチャンと呼んでいた)が、10/21に病気で亡くなったこと。葬儀は故人の意向で近親者と中学時代の親しかった友人らで行うことになったと。10/23通夜・10/24告別式。
P1160073旧姓小林さんは、中学3年D組のときのクラス委員長(姐さんタイプ)。毎年、彼女が中心となって新年会を開いていた。毎回場所を替えて、今年は玉川高島屋(二子玉川)のイタリアンであった。(1/16)
P1160110_22次会は有志で自由が丘のカラオケスナックに立ち寄った。このとき彼女は高橋真梨子の「For You」を熱唱していた。私の曲は忘れた。
特に亡くなったご主人がフリーになって以降、大方の同年の女性と異なり、極めてストレスの多い生活をしていたと思っている。フリーになってからのご主人のスケジュールは殺人的だと云っていた。そのマネジメントを彼女がしていた。これが病の遠因となったのかも知れない。
なぜか関連して、彼女と同年の従姉妹(=晴美ちゃん:私が小学校低学年のとき同じクラス)が若くして亡くなったことを記憶している。
20年ほど前、私が勤務している企業のPR冊子の件で、お願いに行ったところ、快くご夫婦で登場してくれたことがあった。
もう「KTクン!」という声は聞かれない。普通のおばさんであったならば、この齢で亡くなることはなかったと思う。
(註:私は普通のおじさんなので、山岳関連で事故に遭遇しなければ人並みの年齢くらいは生きられると思っている。)
頑張りすぎたのかも知れない。でも彼女らしく行動的でとても密度の濃い人生を精いっぱい駆け抜けたと思う。並みのヒトよりちょっとスピードが速かった。
ご冥福を祈りたい。           
(私は大阪単身赴任中)
【追記】
残念である。まだまだ毎年楽しいひと時を、中学時分のみんなと楽しみたかった。彼女が主催していた新年会は継続されると思っている。
本日、新聞に訃報が掲載されていた。午前中のテレビでも報道されていたそうである。「101026.jpg」をダウンロード

2010年10月24日 (日)

秋・芦生の森を歩く・・・京大研究林②(10/24)

2010.10.24 (日) 曇りのち、昼より雨
Img_5768 泊ったのは、美山町江和にあるコテージ、1棟で8人がゆっくりできた。
見上げているのは桂の木。落ちた葉っぱの匂いをかいでみると、綿菓子の匂いがした。
Img_5786 この日は由良川の支流、内杉谷川からけやき峠方面を目指す。

11時にはUターン、河鹿荘で風呂に入り、遅い昼食、解散がこの日の予定。
Img_5783 短い時間ではあるが、中身の濃いウォーキングを楽しめたと思う。
小さいエリアではあるが踏み跡のみ、コケ類の多い、プリミティブな谷歩きは皆さん満足のようでした。
Img_5804 12時半前から雨が降り出し、午後1時には駐車場に戻った。
Photoは左手、背の高い樹木はメタセコイヤ、標本として植えたのかもしれません。小さな葉っぱに特徴がある。イチョウ同様、前世紀遺物の植物か。
Img_5806 車で移動中に見かけた。白い花のそば畑があった。
Img_5809 河鹿荘では美山で採れたという松茸を販売していた。とても高いです。
5時半には帰宅できた。

Img_5787【追記】
前日も見かけたが、マムシソウが実を付けていた。
Img_5793 コレ、茎が見事なマムシ模様。
蛇は苦手です。マムシではないが、本物の蛇を見かけましたね。

秋・芦生の森を歩く・・・京大研究林①(10/23)

2010.10.23(土) 晴れ
Img_5704 友人のグループに誘われ、私にとっては2回目の芦生の森。ここ美山町は京都府北東部に位置してそこを流れる由良川源流は京大農学部付属芦生演習林エリアにある。(現在研究林と名称が変わっていた。管理部署も変わったのではないかと思う。)植物分布上から見ても貴重なものが多く、植物の宝庫として貴重な存在だ。
Img_5705 2日間どっぷり「芦生の森」に浸かるのが当グループ今回の目的。
私は来年神奈川の自宅に戻るので、関東から便のよくないここは、多分再び訪れることはないと思う。
Img_5707 トロッコ道を行く。ゆっくり歩いたため、カズラ谷出合で昼食としてUターンとなった。
Img_5759エンジン付トロッコはまだ現役。
Img_5717 奥にゆくに従って、軌道は壊れているところが多くなる。
Img_5735 傾いている仮設の橋では、足もとが不安定のため腹ばいになって渡る方が多かった。滑って落ちないこと。
Img_5747 中ほどに、フラットで明るいところにブナ林(人工林と思う)があった。幹に耳を当ててみる。
Img_5767 【夕食】コテージ方式の農家民宿では、バーべキューを用意してくれた。高年齢グループとしてはよく飲んでよく食べた。
Img_5761_2 持ち込みの大型チャイナ松茸も焼いた。(私、今シーズン3回目の松茸会)

2010年10月22日 (金)

新潟/燕三条

2010.10.20 木曜 曇り
燕の洋食器、三条の刃物、日本一の金物産地、越後の金物屋。
Img_5680 三条は鍛冶職人、大工道具、和釘、刃物、作業工具など道具産業のまち。
三条鍛冶道場では、年輩の職人さんが、鋼をたたく工程や研ぎ方を懇切丁寧に説明してくれた。丁寧に手作りされた鉈や高級包丁が欲しいと思った。
Img_5672 国登録有形文化財の建造物「武徳伝」=三条市歴史民俗産業資料館、昭和初期の大きな木造の武道鍛錬の場として建築された。

Img_5677 市内中心部にはとても大きなお寺、真宗大谷派「三条別院」もあった。
ここは新潟県中央部。

2010年10月21日 (木)

でぃーぷ大阪/九条あたり

2010.10.21 木曜 曇り

Img_5701
神奈川の山岳会、SACのKJ氏が出張で来阪していたため、大阪のディープなところにご案内した。前回は入門編、天閣→ジャンジャン横丁→飛田新地だった。

Img_5695
今回は松島新地のある九条
新地内を一周。額縁みたいな玄関。ニイチャン!ニイチャン!とオバチャンから声がかかる。

Img_5693
その後開店したての居酒屋さんに入り、鯨のベーコン、ノドなど食べて飲んだ。

Img_5696
知る人ぞ知る関西を代表する有名なヌード劇場もご案内した。外観のみ。A級DXとある名門九条OS劇場。ここに入場したことはない。

Img_5699
懐かしい雰囲気が漂う立飲み屋さんがあったが、遅くて断られた。

次回は西成警察署裏、愛隣地区にある立飲み屋さんの難波屋か、天神橋商店街、桃谷、鶴橋、大正、十三(じゅうそう)あたりを案内しようと思っている。

2010年10月20日 (水)

玉造(大阪環状線)にて

2010.10.19 火曜 晴れ
Img_5663 OWAF中級登山学校(無雪期)終了式のあと行われた玉造の「や台や」での懇親会(夜8時~)に参加した。この日受講生・関係者など参加者は40数名にのぼった。30年以上も続いている登山学校。ここの運営システムの実態は特筆ものである。
私は15年前の年度(1995年)に受講生として参加した。
Img_5702 ここ毎年、記念にTシャツを作っている。

【玉造というところ】・・・アーケード商店街が健在で古い歴史のある大阪の下町。

2010年10月18日 (月)

紅葉の小川山・・・川上村廻り目平(信州東南部)

2010.10.17 日曜 曇りのち晴れ

Img_5548 金曜の晩は清里にある知合いのペンションに泊った。
10/16・早朝、ご主人の運転で朝早く夜行バスできた徳島のFKさんを迎え、現地集合の廻り目平まで送ってくれた。
Img_5648 周囲は紅葉が綺麗。ここ数日はまだいけると思う。
ここのキャンプ場はとてもよし。山が萌える最もいいシーズンである。

Img_5550ガマスラブに行くグループと 別れて私たちは屋根岩2峰(セレクション)へ。
1ピッチ目。
Img_5555 今年2月、湯川でのアイスクライミングやGWの上高地、霞沢岳以来のKGさんとペア。
指の皮膚が擦れて痛くなるようなスラブ(一枚岩)。
3ピッチ目。
このルート、私は2回目。
Img_5568 終了点からの眺めはとてもよい。
このグループはImg_5616 3パーティ、8人。平均年齢は間違いなく60歳を越えていると思う。

Img_5634金峰山荘に泊った。夜の懇親会ではインドの山行報告を行った。
参加者は遠くは仙台、松山から集まった。
10/17・2日目は八幡沢左岸スラブエリアで遊び、昼に解散した。
KDさん、STさんとともに佐久平にお住まいのKZ氏の車で清里まで送っていただき、豊橋、町田、大阪方面へJRで帰宅の途についた。

2010年10月14日 (木)

世田谷/喜多見のお蕎麦屋・・・丸屋さん

2010.10.14 水 晴
Img_5533 昨日1013日、小田急沿線に住む友人が美味しいお蕎麦屋さんがあると云って、案内してくれた。ここは成城学園駅の西隣に位置している。喜多見駅の南側徒歩5分もかからない。更科系の丸屋さんは港区芝にあったお店がルーツらしい。
Img_5527 私はまずビール、熱燗のお酒、そしてザルソバ@650を注文した。蕎麦好きの私としては合格でした。
Img_5544 お店の前には私立の国本学園(幼稚園・小学~高校)があった。
Img_5534
秋田からでてきた中学生の桜田淳子が品川女子中・高から国本女子高に編入して通った高校だという。




Img_5536 Img_5537 駅前には昆布屋さんと懐かしい鉄道模型の店があった。
都内でもここ世田谷や杉並、目黒区あたりは暮らしやすい山の手の街だ。

2010年10月11日 (月)

雪彦山クライミング

2010.10.11 月曜 晴れ
大阪P会に今春入会した会員さんを中心にした山行。紅葉を期待していた穂高岳は天候不順で中止となり、代替の企画となった。明け方の夜空、星空をとても綺麗に見ることができた。Img_5503
初めて訪れる雪彦山の方もおり、新会員の皆さんには定石どおり地蔵東稜から。
Img_5507 YTさんはバックステップを自然にこなして、バランスよくチムニーを綺麗に越えた。
Img_5511 地蔵岳頂上では岡山県津山市からきたグループの方にわがパーティを写してもらった。
Img_5520 2つめは、地蔵岳正面壁右カンテルートに2パーティ、私らはアブミ中心の紅菱会ルートに入った。
Cimg5821 このルートは50年もまえに三菱電機伊丹工場の職域山岳会・紅菱会の皆さんが初登攀。当時は人工登攀華やかかりし時代だ。
Img_5524 十分に汗をかき、雪彦温泉に入り、加齢臭を流して大渋滞の中国道に突っ込んでいった。帰宅は10時まえとなった。
雪彦山は日本三彦山の一つ。姫路市北に位置する夢前(ユメサキ)町にある。6月には蛍観賞で知られている。
近年、鹿が増えていまや害獣となっている。夜、部落に出没する。深夜に「キューン」という鳴き声を何回も聞いた。恐怖の蛭が多くなってしまった。温泉のロッカーでもなぜか蛭混入騒ぎがあった。登山者が付着を知らずに持ち込んでしまったと思う。

本年第2回・松茸会

2010.10.10 日曜 天気回復 曇り→晴れ
Img_5486 雪彦山前泊、大阪P会パーティの山行で6人でいただいた。場所はテントの中。
Img_5487 中国産を1980円で購入し焼き松茸とした。
Img_5489 若干、うどん鍋(メニューはエビも当然入ったウドンスキ風)にも放り込んだ。好評でした。食事に旬は大切です。
Img_5490 条件さえ良ければ(そういう山行であれば)、味気ない食事ではなく、みんなで楽しく食事するのもいい。

2010年10月10日 (日)

朝の神埼川をチャリで行く

2010.10.10 日曜 曇り

Img_5457_2
朝、チャリで走ると近所では金木犀の匂いが漂っていた。綺麗とはいえない河だが、ボートの練習をしていた。
大阪・神崎川沿いの専用路を江坂から右岸(下流に向かって右側)上流に向かう。この川はだいぶ前のことだが、下流では死体がよく浮いたなど云われたことがあった。

Img_5460_2



Img_5465
コスモスの畑があったり、 日立グループのCMにでてくるような樹木(小さいが)があったりして、チャリやジョギングによい。

Img_5466
高浜橋付近に神崎川の沿革を記した表示があった。知らなかったことが記してあった。

Img_5471

Img_5476

Img_5472
↑高浜橋から上流と下流を写してみた。

Img_5479
河川沿いは開放感があってよろしい。
数年前に1年ほど溝の口に住み、多摩川の河川敷を六郷や府中方面をよく走ったり歩いたりした。淀川では100キロウォークがあるらしい。

【追記】今回悪天候で穂高山行を取りやめた代わりに、姫路市の北、夢前町にある雪彦山のクライミングに変更。本日は、午後移動する。お昼に久し振りにABC放送の吉本がみれる。
OWAFの登山学校は宮崎の比叡山に行く先を変更している。

2010年10月 9日 (土)

2010 インドヒマラヤ登山隊・キャンプ1(C1)・・・未踏エリア

2010.10.09   C1建設  GPS計測結果  4875m

2010.07,13 
前日、ABCからC1に荷揚げ(といっても私は上部で使用する個人装備などのみ)してABCに戻った。
Img_2921この日もCIへ上がる。体調がおかしい。
C1ではテントが2つ張られた。雪のないところを選んで整地。高所での土木作業はガイドがやってくれた。眺めのいいところだ。
Img_2922若いガイド2名は上部へ偵察に上がる。
Img_2945私は空身で標高5,000m直下まで上がつた。背後には結構な氷河が広がる。背後の山岳の標高は6,000mに達しない。
2010.07,14
深夜に呼吸が苦しくなり、眠れなくなってしまった。
Img_2948ここから全員で頂上へ向かう予定になっていたが、私は残念ながら体調不良で停滞することにした。
Img_2965未踏エリアといっても羊飼いは盛夏、草さえあればどこまでも追い上げるし、ヤクも放牧されるだろう。
ここまで登山隊として入域したのは、私たちが初めてのはずである。よってこのアングルからのPhotoも初めて撮影されたもの。

BC、ABC、C1とキャンプを進めたが、目標とする氷河はまだ先で、目標には全く届かなかった。遠すぎるのである。せめてC1からいけそうなピークに登ろうということになったが、上部では雪が深くターンせざるを得なかったという。
1,200m用意したフィックス用ロープ、スノーバー、アイススクリューなどは使用せずに終わってしまった。そういう登山で終わった。初めての山域ではそういうこともある。時期、アプローチなど再検討することにする。裏側のザンスカール、レルー谷からのアプローチが有力だ。(AACK・SM氏のアドバイス)
 

2010 インドヒマラヤ登山隊・前進ベースキャンプ(ABC)設置⑤

2010.10.09 土曜 雨

2010.07.08 ABC設置 4455m N:32°52分426S, E: 77°03分568S (GPS計測)
Img_2615 ゴルフ場のグリーンみたいなところに設置した。テントは3つ。中央に氷河の融けた濁ったクリークが流れている。Img_2663
タルチョーも設置してもらった。
BCからの我々の荷揚げは個人装備のみ。私たちは、はっきり云って60歳超のメンバー。
Img_2665 初孫の写真を持参した。
Img_2621 地形の偵察にまわった.

2010 インドヒマラヤ登山隊・ベースキャンプ(BC)④

2010.10.09 土曜 雨  

2010.07.04 BC(ベースキャンプ)決定 GPR測定 4205m
Img_2407 徒渉した先からは、許可を得た登山隊が入ったことの無い未踏エリアである。羊飼いなどは入っている。
先行した馬の一団が戻ってきた。氷河の堆石、モレーンを馬が越せないため、当初4600m付近をBCとする計画を放棄せざるを得ない。しっかり高度を確保したBCを確保するには、ポーターを確保しなければならない。
Img_2411 今後ABC(アドバンスベースキャンプ)を設けなければならないことになった。
7/5 休養でStay
Img_2465 7/6 崩れて降雪に見舞われた。放牧されている羊や山羊が雪を避けてテントに寄ってくるので、内側から蹴った。
Img_2500 7/7 BC開設の儀式、我々3名、ガイド3名、リエゾンオフィサー1名、キッチンボーイ2名がこの登山隊のすべてである。羊飼いの犬も自由参加(こちらの方が待遇がいい)。

2010 インドヒマラヤ登山隊・キャラバンキャンプ地③・・・ダリ

2010.10.09 土曜 雨

2010.07.03 Dali(4100m)
Img_2179 昼まえだが、徒渉を控えているためキャンプ地とする。3年前の8月に大阪大学現役のWV隊が渡れず、ここをBCとして目標ピークを変更した場所である。
Img_2236 エーデルワイスノ群落があった。美しいところである。
Img_2242 くつろぐ若いガイドとリエゾンオフィサーたち。馬方とともに徒渉点を偵察して一段落。
Img_2262 山側に登り、上流の地形を眺めてみる。まだまだ遠いようだ。

2010 インドヒマラヤ登山隊・キャラバンキャンプ地②・・・ザンスカール・スムド

2010.10.09 土曜 雨

2010.07.01 Jankar Sumudo(3950m)
Img_1913 ここはZanskarやLeh(ラダック地方:チベット仏教が根強く息づくインドのなかの異境)方面への著名なトレッキングコースへの分岐点である。この川にかかる橋をわたり、正面の山腹を巻いて上がり、Shingo・la峠(5095m)を越えてゆく。
ここまで道路工事が進行している。ダイナマイトを使っていた。来年からは峠越えの道路工事に着手すると思う。非常時には、軍用道路が目的と思う。中国とパキスタンと接するややこしいエリアである北のカシミールには軍事停戦ラインがある。
我々は画面では、左方向へ本流を上流に真っ直ぐ進む。
Img_1926 キャンプ地は整地され快適、わきにクリークが流れる。Img_1938
Img_1910 ここでも高度順化として300mほど高度を上げてみる。まだ草が生育するには時期が早い。

2010 インドヒマラヤ登山隊・キャラバンキャンプ地①・・・パラモ

2010.10.09 土曜 雨
終日雨で穂高山行は中止。そこでようやく2,800枚のphotoを日別にフォルダー整理してみた。これか少しづつ掲載してゆきたい。

6月28日 Palamao(3730m)
Img_1817 キャラバン開始地点、ここまで車両使用可。ここから先は馬を使って荷を運ぶことになる。ジャンカール・ナラ上流にある氷河を目指す。(6/28)
Img_1831 下ってきたフランス・イタリア人らのトレッキング隊の馬が20頭近く到着した。(6/29)
Img_1825 2日目、高度順化のため、キャンプサイトから250mほど高度を上げてみた。その地点からキャンプ地を見下ろした。まだ山腹は青々していない。羊は放牧されていない。(6/29)

2010年10月 8日 (金)

大阪/秋の御堂筋・本町界隈

2010.10.08 金曜 晴れ夕方から雨
Img_5450_2 秋の御堂筋、まだ夏と変わらない。ここは新緑のころと黄色いイチョウの葉が散る晩秋がいい。
Img_5444_2 北御堂(本願寺津村別院)は開かれた親しみやすい寺院。催しものが多い。一昨日のお昼には、本堂でお坊さん5名による読経があった。誰でも入れた。なかなかの雰囲気だった。Img_5441
境内には親鸞上人の立像がある。
Img_5445_2 10月1日には、外資系テルSt..Regisが開業した。でもエントランスは何となく入りづらい雰囲気ある。ビルの中段には空中日本庭園があるらしい。外観はとても立派。本町通り側にはしゃれたテラスがある。
Img_5455_2 ホテルの裏、9/27に和風・煮干しのラーメン店がオープンした。ここは飲食店激戦地。本日寄ってみたが、スープに改良の余地大。和の味をウリにするには、お店の兄ちゃんが若すぎるか。

2010年10月 7日 (木)

ジゼル(GISELLE)

2010.10.07  木曜 快晴
20101006jizeru1 ポスター(イレーナ・ペレン)をみて、なにを狂ったか、観てみたいと思った。
可憐な妖精を舞う美しいプリマバレリーナを観たいという気持ちが高まった。
コピー「儚くも美しい純愛物語、幻想の世界に妖精たちが舞う。」
いままでバレイには全く無縁であった。

チケットを確保することにする。
公演は来年1月15日(土)兵庫県立芸術文化センターにて

以下のファイルはパンフの裏表、捨てられない。
「20101006jizeru2.jpg」をダウンロード  「20101006jizeru1.jpg」をダウンロード

【追記1】
来年、大阪での生活を整理して神奈川の自宅に帰る予定。本場宝塚歌劇も話の種に観てみようと思っている。当日は宝塚にお住まいの女性、NGさんにお付き合いをお願いしてみようか。題材はなんでも可。これも今まで全く興味はなかったが・・・。

【追記2】
10/29:ローソンでチケット検索したが、1/15公演分はもう販売リストに載っていなかった。売り切れてしまった。別の手立てを考えよう。

2010年10月 3日 (日)

日曜の朝・服部緑地公園(大阪)

2010.10.03 日曜 朝、曇り
Img_5403 チャリで15分くらい。ここは大阪の北部、万博公園とともに緑溢れる手入れのいい大きな公園である。かつてお花見の頃、公園全体がバーベキュー会場と化した時期があった。今はどうなっているか未確認。公園内には禁止の立札が立っている。
Img_5406
日曜朝、老若男女がウォーキング・ジョキング・ペットと散歩などいろいろ。公園中央には大きな円形花壇がある。
この公園を通って職場に通勤したときもあった。

Img_5401 民家園もある。よく手入れて保存されている。
全国各地の古い農家・旧家など古民家をここに移築している。
ほっとするゾーンでもある。
Img_5412 大きな池もある。
Img_5415 ハスの花が咲いていた。人工的に見えるがホンモノ。Img_5417
Img_5423 運動場もあり、年輩者チームが早朝ソフトボールのゲームをやっていた。

この大きな公園南側は住宅地。比較的大きな旧家が目立つ。上野とか中尾の表札がかかっていた。
Img_5427 Photoは公園からかなり南に下ったところにあった旧家。権現様を敷地内に抱えていた。

本日午後、梅田で次週末に計画している穂高山行の打合せを予定している。大方の参加者は朝から不動岩でトレーニングとしている。
昼には雨降りと予報されていた。

2010年10月 2日 (土)

本年第1回・松茸パーティ

2010.10.01 金曜 快晴
Img_5387 クライミングジムCRUX(金曜はとても空いている)に来たお二人を大阪宅に誘った。マイドOGさんとYZさん。
Img_5391 十分な量があったが、3人で全部食べてしまった。輸入モノとはいえ、これだけの量があると、香りや食感も楽しめた。
Img_5392 キャンプ用テーブルに置いたカセットコンロで焼いて醤油とスダチで食べた。
松茸は近所のお店で購入。¥1980 中国産

昨年もジム帰りのKMさんとここでやった。第2回はSMダンナとヨメらを招待しなければならない。約束している。

【追記】 この日、
1.国産で個性的なミゾーのアイスバイル〔MIZO V-1 Black〕 CRUXの2F売場にて在庫品1本を(若干汚れあり)、格安の処分価格で販売していたので早速購入した。
Img_5399 ①シャルレクエーサー、②カジタ、③ペツルクオーク2本についでバイルは5本目。実力とは無関係に用具は用途に合わせて、無限に入手したくなる。ややギヤオタク気味。

2.アプローチシューズ〔5-10〕をKoreaで買ってきてもらった。
Img_5396 靴裏のパターンはすでに使用しているものは○が並んでいるが、今回のは長めの楕円、大小ブツブツパターンとなっている。
2年前、これを履いていれば肩関節/腱板断裂のケガはしなかったと思う。タラレバのことだが・・・。

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