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6さいのばらーど

  • 6さいのばらーど
    ゆーゆ(井上あずみさんの長女7歳): 「NHKみんなのうた」より

お奨めの1冊

  • 斉藤惇夫作・薮内正幸画: 冒険者たち(ガンバと15ひきの仲間)

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2009年11月

2009年11月29日 (日)

晩秋・・・休日の表六甲を歩く

2009.11.28 土曜 風強く寒い
2日前にCRUXで久し振りに登ってぶる下がってみたので、ウデが回復しない。
よって不動岩には行かず。体の調整・歩いて軽い汗をかくことを目的に家を10時にでて芦屋川に向かう。
Pb280004 藤木九三のレリーフのある高座の滝。Pb280008
地獄谷奥の小便滝。渇水期には涸れてしまうことがある。
Pb280012 A懸垂岩を過ぎるとボロボロの尾根にでる。ここからは神戸港の眺めがよい。
Pb280017 風吹岩をすぎ横池へ。ハスの葉が浮いている。
荒地山から芦屋川におりた。半日のゆっくりコース。
参考:知合いの根岸真理さん著「六甲山を歩こう」神戸新聞2009.6.5発行

帰りに梅田のヨドバシに寄って来月1歳となる孫の誕生祝いを手配した。
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芦屋川界隈、大きなお家がある。田園調布とは比較にならない。

Pb280002
Pb280021_2 景観のよいマンションが川沿いにあった。
Pb280024高価そうなペット霊園(火葬場併設)もあった。ちょっと別世界。

2009年11月27日 (金)

ご近所のイルミネーションなど

2009.11.24(火)
Pb240184 毎年この時期から点灯している。「何よ!フン!」とおっしゃる方もいますが悪くはありません。
以前住んだ豊中でも結構やっていましたね。お子さんのいるお家にはいいでしょう。
Pb210070 自宅では、菊が咲いている。手間なしで毎年咲いてくれる。
Pb210063 ドウダンの色はまだイマイチ。そろそろ百日紅の枝を落とさねばならない。
(相模原)

2009年11月26日 (木)

北八ヶ岳・・・雪山だ!宴会だ!キャンプだホイ!

2009.11.22(日)晴後曇~23(月)快晴

帰宅中であったためSACの山行にお誘いがあり参加させていただいた。「稲子湯」上のゲート前に車を置き、ここから「にゅう」を目指して6人パーティで行動開始。林道から石楠花尾根にコースをとる。天気は予報が外れ一日何とか持ちそうであった。
Pb220098 高度を上げるにつれ北八ツらしい針葉樹の樹林帯となり、雪も踏むようになる。過去に何回か北八ツにきているが、縦走路から外れたところにある「にゅう」を訪れるのは初めてである。今シーズンとしては幸運なことに早い積雪で冬景色となっている。縦走路にでると、中山峠を経由して黒百合平に到着した。(PM230
熟年隊(A.V.60歳)であるので、話題は定石どおり健康問題に始まり、年金、痴呆、孫のことなどで盛り上がる。
Pb220104 テント内では酒もアテも豊富。皆で食べきれないほど用意された具だくさんのナベを囲み、飲めや歌えの大宴会となった。(PM8:00すぎにはお開き)
2009.11.23
夜半、風雪が強まり10センチ以上の積雪をみた。
翌朝、新雪を踏んで天狗の庭から東天狗岳に上る。
Pb230113 天気はピーカンとなり眺望は絶好調となる。穂高・後立山連峰まで丸見えであった。風はやや強い。
Pb230137 頂上からは中山峠を経由してミドリ池・しらびそ小屋に下り休憩。
Pb230144 途中、稲子岳南壁が立派にみえました。
Pb230159 ミドリ池からの東天狗岳も立派にみえました。雪があると美しい。
帰路、お楽しみの「稲子湯」に浸かる。なかなか濃いお湯でした。名湯でした。
「たかねの湯」下の「八つ駒そば」をいただいて帰相した。
 
久々に中身の濃い山旅を楽しむことができた。一足早く冬山を味わえたし、「稲子湯」がよかった。
Pb230175 浴室入口には明治40年の泉質分析表が掲示してあった。
Pb230177 玄関にはここを訪れたことのある若き日の吉永小百合さんの稲子湯ポスターが貼られておりました。

2009年11月19日 (木)

腱板リハビリの経過・術後9ヶ月

2009.11.19 木曜 曇りのち晴
11.10より肩関節可動域の改善を目指し、職場近所に数人の理学療法士が営んでいる整体医療院があり、週2回通うことにした。保険適用でマッサージ20分、器具を使用しての肩の引き上げ運動5分、マイクロウェーブ照射5分がその内容。板ゴムを使用の自分で行うインナーマッスルのリハビリなどを教えてくれた。
Pb170061 当面、ラテックスゴム(整体医院で購入@800,強度弱)を利用した強化を加えることとする。トイレのノブを利用する。
11.13に9月には顔面打撲した際の肩関節への影響を懸念して1ヶ月前に予約してあった手術をした病院に行った。担当医による検診の結果は異常なし。まずは一安心。可動域回復が不満でなかなか100%には戻らない。回復は自己評価では80から85%くらいか。関節の固まり(拘縮)をなんとかしなくてはならない。腱板リハビリの資料は次のファイルを参考にしている。↓「20091117rihabiri.tif」をダウンロード
動きもイマイチだとクライミングへのモチベーションも上がり難い。おまけに9月末の鼻骨手術経過は悪くないのだが、違和感と当りへの恐怖感がある。11.25には鼻骨術後の最終検診を受ける予定。

肩関節の次回検診(術後1年)は来年1月末。ここで解禁宣言を! 期待!

2009年11月16日 (月)

OWAF初級岩登り教室に参加

2009.11.15 日曜  晴れ
Pb150062 朝の開始前ストレッチ。OWAF(大阪労山)では年2回、公募の岩登り教室を開催している。新たな仲間募集の一環でもある。多くの方にクライミングへの興味を持ってもらい、山歩きだけではない山登りの世界を広げて欲しいと思っている。3040代の参加者が多く、この日こんなに多くの参加者を行事としてこなせるのかなと思うほどであった。全体で50名超。
受講者を間にはさみ、3級程度のやさしいルートを登ってもらう。会場はJR道場から歩いて30分程度のところにある鎌倉峡の百丈岩周辺。
Pb150075 ここは初体験者や初心者に好適のルートが多くある。
Pb150072 ミニ本番のクライミングを体験してもらった。
Pb150084 終了後は河原で主催者側の用意した温い豚汁や焼きそばが振舞われた。盛況でした。
Pb150066 私は「ひとつの岩登りルート」をイメージしてもらい、延べ5ピッチのクライミングと2回の懸垂下降を参加の方にTさんとともにガイドした。
いきなり腕がパンパンに張るような壁を登らせるより、山登りにクライミング技術が必要だと理解してもらうやさしい岩登り教室はイントロとしていいと思う。

孫らと天保山ハーバービレッジに遊ぶ

2009.11.14 土曜 晴れ
天王寺駅で娘と孫を迎え、前晩に神奈川から来た家内とともにそのまま大阪港まで地下鉄で移動。孫とは2ヶ月半ぶりの対面。何を言っているのか分からないが、わぁーわぁーと声を出している。とても元気で歯も生えてきて丈夫に育っている。
Pb140069_2 まず孫の冬用衣類を買うため天保山マーケットプレイスへ入る。私は買い物には付き合っていられないので、施設内にある「なにわ食いしんぼ横丁」をまわった。
Pb140070_2 大阪の食べ物のお店がコンパクトに配置され、昭和30年頃がイメージの横丁が再現されている。たこ焼き、イカ焼き、串揚げ、洋食など20店が出店。
Pb140073 私が釘付けになったのは設置してある街頭テレビで、戦前戦後、現在までの大阪の映像が流されていた。ここが一番良かった。釘付けとなった。この映像は価値があると思う。
Pb140109 遊覧船サンタマリア号にお付き合い。大阪湾からみる景色も珍しい。
Pb140164 近隣の広場では大道芸など。最後はタイマツの火を飲み込んだ。
Pb140217 孫は引き回されて疲れたらしく、帰路には寝てしまった。娘・孫らと晩秋の休日を楽しんだ。
次回、12月に予定している孫の1歳の誕生日会が待ちどおしい。
(大阪)Pb140136

2009年11月12日 (木)

博多にて

2009.11.12 木曜 晴れ
以前博多に来ていたとき、移動はタクシーばかりだったので地理を憶えられなかった。今回は地図片手に目的地まで20分あまり歩くことにした。いままでみえなかった街がみえてきた。
Pb120074 「博多塀」・・・住吉神社の近くにあった。秀吉の時代、博多の町の戦後復興、いわゆる太閤町割りを行ったとき神社・仏閣や豪商の屋敷に築かれた土塀は、兵火による焼石、焼け瓦を粘土で固めてつくられ「博多塀」とよばれた。(能書きより)
Pb120079 1300年も前から博多の人々に親しまれているという由緒ある 「櫛田神社」があった。博多祇園山笠が奉納さている。どんたくパレードはこの神社から出発する習わしという。
Pb120080社伝では、天平宝字元年(757年)、松阪にあった櫛田神社を勧請したのに始まるとされ、松坂の櫛田神社の祭神の大幡主神が天照大神に仕える一族の神であったことから、天照大神も一緒に勧請されたと伝えられる。天慶4年(941年)、小野好古が藤原純友の乱を鎮めるために京都の八坂神社に祈願し、平定した後に当社に素盞嗚神を勧請したと伝えられる。
他に、平安時代末期、平清盛が所領の肥前国神埼の櫛田神社を、日宋貿易の拠点とした博多に勧請したものであるとする説もあるが、それは同市早良区の櫛田神社のことであるという反論もある。
戦国時代に荒廃したが、天正15年(1587年)、豊臣秀吉によって博多が復興されるときに現在の社殿が造営された。(フリー百科事典:ウィキペディアより)

Pb120077 中洲にでている屋台の駐車場?もあった。折りたたむとなかなかコンパクト。夕方から中洲にでているが、昼間はどこにあるのかなとの長年の疑問がとけた。
知的好奇心といっては大袈裟だが、街はキョロキョロと歩くのがよい。

2009年11月 8日 (日)

大台ヶ原 千石嵓の岩場

2009.11.7 土曜 晴
Pb070066 現在、千石嵓のある西大台には環境省指定の保護地域として法令整備され、事実上の入山制限が2007年9月から行われるようになった。事前申請手続きの上、入山当日朝のレクチャーを受けて許可カードを持参して入ることになっている。レクチャーされた方よりシーズン中にアマゴ釣りの悪質な入山者を発見して逮捕、書類送検した事件があったと紹介された。入山制限はこの貴重なエリアを守るためにやむをえないことと思う。
Pb080068 私たちの目的は西大台の千石嵓(せんごくぐら)の岩場で、マルチフリールートの「サマーコレクション」に2パーティ、「サンダーボルト」に1パーティの6名で入った。A.V.53歳(60以上2名)。千石嵓の岩場全景は「岳人2007年9月号」より。
Pb070067 取り付きには遊歩道の途中から外れて適当に谷を下るが、目印のテープがところどころにある。HMさんが振り返った。コケの緑が美しい。但し私のデジカメは緑色が綺麗に写らない。
Pb070076 サマーコレクションの取り付きには1995年にこのスポーツルートを完成させた方の記念プレートがある。
Pb070072 快晴の中、9時半にHKペアから5.10aピッチのスタート。後続の私たちは10時過ぎとなった。
Pb080066 掲載の絵は「岳人2007年9月号」の特集記事に掲載されていたもので、このルートのハイライト、高度感満点のハンドトラバース。支点ごとにレストしながら進む。最初の斜上が少々辛い。
久し振りのフリークライミングはうまく登れません。この1年みっちり登りこみ、気合十分のHMさんがオールリード。
ようやく再起動開始の私にはきついリハビリクライミングとなった。この1年、すっかり体が重くなってしまっている。最終ピッチ終了点直下の小ハングでついに力尽きた。
今月より14ヶ月ぶりにジム(CRUX)通いを再開する。

徳島にて

2009.11.06 金曜
Pb060064 10年ぶりと思うが、徳島駅はすっかり綺麗になっていた。
Pb060063 泊ったホテルの最上階には大浴場があり、ジャグジー付きの露天風呂もある。背後には徳島市の象徴?ともいうべき眉山が望めた。
Pb050061 前の晩に楽しみにしていた徳島ラーメンを食べたが、その店はイマイチであった。

相模原市内の緑地

2009.11.6 木曜

先週帰宅したとき朝、近所の緑地を散歩した。大和市から相模原淵野辺運動公園に至る緑歩道が整備されており、自宅から5分くらいでこの歩道にでることができる。
Pb010106 四季を通じて花と緑が癒してくれる。丹沢山塊も遠望できるし、お気に入りに歩道だ。
Pb010107 3年まえにアキレス腱を切って休んでいたときは、退院してから毎日のようにここでリハビリウォークをしていた。

かつて近所には雑木林が多かったが、個人所有のものなのでだいぶ減ってしまった。
Pb010111 それでもオルガノ研究所の北側に隣接する緑地は広大である。そこまでは
30分ほどの歩き。この研究所には入れないが、とても広い敷地を保有している。道路を挟み相模原ゴルフ倶楽部もある。
Pb010113 相模原市は緑地の保存に力をいれている。緑はいい。
どうもこのデジカメ、キャノンと異なり緑の色の出が良くありません。調整の仕方は???

秋の里山・・・JR道場駅周辺

2009.11.03 火曜 晴れ 
週末に大台ヶ原の岩壁、千石嵓のマルチピッチ・サマーコレクションにゆくことになっているので、軽いトレーニングのためJR道場に行く。駅で一緒になった神戸の女性と二人して烏帽子岩に向かった。
Pb030061 ここはいつもOWAF関係者の知った顔の方が多い。P会の方たちは不動岩に行ったと知った。私がお店の行先ボードを見間違えたようだ。
Pb030067 山超えで不動岩にまわる。鏑射寺から武庫ノ台ゴルフコースを通り里山に入る。JR道場周辺は調整区域のためか、農村の風景がよく保存されており、心和む地域だ。
不動岩にたどりつくと、P会の皆さんが正面壁の取り付きに陣取っていた。
Pb030073 私はまだリハビリが続いているので、体の動きを点検するつもりで、フリーはせず、F姉を誘い逆Lと菱型ハングなど3ピッチを登ってみた。

肩の旋回は十分ではないにしても支障はないようだ。今月は13日に肩関節、25日に鼻骨手術の経過を診てもらうことになっている。
Pb030077 この日はさらに友人らがハイキングのあと武田尾の畑熊商店で猪ナベを食べるといっていたので、ひと駅乗って合流した。
このあたりは大阪近郊で手軽に自然を楽しめるエリアだ。

2009年11月 2日 (月)

自由が丘にて・・・その2

2009.11.01 日曜

Pb010151 食事の後、日常生活で使える品を陳列しているしゃれたお店(J・ピリオド)に皆で入ってみた。大人の雑貨屋がコンセプト。私でもそのセンスに納得した。手ぬぐいまでがさりげない飾り物になっていた。入口のディスプレーもなかなかいい。

Pb010152 お茶を飲もうということになり、駅南口の「マリー・クレール通り」(いつからこんなしゃれた名前がつけられたのか私は知らない。)から北口のロータリーへまわり、「亀屋万年堂本店」の2階に上がった。
Pb010159 近くに自宅がある王貞治選手がTVCM(「ナボナはお菓子のホームラン王です」というフレーズは忘れない。)にでていたお店で、ここでは洋菓子の「モンブラン」とともに老舗である。王さんの亡くなった奥さんの妹さんが、私の通った奥沢(自由が丘が近い)の小学校の同学年で隣のクラスにいたことを思いだした。(注)亀屋万年堂の現社長は創業者の娘さんと結婚した元巨人軍の国松彰氏
帰りに自由が丘デパートの地下商店街にも寄ってみた。
50年ほど前、母親からよくお使いを頼まれ、洋裁の材料を買いに行かされた「ダック」というお店がお目当て。健在であった。

自由が丘にて・・・その1

2009.11.01 日曜

Pb010120 兄夫婦と姉らが私の定年を祝ってくれることになり、自由が丘駅南口、魚菜学園の前にある「磯勢」で食事をした。
以前にも法事などでお店には来ており、今回が3回目。2階の茶室風の部屋に通された。
Pb010143 坪庭も眺められ、中々の雰囲気です。めだかみたいな小さいお魚が泳いでいた。

Pb010118_3 兄夫婦・姉よりお祝いの品をいただいた。泥っぽい焼き物が好み。私は焼酎の湯割りに使うことに。
Pb010130 料理はすし屋さんの会席、「雪」?コースをいただいた。飲物は生ビール、日本酒「八海山」、ワインなど。あっという間の2時間だった。次回会合の予定も決まった。

有楽町にて・・・高校の同期会に参加

2009.10.31 土曜

Pa310095 還暦の記念すべき会に遠くは新潟、愛知、三重、大阪などからも60名くらい集まったみたい。私は卒業してから東京を離れていたため、今回が初めての参加となった。元某女子生徒?から「OOくん」なんて云われて、思わずにんまり。目を瞑れば高校生。和やかでした。42年前に戻れる集いはいいものです。会場は関係者でなければまず利用できない由緒ある某ビルにあった。
Pa310103 終了後B1の居酒屋さんを貸切りの2次会も用意され、結構呑みました。

今でもお付き合いのあるIU先生は私らより10歳年上、風貌は若くて逆転してみえる同期の方もいたほどです。1年C組の集合写真をみていただいたところ、生徒の苗字をすべて覚えていて、諳んじてくれた。退職されてからは、中国、チベット、パキスタン、ネパールなどを旅行されている。カラコルムハイウェイも通過し、「レディースフィンガー」もいいぞなんて云っていた。先々、私はインドやネパールとともにカラコルム方面の登山やトレッキングを考えている。

2次会を終えて店の外にでたところ、千葉にお住まいのPK君が呑みすぎたためか、店前の長椅子で寝ており、皆で起こした。それぞれ自宅沿線グループに別れて帰途についた。

     「レディースフィンガー」=カラコルム山域にある5965メートルの岩塔、クライミングの対象となる山岳で女性の優美な指を思わせることから、その名称がついたと思う。山岳関係の雑誌でその姿をみたことがある。私らには無理です。近くで眺めたいものだ。

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