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2009年10月11日 (日)

厄除寺社巡り

2009.10.11  日曜  快晴のち時々曇り
 この3年半の間に3回のケガでいずれも手術で入院をした。頑健を誇り、いままでなかったことだ。還暦にもなったことだし、厄除けの寺社にお参りに行くことにした。
 大阪ではないが、西宮にある「門戸厄神・東光寺」と大阪立売堀にある弾丸よけの「サムハラ神社」である。前者は職場の方から関西での厄除けはここだと、後者は友人から教えられた。「門戸厄神」はともかく「サムハラ神社」は、由来がややいかがわしい感じがする。大正7年(1918)より大阪にて「プッシュ万年筆」の製造販売を行っていたが、「*さむはら*」の文字の護符としての力に気づいたというのがきっかけとなったという。
いずれもお札を買った・・・。
Pa110066 ・門戸厄神・東光寺 嵯峨天皇が42歳のときに弘法大師の指導で厄除け祈願が行われた。Pa110063 そのゆかりの厄除けだ。地元商店街と連携して1年を通じて行事やイベントを活発に行っている。Pa110061
地元の方に道を尋ねたら、厄神(やくじん)さんといっていた。経営努力をされているお寺という感じがした。

Pa110068 ・「サムハラ神社」は、田中富三郎(1870.3~1967.12)がはじめた教団の神社。Pa110072 こんな漢字は見たことがない。これでサムハラと読むのだろうか。
日露戦争、203高地で吹き飛ばされたが、田中一人だけは微傷だも負わずに生き残り、九死に一生を得たという。そこでその御神徳のご利益を蒙っていただくため、サムハラ神社の建立を企てた。公称信者数約50万人。(大島信雄氏の記事で資料として紹介した一部より引用)
追記・・・サムハラ神社北側の通りには、TVドラマ「どてらい男」のモデルとなった工具商社、山善の本社が、そして東側には、モンベルの倉庫ビル(旧本社)がある。
Pa110069

 【厄年とは】
 厄年とは、人間の一生のうち苦しみとか、災いなど厄難に遭遇するおそれが多い年齢のことをいいます。厄年の頃になりますと、肉体的、精神的、社会的になんらかの異変が起こり、ただ単に迷信として片付けられないものが有ります。人生精一杯生き抜くことは結構なことですが、電車にも駅があるように時々立ち止まり、人生を振り返り、反省、感謝し、次の進むべき方向を見定める余裕があっても良いのではないでしょうか。・・・後略・・・(門戸厄神 東光寺山主)

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