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6さいのばらーど

  • 6さいのばらーど
    ゆーゆ(井上あずみさんの長女7歳): 「NHKみんなのうた」より

お奨めの1冊

  • 斉藤惇夫作・薮内正幸画: 冒険者たち(ガンバと15ひきの仲間)

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2009年6月

2009年6月29日 (月)

本棚のあるBAR「いんたぁばる」(天神橋)のこと

2009.6.29 月曜 曇り後、雨

サンケイ朝刊大阪版に掲載されていた記事のこと。ブックキープができるという。

「20090625sankei_bookbar.tif」をダウンロード  

自分の本棚には何回も読み直したい本がある。そんな本を預けたい。なお、近いうちに、3月に亡くなった神戸の方の山岳図書を入手したいと思っている。関西に置くのがいい。知人はお店に行く。そんなことを考えている。

2009年6月28日 (日)

神崎川を阪神千舟まで歩く

2009.628 日曜 午後から晴れ

すべてはリハビリのため。ジョギングは神崎川のなにわ自転車道を選んでいる。CRUXに寄ってから、今回はウォーキングのみ。榎木橋からの上流をワンショット、フレーミングが安定してきた。

P6280072_2

左岸(下流に向かって左側)P6280077ひたすら下流に向かって歩く。

お花畑もある。立派なヒマワリが咲いていた。

ところどころに、災害など緊急時に水路として活用できるように埠頭が設置されていた。さすが水都であるP6280082 P6280085

阪神電車とクロスする手前で、歩き専用の道が消滅したため、ここで終りとした。佃の公園では、元気な子供たちが遊んでいた。最近、子供を見る目線が以前より優しくなったような気がする。孫のせいかなと思う。

琵琶湖の恵み

2009.6.28 日曜 曇り  

2009.6.27 TJ氏と比良での暑かった山歩きを終え、「ひらトピア」で汗を流し、夕方、近くにあるNM氏知り合いのお店で待ち合わす。3人は学生時代の友人。彼が用意してくれたものは、ここでしか食べられないもの。それは名人に頼んで獲ってもらったという琵琶湖の「天然ウナギ」。地元の方でもなかなか口にできない代物であった。P6270096

捌かれた焼く前のもの、そのまま焼く。P6270098

炭火でお店のマスターが外で焼いてくれた。関西の白焼き。左下の小さいPhotoをクリックすると拡大されて、煙の立ち上がる焼きの様子がわかる。P6270102食べ方は①わさび醤油、②タレなど。NM氏がその独特な漁法について、解説してくれた。やはり名人でないと獲れないと思った。P6270105

P6270110 肝も焼いてくれた。骨もから揚げ、捨てるところは少ない。旨さ絶妙、食べ尽くし。

P6270122

琵琶湖の手長エビも

P6270116

徳島から送ってもらったという「ゴマさば」まででてきた。そのほか、これでもかと・・・。

久し振りで、話は尽きない。飛田新地の「鯛よし百番」や甲子園・阪神タイガース戦ご招待を約束して、8時過ぎの電車で帰路についた。

リハビリウォーク 湖西のリトル比良を歩く

2009.6.27 土曜 晴、時々曇り 暑い

新大阪を7:49発、快速で湖西線に入る電車が早い。近江高島駅には8:55に着いた。学生時代の友人と歩く。夕方には、比良にて風呂に入り、比良で暮らす友人と会うことになっている。コースは、高島駅ー岳観音ー岳山ーオーム岩ー岩阿沙利山ー寒風峠ー涼峠ー北小松駅。通称リトル比良と云われる縦走。リハビリ目的は、手を突かないようにバランスよくしっかり歩くこと。来月には利尻岳にゆく。P6270079

眺望はきかないが、雰囲気がよく、昼食とした。P6270086

寒風峠から涼峠にかけては、日本庭園風のみずみずしい湿地帯があった。これら峠の名前がいい。

P6270087

楊梅の滝が中央、左上には「獅子岩」がみえる。昨年春、ここで行われたWAF近畿ブロックの搬出訓練に参加した。P6270089

P6270091_2

「楊梅の滝」の由来があった。真夏にはシャワークライミングが楽しめる。

2009年6月22日 (月)

おじさんたちが若者だったときの熱い冒険記

2009. 6. 22 月曜P6180061

タイトル:冒険の蟲たち・・・登った! 漕いだ! 走った! ・アメリカ大陸5万キロ、著者:溝淵三郎、興田守孝、長篠哲生、出版社:白山書房(2009.6.1発行)、本体1600円

30年から40年以上も前に大活躍した山岳会=クライマー集団のひとつに、私が憧れたJECC(ジャパン・エキスパート・クライマースクラブ)があった。この会には加藤滝夫・(故)保夫兄弟や今井道子もいた。いまは廣川健太郎が代表である。

JECCの若者たちが、33年もまえ、ボロ車を駈って北米から南米へ走り抜けたツアーを日記でまとめた青春の冒険記である。その後の彼らの生き方に大きな影響を与えたと思う。単なる山登りの本ではない。おじさんになってからまとめたことに意味がある。

主な記録:ペルーアンデス、①トーレ・デ・クリスタル南壁初登攀、②タウリラフ南壁初登攀(以前に仏、L.テレイが北面より登頂)、③ワスラカンスキー世界初滑降など。

2009年6月21日 (日)

「第1回 なにわなんでも大阪検定」の帰路、千林大宮にて

2009.6.21 日曜 曇りのち晴れ  

大阪工業大学で行われた大阪商工会議所主催の検定試験、3級(初級)は60点がボーダーラインで、なんとかクリアできたと思う。でも延べ15年の大阪生活では、まだまだ未熟です。帰途、地下鉄の駅まで10分余りの間に銭湯が3軒もあった。私の好きな庶民的な街。

P6210066_2

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P6210078

表にまわると正面玄関。温泉。入浴料410円。

裏道には、昔ながらの大阪の典型的な長屋がここにもあった。

P6210071_2

P6210079_2 さらにレトロな酒屋さんの看板が、気を引いた。いま東京で暮らす友人は、小学校から中学にかけて7年余、この地で暮らしたという。

2009年6月20日 (土)

孫を訪ねて、たま電車

2009.6.20 土曜P6200071

和歌山電鉄貴志川線、もうすぐ6ヶ月になる孫とぜひ乗りたかった爺。沿線風景はのどかな田園風景が続く。いまや大人気の電車。終点の貴志駅には、廃止されかかったローカル私鉄再建に大きな貢献を果たしたスーパー駅長、「タマ」のガラス張りの駅長室があった。タマはお客様の応対で疲れたのか、グタッと横になっていた。タマは日曜が休日とのこと。P6200080

2両をつなぐ連結部分にかかつている「タマ」のノレン。

P6200107

帰路に乗車したおもちゃ電車の内部。特別仕様で、なかなかいい雰囲気の車内です。タマ電車も同様。

P6200082_2  少ない髪の毛が直立している孫は、おとなしく乗っていたが、連れまわされただけ? 大人が楽しんだ。お客さんはみんな穏やかで幸せそうな表情でした。

P6200105 P6190064 おもちゃ電車といちご電車

2009年6月19日 (金)

大大阪の誕生・・・阪大総合学術博物館・・・その②

2009.6.19 金曜 快晴

昼から診察とリハビリで通院のため、休暇をとって午前中は、阪急石橋駅から阪大の博物館に行った。開催は先月、新聞 に掲載されて知っていたため、ぜひとも見学したかった。  「20090513daioosakaten.tif」をダウンロード

昔の観光映画は貴重な代物だった。とりわけ安治川あたりの工場群の煙突から、モクモク排出されるばい煙による大気汚染は、すさまじいものであったことがわかる。

展示室では当時の世相をうかがい知ることができる。P6180074

地下鉄御堂筋線は、梅田・心斎橋間で昭和8年にスタートした。P6180081

当時の雑誌の表紙もあった。説明できないほどの多くの資料展示があった。これらは学術成果としてまとめられ、阪大出版会よりだされた。

大阪は大正末期には、東京を抜いて日本一の都市になったという。

入口の注意書きを見落として、撮影したため、やんわりとご注意をいただいてしまった。

大大阪の誕生・・・阪大総合学術博物館・・・その①

2009.6.19  金曜 

今注目の展示催しが阪大総合学術博物館で行われている。7月4日までの開催期限が11日まで延長された。昔の観光映画「大大阪観光」の上映(30分)もある。

大学のURL⇔ http://www.museum.osaka-u.ac.jp/jp/event_content/special-2009/special-2009.html

ポスターがなかなか好いです。⇔ 「2009-special-04.pdf」をダウンロード

2009年6月18日 (木)

ちょうど1年前を振り返ってみると

2009.6.18 木曜

昨年の今頃、どんな生活をしていたか。隔月でSACに送っていた原稿を読み直してみた。オフタイムはやたら忙しかった。今月ようやくジョギングを開始しており、8月にはジム(CRUX)にも通えるようになると思う。9月からの現場復帰を目論んでいる。

2008.56SAC原稿「20090618sac.pdf」をダウンロード  ↓CRUX

P6100049

2009年6月15日 (月)

近郊でリハビリウォーク・中山~大峰山

2009.6.13 土曜 P6120058_2

山登り・クライミングはなんといっても下半身が基本。2ヶ月後の復帰をめざして、ジョギングも始めているし、病院でリハビリ指導をうけているTさんからも肩はそこそこでよしとして、スポーツ復帰のメニューを追加してくれている。10時に阪急山本駅を歩きだし、20分ほどで不動明王。峠に上がり、稜線を歩く。P6130062

12時すぎには、オッチャンとオバチャンたちが食事中の中山頂上に到着。 十万辻峠に向かうとたいへん静か。何回も歩いているハイキングコース。道路を横断して大峰山に向かう。P6130065

とにかくシャカリキにならないで歩くも、汗でびっしょり。下りになると体のバランスの悪さを感じる。歳をくっているから当たり前か。廃線近くの東屋で休憩。

P6130069

15時半には武田尾駅着、約5時間の歩行、そのままJRで隣の道場駅に行った。駅ではOWAF登山学校行事に参加するという、お化粧をしたMiss MNさんに出会った。例年のことだが、近くの鎌倉峡を中心にこの晩、蛍がよくでたという。シーズンである。

【追記】買換えたデジカメだが、緑色の写り方がイマイチ。設定が必要か。

2009年6月10日 (水)

大阪市内・アーケード商店街いろいろ

2009.6.10 水曜

天神橋や千林、九条の商店街はすでに他のページに載せたので、それ以外の商店街を集めてみた。アーケード商店街には、子供のころの思い出が詰まっている。

Img_0189_2

①↑『平尾本通商店街』・・・大正区は「リトル沖縄」と呼ばれる。大阪湾に面し、工場が多い。戦後、沖縄から多くの人がここに移ってきたと聞いた。付近に「うるま御殿」という評判の飲食店があるそうだが、お誘いがあったとき、所用で行けなかった。お店のHP→ http://www.nomo-2.com/urumagoten/

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②↑住吉大社門前の『粉浜商店街』。南海本線の粉浜駅から住吉大社駅にかけて続いている。中小企業庁のがんばる商店街77選のひとつに選ばれている。↓住吉大社の太鼓橋

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③↓JR玉造の『日之出通北商店街』・・・P6130053 古代、この地に勾玉などを製作する玉造部が、居住していたことが地名の由来だと云われている。古い町であるだけに、昔は交通の要所であった。P6130051 ↓出会ったキッズルームの子供たち。

Img_0188_2④↑野田の『新橋筋商店街』・・・ここは野田恵比寿神社の参道であったという。このあたり、野田福島エリアは古い町で、7つも商店街がある。野田阪神駅前にある大きなショッピングセンターJが不釣合いである。

Img_0182近くの『野田阪神本通商店街』の奥には、松下幸之助・創業の地があった。ここであの二股ソケットを作ったのだと思う。当時の工場配置など・参照⇔「ohiraki-map.pdf」をダウンロード
Img_0045 ⑤↑『心斎橋筋商店街』、いつ行っても人であふれている。歴史は古く、18世紀の半ばに「大丸」が店を出したそうです。日常の生活に密着した他の商店街とは異なり、ここはファッション関係の店が多い。東の銀座に匹敵する商店街。
道頓堀にあるド派手で有名な看板。随分まえだが、東京から遊びに来た姪は本物をみて喜んでいた。

【追記】若い方の「大阪市内全部行ってみるブログ」をみつけた。⇔http://kanko.osakazine.net/c10163.html

2009年6月 8日 (月)

知り合いが、ガイドブックを出版

2009.6.8 月曜P6070043

昨年のGWに剣のR4に行かれたと伺ったのち、しばらくお見かけしなかったNMさん。昨日百丈で、買わされたというか自発的にご本人から購入させていただきました。買うてください。

2009.6.5発行  出版:神戸新聞、定価1500円(税別) 

NMさんのブログはこちら→http://nyami-nyami.cocolog-nifty.com/gokunyami/

クリーンハイク・裏六甲

2009.6.7 日曜 曇りのち晴れ

P6060015 JR道場駅前は、西宮の大きなハイキングクラブの集合で、いつになく人でいっぱい。WAF関西地区のクリーンハイクデーで、ここでは烏帽子、百丈の岩場周辺。私らは例年どおり、千刈貯水池周辺を担当。

P6060017

桜の時期には開放される。P6060018

P6060020

収穫はごらんのとおり。毎年続けているし、近年マナーが良くなったためか、随分と減った。タバコの吸殻が目立つ。フィルターのポイ捨てはいけない。私もスモーカー。

昼からは、近くの不動岩で、懸垂下降ほか、会主催の訓練となった。不動では、1週間ほど前にネパールから帰国したTYさんからマナスルでの貴重な生還のお話を伺うことができた。

【追記】デジカメの買換え→これまでの「Canon IXY-L」からOLYMPUSの「μ1050SW」防水・耐衝撃仕様へ。Autoで撮影したが、慣れないのかピントが甘い。※ IXY-Lは使いすぎて液晶が壊れた。

2009年6月 6日 (土)

肩関節の手術後、4ヶ月経過

2009.6..6 土曜  

 手術日が2月3日であったから、4ヶ月経過した。腱板断裂と云っても人によりその症状は様々、回復経過も様々。教えられたメニューを日々こなしている。決してしゃかりきに力むのではなく、筋肉を柔らかくするイメージである。腱板断裂の治療は厄介である。手術もさることながら、術後のリハビリにかかっているといっても過言ではないと思う。

 前回のリハビリ通院では、肩関節の回復は順調なので、むしろこれからは、スポーツ復帰に向けて、肩もさることながら、それ以外(腹筋、下半身)の強化を指導された。これも人により様々。自分の希望を早い段階から関係の方にしっかり伝えて、コミュニケーションを良くしておくことが大切だと思う。ひとによっては、1年以上かかる方もまれではないという。厄介なケガである。

 山の仲間が10日ほど前に同じ手術を終えている。不安な日々を送っていることと思う。私は退院後の運動不足とカロリーオーバーで3キロ以上、重くなってしまった。6月3日よりジョギングを開始した。8月初めの診断でオーケーとなれば、近隣の岩場でまずはやさしいところから。9月には本チャンへ。しかし後がないので、年内は決して無理はできない。

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Photo: 2008.10.25 裏六甲・烏帽子岩でのA監督(6月に骨折、チタン入り)とHMさん

【追記】私の手術後、身近な山の仲間で、同様の手術をした方がお二人います。①TTさん、40代女性できゃしゃな体型、いつの間にか気がつかないうちに断裂、フリークライミングのやりすぎか。②WBさん、60代の男性、がっしりした体型、山歩き中にこけて肩を大地に打ちつけ断裂。加齢もある。お二人とも『ケンバン仲間(倶楽部)』になりました。

2009年6月 4日 (木)

下町を快進撃の生鮮食品スーパー

2009.6.4 木曜 090307tamades

スーパー玉出が、大阪の下町エリアとその周辺に重点出店を続け、すでに50店舗を越える展開をしている。年商450億円。決して大阪北部には出店しない。生鮮食品スーパーで、惣菜類も豊富、地元庶民に密着して支持されていると思う。大手チェーンには対抗できないパワーを秘めている。もちろん安さ爆発である。店内壁面にネオンサインが配置されているのが特徴で、店内の感じは異国のお店かパチンコ店みたい。上の写真は今池、下は空堀のお店。Img_0067

このような雰囲気のチェーンスーパーは首都圏にはないと思う。ど派手である。本部は西成区玉出。

訪れたのは1月と3月の日曜日。

スーパー玉出のURL→http://www.supertamade.co.jp/   

フリー百科事典Wikipediaでは→ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%BC%E3%83%91%E3%83%BC%E7%8E%89%E5%87%BA 

2009年6月 1日 (月)

冬の丹沢・円山木沢の氷・・・42年前

2009.6.1 月曜

友人が私の古いアルバム写真をスキャンしてくれた。そのうちの2枚である。大棚とCS滝である。196711415

高校2年の冬、寒気が入った1967年(昭和42年)115日、東丹沢の円山木沢である。42年も前のアイスクライミング初体験。今はこんなに氷結することはまずないと思う。当時の用具は、エバニュー、鍛造のピッケル(角度が拝んでいない)、アイゼンは渋谷にあったあの南博人氏経営のミナミスポーツで購入した鍛造の8本爪(もちろん出っ歯はなし)、アイスハーケンはアングルとリーフ型のものを使用(回収がタイヘン)。ホールド・スタンスは、長尺のピッケルのブレードで全てカッティングして登ったので、腕がたいへん疲れたことを記憶している。F3196711415 前の晩は出合い近くにあった造林小屋に泊まった。

アイスクライミングの登攀用具は格段に進歩した。今所有しているのは、クォーク、M10、そしてハンドルスクリュー、靴はスカルパのクンブレ。

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