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6さいのばらーど

  • 6さいのばらーど
    ゆーゆ(井上あずみさんの長女7歳): 「NHKみんなのうた」より

お奨めの1冊

  • 斉藤惇夫作・薮内正幸画: 冒険者たち(ガンバと15ひきの仲間)

2018年5月13日 (日)

見晴茶屋Ⅶ

2018.05.13(日)

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朝食後、缶ビール2ケースの荷揚げを行った。残った会員さんは、汲み上げタンクから小屋用水の大きなボトルへの詰め込みやゴミ処分、トイレ掃除など行った。皆さんは11時前に下山した。

どうも大倉尾根の登山道は地べたが硬くていけない。そのなかで短いが大倉高原山の家を通る道は、やわらかい地べたとやまみちらしい雰囲気で気に入っている。ヤマザクラの木の下では小さなサクランボがいくつも落ちていた。

私は12時半に下山、13時前から予報どおり☂が降り出した。塔ノ岳から下ってきた2パーティ28名くらいのクラブツーリズムのツアーご一行とバッテイングした。お風呂でもかち合った。

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帰路にある秦野市内のスーパー銭湯に立ち寄った。4/8の総会時に無料券をもらっていた。2階のサウナと休憩コーナーでゆっくり過ごせてよかったと思っている。
帰路、雨の中の運転となり、渋滞で夕方になった。白内障治療を済ませていたため視界、視力とも良好だった。

2018年5月12日 (土)

大倉尾根⇒塔ノ岳⇒丹沢山往復

2018.5.12(土)晴

いまはとにかく山地歩行が大事。これは丹沢で十分だ。

①焼山⇒蛭ヶ岳を越え見晴茶屋
②宮ケ瀬⇒丹沢山を越え見晴茶屋
③檜洞丸から蛭ヶ岳を越え見晴茶屋。
6月中には済ませておきたいと思っている。

堀山への登路では、東京工業大WF部若者諸君のボッカ訓練隊に出会った。

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正面入り口には、「今夜は予約でいっぱいのため泊まれません」との張り紙があった。

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塔ノ岳山頂からのMt.Fuji、特に日当たりのよい富士宮ルートの融雪が進んでいるようだ。混んでいるので早々に立ち去る。

丹沢山に向かう途中、宮ケ瀬から来た山の会のS谷さん、さらに塩水橋から来た三浦半島にお住まいのN村さんに出会った。

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広い丹沢山頂上

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昼食はこれだけで十分

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丹沢山と塔ノ岳の間は、標高が1,400mから1,500mで左右の見晴らしもよいお気に入りの縦走路。

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ミツバツツジに次いでシロヤシオの開花がスタンバイしていた。

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帰路、花立の下りでは、パラグライダーが2つ飛んでいた。

花立直下では勘七沢から抜けてきた静岡大探検部の諸君と出会った。Shizuoka Expedition Clubとプリントされたお揃いのTシャツを着ていた。いまどき気持ちのよい若者たちだった。

2018年5月11日 (金)

芍薬が咲いた

2018.05.11(金)朝 快晴、昼 まばらに薄い雲、これは晴と判定

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5/11 昼の開花、5/8~5/10まで寒かったが、本日ようやく待ちに待った開花、大して世話もしていないのに咲いてくれた。艶やかでよし

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花名のシャクヤクは、「姿がしなやかで優しいさま」を意味し、美しい女性の立ち姿を象徴する花とのこと。
根は消炎、鎮痛、抗菌の薬効あり。
花言葉は清浄、威厳、強さを表す。ほかに恥じらい、はにかみ、謙遜など。
この色味の赤は凛として強さを表現。いいことばかりだ。

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これは開花を待つ5/9
ボタンはうすピンクだったが、これはさらに艶やかな紅というか

【追記】

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午後は相模原市立体育館のトレーニングルームへ出かけ汗を流した。

これまで、デジカメのアップロードは、画像縮小ソフトを利用していたが、面倒くさいのでWindows⇒ペイント⇒画像変形、伸縮と傾きで数値入力で縮小できた。ただし一回で多くの画像を縮小するには専用ソフトを利用したほうが便利。

2018年5月 7日 (月)

飲料の荷揚げ

2018.05.07(月)曇り

5/5 快晴
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センターよりやや左方向が江ノ島になる。夜にはそこの灯台の点滅が確認できる。まだ灯台があったんだ。忘れていた。江ノ島電鉄の所有で観光用の灯台のようだ。もちろん点灯して役に立っている。

5/6
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朝食前に3人(YS,OH,KT)で飲料の荷揚げした。6/3のボッカ駅伝大会用の秦野の水と暑い時によく売れるコカ・コーラ。

5/7朝、3人(SG,OH,KT)で下山。小屋で使用している水の水質検査を受けるため、指定ボトル大小5本に詰めて、9時には予約してある地元の保健所に届けた。10時半には帰宅した。
SGさんが缶ビールを倉庫に補充しておいてくれるという。

2018年5月 6日 (日)

鍋割山から見晴茶屋へのショートカット

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二俣から大倉に向かうと左側に閉鎖してあるこの林道ゲートに出合う。このあたり、大倉からの林道は西山林道と云っているが、このゲート入口の看板には堀山林道と記載してあった。堀山方面に伸ばす予定だったのかも知れない。

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ルート① 林道ゲートから15分ほど歩くと山側にトラロープが下がっている。これを水場からの黒いゴムパイプが露出しているところまで直上し、そこからロープ沿いに右にトラバースしてゆくと見晴茶屋裏にでることができる。
単に直上してゆくと大倉尾根の駒止茶屋と見晴茶屋の中間地点にでる。上がりすぎることになる。

(ゲート13:15⇒トラロープ取り付き13:30⇒ゴムパイプ13:40(トラバース)⇒見晴茶屋14:00)

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ルート② ゲートから約30分ほど歩くと終点となる。終点手前50mくらいのところから山側にトラロープがみえる。このガードレールの赤テープが目印。ここから10分程度で見晴茶屋下にでることができる。
今年の正月に怪我(骨折?)したハイカーを急ぎ搬出するのに使われたという。短時間で車に収容できる。

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ルート③ 林道ドンツキ、ここから右側から上がり直上すると大倉尾根直下で②と合わさる。最短ではあるがおススメは②である。
聞いたところではオオタカの巣が見つかり林道工事はここで中止になったという。

【追記】
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T橋Y三さんが、見晴茶屋の土間のレンガ敷きの追加工事をやってくれた。
シャベルで掘り込み、その基礎となる地ベタは正規の水準器で水平を確認しながら板で馴らす。そして荷揚げしてあったレンガを敷いてゆく。素人仕事ではあるが、この床は評判がよい。TYさんは80歳前半の方である。レンガは随分と前に若い方達に荷揚げしてもらったという。

2018年5月 5日 (土)

丹沢 鍋割山を周回する

2018.05.05(土)快晴

ようやく少しずつ山の歩行開始。歩くことが一番よい。歩かなければ退化してしまう。そんな脅迫観念に襲われる。まだまだ海外登山も楽しみたい。今月は韓国仁寿峰(インスボン)でのクライミングを予定している。来年はネパールの辺境を考えている。

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富士山の残雪がずいぶんと減ったようだ。例年に比べ融雪が早いと思う。雪線が上がった。

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天気よく大倉尾根は大盛況。高度を上げるにつれて眺望はさらに広がる。ここまで地面が硬く私の膝に良くない。

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金冷やし分岐から鍋割のコースに入る。

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ブナ林の新緑を楽しむことができる。表丹沢では最も気にいっているところだ。

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テレビ番組にも取り上げられ人気絶好調、鍋焼きうどんを目指して上がってくるハイカーが多い。小屋を運営するKNさんの不断の努力の成果が実って結構なことだと思う。@1,000

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ミツバツツジの開花が始まっている。

2018年5月 4日 (金)

見晴茶屋Ⅵ

2018.05.04(金)快晴

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野菜の天ぷら(大葉、インゲン、さやエンドウ、アスパラなど)、170℃に近い油温は確保したい。次回は散る油対策のため新聞紙を持参しよう。

2018年5月 1日 (火)

芍薬が咲いた

2018.05.01(火)快晴

所用で秦野市にある平塚保健福祉事務所秦野センター(旧秦野保健所)に行ってきた。片道30キロ、246号沿いにある。自宅から1時間、丹沢の山々の緑がきれいだった。
自宅を出るとき芍薬の開花を確認できた。牡丹の木の根本に近いところからでていたので、台木の芍薬からでた芽が育ち、それが咲いたのだと思われる。咲き終わったら掻き切ろう。

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これはいま以前から植えてある株のつぼみ。
画像をみてからアリ🐜がついているに気がついた。
この株の方が紅が濃いはずだ。

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艶やかである。大した世話、手入れもしていないのに咲いてくれる。

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カラーも2~3日前から咲きだした。

2018年4月30日 (月)

相模川高田橋あたり 泳げ鯉のぼり

2018年4月29日 (日)

孫らと近郊に車で出かけてみた

2018.04.29(土)

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珍しいレトロ自販機コーナー・・・テレビで紹介されたことがあり、とても人気がある。2回ほどその番組をみた。
中古タイヤ・ホイールの販売店を経営している傍ら、ご本人が好きで古い自販機を手に入れ整備して使えるようにしてコーナー化した。商品の仕入れも本人が行っているとのこと。
孫はお菓子選びに余念がない。

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レトロ自販機の横幅を延べにすると50mくらいになろうかと思う。
最近🅿も整備された。

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県央で人気のオギノパン。連れていけとのことで、レトロ自販機コーナーから廻った。

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天気も良く大盛況

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人気の丹沢あんぱんの販売

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建物内のお店には、行列ができて入れなかった

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知る人ぞ知る隠れたラーメン店。私の注文はいつも塩ラーメン。ダシの効いたスープを楽しむ。
かつて勤めた勤務先の丸亀出身者は、讃岐うどんのお店について、本場西讃満濃池のうどん屋のことを「きちゃないお店ほど美味しいんや」と言っていた。このラーメン店、外観はこんな感じ、内部は古材が使われた古民家風。私にはシンプルで落ち着く。何よりも美味しいラーメンを提供してくれるのがうれしい。スープがいい。

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丹沢の前山を正面に大型公園墓地の公益財団法人相模メモリアルパーク

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左側メイン通路の左側の区画に和洋折衷型の芝生墓地を確保してある。ここの霊園はタイプはいろいろ用意してある。和風、洋風、和洋折衷、合同型、ペット用など何でもあり。管理、整備が行き届き気持ちの良い開放的な大型墓地だ。まだまだ拡大中。

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帰宅してから実況中継をみた。これは久しぶりに見応えのある試合だった。日本選手権100kg超級の決勝、4分の規定時間から延長5分16秒で3回目の指導(反則負け)で勝負が決した。延長5分過ぎのわずかな体力差が勝負を分けた。9分も戦い続けるたいへんな試合だった。
私は小学校のとき近所の道場に通ったことがある。優勝ではないが、世田谷区大会で少年組の部で表彰を受けたことがあった。
柔道はポイントを争うレスリングとは異なり本来、技を競い美しい一本で勝負を決するものだ。時代の流れか、国際競技になってからやや変質してしまった。私は背負い投げ、体落とし、内股、払い腰、大外刈りなどの一本技を見るのが好きだ。

2018年4月27日 (金)

白内障治療経過

2018.04.27(金)

経過
2017.11.17 夕方夜間での視力低下を感じ、運転免許更新に対応できるよう近所の眼科を訪れ相談し診察を受け、白内障手術による治療を勧められ、翌年の治療日程を決めた。

2018.02.25 右眼、術前指定点眼薬点眼開始(クラビット点眼薬1.5%)
2018.03.01 右眼手術、切開して濁りを除去、眼内レンズを挿入。手術自体は7~8分程度(点眼薬①ベガモックス0.5%、②リンデロン0.1%、③ブロナック0.1%)、ほかにフロモックス錠、ムコスタ錠を処方された。
        感想としては、術中に眼球をいじられるのでとても不安。
        術後専用ゴーグル着用
2018.03.02 右眼術後検査⇒異常なし①
2018.03.05 右目術後検査⇒異常なし②
2018.03.08 右眼術後検査⇒異常なし③
2018.03.09 右眼へ点眼薬変更、3種類の指定点眼薬を使用開始(1ヶ月注す)
(点眼薬①ガチロフ0.3%、②フルメトロン0.1%、③ジクロスター0.1%)


2018.03.12 左眼、術前指定点眼薬点眼開始(クラビット点眼薬1.5%) 
2018.03.15 左眼手術、切開して濁りを除去、眼内レンズを挿入。
(点眼薬①ベガモックス0.5%、②リンデロン0.1%、③ブロナック0.1%)、
ほかにフロモックス錠、ムコスタ錠を処方された。
術後専用ゴーグル着用
2018.03.16 左眼術後検査⇒異常なし① 
2018.03.19 左眼術後検査⇒異常なし② 
2018.03.22 左眼術後検査⇒異常なし③
2018.03.23 左眼へ点眼薬変更、3種類の指定点眼薬を使用開始(1ヶ月注す)
(点眼薬①ガチロフ0.3%、②フルメトロン0.1%、③ジクロスター0.1%)
2018.04.26 右・左眼術後検査⇒異常なし⇒点眼薬終了
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2018.06.26 右・左眼術後診察予定 
➡ これで治療完了とのこと

結果、
確かに視界は明るくなった。矯正視力は1.2となった。8月末の運転免許書は更新可能となった。

2018年4月25日 (水)

吉祥寺 井の頭公園

2018.04.25(水)午前中☂

公園近隣に暮らす甥のお嫁さんに教えてもらい、井の頭公園前のお店に5名で予約しておいた。
「金の猿」という和食のお店

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正面に公園の緑も眺められ雰囲気のよい個室であった

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神田川の水源地がここ井の頭公園内にある

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公園内の自然文化園、新緑の背の高い樹木は、メタセコイヤ

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東京都西部に位置する中央沿線には結構な公園が多い。善福寺公園、野川公園、小金井公園、昭和記念公園など。

園内の弁財天前で、外人らしい東洋系の若い女性グループに声をかけてみた。台湾からの旅行者で台中から来たという。大阪の食べ物が気に入っていたようだ。

欧米系の方もよく見かける。日本への観光客が増えている実感がした。

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帰路は「いせや」さんに立ち寄ってみた。昔と変わらぬ有名な大繁盛店でいつの間にかマンションに建て替えられていた。店舗のイメージは変わっていない。
串刺しの焼き物は@90と安いだけでなく、ボリュームもたっぷり。鮮度もよし。もともとはお肉屋さんだった。昼間っから客が多く、店内で働いている方は、おばあちゃんも含め7人くらいみかけた。2階は宴会用の座敷。

いせやさんのHP http://www.kichijoji-iseya.jp/publics/index/16/

2018年4月24日 (火)

大阪のスーパー玉出

2018.04.24 (火)
HPを何気なく見ていたら、この画面がでてきた。懐かしく思い保管しておこうと下書きに入れておいた。
ずいぶん成長した異色の激安スーパーマーケットである。チェーン展開しているエリアは、大阪の下町エリアに限定。東京で云えば板橋区、北区、江戸川区、葛飾区、荒川区、墨田区といった下町エリアだ。店内に入るとネオンサインが点灯している。パチンコ屋さんではない。南米や東南アジアのお客さんがよく利用しているようだ。弁当などのお惣菜が大量陳列されている 大阪以外から大阪に観光に来る方には、ミナミの道頓堀や吉本、さらに南には通天閣、ジャンジャン横丁がある。近所にあるスーパー玉出をぜひ買い物がてら見学することを勧めたい。以下のページにはいまや大阪の観光スポットと書かれていた。私は大阪の豊中と吹田に延べ18年ほど暮らしたが、庄内や中津あたりにはいずれ出店してくるのではと思っている。阪急神戸線沿線(阪神沿線の尼崎に1店あり)や大阪の山の手ともいえる箕面エリアには出店しないと断言できる。箕面にある、いかりスーパーとは勝負しない。いかりは尼崎市塚口が本社だが、いかりスーパー芦屋店がフラッグシップ店。首都圏にお住まいの方には馴染みがないが、東京の高級スーパー、紀伊国屋に匹敵する。スーパー玉出は大阪の庶民の味方であることは確かだと思う。

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2018年04月23日 11時30分 しらべぇ                  

大阪人に聞いた! 『スーパー玉出』スゴすぎ伝説BEST5

大阪人に聞いた! 『スーパー玉出』スゴすぎ伝説BEST5

(©ニュースサイトしらべぇ)

ギンギラギンに光る看板でおなじみ、大阪が誇る激安スーパー『玉出』。

あまりに安すぎて不安になるレベルの惣菜や弁当をはじめとした、商品のコスパは日本トップクラスだが、それ以外にも人気の理由がある。

■数多くある玉出伝説

「玉出の伝説は、大阪人の僕でも語り切れないぐらいあります」と語る大阪出身の男性によると、普通のスーパーでは起こり得ない現象が玉出では起きるらしい。

いったい彼の言う伝説とは何なのか? しらべぇ取材班がとくにスゴいと思った伝説5つを、ランキング形式で紹介しよう。

■第5位:普通の肉なのに熟成した風味を感じる

「コレは個人的な感覚なのですが、なぜかスーパー玉出で買った肉はたまに熟成した風味を感じるんです。

最近熟成肉が流行っていますが、普通のスーパーならそんな味を感じたことは一切ないのに、玉出ではあったんですよ。安さだけでない高品質さを実感しました」

■第4位:毎年冬になるとクリオネを売っている

「特定の店舗だけだと思いますが、毎年冬になるとクリオネを売っているスーパー玉出があります。僕は買ったことがないのですが、買うとレシートに『刺身』として記載されるみたいです」

■第3位:スーパーなのに出店反対運動を起こされた

「大阪人にはわりと有名な話ですが、スーパー玉出堀江店がオープンするときに住民が反対運動を起こしたんです。

普通スーパーが近所にできたら嬉しいのに、反対運動を起こされるなんてある意味レジェンドじゃないですか?」

■第2位:フグをまるごと売って問題になった

「2016年に、スーパー玉出で調理前のマフグを陳列してしまい問題になりました。客が買う前に撤去したものの、常識的に考えてありえないですよね(笑)」

■第1位:たまに酔拳の達人が店の前にいる

「西成にあるスーパー玉出の前をとおると、たまに物凄くフラフラしてるけど足取りが軽い、酔拳の達人と思われるおっちゃんを見かけます。

中国でもなかなか見かけないのにまさか大阪で見るとは…と、初めて見たときには衝撃を受けましたが、何回か見かけたあとはコレが日常なのだと気づき、なにも感じなくなりました」

■大阪名物スーパー玉出

東京に住む記者が聞いたところ、どれも心から驚いてしまうレベルの伝説だったが、酔拳の達人まで店の前にいるとはとても信じられない。

激安商品だけでない魅力たっぷりのスーパー玉出、大阪に行ったらぜひ訪れたい観光スポットのひとつだ。

(文/しらべぇ編集部・雨間 ゆうすけ)
2018.4.24

【追記】これも興味ある玉出に関するページ(外人観光客さんの視点から) https://irodori2u.co.jp/k00230/

2018年4月23日 (月)

丹沢 見晴茶屋 Ⅴ

2018.04.23(月)

21日(土)の夕方、茶屋に上がった。すでに3人が先着。
途中、大パーティに径を譲った。聞いたらM山の会41名とのこと。大倉高原では10張り程度のテントが張られていた。
22日(日)天気とてもよく、朝早くから人出は多い。

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暑いせいかコカ・コーラがよく売れた。ポカリ・お茶などが次いで売れた。
山小屋組合配布の丹沢のぼりを2本デッキ両サイドに立てた。
昼間は小屋で食事会をしに来たMさんらの客さん。小屋で揚げてくれた野菜の天ぷらが美味しかった。
日曜の夜はとても静か。ここから秦野の市街地の灯りが夜景として見えるし、星も結構眺められた。
23日(月)早朝、公衆バイオトイレ2基のお掃除を二人で行った。タンクに汲み上げてある水槽から別途小型タンクや大きいペットボトルに水を補給した。水源からくみ上げるポンプは稼働OKだが、小屋の台所に供給する電動ポンプが故障しているためだ。みはらし会メンバーの電気技術者の登場を待っている。
戸締り、火気確認、多少の掃除、廃棄物の処理など。
Pet500ccコーラを2箱購入して翌週に備える。
さらに秦野市の保健所業務をする役所に出向いて、諸変更手続きの相談、水質検査の相談など。
山小屋運営はいろいろやるべきことがある。電気はソーラーでバッテリーに充電、揚水ポンプ用のディーゼル発電機も備えている。資産が増えているので、火災保険の見直しが決まっている。

2018年4月20日 (金)

近所の見事なフジ棚

2018.04.20(金)

サガジョ(相模女子大)が近いので、桜の時期やフジの時期も楽しみだ。守衛さんのところで、記帳すれば入構OKだ。
このフジ棚は市指定の史跡、旧日本陸軍通信学校将校集会所前のフランス風庭園にある。

関東でフジをみたいなら、足利フラワーパークの巨大なフジ棚が圧巻だ。ただし1回いけばいいだろう。

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2018年4月19日 (木)

町田で昭和の香りがするところ

2018.04.19(木)快晴

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30年以上も前かJR横浜線町田駅前が再開発され、一気に変わってしまった。ここの一角はいまやレトロな雰囲気が残りとても貴重だ。

近隣ではJR南武線の溝の口駅前もそうだ。北口にゴチャゴチャの駅前に再開発スペースができて空中のデッキもできすっきりした。東急田園都市線溝の口駅も乗り換え駅となっているのでいつまでも昭和の香りとは言ってられない。ただし西口にはそれこそ昭和30年代の雰囲気がいまも残る一角がある。西口商店街の看板が迎えてくれる。1年間ここで暮らした。

2018年4月18日 (水)

ネパールの観光産業事情、地震関連調査、および西北ネパールでの登山活動など

どちらかというと、西ネパール、とりわけ西北ネパールに興味があり、ここ2年くらいの間に、2カ月位の計画で訪れたいと考えている。6000mの山でも登れたら云うことなし。
一般出版物以外でHPから得られる情報を一部だが、ランダムに拾ってみた。幅広い知見を蓄えておきたいと思っている。

いまのネパールでとりわけ最大の都市カトマンズへの人口集中はすさまじい。水不足もおきているという。近郊では個人住宅の建設も盛んだ。消費生活層も増加している。誰もが豊かになる権利はある。しかし急激な変化は、カトマンズ盆地に主に車とバイク等の急増による排ガスで深刻な大気汚染をもたらせている。粉塵もすごい。マスクをしている市民や学生,、交通警察官の姿は異様である。私たちが昨年訪れた西北ネパールの辺境とここの生活環境の大きな落差はすさまじい。これが同じ国かと。

Ⅰ.ネパールの観光関連の論文など

①ネパール観光産業の現状と問題点 日本国際観光学会論文集(19) March 2012
http://www.jafit.jp/thesis/pdf/12_02.pdf

 ●ネパールでの観光産業全体を見つめる総説的内容で、これからの観光産業発展への問題点指摘と国の政策への提言を行っている。観光産業が全産業雇用者の8%を占め、最も成長が期待されている分野として外貨獲得ができ最も経済に影響を及ぼす期待され、経済効果の高い産業としての政策を実行する必要がある。交通インフラの量と質ともに不足しており要投資、観光産業の人材育成(ガイドほか)への育成投資などハード・ソフト両面からみた政策をポテンシャルの高いこの産業にNew Nepalツーリズム期といえる現在推し進めてゆくことの重要性を説いている。

②ネパール観光産業におけるトレッキングの現状と課題
「daigakuinkiyou0_35_1.pdf」をダウンロード

 ●トレッキングの今後の課題を究明することがこの研究の課題であると言っている。2日以上5000m以下でのものをトレッキングとして、アンナプルナ周辺、エヴェレスト街道、ランタン谷の3エリアでネパールでのトレッカーの92%を占めるという。人も場所も季節も集中しているのである。ガイド、ポーター不足があったり、ある意味で雇用への恩恵も限られたりして、農業シーズンとのミスマッチも抱えている。
論文末尾の参考文献は役に立つと思う。

①②ともネパールからの大学院留学生研究者の執筆だと思う。


③ネパール・ヒマラヤのトレッキング観光開発と環境へのその影響  立教大学 紀要14号
「AA11362100_14_08.pdf」をダウンロード

 ●観光開発に伴う環境問題に関して具体的な実態をさらけ出した優れた論文だと思う。トレッカーの増加とともに彼らの目に触れないところで集積されている実態がある。1シーズンでとんでもない量が集積されているのである。排水処理廃棄物処理は行われていない。地元民には危機意識は全くなく荒廃は進行するばかりである。トレッカーの増加とともに燃料が森林資源から灯油、プロパンガスに移行が進んでいる。荷揚げ物資の増加も登山道荒廃に一役かっている。いまやゴミや燃料の問題は山岳地域にとどまらない。
産業の中で最も発展の可能性をもっているのが観光産業であるが、貧困解消を目的とした観光とは言ってられない状況になっているのではなかろうか。トレッカーへの過大なサービスの提供が大きな環境問題を招いているのも事実だ。環境対策での成功事例もある。失敗例とともに地元NGOがいかに学ぶかがカギのようだ。


私が訪れた人気のアマダブラムではBCで大量のゴミの集積をみた。また幹線道路でも谷側にまとめて廃棄された大量のペットボトルを見かけた。ナムチェの自然保護官のオフィスではHさんが誓約書を書かされたような気がする。西北ネパールでの登山では観光省で注意を受けた。
世界でも有数のトレッキングコースでそれはそれで素晴らしい景観を楽しめるのだが、ネパール観光産業の実態を見てしまったような気がした。まだまだこれからだ。


④ネパール連邦民主共和国のスポーツツーリズム
http://www.ssf.or.jp/Portals/0/resources/encourage/grant/pdf/research15_4-02.pdf

 ●
農業と観光が主要な産業といえるネパールで、笹川スポーツ財団助成のスポーツ政策に関する研究。スポーツツーリズムに焦点を当て資格制度と地域雇用を論じている。気になるのは結論のなかで、資格制度の充実が逆に優れた人材が国外に流失してしまう可能性を危惧している。トレッキングは観光収入で2割を占めるというが、エアスポーツでは高収入を得ている従事者が多いという。雇用対策には政策とのバランスと調和が重要。

⑤ネパールのカースト社会における観光産業と社会的弱者…観光都市ポカラの発展と少数民族タカリの健闘  山本勇次 (立命館大学 紀要91号)
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/re/k-rsc/hss/book/pdf/jinbunken91-05.pdf

 
◎確かな現地調査を通じてカースト社会の視点から、観光都市ポカラの発展を見つめ、そして少数民族のタカリーをクローズアップした。読み応えのある優れた論文だと思う。

私が泊まるカトマンズの宿は、タカリー族の
トラチャンハウス。ご主人の弟さんは近くにあるHotel Sunset Viewの経営者(奥さんは日本人)で、ここはお蕎麦がおススメ。ダウラギリとニルギリに挟まれたカリガンダキ川の高台に建LODGE THASANG VILLAGEも弟さんの経営だ。ここにも泊まったが、近所の集落には申し訳ないような贅沢な山荘だった。2階の部屋からは聳え立つダウラギリ(8167m)が眺められた。一坪くらいのステンレス浴槽による日本式のお風呂にも入浴できた。庭にはヘリポートも備えていた。ここはKhobangですぐ上流の集落が少数民族タカリー族のTukucheだ。かつてはチベットとの交易を生業とした。

⑥ネパールの観光都市ポカラにおける有機農業の現状と展望
http://www2.ges.kyoto-u.ac.jp/wp-content/uploads/2014/04/1393.pdf


 ●自然環境に恵まれたポカラは農地も広く、市街地の広がりや人口の集中(生活用水の不足を懸念)で、カトマンズに次いで突出した大きな都市となっている。観光都市であるがゆえに外国人需要の高い有機農業が今後注目度が高いが、国レベルの位置づけや政策はこれからだ。山間部の家畜・作物一体型の伝統的農業とは一線を画す。
執筆者の青木美紗さんは、
現在奈良女子大環境科学系の研究者(講師)

一方で気になることは、輸入肥料の増加である。統計には現れない。隔絶されたような西北ネパールでは、交易街道でチベット国境を越えて中国製のP,N系の化成肥料が、ラバの背に載せられて運ばれてくる光景を目にした。どんどん入ってきたらどうなるだろうかと気になった。

Ⅱ.西北ネパールの登山隊&トレッキングなど

①半世紀前の西北ネパールへの踏査状況

・1960年 同志社大学ヒマラヤ登山隊によるアピ7132m登頂と西北ネパール探査

・1963年 北大山の会によるナラカンカール踏査と地質調査

・1964年 同志社大学ヒマラヤ遠征隊によるサイパル7031m登頂と西北ネパール踏査

(注1)以上3件は、1967年刊ネパールヒマラヤ探検記録(1899~1966)講談社が出典
(注2)ほかに1983年に西北ネパール女子学術登山隊がドザム・コーラに入った。2000年には大阪山の会が北大隊のあとをたどり多くの情報をもたらせた。(Ⅱ-④参照)
(注3)極西ネパール、西北ネパールに関する近年の記事は労山登山時報2012.05~2015.04にかけて掲載記事があり参考になる。


②1992 フムラ県シミコットからカイラスへのトレッキング紀行(1992年)
https://yamane.exblog.jp/7258366/


 ●これはどうやら後藤ふたばさんのブログのようだ。いまから26年前のフムラの様子をかいま見ることができる。シミコットからヤリを経てネパールとチベットの国境を越えてカイラス行きを実現してしまった。若いから不法越境をやってしまったのだろう。彼女が27歳のときだ。いまは真似してはいけない。中国官憲に捕らえられてしまう。捕らえられたらなかなか帰国させてもらえないかも。
彼女は著書のなかで、フムラは何もなくとても貧しい地域だと書いていた。山屋の私には辺境そのものが魅力的に映るが…

今のフムラのシミコットの空港は、インドからの富裕層のカイラス巡礼ツアーで賑わっている。インドとの国境のネパールガンジから空路小型機でシミコットに入り、ここからヘリコプターに乗り換えチベット国境の町へ移動して、国境を越え陸路でカイラスに向かう。これが隣国のインド人には最短のルートであろう。
(注)後藤ふたばさん:当時は成城育ちのお嬢さん、今年53歳になると思う。だいぶ前に結婚され軽井沢でお店をやっていると聞いたことがある。いまは不明。ヤマケイ社刊で2
冊のチベットやネパールに関する旅の本をものにしている。

③2011  西北ネパールの山旅報告 コジ・コーラの山なみ メラピークKOBE登山隊
http://merapeak-kobe.com/mera/syuppan.html

 〇近日報告書をお借りする予定

④2014  西北ネパール ロレチェリ(6246m)試登 メラピークKOBE登山隊
http://merapeak-kobe.com/sanko/2014/20140913.html

  ●2014年10月14日、モンスーンが空けているのにこの時期としてはめったにないベンガル湾で発生したサイクロン(日本で云う台風に相当)が入り込んで、時季外れの大量降雪に見舞われた。登山・トレッキングシーズンでもあり、サーダーがラジオのニュースにより、雪崩による死者がアンナプルナ周遊、ダウラギリ方面に集中し、29名が亡くなったことを知ったという。(その後のニュースで43名死亡、385名がレスキューされたという)
登山隊はこの時期、異常事態に遭遇した。上部キャンプで雪崩に遭い装備を失くしたり、不安定な積雪に悩まされた。登山活動を再開するも登攀装備の回収もままならず、10/20に登山中止を決定したという。
この登山隊のキャラバン周遊ルートの経験が、2017年の私たちの登山隊に活かされることとなった。手元にこのときの報告書がある。


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⑤2015 同志社大学 西北ネパール Aichyn(6055m)登山隊

 ●Chanwathan山域  現役山岳部学生5名(うち女子学生1名)による全員登頂
その報告は「山 その大いなる旅Ⅱ」(同志社大学山岳部創部90周年記念誌/DAC報告26号)に詳しい。
2010年西北ネパールチャンラ峰6563m学生隊員4名全員登頂の記録も掲載されている。

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なお、2007年のクビ・ツアンポ源流域学術調査隊(JAC関西支部・同志社大学山岳会)がクビ・カンリ6721mに初登頂しているが、その報告の中で隊長の和田豊司氏が、「河口慧海足跡(国境越えの後)についての考察」を寄せている。


⑥2017 労山大阪兵庫 西北ネパール Nyalu Lek登山隊
http://zettkeikanakurikuri.cocolog-nifty.com/blog/files/1712022018_1.pdf

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 ●これは私が参加した登山隊の隊長による概要報告を労山の登山時報1月号に寄稿した。2018年4月13日には公式報告書が出来上がり自宅に届いた。
BCへのアプローチは同志社大の登ったAichyn峰の南側の谷をたどった。


⑦2017 同志社大学 西北ネパール登山隊
https://www.finetrack.com/funtotrack/post-30647/

 
 〇まだ情報を得ず

⑧私がヒマラヤ最奥の聖地ドルポと「慧海ルート」を歩く理由(2018.2.14) 稲葉 香
https://www.yamakei-online.com/yama-ya/detail.php?id=266

 ●以下は」稲葉さんのBlog、大阪・千早赤坂村にドルポBCを開設している。一度ここに伺って、西ネパール通いをした大西 保氏(大阪山の会)の遺した広範なネパール・チベット関係図書を拝見させていただきたいと思っている。

https://denali6194.exblog.jp/22479883/

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Ⅲ.2015年のネパール大震災

①ネパール・ゴルカ地震における復興課題に関する研究 J-Stage 環境情報科学
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ceispapers/ceis30/0/ceis30_177/_pdf/-char/en

 ●サブタイトルは「地域構造と学校防災教育を事例として」
2015.4.25 カトマンズ北西部ゴルカ震源とする地震により教育現場では、200人以上の生徒さん、5000校を超える学校建物の倒壊損傷という損害を受けた。震災地の現状とゴルカの今後の復興課題がテーマである。


一昨年の12月にエヴェレスト街道沿いの登山を終えて、カトマンズに戻ってから近くのダディン県、丘陵地に暮らすパルパティヒンドゥの集落を訪れた。4日間にわたり、山間部の村落ヒンドゥ~グルンの村を廻ってみた。崩落して放置された民家、ブルーシートで凌いでいる家族、再建中の住宅(アメリカで支援した耐震性の住宅・角に1本鉄筋をいれたもの)、家畜小屋同然の仮住まいで生活をしていた中学の若い女教師(カーストはバフン)など。水場への断水被害も目立った。でも皆さんはたくましい。子供たちも明るい。私は1万円の募金に応じたが、こういう時の義援金はこの国ではどうあるべきか考えさせられた。2015年同志社大の登山メンバーは登山後、預かった義援金をクーンブの村へ直接届けたことが報告書に記載されていた。直接が一番よいようだ。中抜きがないから 

②名古屋大学院 環境学研究科報告 
http://www.nagoya-u.ac.jp/about-nu/public-relations/researchinfo/upload_images/20170526_env_1.pdf


ゴルカ大地震はカトマンズの北70キロに位置するランタン村に壊滅的損害を与えた。行方不明者350名以上に及んだ。地震後名古屋大大学院の雪氷圏研究グループにより、ランタン村にてドローンとGPSによる現地調査を行った。衛星過去データから地震前の標高差から堆積量を見積もった。堆積量は681万立米m、厚さは11.3mと積算した。東京ドーム何個分だろうか(東京ドーム5.5個分に相当)、大雪崩の原因は冬期の異常降雪(5000m付近で1.3~1.5の積雪)が原因であったと結論付けた。
雪崩のハザードマップを作りランタン村復興の一助にするという。


私は25年前にこの村を訪れたことがある。村の中心地からランタン・リルン7245mの頂上を仰ぎみて、頂上直下に大きなアイスブロックが落ちそうな感じで眺められた。落ちたらどうなるかとその時おもったが現実となってしまった。頂上の地形が変わるほどの地震による崩落が雪崩となって落ち、村背後の大きな岩壁の岩盤を巻き込んで落ちてきたのだ。あの平和な村が一瞬にして消えた。ある報告ではLand Slidと表現された。

③ネパール地震と雪氷被害(日本雪氷学会緊急公開シンポ)
http://zettkeikanakurikuri.cocolog-nifty.com/blog/2015/07/post-1784.html

●現状把握と復興に向けてというテーマで法政大学市谷キャンパスで開催された。

ランタンエリアに限定したテーマ発表であった。


Ⅳ.その他

①ネパールにおけるジェンダー政策の進展と女子教育の停滞(マオイストの武装闘争がもたらしたもの) 文教学院大学外国学部 文教学院短期大学部 紀要8号(2008)
https://www.u-bunkyo.ac.jp/center/library/image/fsell2008_181-197.pdf

 ●現在のネパールにおける教育事情が見える。カトマンズでは今空前の教育ブームではなかろうか。私立学校が繁盛(乱立?)している。中産階級・富裕層は男の子を寄宿舎にいれてカトマンズの私立学校に通わす。公立学校の内容・教師はともに評判が良くない。公立には女の子が多い。学費も安い。まだ男尊女卑の世界かもしれない。

現金に余裕のないフムラの山間集落にある家庭では、カトマンズのチベット仏教の尼寺に女子を送り出し、修行がてら勉強させていた。私らの登山隊が基地にしたチベッタンのお宅では16歳の男の子をカトマンズの私立学校へ、ポーター兼キャンピングスタッフ(54歳)も、やはり男の子をカトマンズの学校に行かせていた。

執筆者の一人、伊藤ゆきさんのブログ ⇒ 
http://asuhenokotoba.blogspot.jp/2017/04/40.html

文教学院大のあるゼミではネパール家庭でのホームステイ体験に取り組み、コーディネイトした「風の旅行社」のピタンバル・グルン君の名前を見つけた。彼は25年前にランタン谷トレックのときガイドをしてくれた。
 ⇒ 
http://www.kaze-travel.co.jp/kazenokanatani_030.html

②ネパール基本情報
http://cale.law.nagoya-u.ac.jp/2013renkeikikaku/_userdata/013Nepal_Summary.pdf


 ●面積 :14.7万㎢(北海道の1.8倍,日本全体に対して38%の大きさ)、小国とはいえ東西に広がる領土は800㎞におよぶ
   年間所得:735USドル/一人(2016.7.29)
   宗教 :ヒンドゥー教:81.3%、仏教:9.0%、イスラム:4.4%、ほか
   人口 :2,817万人(2014年)、: 識字率65.9%(2001年)、
     主要産業:GDPの3割が農業、労働人口の6割以上が農業に従事、観光産業は、GDPの2割
   在日ネパール人:20,383人(2012年)

2018年4月15日 (日)

牡丹咲く

2018.04.15(日)小雨のち曇り、明け方まで強風

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自宅の小庭、午後の牡丹開花の様子。一気に4輪咲いた。開花が例年に比べ早いような気がする。春爛漫、華やかでよろしい!
芍薬ももう蕾をつけている。開花はもう少し後だ。

昨年のブログを調べてみたところ、牡丹の開花は4/24であった。9~10日は早い開花と分かった。芍薬の開花5/16だった。ということは5/6あたりが今年の開花日ということになる。
自宅から自転車でも行ける「町田ボタン園」はいま盛況のことと思う。

以下の画像は2日前、先週13日(金)の牡丹の様子

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毎年楽しみにしている

見晴茶屋Ⅳ

2018.04.15(日)

前日、岩レスキュー訓練が午後4時には現地解散し、帰途大倉山岳スポーツセンター前で降ろしてもらい、傘をついて大倉登山口から見晴茶屋へ上がった。結局泊りは私一人であった。夜は雨、夜半風が強かった。
天気が良くなかったが、それでもトレランの人が10名以上、ハイカー10名弱が上がってきた。
中国からの留学生がSONYの一眼レフで動画を撮っていた。厚木の大学に通っていると言っていた。日本語がとても上手で感心した。裕福そうなふっくら青年だった。中国人とは思えない顔の好青年で日本人かと思った。

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左側、平塚方面、海が見えた。真ん中の丘陵が高麗山

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大磯方面、手前は秦野の市街地

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大倉高原キャンプ場の新緑

廃屋同然で秦野市の告知で閉鎖されたはずの大倉高原山の家、人の気配あり。のぞいたところ、不愛想なおじさんが中にいた。ナツメさんか。

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マムシ草、まだ茎にはマムシ模様はでていない。実をつけるのはこれから。

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克童窯とあった。高島屋で個展をするちょっとは知られた陶芸家さんだそうで知らなかった。
大倉バスロータリーのどんぐり山荘経営の食堂は2月末で営業を取りやめている。客の利用が思ったほどでなくなり、採算が悪化していたらしい。ここら一体は国体のとき整備した県の施設だと思う。道路対面の日本蕎麦屋さんはやっている。

2018年4月14日 (土)

水無川モミソ岩で岩レスキュー

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事例①
落石などで負傷し動けないセカンドをカウンターラッペルでセルフレスユーし、安定したテラスまで降ろす。リード者は先ずミュールで確保器で仮固定、シュリンゲなどでバックアップをセットし荷重を移す。確保器を下降モードにセットし直し、セカンドに近づきキャッチする。セカンドの股の下に入り込み、そのビレイループにヌンチャクを救援者と連結し背負うような姿勢を取り、ロープに身を預け、テラスまでラッペルで下降する。事故者をブル下げた状態から早く安定したテラスなりに降ろし救援を待つ。早く病院などに収容すること。現実はこういうシーンになる。確保&懸垂支点補強が欠かせない。

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事例②
リードが登攀中に滑落して負傷し動けなりセカンドがセルフレスキューする事例。まずロープでセカンドを仮固定。メインロープに登り用のシュリンゲをセットし、仮アブミをセットし、足をかけ体重を乗せる。マイクロトラクションをハーネスに連結。そして動けないリード者に向かい、確保器を上に引きながら上昇をサポートしつつ、登りながら近づいてゆく。キャッチ後リードとセカンドのビレーループで連結。確保器に荷重を移しカウンターラッペルでテラスまで介助スタイルで下降する。下降支点を思い切って補強するのがポイントだと思う。

事例③
負傷したセカンドを安定したテラスまで引き上げる事例。先ず救助者のハーネスにメインロープを仮固定。1/3引き上げのため確保器でロープ引き上げモードでセット、スリングセット、ハーネスにはガルーダヒッチをセットにより1/3引き上げシステムを完成させる。そして引き上げ開始。
要するに所持しているモノで対応する。プーリーが引き上げに有効だが、私は高価ではあるがDDMのプーリー付きカラビナを持参している。シュリンゲは2個持つべきであろう。私は2種類の太さのものを持つ。うち1つはDMMの細い既連結済のシュリンゲを持っている。

大阪時代から毎年のように訓練に参加していたが、なかなか身に付かない。時間はかかっても頭で思い出しながらセットしてゆく。その間に救助を待つ。事故ったときはそんなシーンが思い浮かぶ。
私は人工登攀でセットミスで墜落したことはあるが、一般フリーで大きな墜落は経験したことがない。セルフレスキューは最も大切な技術の一つだと思っている。

2018年4月12日 (木)

多摩川を羽田まで自転車

2018.04.12(木)快晴、夕方曇り

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宇名根駐車場から多摩川右岸(川崎側)の土手がサイクリングロードとして最適。
二子橋をすぎて対岸(二子玉川)に旧二子玉川園敷地に巨大タワーマンション群が聳え立つ。

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丸子橋が近づくと武蔵小杉のマンション群が見えてきた。NECの敷地だったところだと思う。かつて東急東横線武蔵小杉駅の南側に大きな敷地のなかに三角屋根のNEC(当時は日本電気と云ったと思う)の工場が並んでいた。ここは都内に住むのと同じくらい交通至便なところだ。

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ここは都内側から東横線で多摩川を渡って最初の駅が「新丸子」、昨年テレビ番組で紹介されていた大繁盛の食堂。「三ちゃん食堂」、昼時でお客さんが約50名もいた。満席に近い。ホールスタッフの女性3~4名が忙しく動きまくる。注文しようにも捕まえるのが大変。厨房にも4名くらいいたかな。
工場で働く人が多かった時代、交代制で夜勤あがりの工員さんが、この食堂でお酒を飲む。朝早くから開いていたという。東横線が今みたいに高架でなかった時代だ。店内で掲示されているメニューをカウントしてみた。定食から酒のつまみまで140くらいあった。なんでもあると考えていい。百貨店のお好み食堂なんて目じゃない。飲み物もすごいバラエティ。なんでもある。大繁盛
これでよく間違えずにお勘定ができるなと感心してしまった。もちろん最近レストランで使うような受注端末はスタッフは持たない。伝票もテーブルには置かない。いつまでも完璧に磨き抜かれたアナログでやってほしいと思った。うんと若いお客さんはいない。

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店内に張り出してあったポスター。左側はルービンリキと読んでしまった。

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新丸子には由緒ある神社、お寺があった。これは都内鵜ノ木のマンション群。
ガス橋から対岸に渡った。羽田に向かい下って行った。川沿いに佃煮屋さんが1軒あった。

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ここを終点としてクロスバイクで走った。小学生のとき自宅からここまで自転車で来たことがある。当時はノリの養殖が盛んだったことをよく憶えている。いまでは干潟の養殖地は埋め立てられ住宅地となり、このあたりではノリの養殖風景はもうみられない。

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こういう説明書きはとてもいい。そうだったのかと納得。

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帰路は産業道路の橋から川崎側に移った。大師線沿いにある味の素の工場(研究所)敷地はびっくりするくらいとてもデカい。多摩川沿いに走るが、河川敷にブルーシートのハウスがみえる。以前に比べるとだいぶ減ったような気がする。1回体験してみたいと思う…?
午後4時には河川敷にある宇名根🅿に戻った。
自転車コースはこの多摩川コース、鶴見方向の恩田川、町田から江の島にでる境川、鵠沼にでる引地川がいい。

2018年4月 8日 (日)

見晴茶屋Ⅲ 前日は堀山まで、本日はみはらし会の総会

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風があまりにも強くて寒さ対策も不十分だったため、堀山(950m)までとして見晴茶屋に戻った。
だいぶオゾイ状態だが、小屋を支援する人たちの手でやり繰りして存続させている。

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標高900mあたりの自生している桜が開花

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珍しく開いていた

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秦野市内の灯り 夕方には強風も収まった。

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土曜はハイカーが少なかったが、日曜は穏やかな天気となり、朝早くからいっぱい上がってきた。

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大倉高原のキャンプ場、丹沢山塊ではとても貴重

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この時期、新緑がとてもきれい

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陶芸家さんの窯と小屋、八重桜が開花

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大倉バス停前のチューリップ畑

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みはらし会の定期総会はここの会議室をお借りした。
先細りとなる収入対策、健全な小屋経営と運営のあり方などが大きな課題として討議された。

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三ノ塔

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小田急渋沢駅前でお祭りの神輿

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駅前の居酒屋さんで懇親会、やはりここでは健康問題、とりわけガン関連の話題も遡上に上がった。高齢化してゆく会員さんのなかでガン患者が増えている。

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2018年4月 2日 (月)

久々にストマジに行ってみた

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春休みのせいもあるが、ボルダー壁に子供たちがとても目立った。体が軽いためか、連続して何回でもトライできるようだ。女の子もとてもアグレッシブ。

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2018年4月 1日 (日)

クロスバイクに乗り始める

2018.04.01(日)晴れ

視力も安定しはじめ車の運転も心配なくなった。そろそろトレーニングを開始しなくてはいけない。

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栄町の相模緑道、梅と花桃が満開である。四季折々の花が咲いて心温まる緑道である。

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小田急江ノ島線を越え、大和市の同様の緑道につながっている。写真左側のお宅の前を通るのが楽しい。
スタートが遅い時間のため、江の島までは行けない。相模緑道を南下する。大和で知り合いの不動産屋さんで沈没。相模大野に戻り、こがめさんで沈。この日は新鮮なコブクロがあった。

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珍しくコブクロがあった。好きな山椒を振りかけて食べた。舌への痺れ感がいい。塩焼き、醤油焼きを食した。新鮮かつ非常に丁寧な下処理がされていた。

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自宅ではたこ焼き、私への配分は少ない。このたこ焼き器はカセットガスを使う岩谷製、大阪ミナミの道具屋街で買った。ガスなので高温になるのがよい。いまでは神奈川のホームセンターでも手に入る。

運動不足で腹回りの脂が増加、焦ってはいけないが、何とかしなければならない。
市立体育館でのストレッチや筋トレ、健康センターでのプール、クライミングジム、丹沢での山歩き、相模緑道でのジョギングなどで体づくりをしてゆく。
今週末の上高地での中千丈沢アイスは体がまだボコボコなので中止とする。

2018年3月31日 (土)

オギノパン工場直売所

2018.03.31(土)快晴

せがまれて湯河原の帰途、厚木市内を経てこの工場に寄ってみた。

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県央地区でとても評判のパン屋さんのパン工場。近隣の多くの学校に給食のパンを供給している。
私が小学生の頃の給食時のパンは、奥沢商店街のキムラヤパンだった。グラニュー糖をまぶした揚げコッペが楽しみだった。
ここのところ、この直売所を訪れるお客さんが多くなっている。
孫らは揚げパンにきな粉を付けて食べていた。

ここのパン屋さんは県央地区で地味に評判を上げてゆくのがよいと思う。大手製パン業ができない隙間での売り上げ拡大は十分な余地があると思う。パンは作り立てがなにより。身の丈で地元に根を張ってほしいと思う。
かつて流通関係のセミナーで伊勢の赤福の戦略についてある女性コンサルタントが解説したことがあった。三重近隣に限定した商売で成果を上げたことを詳述。やはりその後拡大路線を採ったが、在庫やりくりで問題を起こした。

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このあと国道16号から横浜東口に向かい、カモシカスポーツの期末セール最終日へ。購入したものは、EDELRIDのハーネスM。ほとんど半額、製造後の年数経過している在庫処分品であろう。私には消耗品であるので、気にしない。使い潰せばよい。本体特価¥3,250(本体定価¥6,500)
そしてMOUNTAIN HARDWEARの薄い生地の黒ハーフパンツM。珍しいMADE IN SRILANKAと生地にプリントされていた。丹沢を歩き込むトレーニングに最適と思い買った。メチャ薄い。
また買うの忘れた。ヤマセンボトル

湯河原温泉

2018.03.31(土)快晴

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春休みで箱根は予約が取れなかった。熱海もいつもゆくところはボイラー修理のため、泊まれず。ここのホテル名は出さないが、最悪のところだった。食事が不味すぎた。5名で泊まったが、温泉には十分浸かった。

2018年3月30日 (金)

近所は桜満開

2018.03.30(金)快晴

午後自転車で相模緑道から訪れてみた。

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中央広場で出会った気品を感じさせてくれた賢そうな柴犬。毛並みはよいがやや太め。

2018年3月27日 (火)

大野南中学吹奏楽部の定期演奏会

2018.03.27(火)快晴

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近隣の中学生が演奏すると知り、伊勢丹裏のグリーンホールに行ってみた。これからGWにかけて近くの高校の演奏会も目白押しである。
感想、なかなかいいものだった。

第一部
①行進曲「よろこびへ歩きだせ」、②栄光の全てに、③森の贈り物

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第二部
①ムーンライト・セレナーデ、②コパカバーナ、③ディズニー・プリンセスメドレー、④エリントン・メモリーズ

第三部
①歌劇「詩人と農夫」序曲
②交響曲第4番ヘ短調作品36 終楽章

神奈川県内のコンクールで上位入賞している。熱心な指導教員や応援する関係者に支えられている。
若干のOB・OGも入り50名くらいの吹奏楽団による演奏は圧巻であった。

2018年3月25日 (日)

丹沢 見晴茶屋Ⅱ

2018.03.25(日)快晴

沢の水がポンプアップできない状態になっていたため、現場に直しに下ってみた。

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できるだけ沢の表流水を避け、染み出しの水をこの塩ビパイプに取り込み、受水槽(ステンレスの浴槽を利用)に溜める。

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この水槽の底に溜まった泥をかき流した

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この受水槽から見晴茶屋へポンプアップしている

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ディーゼルエンジンを回して発電するか蓄電池によりモーターでポンプアップして小屋裏の受水槽に汲み上げている。

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大倉バス停下のハクモクレン並木

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国道246号交差点付近から左側大倉尾根・塔ノ岳方面、右側は表尾根の稜線。何日か前の降雪で稜線は15センチくらいの積雪あり。北面はなかなか融けない。

2018年3月22日 (木)

近所で小彼岸桜が満開

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ここは近所の黒河内病院、病院を始めた院長さんが、信州伊那谷高遠のご出身というような話を聞いたことがある。それで故郷高遠の小彼岸桜を植えたという。
江戸時代に江戸城大奥の年寄 江島(絵島)が、歌舞伎役者との関係を疑われ(絵島生島事件)、高遠藩に流されて幽閉されたところ。南アルプス北部の仙丈ケ岳、駒ケ岳の登山口北沢峠、南アルプススーパー林道に入る途中の町。4月下旬には信州の遅い春の桜の名所として有名なところだ。伊那市に3年間暮らしたことのある私はよく知っている。
ソメイヨシノより早く咲いてもう満開となる。近所の方や入院患者さんは楽しみにしている。

この日は、ここに来る前には、眼科で経過を見てもらう診察。治療はほぼ完了。術後問題なくあと1ヵ月先にも定期診察がある。視力が改善されたので、メガネが必要で検眼してもらった。
その後、近くの郵便局から昨年の登山隊公式報告書の印刷製本の費用を京都の業者さんに送金した。一冊1,020円くらいに相当。登山隊会計担当の役割は、残金清算をもって終了となる。あしかけ11ヵ月携わったことになる。6月に兵庫か大阪で登山隊の最終打上げをすることになった。

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