好天の富士山頂

2012.05.16(水)晴れのち曇り

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翌月の海外登山のため、一回目の富士山。登路は富士宮口。自宅より約110㌔の距離。水ヶ塚駐車場(1400m)でH隊長と落合った。五合目登山口(2400m)から上がった。
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7合目の鳥居。隊長の体調がよくないので、ここから一人となった。
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8合目からは頂上が望める。
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もくもくと高度を上げる。
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何回も頂上を眺める。なかなか近ずかない。酸素が体に取り込めていないことを実感。そして距離感がつかめない。クリックで拡大でき、豆粒の登山者2名がみえる。
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14:05ようやく富士宮登山口頂上。知らない方がカメラの視界におられた。
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鳥居は埋まり、
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お宮も埋まり、
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何もかも埋まっていた。
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火口壁がみえた。
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剣ヶ峰
15分ほどいて、SpO2など測定。やはり数値は低い。意識した呼吸を心掛けたのだが。もう1回来る必要がある。やはり代々木のミウラBCにもお世話になろう。
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下りではボードやスキーを持った二人に出会った。頂上より7合目まで滑れる。ただし、8合目下から視界不良になってしまった。下山で苦労したのでは?
登山口には15:50到着。雪の上だったので、頂上より1.5時間で下れた。

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笹子雁ガ腹摺山で読図を楽しむ

2012.05.13(日)快晴
この日は総勢8名で地図とコンパスを持って中央沿線の山歩き。中央線JR甲斐大和駅で下車した。かつてここは初鹿野という名前の駅ではなかったか。駅の名前が変わっていた。一連の町村合併の関係か。

景徳院から大鹿峠、笹子雁ガ腹摺山へのコース。
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甲斐の国主、武田勝頼ゆかりの景徳院。ここで織田・徳川連合軍の追撃を受け、武田家が滅亡する。
本堂は焼失して建て替えられているが、この山門は当時のままの面影を残しているという。
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快晴、北岳がみえた。
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新緑が目に沁みる。ここは晩秋から5月半ばまでが適期と思う。
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当然、富士山も見えた。ここの山域である大菩薩峠方向からみる富士山は、かつて500円札の裏の絵として有名だった。諸説あるが、牛奥雁が腹摺山からの富士山と記憶している。
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笹子雁ガ腹摺山頂上、ここまで小ピークがいくつもある。地図をしっかりみると分かる。
ここから笹子に降りた。
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甲州街道沿いのお家では紫と白の藤が咲いていた。

知合いの大阪府岳連のN真理さんらが行っている講習会マニュアルを個人的に参考にさせてもらいました。

 実は旧初鹿野駅(現甲斐大和駅)の下車は46年ぶりであった。1966.05.03に夜行電車を利用して大倉高丸に高校山岳部の新入部員歓迎山行として、初鹿野駅⇒景徳院⇒湯ノ沢峠⇒大倉高丸⇒大鹿峠⇒景徳院⇒初鹿野駅のコースをたどった。大倉高丸の頂上でみんな(総勢14名)で3時間の昼寝をしたと当時のメモに記してあった。大鹿峠~景徳院の間は今回のコースと重なったが、憶えていない。  .

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史跡足利學校・・・足利その②

2012.05.11(金)晴れ時々曇り
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フラワーパークの近くにある日本最古の学校といわれる足利學校にも寄ってみた。
ここではまず15分程度の説明ビデオをみるとよい。この史跡の全体を理解することができる。室町から江戸時代は主に儒学や易学などを学んだのだろうと思う。
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外からの景観
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學校門:學校入口
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方丈、解放的。

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広々した方丈の内部、学生への講義や学習の座敷として使用された。

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書院は庠主(学長)の書斎、兼接客など。

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庭園

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學校門、足利學校のシンボル

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足利の大藤・・・足利その①

2012.05.11(金)晴れ時々曇り
家人の強い要望で、栃木県南部にある足利フラワーパークで満開の藤を観に行った。横浜湾岸経由から都内を抜けて東北道に入ったが、首都高でトラックと接触しそうになり怖い思いをした。
藤のシーズンなので平日でも混んでいる。車のナンバーをみると関東一円から来ていることが分かる。4/18から5/20までは7:00am~9:00pm
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ここの入場料は開花する花のシーズン(咲き具合)により変動する。藤のシーズンが最も高く¥1700だが、それだけの価値は十分にあった。
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こんな大きな藤棚は初めて観た。樹齢145年を越える紫の大藤棚。
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この藤棚の下はこんなふう。
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黄色い藤のトンネル仕立て。黄色い藤も初めて。きばな
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白藤の回廊、白い花房の藤棚。すき透るような楚々とした白。白の藤が最も良かったと思っている。クリックすると拡大可。
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うす紅の藤、これは鉢植え。
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藤のオンパレード。
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園内はこれでもかと。
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大きな花の西洋シャクナゲも満開。バックはもちろん藤。
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手前の花はクレマチス。

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休憩できる椅子やベンチが随所に配置されている。
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藤だけではない。フラワーパーク。
なんとも贅沢な藤三昧を楽しむことができた。

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韓流時代ロマンにハマる

2012.05.10(木)曇り⇒午後3時ころ雷雨(寒気流入の影響)

二つの連ドラにハマってしまった。
①NHKで日曜夜11時から放映している「イ・サン」は、DVDを借りて残りを全部観終えてしまった。NHKの放映を待ってはいられなかった。

②いまTV東京で月曜から金曜までの朝8:25から放映している「善徳女王」。

主人公の女優(イ・ヨウォン)さんが、男装で兵士役を演じていた。とても凛々しくてよい。
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放映を待てず、近所のTSUTAYAにDVDを予約した。なかなか借りれない。

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時代設定は7世紀の新羅。中国では唐の時代。ドラマは劇画調で展開してゆく。
遅ればせながらハマってしまった。
この日は第26話、かなり先の第62話で完結する。
※BSフジでも週1で月曜の18:00から放映している。こちらは第50話を経過。

今月下旬、韓国仁寿峰にクライミングツアーに出掛けるので、ソウルで関連のものを買ってこよう。

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佐久の岩村田にて

2012.05.07(月)晴のち曇り
秋に予定しているインドでの登山打合せのため、関係者が信州/佐久平に集合した。
往路は東名・関越道で200㌔、スムーズな3時間の走行、燃費18㌔/ℓ。
上州から佐久にかけて車窓から見える新緑が目に染みるようだ。
早く到着したので、同行の方を岩村田宿に案内した。
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商店街の裏にある立派なお寺を訪れた。
永禄三年(1560)建立、浄土宗 一行山 無量壽院 西念寺
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本堂に12世紀末の作と伝えられる長野県宝指定の阿弥陀如来坐像が安置されている。宇治平等院と同じ定朝作。
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ほかにも、ここには以前訪れた寺社がいくつかある。
円満寺、龍雲寺、鼻顔稲荷神社など
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江戸時代は中山道の宿、内藤氏1万5千石の城下町。
中山道だけでなく、善光寺、甲州、上州下仁田にも通じるかつて交通の要衝として栄えた岩村田。遊郭もあったという。
お店でコゴミとフキノトウを買った。

打合せを終え、帰路は八ヶ岳の麓、小海、清里を経由して中央道から帰った。3時間で自宅に戻った。
八ヶ岳山麓はようやく春が来たという感じ。桜が咲いていた。ほかヤマブキ、ユキヤナギなど。

帰宅してから、コゴミはやや硬め茹での御浸しに。
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やや痛んでいるフキは選り分けて小さく刻み、香りを強めで楽しみたいので、さっと水でさらしてから、油で炒めてさらにみりん、味噌を加えて煮詰めて出来上がり。
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新緑の丹沢を歩く

2012.05.05(日)快晴
宮ケ瀬、丹沢三峰から大倉まで歩いた。山のトレーニングは山に行くこと。衰えてゆく脚力と心肺。膝にはサポーターが必要だし、持病の薬が欠かせない。当然、体は還暦を境に下り坂にある。
6:10相模大野⇒ 8:00宮ヶ瀬三叉路・・・11:00本間ノ頭・・・12:35丹沢山13:05・・・14:00搭ノ岳・・・15:50大倉  ⇒16:50相模大野

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1,000m位までは新緑が美しい。眩しいくらいだ。1,200m以上ではこれからという感じ。
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丹沢山頂上では快晴で眺望が極めてよい。とりわけ雪の富士山も。
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ファミリーも
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丹沢山から搭ノ岳の稜線はまだ樹木に葉がないだけ視界がよい。
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搭ノ岳頂上では芋の子を洗うようだった。
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ここからの眺望もとてもよい。相模湾西湘方面。

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3回目のJAXAと市立博物館の見学

2012.05.04(金)曇り、午後雷雨、不安定
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約束していたこの日、親戚の子供たち3人らをJAXAに案内した。
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休日のため家族連れで賑わっていた。4歳から小学4年生の男の子たち展示物よりもスタンプラリーに一生懸命であった。
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休日のため食堂や売店はやっていなかった。
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構内の新緑
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それから斜め対面にある相模原市立博物館へ移動。
子供たちは今度はモニター画面での画面検索に執心。
私にはJAXA関連の展示物に興味が湧く。
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CGの画像がとてもいい。
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あのハヤブサのP.M.川口さんの色紙が掲示されている。
まるで子供たちに「チャレンジしよう」と呼びかけているようだ。
新緑がきれいな季節となった。

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今年も牡丹が咲いた

2012.05.03(木)雨
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自宅の小さな庭に牡丹が咲いたと家人が携帯メールで写真を送ってきた。4/30のこと。

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本日は雨、花弁がすっかり重くなって垂れていた。

(注)4/27時点の開花を待つ蕾みの状況
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GWの上高地にて

2012.05.02(水)雨

4/30、鹿島槍の帰路、松本で大阪に帰る二人と別れて、一人で上高地にまわった。
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途中、徳本峠登山口のある島々宿では桜が満開であった。信濃路の春は遅い。
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小梨平にテントを張ったが、全然寒くない。入山予定の方らは天気下り坂のため、2日ほど遅らせるという連絡が入った。
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5/1は焼岳に向かった。
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雪に埋まっていた焼岳小屋まで上がってから下山した。
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中の湯から上ったという単独の方が焼岳からの途中でテント泊していた。あとで見つけた稜線近くのトレースからすると残雪で下山路を誤ったようだ。
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帰り道、湿地帯ではでは冬眠から醒めたカエルが活動開始。これは交尾とはいわず抱接という。
河童橋では北鎌から下山してきた大阪PTNの会、SM夫妻に出合った。
この日は、前日に道の駅でコゴミ(¥350)とノビル(¥200)を入手することができたので、
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結構な量のコゴミは茹でておひたしに、
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ノビルは味噌をつけて食した。辛いけど全部食べた。
5/3朝入山のMT氏らとインド登山の打合せするつもりであったが、5/2帰宅することにした。何ともしまらないGW前半となってしまった。帰路、再び道の駅に寄ってみたが、ノビルはなかった。食堂では山菜天ぷらを食べることができた。

今回の狙いは白骨温泉に浸かること。中学3年の夏休みに雲ノ平と上高地に憧れて、初めて北アルプスを縦走した。このときに白骨温泉に泊まった。それ以来のこと。旅館はつるやさんか、えびすやさんか、斎藤さんかは憶えていない。
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駐車場上の真新しいお風呂を教えてもらった。楽しみにしていた谷底にある公共野天風呂は例の地震の影響でクローズしていた。
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入ったお風呂は5/1にオープンしたて。木の薫りが漂っていた。4人しか浸かれない小さな露天風呂だった。白い濁り湯で満足。硫黄臭もよし。
沢渡からの道路は工事中で閉鎖しており、乗鞍高原経由となっていた。

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