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6さいのばらーど

  • 6さいのばらーど
    ゆーゆ(井上あずみさんの長女7歳): 「NHKみんなのうた」より

お奨めの1冊

  • 斉藤惇夫作・薮内正幸画: 冒険者たち(ガンバと15ひきの仲間)

2017年2月12日 (日)

冬の中伊豆など

2017.02.12(陽)快晴

2/11 午前11時に一人で相模大野の自宅を出た。東名は大井松田と裾野の間が積雪で通行止め。結局採ったルートは、
横浜町田IC➡小田厚道路大磯IC➡西湘石橋IC⇒湯河原⇒熱海⇒伊東⇒中伊豆までで渋滞のため、5時間30分も掛かった。

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16:30中伊豆に到着、取り敢えず地元の温泉施設、「中伊豆交流センター白岩の湯」に浸かった。入浴料は地元お住まいの方は@200、それ以外@400

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泊まったところは、WTさんがオーナーとして引き継いだ農家の内部を本格リフォームした建物

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夕方6時半すぎには全員集合して「梅の宴」ということで宴会開始。乾杯のあと鍋料理も。カラオケ設備まであった。トータルで12名

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寒気の影響でよく冷えた。朝には気温が下がり駐車した車には霜がびっしりと付いた。

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城山の登山口

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城山は地元大仁のシンボルだ。左側の大きな壁が南壁、その左端が西南カンテ、上部中央部が2間バンドの大ハング

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朝のうちは貸切り状態、陽が当たり寒くない

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狩野川、持参したクロスバイクで土手のロードを走ってみた

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入浴したのは伊豆の国市営の温泉、伊豆長岡温泉、「高齢者温泉交流館」という施設 入浴料は@310

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伊豆の国市内から眺めた富士山南側、黒い岩肌が見える。雪崩れたのだと思う。
富士山の雪崩については、信濃毎日新聞社刊、若林隆三著「雪崩の掟」に詳しい。

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小田原、早川の干物センター「山安」、店外の練炭コンロで試食ができる。隣にいた中国人?母娘はずっと食べっ放し。隣のテーブルからイカも持ってきて焼いていた。連休でとても繁盛しており入店するための列ができていた。
お店は規格外の干物などを大量に安く仕入れるなどしてたいへんな努力をしていると思う。
帰路は伊豆長岡温泉⇒熱海⇒湯河原⇒(小田原厚木道路)➡厚木西IC⇒(国道246号)⇒座間の道路を選択した。

2017年2月11日 (土)

2月の寒い日

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2/10 16:50  終日寒い1日だった。朝エアコンを入れてもなかなか暖かくならなかった。

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2/10 16:50 自宅前の小公園

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2/11 7:10 冬型気圧配置だから、基本的にはそう降らない。今回は北九州、山陰、近畿、北陸など西日本の裏側が大量降雪だ。

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2017年2月 5日 (日)

週末は佐久 湯川

2017.02.05(日)

2/4(土)快晴

神奈川組は横浜線古淵駅に6:10集合、そして8:45に湯川「燈明の湯」駐車場に到着。9時には杉並組など計7名が集合した。

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アプローチの林道、こんな雪が少ないのは私は初めて

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氷柱が林道に落ちると車の通行に支障をきたすので、気温が上がりそうなときは要注意

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白髪エリア湯川支流、流れの左側は右岸のアイス(約6~10m)

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白髪エリア湯川支流、右側の左岸のアイス(約10~25m)

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湯川支流右岸、Ⅴ-~Ⅴ+

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湯川本流左岸の乱菊氷柱群は未発達ということで行かなかった。大阪組はこちらに戻ってきた。

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この日は佐久のAK山荘に泊まった。このストーブは地元で作られた特注品、製作者はナンガパルパットでヘルマンブールのピッケルを持ち帰りオーストリアに住む遺族に届けた人。Ⅰ田さんである。

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まずは大根の煮物、キムチ、ニンジンや里芋の煮物、全て山荘オーナー手作り料理

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低温調理のトリ料理

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パスタ このあと鍋料理も

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2/5(日)午前10時すぎより小雪が降り始めたが、それほどの降雪とはならなかった

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ここ標高1000mでこんな感じ。しばらく降っていないようだ。佐久はもともと積雪が少ないところだが、ここは雪が解けにくいエリアではある。

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春日渓谷にクルマで行けるかなと蓼科スカイラインを上がってみたが、途中吹き溜まりがでてきて通行不可と判断した。結局この日も湯川となった。

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14:00には終了
ナナーズ小海店で、浅間納豆、シャウエッセン、ブロッコリー、ほうれん草など買って帰途についた。
2月の中央道は渋滞もなく、双葉SAで用事を済ませ20:00すぎには帰宅できた。

2017年1月29日 (日)

青森県八甲田 山スキー

2017.01.29(日)


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1992年から日本に移り住むスロヴェニア出身の山岳ガイド ツヴェート・ポドロガルさんが来ていた。朝の食堂にて

彼に関するホームページ⇒https://www.compathy.net/magazine/2015/02/01/interview-mr-cveto/

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3日目の酸ヶ湯温泉旅館前、ようやく風が収まりロープウェイ運行が可能となり、多くの客がロープウェイ山麓駅に向かった。

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ロープウェイ山頂駅で風速が25m以上になると運休となる。山頂駅では山麓駅の3倍の風速になるという。
1/27(金)と1/28(土)は運休していた。

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山頂駅までの距離は2,459m、100名の客をゴンドラにより約10分で田茂併苞岳山頂駅に上がることができる。

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天気回復、北海道は見えなかった。2日間運休だったのでピストン輸送していた。  .

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新潟市から来た山の会「新潟楽山会」のメンバー、8名で来ていた。同じスキーツアーに参加した60代から70代のオバちゃんメンバーの滑りは素晴らしかった。

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この列はガイドツアー参加者

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私はゆっくりカメさんチームのガイドツアーに参加した。広い斜面をそれぞれ好き勝手に滑降開始

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シールを付けて歩行
「銅像コース」をゆく。滑走距離3.6km、高低差1,324m~700m、斜度Max.25°Ave.10°

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途中でシール歩行

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ラッキーな天気に恵まれた。

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今回あちらの隊には一緒に来た4名が参加した。結構な傾斜を滑り込んできた。滑りを見ていたら転んだのは二人だけだった。

2017年1月28日 (土)

八甲田 スキーと酸ヶ湯温泉

2017.1.28(土)風強し、ロープウェイは運行中止

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朝食は6:45a.m.~ ビュッフェスタイル

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国見坂ゲレンデのゲレンデトップ  風が強かった

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これは陸上自衛隊の若い隊員さんの訓練

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もちろんウエアもスキーも自衛隊装備品

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このグループはシールを付けてガイド引率で樹林帯を歩き回っていた

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ボードの若い女性グループ

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今回ご一緒したのは私を含め6名で夕食、50代の一人を除き他は60代、なごやかでよし

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週末は津軽三味線の披露もあった。

2017年1月27日 (金)

八甲田、酸ヶ湯温泉へ

2017.010.27(金)小雪

東京駅八重洲口を前晩の22:30に夜行JRバス(3列シート)で出発し、今朝8時には青森駅に着いた。

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さっそく朝食のため、ここ青森魚菜センターを訪れた。

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ここの受付でまず@1080のセット券を購入

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店内の各お店を回り、金券を使って好きな食材をどんぶりの上に乗っけてゆく。のっけ丼という。

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これは私ののっけ丼、いくら、ホタテ、アワビ(2切れ)ほか、そしてシジミ汁

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近くにある別の地下店舗も巡回、ここは青森駅前アウガ地下の新鮮市場

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青森駅から旅館の送迎バスで小雪舞う酸ヶ湯温泉旅館に到着。標高は925m

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とにかく訪れたかった温泉のひとつ、しかも冬季に。ようやく実現できた。白濁した温泉だ。段取りしてくれたKGさんにはとても感謝。

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雰囲気のよい温泉旅館だった。従業員さんが暖かいのです。

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ようやく酸ヶ湯に来れた

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ホールにあった平成6年4~5月青森県観光キャンペーンポスター

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写っている人たちの表情がいい。カメラマンがうまく笑わせて撮ったのだと思う。

千人風呂に入ってみた。冬期のためか浴室は湯気がこもって視界不良。広い湯船で白濁りの温泉にあごまで浸かってじっとしていると何とも言えない幸福感を感じてしまう。ここの温泉の効能はこんなところにあると思う。

この日はロープウェイが運行中止のため、八甲田山ペアリフトのある国見坂ゲレンデで滑った。リフト左側は深雪で、歯が立たたない。リフトの右側が滑りやすい。


最後にはテストを兼ねてシールを付けてゲレンデをUP。調子はよい。初日はこれで終了。

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ホール内にあった

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夕食は2階の食堂で6名でいただいた。

2017年1月22日 (日)

尾白川下流域

2016.01.22(日)今までojirogawaと発音していたが、正確にはojiragawaというそうだ。

1/21(土)寒気は八ヶ岳、甲斐駒など雪雲がかかっていたが、気温はそれほど下がっていないようだ。
1日目はまず結氷状況の確認で岩間ルンゼへ

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2パーテイ5人で、先行はKさんのリードでFI(Ⅲ~Ⅳ+)に取り付く。今季は3つルート(左、中央、右)が取れる。左側は落ち口で傾斜がでてⅣ+。スクリューが決まればピックを信じて思いきって越す。

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F2は離陸(Ⅳ+)に手順を要した。F2から上のチョックストーンまで行くとこの先、氷が望めないのでここから懸垂でF2を下りて戻った。

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車は冬季はこのゲートまで。この車はJeep、4リッターエンジンで燃費は6-7キロだそうだ。
ここでテントを張った。夕食は「おでん+野菜」鍋

6/22(日)この日は昼から強い寒気が入り、気温が低下。稜線は強い西風が吹いていることと思う。
この日は2名を加え7名3パーティで行動、平田ルンゼに入った。

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ガンガの沢錦滝、まだ適期ではない

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ガンガの沢前の東屋、右側のテントは愛知県から来た4人

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平田ルンゼ Ⅱ級下へ
ナメ状60mの手前の小滝、2m位瞬間Ⅳ、氷の出来は毎年同じとは限らない。

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ナメ状60m2ピッチの2ピッチ目、アイスは水氷で、懸垂用のバックロープは濡らしてしまった。ピッチはⅢ+、瞬間Ⅳ程度であろうか。スクリューはしっかり入る。傾斜は立っていないので安定して埋め込める。

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帰る時間も考えてここから太い木にあった残置支点を利用して懸垂下降

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この日のザイルパートナーは若いNさん

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帰途の尾白川林道、積雪はこの程度

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帰途途中、林道の下に氷柱を発見、林道の山側には滲み出しがあり、流し方を工夫すればもう少し大きな垂直の氷柱に発達するかもしれない。ガードレールの支柱を利用してトップロープか。

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【参考】
1/21の夕食・・・おでん&野菜なべ
岩手のおでんセット@398×2セット、焼豆腐1個、はんぺん1、菊菜、白菜1/4カット、白ネギ1本、うどん2個、生卵2個、調味料、練り辛子チューブ
1/22の朝食・・・カニ&キノコ雑炊
カニ缶1個、ブナシメジ225g、なめこ1、白ネギ1本、パックご飯3個、生卵4個、粉末調味料、ドリップコーヒー
5人で@600

2017年1月19日 (木)

今シーズン初滑り SKI

2017.1.19(木)

Sun Meadows 清里  自宅から短時間で行ける清里のスキー場に日帰りで行ってきた。

ここはファミリースキー場・・・この日は都内の中学生が団体で来ていた。

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ゲレンデTop

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ここのスキー場は真教寺尾根に連なる

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平日で2/3はスキー学校の受講生、南アルプス北部、富士山、奥秩父方面がよく眺められた。

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ゲレンデトップの標高は1900m、

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食堂からは赤岳の真教寺尾根、県界尾根、横岳が正面

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午後には雲ひとつない快晴となった。正面奥は川上村
平日は道路もスキー場も空いてよし。

2017年1月 9日 (月)

109シネマ二子玉川 MERU

2017.1.9(月)

18時25分上映の予約をNetでとった。109シネマは二子玉川駅のRise-Sc側にある。

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上映中に少々寝てしまったので筋がよく理解できていない?
(注)インドヒマラヤには仲間と3回登りに行った。私はインドの最深部ザンスカールが良いと思っている。(参考図書:ラダック 高木辛哉著 ㊒旅行人)

二子玉川はすっかり変わってしまった。30年も前(1985年閉園)には遊園地「二子玉川園」がまだあったらしい。この路線は1966年に長津田まで延伸した。多摩川を隔てて対岸は川崎市の二子新地だ。ここにはかつて「二子の渡し」があって場末だった。当時の二子橋には国道246号とともにこの橋に東急大井町線が通り、溝の口まで通じていた。

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都内でも有数のしゃれた街に変貌した。東急グループの力はスゴイ。

2017年1月 6日 (金)

アイスはじめ 八ヶ岳南沢小滝&大滝

2017.01.06(金)

1/4()未明自宅出発、

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美濃戸 美濃戸山荘前、雪の状態はこんな感じ。積雪とはいえずしばらく降雪がなかったのだろう。

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南沢の小滝10mのアイスはこんな感じ。右サイドが貧しい。センターよりやや左側は、水滴がでていたが濡れることはなかった。中央部分と右側の結氷状態は問題なし。日蔭だが寒くない。

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リードしてトップロープをセット、何回も練習した。誰も来なかったので一日貸切りとなった。

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ルートは4つほど取った。今シーズン初アイスなので、ピックの掛かり具合やアイゼン、アイススクリューなどテストしてみた。

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美濃戸口のJ&Nで生ビール、パニーニとコンソメ

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大滝、まだ誰も来ていない。

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正面左から登ったが、ここでは水が滲みだしていた。

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お隣さんは、左端から回り込んで、正面にトップロープを架けていた。

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直線で25m、ここに上がり、左にトラバースして木でビレー。濡れてしまいロープも凍ってしまったため、右上に行くのはやめてここから懸垂で下りた。

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この日はわれわれと2パーティのみ、平日はよし。

帰路、甲府バイパス沿いにある24時間温泉「カイセン」に浸かり、1/6朝帰宅した。


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美濃戸口、一昨年11月にオープンしたイタリアン。1年ぶりだが、店内には新たにマキストーブを置き、外にはウッドデッキを設置されていた。シベリアンハスキーの小屋もここに移動。

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駐車スペースには車止めも新たに設置されていた。
しばらく降っていないためか陽当りのよいところには雪がない。

2017年1月 2日 (月)

丹沢見晴茶屋にて・・・迎春

2017.01.01(日)

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12/31 大晦日のうたごえ

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12/31 ここは標高300mながらこのテラスから秦野、平塚方面の夜景が楽しめる。暮れてゆく、そしてカウントダウン 

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1/1未明、もち米を蒸し始めた。2時間近くマキストーブにはめたこの羽根つき釜で蒸し上げた。
もち米にもグレードがあるそうで、高級もち米を用意したという

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1/1 つきたてのお餅のつけ汁が25種類作られる。私はシンプルなワサビ醤油が好きだ

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初日の出が江の島の右あたりから出てきた 6:57a.m.

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餅つきが始まった

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スタンバイ

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つきたてのお餅を食べ始める。ここに泊まった人は総勢42名だった。朝に続いてお昼にも雑煮をいただいてから下りた

2016年12月25日 (日)

2016日本ハンドボール選手権 決勝

2016.12.25(日)



北国銀行HPから借用・・・この選手の名前は不明、美しいシュートスタイル

早いパスまわしでディフェンスをすり抜けたハンドボールの典型的なジャンプシュート、ここでまだ着地前のGKとの駆け引きが残っている。

久しく観戦する機会がなかったが、山にも行かない日だったので、会場となっている世田谷の駒沢オリンピック公園体育館に行ってみた。一般席の入場券は@2500、シニア割引はなかった。
中学生のとき部活はハンドボール部だったので、いくつになっても観戦したいと思っている。女子男子の決勝はいずれも延長戦となり、運が味方するかどうかで勝負が決まる、そんな好ゲームだった。

女子決勝で注目した選手は北国銀行チーム(石川県金沢)で背番号14の河田知美さん(26歳、大阪体育大出身)。25得点のうち9得点を挙げていた。ポストプレー、カットインなど切れ味のよい動きだった。決して当たり負けしない。7mスローでも3本全て成功させキラリと光った。

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オムロン(熊本)はピンクのユニホームが鮮やかだった。

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相手のファールによる大崎電機男子チームの7mスロー、サッカーでいうペナリティーキックに相当する。

ハンドボールはラグビーやサッカー、バレー、バスケがあるので、相変わらずマイナーなスポーツではあるが、結構当たりの強い球技として私は気に入っている。久しぶりに心がときめいた。

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女子はオムロン、男子は大崎電機が優勝した。それにしてもかつての名門、大崎電機女子ハンドボール部はどうなったのだろうか

2016年12月24日 (土)

丹沢 見晴茶屋の荷揚げ

2016.12.24(土)快晴

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年末用に荷揚げが必要とのことで、前日の12/23 10時半に大倉に行った。二人で約100キロ程度の食料と飲み物を荷揚げした。私はビール4ケースとずっしりと食料が入った段ボール1ケースを担当。しっかりと汗をかいた。ここの山小屋では大晦日にはカウントダウン、元旦は餅つき大会が恒例の行事になっている。

朝、テラス上に散らかる落ち葉をほうきで掃いた。ハイカーが休憩するテラス下にある広い板敷(バイオトイレの浄化槽を覆っている)上の落ち葉を掃き、雑巾で拭き、緩んだビスの締め直しなどの作業をした。

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前日の午後から寒気が入って、視界がとても良くなった。湘南海岸、江の島、茅ヶ崎、平塚、大磯、高麗山など。左奥には逗子、房総半島など。

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西湘方面、真鶴半島、伊豆半島、天城山、大島など。

2016年12月20日 (火)

丹沢大山の山頂にて

2016.12.20(火)

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8:00すぎに鶴巻温泉駅を歩きだし、11:00には高取山、蓑毛乗越でおにぎりなど食べ、14:30には大山山頂に着いた。ここで高級ソーセージをボイルして食べたあと、おでん鍋となった。別途買い求めたはんぺんを最後に入れて温めた。缶ビールと焼酎湯割りも、というわけで大休止となってしまった。このジェットボイル鍋は優れものだ。
下山時、途中でヘッドランプを点けて参道の登山口バス停には17:30着となった。よく歩いた。

2016年12月10日 (土)

ネパールから帰国

2016.12.10(土)快晴

11月4日早朝に出国。大韓航空にて仁川空港経由で夕方、カトマンズ空港へ到着し、以後12月9日までネパールに滞在した。

本日、成田空港には午前11時半に着いた。空港はとても空いており、12時10分には相模大野、町田方面のリムジンバスに乗ることができた。横浜町田IC出口付近の渋滞があったが、午後2時すぎには相模大野駅で下車し、荷物が多くタクシーで自宅に戻った(14:30)。

ブログは日記なので日付を遡りながらメモや写真などをもとに、整理しながら記入してゆくことにする。
主な日程は以下のとおり(要約)。季節はポストモンスーンで天気はすべて快晴。

①11/6⇒カトマンズ~(空路)~ルクラ~カラパタール(5,545m)~アイランドピーク(5,800mまで)~アマダブラム(5,800m、C2直下まで)~ルクラ~カトマンズのエヴェレスト街道トレッキング&クライミング
目的のアマ・ダブラムには登頂できず。アイランドピークさえピークハントできなかった。事前のトレーニングが不十分だった。現地の高所順化プログラムには問題ないし、分かっているはずの高度順化さえうまくゆかず甘かった。準備不足とともに次回にむけての十分な反省が必要だ。

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11/12夕方、カラパタールより、左奥にエヴェレスト(8,848m)と右手前がヌプツェ(7,879m)。

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11/21アマダブラム C2手前で体が上がらなくなり、残念ながらそこからターンして終わった。まだここから頂上まで高差はまだ900mくらいはある。

②11/28⇒カトマンズ~ポカラ~ジョムソン~マルファー~Lodge Thasang Village(泊)~ポカラの旅

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11/30中部ネパールの主峰ダウラギリ(8,167m) Lodge Thasang Villageの屋上より

③12/3⇒カトマンズ~直線距離でポカラに向かう道路で西方向、約30キロにある町Galchから歩きはじめ、Patle集落までの民泊トレッキング

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初日の12/3、スンタールSuntarにて、たまたま野外で行われていた村を挙げての小学校教師同士の結婚式(ヒンドゥー式)に出くわした。Photo.の中心が新郎新婦。

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12/6には民泊した集落Patleでチベット仏教式の葬儀にも出会った。麓の郡都DHADING BESIのお寺から僧侶ら5人が来ていた。
山間部の集落では、2015.4.25の震災のダメージが深刻であった。復興は相当な年月を要しそうだ。

④12/7~12/9⇒カトマンズ周辺(バクタプール、ボーダナート、パタンなど)

2016年12月 9日 (金)

カトマンズ近郊へ③ パタンPatan

2016.12.09(金) パタン

日本で知り合った横浜在住&勤務のネパールの方のご実家がパタンにあり、この朝にパタンの市街地のご実家を訪問した。近隣にCollegeが4つもある地区でお家は5フロアのお宅だった。朝食をご一緒させていただいた。

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卵焼きのあとにダルバートをいただいた。

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宿の近くの交差点はこんな具合だ。New Baneshworの街

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道路のアスファルト舗装はこんな具合。一部だが良くなった。

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交通警察官もマスクした方がよい

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乗り合いの車では、必ずしも閉めて走るということがない

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空港出発待合室

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このラッピングサービスは@500、ザックなどカギのかからないものは、ここで頼んだ。

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帰路、20:30カトマンズ発 大韓航空KE701⇔5:30ソウル/インチョン9:05⇒11:35東京/成田
※週3便ある大韓航空が便利で快適。時差は3時間15分

2016年12月 8日 (木)

カトマンズ近郊へ② ボーダナートBoudhanath

2016.12.08(木)

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2015.4.25の震災では、この仏塔で目玉から上の部分が倒壊したそうだ。しかし主にチベット仏教の信心深いシェルパ族から豊富な募金が集まり、修復されたという。シェルパ族はいまやお金持ちだそうだ(聞いた話)。

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世界最大のストゥーバ(仏塔)

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デジカメやスマホの普及でほとんどお金のかからない写真が撮れる。ここではこんなシーンがあちこちで見られた。

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大きなストゥーバ(仏塔)の周りにあった寺院にて

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中国から訪れたチベット仏教の僧侶一行と合同でお経を上げていた。右側にいた若い僧侶は読経中にスマホをみていた

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これはカトマンズ市内にあるスーパーマーケット。というよりも何でもそろう百貨店だ。正面に駐車中の車はマルチスズキとヒュンダイ

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もちろんレジで支払いをする。疲れる値段の交渉はない。便利ではあるがここに車で買い物に来られる市民は一握りだと思うが時代の流れだ。このチェーンスーパーは市内に20数店舗を展開しているそうだ。

山間部の集落を見てきただけにカトマンズとの生活格差は大きい。カトマンズだけが物価高、観光以外目立った産業もなくカトマンズの若者の半数は海外に出稼ぎに出ているという(ネワールの人から聞いた)。

2016年12月 7日 (水)

カトマンズ近郊へ① バクタプールBhaktapur

2016.12.07(水)

  カトマンズの東南東15㎞にある盆地第3の都市。ヒンドゥー教の色彩が濃い。濃厚な中世的雰囲気の漂う旧市街地が丘の上にある。工芸美術品の町パタンに比べ焼き物や織物などの実用品を多く生産している町だ。別名バドガオンは「信仰の町」の意味。9世紀の王朝により作られた。17世紀にはすでに9kmに及ぶ下水道システムを備え高い文化水準を誇った。マッラ王朝時代にはチベットとインドの交易基地でもあり商人たちはここで出入国税を納めた。物資と文化の拠点だった。しかし、ゴルカ王国の盆地支配とともに政治や経済の中心はカトマンズに移り、自由交易となったため町は衰退の道をたどったという。
ここまでローカルバスで25NRS(25円程度)。※NRS=ネパールルピー

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ネパールでは最も高い36mの高さを誇る「ニャタポラ寺院」

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王宮の「ゴールデンゲート」

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王宮 「55窓の宮殿」

王宮エリアでは地震被害の復旧工事が行われていた。王宮の建物内にはヒンドゥー教徒でないとの理由で入場を断られた。ここの歴史保存地区への入場は、外国人は1500NRS(1500円)が必要だった。ちなみにパタンとカトマンズの保存地区では1000NRSの入場料が必要だった。
王宮エリア内の周囲を見渡すことができるルーフテラスのあるレストランでゆっくりと時間を過ごした。一人で動いたので気を使うことなく適当に過ごせてとても満足した。

ほかにダッタトラヤ寺院などみてまわった。
ここの寺院まで道案内してくれたお土産屋さんの売り子の女の子にお金を渡そうとしたら、見張っていたらしいポリス2名が現れ、子供にお金を渡すなと言い子供を追い払ってしまった。

 

2016年12月 6日 (火)

カトマンズ近郊でトレッキング④ パトレPatle

2016.12.06(火)

 12月3日より山間部の民泊トレッキングにでかけた。そこで目にしたのは、2015.4.25の地震の傷跡である。このあたりは震源に近く、潰れていたり住めなくなった家屋、急場しのぎのバラックなど。水が不通になったり学校が壊れたり・・・。胸が締め付けられる思いがした。そんな中で各集落では結婚パーティの参加、小学生との交流、お葬式などがあった。
Photo.は3泊目のPatleの集落から遠望(望遠撮影)できたマナスル8,125m。

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すぐ裏のお宅ではお葬式があった。昨晩からチベット仏教のお寺から5人の僧侶らがやってきて文字通り夜通しの通夜となった。

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ここから2年前に開通した林道に中型バスが通じたという。帰路9時すぎのローカルバスに乗った。身動きできない満員大混雑の中、大揺れで谷に転げ落ちのではないかと思うほど恐ろしい1時間余であった。車内にはインド音楽が流れていた。座席通路には4頭のヤギとプロパンガスボンベ3本、屋根にもダッフルバッグなどの荷物の他に別途さらに4頭のヤギが載せられた。八ヶ岳の美濃戸口から美濃戸への林道なんてものではない。泥道が大きくえぐられたとんでもないガタガタ道で、いつかこのバスは転倒して谷に落ちるのではないかと思ってしまった。安全運行を祈るばかりだ。
このバスの最後部には大きな絆創膏を顔や頭に貼った中年の男女2名が治療を受けに乗っていた。前日ポリスに連行されたおばちゃんから暴行を受けた方だ。すごい暴れ方をしたようだ。

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このローカルバス、とにかく無事終点、郡都である大きな町ダディングベシDhading Besiに着いた。ここでカトマンズ行きのローカルバスに乗り換えた。そのバスでも車内はインドミュージックをボリュームアップ。聞いたことのある曲が流れていた。数年前にインドのマナリで買った歌謡曲CDの1曲であった。

2016年12月 5日 (月)

カトマンズ近郊山間部の地震被害

カトマンズ近郊の山間部、歩いた主な村は以下のとおり。
カトマンズKathmanduからポカラPokharaに向かう主要道にあるガルチGalchhiからトレッキングスタート。スンタールSuntar⇒カレリKalleri⇒スナウラバザールSunaula Bazar⇒パトレPatle⇒(バス)⇒ダディングベシDHADING BESI⇒(バス)⇒カトマンズ
(注)地名のアルファベット表記は地図などによりスペルは異なることがあるが、発音をアルファベットで並べているだけなので細かい差異は気にすることはない。アバウトでよい。

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とても住めるなんてものではない。当時の揺れでお住まいだった方の恐怖はたいへんなものだったと思う。私も関西にいたとき豊中市で阪神淡路大震災を経験した。瞬間もうダメかと思った。しかしすぐに子供たちのところに行った。息子は本棚を押さえていた。娘は布団を被っていた。

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集落のメイン道路に面したこの建物はさらにいつ倒壊してもおかしくない。危険な状態でもある

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屋根は薄い平石を並べている。これではモンスーン(雨季)にはどうにもならない

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建物にいくつものクラックが入りいつ崩れてもおかしくない。これでは危なくて住めない

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地震から1年半が経過。ようやく新築工事が進行。構造は積んだ石がベース。この木枠は窓の部分

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これはUSAIDが進めている耐震性のある復興住宅のモデルハウス。ネパールにあった家づくりの推進。分かりやすいパンフレットをもとに学校でも啓蒙活動が行われていた。
(注)USAID=US国際開発局 開発途上国の資金・技術援助を行う国務省管轄の政府組織で、アメリカの非軍事援助のひとつ。

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耐震性を重視したモデルハウス

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なんとか急場凌ぎで暮らしていた。

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尾根上の集落にはこんな水場がある。遠い水源からホースでセットされているが、ずいぶんと不通となっている個所を目にした。ここでは水汲みは女子供の辛い大仕事だ。

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このお家は崩れなかったが右手前には瓦礫があった。小屋が崩れたのだろう。

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崩壊して放置されていた

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左右の住宅が崩壊、ダディング郡の山間部では住宅の75%以上が全壊または半壊の状態で山間部の救援が遅れた。

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辛うじてこのバラックで暮らしていた

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どのお家にも衛星放送受信用のアンテナがあるわけではないが目立った

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ここも水場は使えない

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震源地はゴルカ地方(マグニチュード7.8)だが、震源に近いここの山間部の集落では、遅々として復興は進んでいない。2015.5.12にはM7.3の余震があった。
ここからさらに西の近くの震源ゴルカ地方の山間部は、もっと被害が大きかったのではないだろうか。

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