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6さいのばらーど

  • 6さいのばらーど
    ゆーゆ(井上あずみさんの長女7歳): 「NHKみんなのうた」より

お奨めの1冊

  • 斉藤惇夫作・薮内正幸画: 冒険者たち(ガンバと15ひきの仲間)

2018年10月15日 (月)

似合わないが弾き語りライブへ

2018.10.12(金)

たまたまYouTubeで、チェルノブイリ原発事故のバンドゥーラの弾き語りを見てナターシャ・グジーを知った。ウクライナでこの事故に遭った女性(当時)の一人だ。
この弾き語りのライブ(2018.10.23)をぜひ見たいと思いチケットを購入した。ホールの所在地は葛飾区立石。東京でもなかなかディープなところだ。

ナターシャ・グジーのHP ☛ http://www.office-zirka.com/profile.htm

ライブの案内パンフ ☛ 「181014scan.pdf」をダウンロード

2018年10月 8日 (月)

連休を見晴茶屋で過ごした

2018.10.08(月)曇り

退院後はじめて山道を歩いてみた。特に不安定なことはなかった。リハビリウォークである。

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右から平塚の一部、茅ヶ崎、藤沢、江の島、鎌倉、逗子、葉山、三浦半島に至る湘南海岸がよく望めた。


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今回泊まったのは、OB,KT,SKの三氏と私の4人。7日は天気も良くハイカーで賑わった。

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朝食の麻婆なすと麻婆豆腐

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SKさんがストーブ用のマキ割りをしてくれた

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大倉高原山の家との間の広い尾根道で見かけた

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サルの腰かけ

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丹沢そば 前から一度寄りたいと思っていたお蕎麦屋さん

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もり蕎麦を食べた。8月に食べた川上蕎麦や奈川蕎麦よりは美味しいと思う。好き好きだと思う。断定的・独断的な評価は避けたい。

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帰路、ここで汗を流した。文庫本「新選組始末記」を持ち込んだ。幕末の混乱期、時代の仇花ともなった新選組の成立背景、多くの若者が、尊王攘夷も幕藩体制の志を胸に命を懸けた。新選組の血を血で洗ったその活動、そして幕府とともに滅んだ。
著者子母澤 寛の昭和3年の処女出版であった。読んでみてさすが新聞記者だっただけにその取材力には舌をまいた。

2018年10月 2日 (火)

台風24号の爪痕

和歌山に上陸した台風24号は、9月30日(日)夜から10月1日(月)未明にかけて松本から宮城、本州を縦断した。深夜に相当な風が吹きまくった。自宅前の公園では、老木の桜にカラスが巣を作っていたが、通りすぎた朝には、地べたにその巣が落ちていた。

本日朝、5時すぎに脳内出血の退院からまだ3日目(出血から16日目)ではあるが、クロスバイクで相南公園のラジオ体操に出かけた。

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前屈がうまくいかない
韓国出身の女性と話しをした。午前3時に起き1時間ほど体を動かしてからここに来ているという。別の鼻筋の通った女性は、最近頭が悪くなったといい近くの国立病院に検査にゆくという。87歳とのこと。明るく話すお婆さんとの会話は楽しい。

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台風の強風で枝が相当落ちてしまったようだ。

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この公園は雑木林でドングリがいっぱい落ちた

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園内で折れてしまった枝

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自宅前小公園の50年以上経過している桜の老木も2個所で結構な枝が強風で折れた

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金木犀はまだ咲き始めのためか花が落ちていない。香料っぽい匂いではあるが、秋の季節の匂いとして早い春の沈丁花の匂いとともに気に入っている。

2018年10月 1日 (月)

海老名にて 緊急入院そして退院 Ⅱ

入院期間は9月16日(日)から29日(土)までの足かけ2週間

入院病棟は西館5階で西側にある6人部屋、丹沢大山を正面にみる窓側のベッド

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高架は小田急線、その先には圏央道、正面の山は丹沢山塊。

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病院の周囲は、田んぼ。海老名駅は相模鉄道との乗り換え駅だが、40~50年前までは駅周辺には水田が広がっていた長閑なところだった。

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病院の駐車場

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9月23日、中秋の名月

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箱根の山々も眺められた。

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朝の丹沢大山

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入院病棟、リハビリ、救急などの棟の玄関

2018年9月30日 (日)

NHK人気番組 「チコちゃんに叱られる」

2018.9.29(土)台風接近 曇り→小雨→雨

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NHK番組では、特番ドキュメンタリーのほか、「ブラタモリ」、「鶴瓶の家族に乾杯」とともに好きな番組のひとつがこの 「チコちゃんに叱られる」。しょうもないお笑いのバラエティではない。テーマへの取り組みがNHKらしくとても真面目なのである。そして叱るときの「ボーッと生きてんじゃねーよ!」、このフレーズと画像がいい。孫はこのフレーズをさっそく真似てしまった。「このハゲー!」以来である。

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日常の素朴な疑問を問うことが多く、これが意外と答えるのがむずかしい。

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答えに窮した回答者をしかりつけるシーンが2~3回ある。これが楽しみ

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「ボーッと生きてんじゃねーよ!」

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この人形の表情変化がいい。見ながら画像づくりはどうなっているんだろうと裏を考えてしまう。

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チコちゃん、好きな食べ物はなぁ~に?

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実は番組につくり込むのが、大変なようだ。最終的には実写の上に目や口など動きのある頭の人形画像をはめ込んで合成する。

身近なところに何げなくある?を面白く取り上げてほしいと思っている。民放にはない知的なバラエティ番組を期待している。

2018年9月29日 (土)

海老名にて、緊急入院そして退院 Ⅰ

2018.09.29(土)曇りのち小雨、台風24号接近

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これは退院のときに撮った。この病院(海老名総合病院)には24時間、救急車がひっきりなしに救急患者が運び込まれている。

●いつ・・・9月16日(日曜)、午後1時くらい

●どこで・・・海老名市のクライミングジム「Ledge レッジ」にて

●だれが・・・私本人、一緒だったのは、同じ山の会のYDさん

●どのように・・・アップ後、5・10aの被り系に取り付くも2ピンを取ってから、体を引き上げるもとても重く感じて、いったん体勢を整えようと降りたところ

●どうした①・・・まともに直立できない歩こうにも全く安定せず、ギッタンバッコン、歩くどころではない。パワー自体の衰えは感じない。痛くも痒くもない。

●どうした②・・・ジムの受付に行き相談した。そのとき私は大ごととは思わなかった。冷静なYDさんの勧めで119番通報をすることになった。

●どうなった①・・・サイレンを鳴らした救急車(生まれて初めて乗った)で、YDさんが同乗して近くにある地域医療の基幹病院である海老名総合病院に搬送された。(13:45あたり
医師の指示により自宅に連絡して連れ合いに来るように電話した。

●どうなった②・・・対応した医師の問診のあと、直ちに検査となった。MRI→X線→CT画像診断
約1時間後の午後3時には妻とともに画像を見ながら医師より診断の説明を受けた。そして直ちに5階の脳神経外科病棟に緊急入院となった。

どうなった③・・・診断の結果は、CT画像により頭部中央やや左の被殻部位(運動関与部位)に脳内出血を認めた。小出血であった。このため右半身に症状がでた。後遺症はリハビリをしても残る部位がでると宣告された。

●治療は・・・最初の2日間は安

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一般的な点滴(ぶどう糖ほか)とともに血圧降下剤入りの二つの点滴を受けた。

食事は最初の2食は抜き、それからお粥を2日間食べた。トイレや2日目からのリハビリやトイレなどは付き添い付きで車椅子移動、夜間の排尿はナースコールをするように言われたが、尿瓶を利用した。勝手にベッドから離れることを禁じられた。2日目のCT検査で出血が止まっていることを確認。あとは錠剤で血圧をコントロールのうえ、発症からの急性期(1週間)をリハビリととも過ごした。脳神経外科の医師は4名で毎朝2~3名で確認に来ていた。
幸い、頭の回路や会話への影響は避けられた。

●そして退院・・・さらに1週間をリハビリで過ごした。理学療法士を中心に作業療法士言語視覚士の3名が毎日親身になって担当してくれた。2週間の入院は症状のモニタリング以外はリハビリと血圧管理がすべてであったような気がする。足のしびれはなくなったが、右手のしびれは残った。そしてぎこちないが、なんとか歩けるようになった。病院のリハビリ部門の有難さが骨にしみた。担当の方には頭が下がる思いがした。

14日目には退院となった。あとは自助努力で現場復帰?しなければならない。

〇思い当たるふし・・・考えてみれば確かにあった。

2018年9月11日 (火)

町田郊外

2018.09.11(火)曇り、Tシャツではやや寒く感じた

昨日は夕方、サービスデー@1080のストーンマジックに行った。脂肪が増え筋肉量が落ちた感じがする。体の引き上げがとても苦しい。こりゃ何とかせんといかん。

自転車でアップダウンのある町田郊外の野津田公園から自由民権資料センター、玉川学園駅付近を回り、町田駅経由で帰宅した。

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通りがけにある薬師池公園は素通りして、野津田公園北ゲートを目指した。丘陵地にある緑豊かな公園だ。里山&山林の中にある。運動施設を備えたスポーツ公園でもある。

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入口には古民家が移築してある。これが一つめの狙いだったが、開放は週末と祭日限定だった。

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村野常右衛門生家・・・江戸時代末の創建とされる

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二つ目の立ち寄り先は、自由民権資料館。

 町田の自由民権運動・・・三多摩は1893年(明治26)まで神奈川県に属していました。神奈川県は武蔵国6郡と相模国9郡からなり、民権運動は当初、武蔵と相模に分かれていました。
 ただ、石坂昌孝や青木正太郎など町田市域の民権家たちは両地域を結び付けることに熱心でした。市域は武蔵では辺境に位置しますが、相模との国境に接し県下の平野部でほぼ中央に位置していたからなのでしょう。<武蔵の辺境>を<武相自由民権運動の中心>にしてしまうエネルギーにあふれていたのです。
 活気に満ちた市域はまた、多くの青年民権家を生みました。石阪公歴や若林美之助、若林高之亮、村野常右衛門などです。青年時代に民権の洗礼を受けた若者たちの生涯は、それぞれのドラマを持っていて魅力的です。文学者北村透谷が、革命運動にのめり込み石阪昌孝の長女、美那との恋愛に心を焦がしたのもこれら青年民権家たちとの交流のなかでのことでした。(資料館のパンフより)


武相の民権/町田の民権をテーマに常設展を見ることができる。

ここの閲覧室で何冊か読書させてもらった。

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薬師台を経由してアップダウンの道を行く。午後1時すぎのランチは、山仲間のお店、玉川学園のHutteでいただいた。ご主人が和食を専門としているため、和食メニューを選択。美味しい。

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町田は八王子と横浜の中間に位置して交通の要衝とだけでなく、一大商業都市でもある。古い商店がいまも残っている。西の渋谷、西の秋葉原、西の歌舞伎町など揶揄されるときがある。高校大学なども多く田園都市的側面も併せ持つ。

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駅の南側にはこんなお店もある。

2018年9月 9日 (日)

三つ峠でトレーニング

2018.09.09(日)

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左から観音ルートⅤ-★★、真ん中はさあてこれから5.8★★、右が地蔵ルートⅤ-★★

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最後はアブミA1の体験

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夕方には雲も取れた。昼までは風が強かった。

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左上がアンテナの立つ三つ峠山の頂、右が岩登りゲレンデとなっている屏風岩上半部。

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実の形状からみるとマムシ草だと思う。ただし茎に紫褐色のまだら模様が現れていない。毒性があり漢方薬にもなるという。これは同じ仲間のムサシアブミか?

2018年9月 8日 (土)

見晴茶屋で一泊

2018.09.08(土)

夏は暑かったので遠慮していたが、2ヵ月ぶりに泊りに金曜の夕方から出かけてみた。

盛夏は過ぎて涼しく泊まれた。

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登山道は先の台風の影響で折れた枯れ木が転がっていた。

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昨年11月に閉鎖された秦野市の大倉高原やまのいえ。まだ取り壊されていないが荷物入れのテントが建物前とキャンプ場に残されている。前管理人のNMさんは退去を巡って裁判に持ち込んで敗訴したらしい。

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小屋前から秦野市街方向と湘南側は大磯の丘陵。標高600mだが夜景もいい。

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久しぶり、2ヵ月にここに泊まりたくなって見晴茶屋に入った。

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土曜、小屋前から大磯の高麗山の丘陵地方向

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午後網戸にお腹の大きいカマキリが張り付いた。お腹には卵がいっぱい詰まっていることと思う。午後2時にはお泊りの3人(OB・KT・MY)が上がってきた。交代して下りた。

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大倉からの帰途、稲穂がたわわに垂れる様子をショット。刈り入れ近し、しっかり実っている。

2018年9月 4日 (火)

相模大野の居酒屋 磯にて

2018.09.04(火) 

台風襲来、夕方相模大野駅前デッキの上は強風が吹きまくった。小田急線も一時停止

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淵野辺のJAXAに西宮から出張してきたN川さん。この日関西で台風上陸で新幹線で帰れなくなったため、もう一晩町田に泊まることになったという。
近隣にお住いのK取さんと私。当然山関係の話題で盛り上がる。

ここのお店は、大野銀座にある。海鮮居酒屋でいつも満席だが台風のため、空いていた。手ごろな値段で新鮮なお造りなど楽しめる。相模大野でおススメのお店の一つだと思う。

2018年9月 1日 (土)

薬師池公園と大賀ハスの開花

2018.09.01(土)曇り午後、一時にわか雨

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この公園に面したお宅が羨ましい。見ごろは7月中旬から8月中旬での早朝から昼まで。昼には閉じてしまうとのこと。

何回か来ている薬師池公園、多摩丘陵南端の尾根や小さな谷を利用した起伏に富み、緑豊かな町田市立の公園でここには蓮池があって、株分けされた大賀ハスが、毎年夏に大きな桃色の花が咲く。ようやく今回みることができた。
大阪の服部緑地の池でも開花をみたことがあるが、まったく小さな花だった。ここのは花も葉っぱも大きかった。

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NIKON  COOLPIX AW100

1951年に千葉県検見川の落合遺跡の発掘で古代ハスの実3個を発掘し、そのうちの1個の発芽に成功した大賀ハス。円林寺(相原町)と個人宅(大蔵町)に株分けし、それをさらに株分けしたものが薬師池公園に定植されたという。

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極楽浄土の気分

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近隣の小野路にあった多摩の農村家屋をここに移築。17世紀後半の建築物とみられる国指定の重文。
床には板は貼られず、竹を組んでいる。冬はとても寒いと思う。

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こちらは江戸期末期に医院兼住宅として建てられた旧荻野家住宅をここに移築復元されている。

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欄間に注目、細かい障子の格子にも注目。農家の住宅とは異なり、家の格を感じさせる。

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二つの古民家を見学したのち、公園内でモルモン教(末日聖徒イエス・キリスト教会)の二人の青年に出会った。布教活動をしているという。年齢は二人とも二十歳で一人はラスベガス出身の宣教師とのこと。2年の活動を終え、アメリカに帰国して大学に行くと言っていた。もう一方はシカゴ出身でボランティアできていると話していた。所属は町田市内にある教会とのこと。お酒もコーヒーもお茶もペケのその宗教の内容は詳しくは知らないが、とても純な感じの好青年だった。

以下は、公園HPから抜粋の花暦、公園の周囲には牡丹園、ダリア園、エビネ苑などもある。

【花ごよみ】
うめ2月下旬から3月下旬 白175本、紅75本 野梅性・紅梅性・豊後性
さくら4月上旬から4月下旬 ソメイヨシノ、シダレザクラ、ヤマザクラ、サトザクラ、ヒカンザクラ
ふじ4月下旬から5月上旬 出島の大藤棚がみもの-3尺藤、6尺藤
花しょうぶ5月下旬から6月下旬 2,200株(肥後系62種、伊勢系19種、江戸系82種、ほか12種)
大賀ハス7月下旬から8月 大賀博士が発掘した2,000余年前のハス
椿9月から5月 見頃 3月から5月 約1,100本-410種
紅葉 雑木林、モミジ、ニシキギ、サクラ、など

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JR町田駅南側、鹿島神社の祭礼

2018年8月31日 (金)

近所の朝

2018.08.31(金)

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たまたまここのご主人に会うことができた。

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西大沼地区自治会建物の隣にて、ラジオ体操をする約30名の小学生。

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最終日ということで、参加賞をもらう子どもたち。ノートと消しゴムだという。

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木漏れ日の森の中央広場

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とても涼しい

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これは自宅の百日紅、長く咲いてくれている。

2018年8月27日 (月)

飛騨、信州・木曽から伊那、甲州へ

2018.08.26(日)晴~快晴

平湯野営場に連泊するつもりだったが、家族の反対でここは撤収することになった。とりあえず甲府まで行こうということになった。

平湯から安房峠を経由して道の駅風穴の里で休みスイカを食べた。奈川渡ダムから木曽薮原方面に入った。木祖村でソバを食べた。

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県道26号から1486mの境峠を越え、木曽谷に下りた。

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木曽川にでて権兵衛トンネルから伊那市に移動した。もうすぐ稲刈りとなる。正面左には、甲斐駒ヶ岳、その右には大きな仙丈ヶ岳が遠望できた。

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ここは天竜川右岸の段丘の上にあるアパート。南アルプスも中央アルプスも眺めることができた。実は学生時分に2年間ここで暮らした。隣には県立の伊那弥生が丘高校があり当時は女子高であった。
この建物はあれから45年以上経過しているのにすっかりリフォームされ、古さは全く感じなかった。窓はアルミサッシに替えられ、トタン屋根も立派な屋根になって外壁もすっかり塗り直されている。ボットン便所の臭気ダクトが入居当時のままなのでリフォームされたことは間違いない。2階右から2つ目の区画で暮らした。

伊那市内を車で廻ってみたが、随分と変わっていた。

ここから高遠に行くことにした。ここは平成の大合併で伊那市高遠町となっていた。
江戸時代の絵島生島事件の真相に興味があったからだ。高遠町歴史博物館に立ち寄った。

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復元された絵島の囲み屋敷を見学

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八畳の間で61歳で逝く春とともに没するまでの28年間、高遠城の南東長谷を経て高遠に遠流(死ぬまで)された。

絵島は宝永元年(1704年)六代将軍家宣の側室である月光院に女中として仕えることになった。絵島は容貌が美しく同僚にも慕われ月光院の信頼も厚く出世して大年寄となった。

ここの会館売店で北条元那著「絵島 事件はこうして起こった」を購入した。
(注)江戸城大奥に渦巻く陰謀と確執、側用人間部詮房追い落としを策する老中、天英院の嫉妬、そして絵島は狙われた。元禄正徳期、世は太平を謳い絢爛豪華な町人文化が華開くなか、江戸城内に突如起こった大疑獄絵島事件、その包囲網の背景を探る(帯より)

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杖突付峠(1247m)展望台からの八ヶ岳連峰

諏訪盆地と伊那谷の分水界となる峠だ。江戸時代には高遠藩や飯田藩の参勤交代路であった。

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展望台の眼下には諏訪湖

渋滞30キロということで、甲府のカイセンに泊まった。有料の貸し部屋を確保できた。
翌日の8/27昼前に帰宅した。走行距離は550㎞だった。

2018年8月25日 (土)

平湯キャンプ場

2018.08.25(土)晴時々曇り

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孫の夏休みの思い出づくりにと思って、標高1300mの涼しい平湯温泉に出かけた。

結果、アウトドアライフとは無縁の生活で育ってきたためか、地べたに寝るキャンプはいやだというため、テントは持参していたがバンガローに泊まった。

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キャンプエリアは、車乗り入れ可で林間にある。

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借りたキャビンは広いロフト付きで定員8名。なかなか清潔でよい。

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温泉は「ひらゆの森」へ徒歩7~8分。広い開放的な露天風呂がいい。インドネシアからの建築関係の明るい19歳の研修生らと話ができた。

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キャンプ場への道、キノコの群生を見つけた。

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子育ての責任は当然のことだが親にある。それでも言いたくなるときがある。

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夕食は前日にライフで買った牛肉で焼き肉

夜部屋で蛾などが入ってきて大騒ぎ。もう泊まりたくないと・・・、帰りたいと・・・。

2018年8月24日 (金)

登山関係セミナー

2018.08.24(木)

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講師は、ミウラ・ドルフィンズの体育学/Ph.D.の安藤真由子氏
安藤さんは鹿屋体育大学の山本正嘉さんのお弟子さん。
※2003年自転車競技ワールドカップ・オーストラリア大会に出場した。

みずなら山の会主催で横浜西口の県民センターで行われた。

〇登山中の悩みは?➡ヒザ、息切れ、筋肉痛☛下りの安定性が低下したと思う。☛息切れは同感☛全体として体力の低下は思っている以上だと思う。
〇体力の低下➡20歳を100としたら70歳はその20%、筋力とバランス力が低下する。
〇バランス能力を向上させるには?➡120秒閉眼の片足立ち、練習すればするほど伸ばせることができる。

安藤さん曰く、本番と同じくらいトレーニングに時間をかけろ!

2018年8月20日 (月)

廻り目平の帰途⑤・・・甲府盆地の♨カイセン

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24時間営業の温泉スーパー銭湯、お湯は石和温泉を引いている。24時間まで滞在可能。会員登録すると@1750円で利用できるし、誕生月無料、10回利用すると11回目は無料サービスが受けられる。山に行く前泊のときここを利用するとよい。アイスクライミングのシーズンにはここをベースにもしてもよい。
大駐車場には県外車がとても目立つ。それだけ知る人ぞ知る泊れる人気の温泉スーパー銭湯だ。20号バイパス沿いにある。
貸してくれる館内着をだらしなく着てとても寛げる。

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高級そうな磨かれた石がふんだんに使われている。運営する会社の本業はこういう石の加工販売のようだ。

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敷地は広く庭園も楽しめる。

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廻り目平や八ヶ岳、山梨県北部からの帰途に立ち寄るおススメのところ

①信州東部川上村(首都圏からみると秩父の裏側)の廻り目平からの帰途・・・おススメのところは、川上村役場にある森林組合が管理している信州川上犬の飼育舎がある。狼の血が混じっていると云われる野生たっぷりの目付きと体つきの川上犬を見てみよう。

②清里萌木の村の再建されたROCKのカレーを食べよう。バターの香りが口の中で漂う。おススメは比較的空いている冬期である。外気温によって値段が変化する。低いほど安くなる。もちろん氷点下である。いまも実施しているかは分からない。

③中央道長坂ICから近い動物画専門の薮内正幸美術館(サントリー白洲蒸留所・サントリー天然水南アルプス白洲工場敷地内?、ここの工場見学もいいと思う)がある。絵本や図書の挿絵が多数。なかでも私は岩波少年文庫の斎藤敦夫作、「冒険者たち(ガンバと15ひきの仲間)」の挿絵がストーリーにぴったしのタイミングで挿入されている。まるでそのシーンが瞼に浮かんでくるようだ。
近くには清春芸術村や大水害の記録を残した資料館がある。

④甲府盆地の名刹、夢窓国師が開創した信玄公の菩提寺乾徳山恵林寺

⑤佐久平&上州経由で帰るときは、何と云っても佐久市中込にある旧中込学校がおススメ。時代が激変した明治の時代、信州では松本の開智学校とともに見学することを勧めたい。

ほか、茅が岳山麓の明野町広域農道にある観光ひまわり畑も毎回立ち寄っている。 

2018年8月19日 (日)

廻り目平の帰途④・・・甲州 津金学校

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明治8年秋に落成。当時西洋建築を志向しながらも日本の建築技術で建てられた建築様式で、全国的には「擬洋風建築」と呼ばれる。山梨では近代化を奨励した若き県令、藤村紫朗の名にちなんで「藤村式」と呼ばれている。
総面積120坪、総費用1,662円余り(当時)で、村人がお金と労力を出し合い建てられた。

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1階左は喫茶室、右は資料館事務室

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2階に昭和30年代の教室が復元されている。

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2階北側展示室には、学校教材が並んでいる。学校給食のアルマイトの食器やスープやおかずなどを入れるバケツのようななべ、とても懐かしい。

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学校施設屋根上にチャペルを模した方形の塔、太鼓楼がある。鐘の代わりに和太鼓を吊りたたいて時を告げた。恐ろしく急な階段を登る。ここから眺めた摩利支天を従えた甲斐駒ヶ岳。
所在地:津金学校/山梨県北杜市須玉町下津金2963
URL. http://www.tsugane.jp/meiji/

廻り目平の帰途③・・・国立天文台 野辺山観測所

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ここでは宇宙からとどく電波をキャッチするアンテナ(電波望遠鏡)をいくつも設置して観測している。

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正面の直径45mの電波望遠鏡で手前左がすでに引退しているミリ波干渉計。

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毎年のことだが、今年8月25日(土)には観測所の特別公開がある。特別講演会や通常では公開していない施設の見学ができる。
天体望遠鏡で直接宇宙を覗くことはできないが、科学少年たちの期待は大きいと思う。ここには大きな夢がある。
近年、官営施設である観測所側も広報活動に積極的である。

廻り目平の帰途②・・・南牧村美術民族資料館

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正面ホール、右側が常設展示室で野辺山の厳しい環境下での開拓の歴史展示、遺跡出土品などこの地域のことが学べる。

左側ホールが季節により絵画等の展示を行っている。入館料@300
今回のタイトルは「具象VS抽象 いろいろな絵画」で8人の作家による出品、以下はその一部。

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鍋島正一さんの具象画①

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鍋島正一さんの具象画②

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青柳ナツエさんの出品絵画

廻り目平の帰途①・・・川上そば善慶庵

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以前は村のおばあちゃんがちょこっと座って、蕎麦を打っていた。何年か前に亡くなって味が変わったよと知り合いから聞かされていたので、しばらく寄ることはなかった。
メニューは並み(@800)と大盛り(@1000)のみ。あとはビールとお酒。

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まずでてくるのはこれ↑。

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お蕎麦の味はノーコメントとしておこう。

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廻り目平撤収

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2018年8月18日 (土)

廻り目平

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朝5時前に自宅を出た。7時半ころ、小海線野辺山駅付近を通過。道路上にある気温計は9℃を表示していた。川上村役場付近では10℃だった。
前回真夏用シュラフでは寒かったので、3シーズンのダウンシュラフを持参した。

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イングランドの皆さん、大広場でキャンプしていた。見たことのない変わったタイプのテントで設営していた。

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この夏、最後の晩となった。

2018年8月15日 (水)

小川山 廻り目平滞在日程 7/30-8/14

2018.07.30
自宅から廻り目平
前日の台風12号の影響が気になった。タープの支柱のペグが2本抜けていた。

2018.07.31
八幡沢スラブ状岩壁

2018.08.01
屋根岩Ⅱ峰南稜レモン

2018.08.02
八幡沢左岸スラブ

2018.08.03
妹岩・マラ岩

2018.08.04
山梨の岩場➡樫山

2018.08.05
兄岩

2018.08.06
休養日として、南相木村の滝見の湯に行った。

2018.08.07
台風13号に備えて、タープやテントの張り綱を点検・張り直しをしてペグの上に重い石を載せた。

2018.08.08
夜間から未明にかけて降雨、風を受けるも、音ほどではない。
前日より、間伐した生木を運び、ノコギリで切りマキとして積んだ。

2018.08.09
長期滞在の京都のHSさんから囲碁の手ほどきを受けた。

2018.08.10

2018.08.11
父岩
レスキューサポート

2018.08.12
兄岩

2018.08.13
大阪POPPOのメンバーら4人とわれわれ4人で八幡沢スラブ状岩壁へ、お昼すぎにに降雨あり。結構なにわか雨でクライミングは中止。

2018.08.14
キャンプ周辺整理、AKさんから松本平産スイカの差し入れあり。すぐ近くの流れで冷やした。
午後3時に出発して明野町のひまわり畑経由で帰途についた。

2018年8月14日 (火)

8/14 廻り目平から帰宅した

2018.8.14(火)

朝、HMさん到着、皆さん9時すぎにはそれぞれの岩場に向かった。私は廻り目平滞在16日目、いったん帰ることにした。タープ・テント周辺を整理、帰宅準備をした。週末にテント仕舞いにまた行く。今回は足掛け16日間滞在したことになる。涼しくてあっという間であった。

自宅から廻り目平へのルートは、一人のときは韮崎ICからは、右に曲がり明野町広域農道から増冨ラジウム温泉方向、信州峠を越えて川上村に入る。いまの時期は南アルプスや八ヶ岳をバックに明野町の観光ひまわり畑のひまわりを眺めるのが楽しみだ。

帰路は往路と同じ、時間があれば
20号バイパス沿いにある24時間温泉のカイセンに泊まるのがいい。

2018年8月 7日 (火)

2018/08/07 まだ廻り目平にいる

今日で9日め、昨晩、廻り目平らしい結構な降雨に見舞われた。
昨日は休養日としで南相木村の滝見の湯で過ごした。
台風に備えて撤収して甲府の24h温泉カイセンに逃げこむか、思案のしどころ。
天気は曇り、現在気温17.1℃、晴れていれば朝はぐんと下がる。いまダウンジャケットを着ている。膝下パンツでは寒い。

2018年7月30日 (月)

廻り目平へ・・・往路

2018.07.30(火)

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一人での車移動、韮崎ICから茅ヶ岳山麓の広域農道を走り、北杜市明野町の観光ひまわり畑を通過する。バックは南アルプス前衛の鳳凰三山。畑ごとに種まきの時期をづらすことにより開花の期間をうまく繋げて延ばし、観光客を呼び込んでいる。ここでは矮小化したひまわりの鉢を買うことができる。
確かは分からないが、中心地に元県農業試験場施設があり、経費的に立ち行かなくなったのか、いまは信玄餅の会社がハイジをテーマに観光施設として運営している。「アルプスの少女ハイジ」のアニメを全編視聴することができる。
ここではハイジの恰好をしたオバサンが従業員である。

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信州峠を越え川上村に入り、NANA'Sで食料などを買い込み、廻り目平に向かう途中、地域の婦人会などによりお花が植えられている。
ドイツの田舎で見られた光景がある。豊かになった象徴がこういった花壇だと思う。かつて貧しい山村だった川上村が、消費地の食生活の変化とともに今やレタスの大産地に変貌した。以前は山仕事、馬の繁殖で仔馬取りが主要な暮らしだったという。

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廻り目平行き

2018.07.30

朝出て昼には廻り目平に入る

2018年7月26日 (木)

横浜二俣川にて

2018.07.26(木)曇り

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①この日、午前中は横浜市二俣川の日赤ライトセンターに行った。目の不自由な方たちの支援活動を神奈川県から日本赤十字が受託しているようだ。ここは一大拠点だと思う。

今回は子どもたちの水泳講習会のお手伝い(ボランティア)で、受講生は小学生低学年を中心に高校生まで。
コーチの女性はなかなかアグレッシブに教えていた。一律ではなく子どもごとにキメ細かい対応をしていた。時には頭をグイっと水面に押し付けることもあった。そういうプロのコーチであった。
一生懸命に取り組む子どもたちの姿に接して、私自身心が洗われる貴重な思いをした。純な可愛い子どもたちだった。

②午後からは、ここ二俣川にある神奈川県警の運転免許センターに免許更新の手続きに行った。

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センターの施設が一新されていた。受付から受領まで1時間余りであった。心配していた視力検査は、前回と異なり白内障治療のおかげで何ら問題なく済ませることができた。

業務の主管が県警(お上)だからか、この手続きが県民に対するサービス業務であるという印象に乏しい。私は民間育ちのためか、一連の流れをみて運営コストを低減させる余地が大きいと思ってならない。高額の業務システムを導入したはずだ。それとも中途半端だったか。

2018年7月25日 (水)

友人と富士山へ

2018.07.25(水)高曇り 暑い

昨年は7/22-23に西北ネパールでの登山の高所順応の一環としてMt.FUJIに行った。週末だったため早朝、静岡県のジャンパーを着たALSOKアルソックの警備員が富士宮口、御殿場口の頂上で交通整理?をしていた。それほど大混雑していた。
2回目は10/1に10/16に出発するアンナプルナ内院トレッキングのメンバーと富士宮口から御殿場口・宝永山分岐から富士宮口を歩いた。

今回は琵琶湖の湖西に暮らす学生時代の仲間から声が掛かり、行くことになった。関西に暮らす友人にとって富士山は特別の思いを抱いているようだ。生きている間に一度は登りたいと・・・。農作業の日程を調整し、7/24-25の平日とし頂上に泊まりゆったり行程を組んだ。

昨年と比べて驚いたことは、外国人が非常に増えたということ。USA、欧州系だけでなく、中国だけでなく、アジア系が目立った。Where do you from? とできるだけ声をかけることにしている。頂上小屋で同室したのは、コロラドからのファミリー、韓国の方らだった。

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この女性とは頂上小屋までご一緒した。豪州出身でいまはサンディエゴに暮らす。年齢不詳、単身で来た。

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九合五勺小屋より

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頂上剣が峰、日の出前。気温は5℃、風が強くとても寒く感じた。

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早朝4時50分、陽は上がった。

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お鉢巡りして、爆裂火口の向うに剣ヶ峰の旧気象庁測候所を眺めた。

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ここに泊まった。富士宮ルート頂上の頂上富士館、寝床は8帖に12名というところか。

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浅間神社奥宮、初めて入ってみた。内部はキンキラキンであった。

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台湾の若い人たち、とてもフレンドリーな皆さんでした。この後、パキスタンの男性・フィリピンの女性・日本人の女性の3人パーティ、いずれも若い方たちで休憩時に言葉を交わした。
香港から来た若い人らは、決してチャイナとは答えなかった。そういえば屋久島のユースホステルで一緒になったイギリスから来た若い女性は、出身はイングランドに拘っていた。

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ここは静かな宝永山のピーク。江戸時代に大噴火したところだ。

帰路、御体内温泉に立ち寄り汗を流し、気分良く東名高速☛圏央道から帰宅した。

琵琶湖の湖西に暮らす友人は、長年憧れていたMt. FUJIにサミットできて、とても満足してくれた。旧交も温めることができた。

2018年7月22日 (日)

ネパール+インドで出会った子どもたち

2018.07.22(日) 晴 暑い

海外登山に出掛けると膨大な写真が残る。1か月を越えるような場合、1000枚から多い時で3000枚くらいか。整理にとても手数がかかる。

①2016.12.03~06
登山を終え、一人カトマンズに残り、2015.4の大地震M7.8の震源地に近いエリアの山村を廻ってみた。
私が初めてのネパールトレッキング(私一人で彼と彼のおじさんでポーターをしてくれたダナンの3人)でランタン渓谷をガイドしてくれたピタンバル・グルン君と23年ぶりに再会した。一般のトレッカーとしてではなく、ネパールの農村を内側から眺める小旅行をセッティングしてくれた。偶然結婚式やお葬式にも出会ったりした。彼と親せきの学生と3人で歩いた。

Galchhi ⇒ Suntar ⇒ Kalleri ⇒SnaulaBazar ⇒Patle ⇒DhadingBesi

2016.12.03

カトマンズからポカラへの幹線道路で50キロくらいか、Galchhiまで車で行き、そこから徒歩で丘陵地のSuntarの部落まで行った。標高1300mくらいだろうか。たまたま小学校の教員同士の結婚式に出会った。長時間の式と披露宴が新郎実家の庭で行われていた。

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とても盛大でしかもエンドレス。遠方からも徒歩でやってくる。村の一大イべントである。新郎の妹さんに焼酎ロキシーをしこたま飲まされた。中央に座っているのが新郎新婦

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子どもたちにとってはお祭りと同じで大喜びである。

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お母さんがお化粧をしてくれたのだと思う

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前歯が抜けているところを見るとこの子は6~7歳であろうか

翌々日も丘陵地を歩く

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遠望できたのは、これから訪れるスナウラ・バザールの集落。さらに左上奥に見えたのはマナスルManaslu 8125mだ。
1956年、国策登山隊ともいえる日本山岳会第三次マナスル登山隊により初めて登られた日本人初の8000m峰だ。登頂記念の記念切手が発行されたことを憶えている。昭和のあの時代は記念切手がよく売り出されたものだ。切手収集もした。

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雑穀であるヒエとのこと、これは焼酎ロキシーの原料にもなる。 ここの農地は山地で決して豊かな土壌ではない。左上の小さな建物にはヒンドゥーの神様が祭ってある。貧しい土壌であるだけに家畜の糞が重要な役割をする。山羊、牛、鶏など。

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メインストリートで遊んでいた子どもたちの一人、4~5歳くらいだろうか。ここで昼食の焼きそば(チョウメン)食べさせてくれたお店の若い奥さんの女の子だ。
梅味の塩飴をあげたのだが、気に入らなかったらしくパッケージを踏んづけていた。

この写真は自宅、デスクトップパソコンの壁紙として立ち上げ画面に設定している。

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一緒に遊んでいた男の子、とてもハンサムな子だ。車の玩具を持っていた。

ここら一帯の山地低部の丘陵地に暮らす人々はインド・ヨーロッパ語系のパルバテヒンドゥーといわれる。その昔、イスラム教徒に追われインドからヒマラヤの山裾に沿い東に移動してきた民族だ。顔立ちはインド・アーリア系ではっきりしている。

ここから1日かけて北に向かうとチベット・ビルマ語系・チベット仏教系のグルン族の村、Patleだ。ここではお葬式に出会った。

ネパールの人口は四方八方から様々な文化・言語をもって入り込んだ民族によって構成されている。複合多民族国家といわれる所以である。東と西のまったく異なる言語系統の接点にある。民族の垂直分布にも特徴があり宗教(カースト社会)とも絡めて、単一民族の私たちにはとても分かり難いものがある。

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なぜか参列することになった。通夜の読経は一晩中続いた。麓の町のお寺から僧侶ら5名がやってきていた。喪主はこの村の若きリーダー。

【追記】

これは初めてインドヒマラヤに行った時、基地となったインド北部のリゾート、マナリで見かけた女の子。(2010.08)

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この子はザンスカール、レルー谷入口(標高4000m)、レルー村の小中学校(ドイツ人の寄付で設立)を訪問した際に出会った。下級生の面倒をみていたお姉さん役、といっても小学校高学年。遠方の子どもは2段ベッドの寮住まい。6-7歳の小さな子は痛々しくみえた。母親の傍にいたいだろうに・・・。しかし冬休みはとんでもなく長い。帰省できる。
たまたま私たち3人の登山隊のサーダー役だった若者が、ここの学校の若い教師と知り合いだったため校内を案内してくれた。開校00年記念とかでアニバーサリー行事の練習をしていた。太鼓に合わせた集団演技やローカルダンスなど、早いテンポの流行のダンスも。教師から厳しい叱責が飛んでいた。

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北インドの最深部ともいえるザンスカールでの登山を終えて、インド北部ラダックの首都レーで泊まったホテル経営者のお子さんたち。経営者はチベッタンと聞いたが、交雑がすすんだのだろう。この子どもは色白でチベッタンには見えなかった。原住のアーリア系ダルト族とのラダッキか、とにかく交雑する民族は複雑だ。私たちには分からない。
レー近くの国境地帯では実効支配がすすむ中国軍との厳しい対峙があり、郊外に大きなインド軍の基地があった。デリーに戻るレーの空港は軍隊の管理で検査はとても厳しかった。
(2011.08)

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