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6さいのばらーど

  • 6さいのばらーど
    ゆーゆ(井上あずみさんの長女7歳): 「NHKみんなのうた」より

お奨めの1冊

  • 斉藤惇夫作・薮内正幸画: 冒険者たち(ガンバと15ひきの仲間)

2017年4月24日 (月)

牡丹の開花

2017.04.24(月)曇り

昨日の午後、開花の確認をした。今朝、見事に咲いていた。

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花木の女王として昔より親しまれ、中国原産で大輪の艶やかな花を咲かせる。深紅のものなどは、楊貴のような妖艶な中国美人を連想させる。牡丹はさしたる香りもないが、花びらは三倍酢で食用になるそうだ。まだ食べたことはない。
私は自宅の小庭に咲くこのうすピンクの牡丹が清楚な感じがして気に入っている。

2017年4月23日 (日)

牡丹と芍薬のつぼみ

2017.04.23(日)快晴

 先週西伊豆、海金剛のクライミングで長時間にわたり寒い北西風を受け体を冷やしてしまい、この1週間体調不良が続いたため、本日の予定、甲州兜岩を取りやめた。引っかかる咳が続くのと鼻水が止まらない。

 例年とおり小庭の牡丹の蕾が膨らんだ。楽しみである。夕方には開花の確認ができた。うすピンクの花びらである。昨年末に寒肥を施していなかったので心配であった。遅れて開花予定の芍薬は派手な深紅の花。これも楽しみである。それぞれ3個の蕾を付けていた。

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 昨日の土曜は、孫娘のリードで我が家の大掃除を行なった。通い始めた小学校のクラスで行事があったのだと思う。その再現を家庭で行ったのだと思う。担任先生のマネをしたのだと思う。子供の成長はモノマネの積み重ねだと思う。積極的な行動はよいことだ。
 午前10時に家族を集め、椅子の上に立ち上がり、メモをもとに実施要領の説明を始めた。
リーダーは家の中をピカピカにする係であることを宣言し、関係者に役割分担の説明を行った。
①ジジ 階段の掃除と水拭き、ジジ専用の2Fトイレの掃除、ジジの部屋の掃除、②ババ 台所の整理整頓と掃除、孫の部屋の掃除(なぜ自分でやらないのか、みんなで笑ってしまった)、③ママ 1Fのトイレと部屋の掃除、4.本人 浴室の掃除と食事テーブルの整理整頓など。
 昼前には終了したが、途中各担当の仕事ぶりの監督にもまわり、ジジにはサボるなと叱責が飛んだ。孫はよくやったと褒めて彼女の貯金箱にいれるよう100円硬貨を渡した。
 夕食は希望により豪華食材を用いたたこ焼きとなった。材料はタコや粉のほか、山芋、天かす、紅ショウガ、青のり、青ネギ、ダシ粉、

 来月の大掃除は5/3と5/21に実施するとリーダーの孫が宣言した。

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 このたこ焼き器はカセットガスを用いるイワタニ製で優れモノ。5年まえに大阪ミナミで油引き、長めの竹串などを本体とともに税込み\5,150で買ったもの。当時単身赴任の大阪から新幹線で帰宅時に運んだが、いまではこちらのホームセンターでも陳列されている。
 夏の小川山廻り目平のキャンプ場でも活躍した。

2017年4月20日 (木)

多摩川を走る

2017.04.20(木)快晴

 多摩川沿いはアップダウンがほとんどなく自転車は走りやすい。多摩川まで246号や小田急沿いは走りにくいので駐車できるところを捜したところ、溝の口と登戸の間に見つけた。宇奈根駐車場だ。週末や祭日以外は無料とのことだった。ここにクルマを置いてチャリを降ろした。溝の口とガス橋の間の河原には河川のゴルフ場以外には公共の駐車場はなかった。
 車で運転しながら見るのと自転車でみるロケーションは、スピードのせいか異なる。チャリのほうがよい。コースは宇奈根駐車場から多摩川右岸を南下してガス橋を渡り、左岸の都内側を遡り等々力渓谷に寄ってから二子玉川にでて二子橋を渡り、宇奈根に戻った。
 次回は六郷、羽田まで、次々回は羽村あたりまでを考えてみたい。

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宇奈根駐車場をでて土手を二子橋方面へ向かう。土手も河原もよく整備されている。

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二子橋をくぐり丸子橋に向かう。対岸は二子玉川のタワーマンション群、その敷地は東急グループの遊園地旧二子玉川園だった。

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川崎市の等々力付近では、数は多くないが八重桜並木が満開

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手前の橋が東急東横線の橋、その先が中原街道の丸子橋。土手のこの構築物に見覚えがある。

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対岸は大田区鵜木地区のマンション群など。河原では幼稚園か保育園の遠足だろうか。

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ガス橋上から六郷羽田方向の下流をみる

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大田区側にあった多摩川の案内板

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対岸は川崎側の武蔵小杉地区の高層ビル群、かつてそこには東横線沿いにNECの工場が稼働していた。

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ガス橋~丸子橋間の土手はよく整備されている

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東京高校のグランド 
ガス橋側では日体荏原高校の野球部が練習していた。その上流側には東京実業高校のグランドもあった。
小学6年生のころ、自転車でグランドを求めてここまで野球の練習に来たことがある。

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丸子橋から二子橋の間は、自転車走行には条件が良くない。このグランドはかつて読売ジャイアンツのグランドだった。60年くらい前、長嶋選手、王選手らがグランドの外に出てランニングした時にその場にいた。一緒にくっついてファンとともに走ったことを覚えている。

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これは世田谷区玉堤あたりの丸子川で、国分寺崖線に沿って流れている。左岸側は大体崖っぽくなっている。かつてはここはドブ川だったと思う。いまは悪臭もしないし透明な水が流れている。60年まえには丸子あたりはザリガニが捕れた。近所の子供たちとよく行ったものだ。。
※左岸というのは川下に向かって左側のことを指す。
※丸子川の水源は仙川あたりで、湧水を集めて二子付近で多摩川と並行して流れ、最後は亀甲山の公園下あたりで多摩川に合流し放流される。

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いまではシャレた住宅が並んでいる。

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いったん環8通りまで上がり、等々力渓谷に立ち寄った。

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ここは雑木林がの広がる別天地

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上流をみる。 この矢沢川は世田谷区の桜丘、用賀あたりを水源とする小さな川

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下流の歩道をみる

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和風庭園エリアがあった。

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時間がなく入口の竹林をみて出た

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新しい二子玉川マンション群の南側エリアには公園ができていた。かつて遊園地や明大プールがあったところだ。この公園ではなぜか多くの中国系の人たちを見かけた。

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正面が上野毛駅方向で、右端に駅に向かう稲荷坂が見えた。50年ほど前には稲荷坂途中の左側に小林旭と結婚した美空ひばりのひばり御殿があった。

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2017年4月19日 (水)

相模緑道の漏れ日の森

2017.04.19(水)

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中央広場

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しだれの桜がまだ咲いていた

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あっという間に新緑となった。夏にこの林に入ると涼しい。6月ころにはカッコーもくる。

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相模緑道に植えられていた「ベニバナトキワマンサク」の開花。うちにも2本あるのだが、最近咲かなくなってしまった。

2017年4月18日 (火)

町田の薬師池公園

2017.04.18(火)天気急回復、晴れのち曇り

日本の歴史公園100選に数えられている公園だそうで、チャリで行ってみた。
桜が終わって一段落、次はGWと6月の花ショウブの時に入園者で賑わうことと思う。

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東京都指定名勝文化財 福王寺旧園地(薬師池公園)

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薬師池公園の由来は、ここの福王寺薬師堂(野津田薬師)のほとりの池という意味。
高野山真言宗華厳院は、天平年間(729~749)行基の開基といわれる寺院で、室町時代末に荒廃しているのを1576年に僧興満が再興して福王子薬師堂と称した。現在の野津田薬師堂は、福王寺薬師堂のことで1883年に再建された。
薬師堂の本尊である木造薬師如来坐像は、欅一本造り。御本尊様は秘佛で12年に一度、寅年の4月上旬から5月上旬の一月間だけ扉が開かれ拝観できるそうです。

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毎年6月中旬に開花する花菖蒲園

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ここにある花ショウブは約180品種、2200株


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旧荻野住宅 東京都指定有形文化財 
茅拭き寄棟入母屋造り。幕末期の建築で農村部の医家の住宅でここに移築復元された。昨年2月までに1年かけて修復作業が行われた。

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改修工事が完了、欄間に注目

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障子に注目
中には上がれないが、見事に修復されたと思う。

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園内のツバキエリアの雑木林


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山側の歩道から見下ろした旧永井家

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旧永井家住宅 国指定重要有形文化財
園の北方3.3㌔にあったこの農家の住宅は、多摩ニュータウン開発のため解体されこの公園に移築された。
広間型三間取りで17世紀末ごろの建築と推定されている。

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旧永井家住宅の内部、土間から囲炉裏の間

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ハス田 7月下旬に開花する蓮田、3,000㎡

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公園の蓮田に面した羨ましいお宅

近くにある町田ぼたん園は4/15から開園している。多摩丘陵の南はずれに位置するこの辺りは、起伏が激しく緑濃い里山風景が残るのどかなところである。

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恩田川から知り合いのお店で食事しようと玉川学園駅に向かったが、女性で満席のため諦めて町田方面にこいだ。南大谷に三和があったので、ここでビールと総菜を買い込み、恩田川沿いの休憩スペースで休んだ。

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南大谷の恩田川脇にあった八重桜

2017年4月15日 (土)

モミソ岩で岩レスキュートレーニング

2017.04.15(土)晴れ

山の会の定期岩レスキュー訓練に参加した。会員さんの関心が高く参加率が高いのは結構だと思う。ここでは、完結レスキューではなく、いち早く医療機関に搬送することを目的として、安定したところまで降ろすなり、公的機関の救急に移管することまでが現実的。訓練を通じて事故を起こしてはいけないという気持ちの涵養と起きてしまったときの対処が定期訓練の目的だ。

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お昼には、UEさんにより具だくさんの味噌汁が用意された。北陸出身の方なので味は薄口で結構。
シイタケ、エノキ、豆腐、揚げ、そして厚木市の自宅菜園で採れたという三つ葉が添えられた。お替わりOK。

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セカンドが落石などで負傷して動けなくなり、トップが確認に下降し、キャッチし安定したところまで降ろすケース。

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トップが落ちて負傷したため、セカンドがレスキューに向かうケース。セカンドが登り返しトップをキャッチして安定したところまでラッペルで下降するケース。

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これはKTさんに2年前にも紹介してもらったザックを利用した背負い方法。被レスキュー者(怪我人)のハーネスのレッグループににヌンチャクを2本装着する。次にこれを交差させザックの左右の背負いに装着させる(できるだけ上に重心が行くようにするのがポイント)。これでセットはOK.。立ち上がるには少々力がいる。ハーネスを装着しているときの背負い搬送としては最も簡便で早いと思う。

今回確保支点での固定分散が紹介された。長めのスリング.を用いて解きやすいグローブヒッチを使った。いままでアイスなどで解きにくいオーバーハンドノットを使っていた。なぜかグローブヒッチは思い浮かばなかった。

2017年4月14日 (金)

城ケ崎あかねの浜

2017.04.14(金)快晴 午後から風強まる


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あかねの浜

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某企業の伊豆迎賓館

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あかねの浜からいがいが根駐車場への帰途、この道は田園調布西口の住宅街の雰囲気に似ている。

2017年4月13日 (木)

西伊豆雲見 海金剛

2017.04.13(木)快晴 強風寒し



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管理人さんからは、午後4時までに戻ってください。5時過ぎたらレスキュー要請になりますとクギを刺された。キャンプ場から戻る形で舗装された道路を下る。No.54という表示のある電柱のところから左側の山道に上がってゆく。


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海に向かう山道から磯に下りた。そして取り付きまで登り返した。
人気のルート、スーパーレイン1ピッチ目の取り付きに荷物を置き空身で登った。2ピッチ目終了時にデジカメがないのに気が付いた。落したか?忘れたか?
4ピッチ目を登っているとき背中に落下物を受けた。小さい落石だろうか。ケガなし。もろいところもある。
前回は正月に5ピッチ目終了点から時間切れのため懸垂で戻った。
この日、快晴だが前回と同じように強風が吹きまくり寒かった。ハナミズが垂れっぱなし。
登攀は7ピッチ、懸垂はハンガーボルト2本と残置カラビナを利用して4ピッチで取り付きに戻った。
カメラは取り付き付近でKGさんが発見してくれた。やはり忘れたのだ。

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帰路は磯まで下りてから登り返した。ご馳走様と言えるほど充実の一日であった。

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これは雲見オートキャンプ場の温泉入浴施設

7:45キャンプ場⇒8:55スタート⇒終了13:50、14:00懸垂開始⇒15:20取り付き、15:40取り付きから磯に下降⇒16:30キャンプ場帰着

夕方、下田経由で予約してある伊豆高原別荘地の企業保養所に向かった。西伊豆、南伊豆では桜満開であった。

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夕食はお寿司、「魚磯」には寄れず、「花まる銀彩」の伊豆高原店で注文して用意してもらったが。3人では全部食べきれず。

2017年4月12日 (水)

城ケ崎フナムシエリア

2017.04.12(水)

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K' Houseの玄関前、朝の出発時、フランスからの旅行者は数人でワンボックスのレンタカーで来ていた。ほかにデンマーク、豪州、中国系の若い女性グループなど。前晩は満室だった。朝食はパンで済ませた。また泊まりたいと思った。

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城ケ崎フナムシエリアのクラック

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明るいうちに西伊豆の雲見オートキャンプ場に移動した。この日の客はバイクのおじさん二人、成田からレンタカーできた香港から来た若い男女ペア。前日は富士山方面を訪れたという。
テントを持参していたが、快適なキャビンに泊まることにした。このキャンプ場は2回目。

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こんな感じのバンガロー、このテラスで食事した。

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けっして豪華ではないが、清潔な浴槽の温泉だった

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稲取のスーパーでお惣菜を買い込んで夕食を採った。

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受付棟近くのコーナー、香港パーティは先ほどここで夕食を採っていた。このキャンプ場では一番贅沢なテーブルセットではないだろうか。日の入り時のおすすめスポット。

2017年4月11日 (火)

熱海、伊東へ

2017.04.11(火)

1日目の移動は伊東まで、泊まりは登録有形文化財のホステル、「K'S House Ito Onsen.」、外国人旅行者向けのゲストハウスというところ。行きがけに同行のお二人に熱海の「起雲閣」を案内した。

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伊東市に着くと駅近くのマックスバリュー対面の立体駐車場にクルマを入れた。

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これが伊東市指定文化財の旧木造温泉旅館の東海館
1928年創業、以後、増改築を経て1997年に営業を終えるまで昭和初期の旅館建築の代表的な建造物として高い文化財的価値が認められている。2001年には伊東の温泉観光、文化施設として東海館が再びオープンした。

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伊東市で泊まったところは、東海館隣りにある築100年の旧老舗旅館、建物は登録有形文化財。
Historica lRyokan Hostel  K's House Ito Onsen   外国人向けのゲストハウスだ。泊まる部屋は昔のまま306号室、階ごとにある共同トイレはウオッシュレット、1階の居間や食事スペースは改装され新しく広くて快適。自炊用調理場もある。温泉も真新しく改装されとても清潔で快適。古い日本旅館の雰囲気を十分に楽しめる施設になっていた。@3600/人
夕食は予約してあった徒歩5分のところにある「好きやねん」という海鮮居酒屋に行った。関係者お奨めのお店。

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2017年4月10日 (月)

桜の散り始め

2017.04.10(月)

先週末は小雨で外には出掛けられなかった。

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昨日が満開だったと思う。

2017年4月 8日 (土)

雨で県立体育館のトレーニング室へ

2017.04.08(土)

ストレッチと汗を流す目的で昼から行ってみた。

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市立体育館南側2Fのアプローチ

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トレーニングルームに温水シャワーもあるが、道路を挟んで対面にある市立健康文化センターにはお風呂(9:00-16:00)があり、年輩者には大好評。温水プールもある。隣がゴミ焼却場なので温水はそこから供給されているのだと思う。入浴後電気椅子に座ってから帰った。
市の施設なので利用料金は、昨年春に改定されたがそれでもとても安い。65歳以上は半額で、トレーニングルームの利用@130、お風呂の入浴@130

2017年4月 7日 (金)

自治会管理の広場

2017.04.07(金)

この界隈では自治会ごとに子供たちが遊んだりする広場がある。ここの広場は広く敷地内に自治会館もある。何といっても盆踊り大会がメインイベント。子供たちは7月半ばから8月の旧盆にかけての毎週末に近くの会場をハシゴする。

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2017年4月 6日 (木)

近所の花桃、桜など一気に開花

2017.04.06(木)

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よく手入れされている近所の見事な花桃

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同じお宅の花桃

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公園の老木、ソメイヨシノ、まだ満開ではない

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小学校通学路にあるお宅の花桃

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ここからは、4/4に入った相模女子大,旧日本陸軍通信学校将校集会所のフランス庭園、しだれ桜が8分咲き、ソメイヨシノは5分咲きくらいか

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4/2には咲いていなかった百年桜、3分咲きくらいか

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ソメイヨシノは週末には見ごろを迎えそう

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2017年4月 5日 (水)

春の広沢寺

2017.04.05(水)晴れ

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午前中は初級者向け岩トレ
午後からはレスキュー訓練、①登攀中のトップ滑落、②登攀中のセカンド負傷を想定したパーティ内レスキュー2種類で実施した。


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鱒やさんの桜は7分咲きくらいか

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ここの広沢寺の里ではこれから春の花が咲き乱れ、春爛漫の季節を迎える。駐車場前にはチューリップ畑もできていた。

2017年4月 3日 (月)

春休みの相模原市立相模原公園

2017.04.03(月)晴れ

天気はよいのだが、風が強く少々寒かった。
撮ったデジカメではモードをいじってしまったためか、モノトーンぽく色がなぜかおかしくなってしまった。

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市立公園エリアは遊具施設が整備され、隣接している県立公園とは異なり子供たちには大人気だ。

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小学校の始業式は4/5からで、ちょうど春休み、平日だが多くの子供たちが遊びにきていた。

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小学生対象のフィールドアスレチックエリアでは、これが一番人気。行列ができていた。落ちる心配はない。子供はそれなりに必死にしがみついていた。ケーブルで滑るのが楽しいのだと思う。

2017年4月 2日 (日)

地元相模女子大キャンパス 花見会

2017.04.02(日)晴れ

 相模女子大は、ある大学ランキングで「地域貢献度No.1」と評価されているそうです。PRしていた。全学挙げて取り組んでいるのだと思う。結構なことと思う。普段でも入口で受付をすれば、敷地内に立ち入ることができる。構内案内のチラシも用意されている。
 戦後の昭和21年にここに移転してきて現在に至っている。敷地の前身は旧陸軍通信学校である。推測だが終戦とともに廃されたため、都合よく入手することができたのではないかと私は思う。いま流行りの言葉で言えば「忖度」が効いたのだと思う。戦後のどさくさの時だ。結果よかったと思う。戦後復興に寄与できたと思う。「忖度」は透明性には欠けるが悪いことばかりではない。

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今年の桜満開の予測は難しかったと思う。1週間はズレてしまったようだ。イベントは予定どおり行われた。

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構内には旧陸軍の痕跡がほかにもあり保存されている。

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旧陸軍通信学校将校集会所前に辛夷(こぶし)が満開、辛夷は桜満開の前に咲く。遅れている。

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将校集会所まえに併設されているフランス庭園、ここのしだれ桜は7分咲きというところか。

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見ごろ少々前である

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花桃が満開を迎えている

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「大寒桜」はほぼ満開であった

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この樹木の名前が思い出せない

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この老木は「百年桜」と名付けらていた。旧陸軍通信学校時代からのソメイヨシノだそうで、まだ一分咲きにもなっていない。今年は開花が遅い。ここは郊外で都心より気温の低い日が続いた。

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開放的なグランドで、ブルーシートが敷かれたり、テーブルセットも用意されていた。売店も出ていたが、さすがにビール類は売られていない。大阪であれば有りと思うが・・・。

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4月にユキヤナギ、遅いと思う。3月に沈丁花のあとにハクモクレンとともに咲くはずだが・・・。

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こんな池もある。
ソメイヨシノが満開の時にまた来ようかと思っている。

2017年4月 1日 (土)

春の熱海温泉 ~ 起雲閣

2017.04.01(土)小雨

昨日、ファミリーで熱海に来て1泊した。クルマは息子に運転してもらった。食事前と寝る前に入浴した。
翌朝、朝6時と食事後の8時半に文庫本を持って入浴した。

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今回は小さいほうの浴室だった。某企業の保養所でこの日は4グループだけの客だったので、貸し切りみたいなものだった。ゆっくり浸ることができた。

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小学生低学年なのに・・・、マッサージを楽しむなんて・・・、ひょうきんな孫の女の子

 今回は帰路に熱海の観光名所でもある「起雲閣」に立ち寄った。大正・昭和の浪漫あふれる名邸である。
1919(大正8)年に別荘として築かれ非公開の岩崎別荘、今はなき住友別荘と並び「熱海の三大別荘」と賞賛された名邸が基となる<起雲閣>。1947(昭和22)年に旅館として生まれ変わり、熱海を代表する宿として数多くの客を迎えた。
 三代のオーナーを経て2000年(平成12)年に熱海市の所有となり文化と観光の拠点に加わった。イベントや施設の貸し出しを行っている。
※熱海市指定有形文化財

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表門は1919(大正7)年に創建され藥医門といわれる造り

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 和館1階にある麒麟の間 群青色の壁は戦後旅館になってから塗り替えられたもの。戦後のオーナーが金沢出身で加賀の青漆喰と呼ばれる伝統的技法を採用した。床の間と畳敷の境に注目。柱を立てないことにより空間を広げ開放感をだしている。

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 これは和館2階にある大鳳の間
 初代オーナー(1918-1925)、内田信也は第一次大戦の戦争景気で財を成し海運王と呼ばれた。実母の静養の場所として建てた別荘で伝統的な和風建築のたたずまい。1階2階とも廊下の透明度の高いガラス戸に注目したい。説明してくれました。特注のガラスを採用しているとのことだった。

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2階大鳳の間から眺めた1,000坪の池泉回遊式庭園。眺望を楽しみ散策を楽しむことができる庭園になっている。

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洋館にある開放感あふれるサンルーム、装飾にも注目したい

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洋館金剛に併設されているローマ風浴室
二代目のオーナー(1925~1944)は、東武鉄道の根津嘉一郎で洋館を整備した。

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 3代目(1947~1999)のオーナーは桜井兵五郎で旅館(起雲閣)を経営。1999年に旅館廃業、競売物件となり、2000年に熱海市が取得して一般公開を開始した。起雲閣の名称は旅館時代に名付けられた。
 現在の施設運営の実務は指定管理者、「NPO法人あたみオアシス21」の地元のおばちゃんたちが行っている。
 おばちゃんたちは、熱海特産の柑橘、ダイダイを使った橙マーマレードを作り販売している。正月飾りのあの柑橘だ。そのままでは食べれないシロモノ。玄関口で受付とチケット販売もおばちゃんだ。起雲閣内のガイドもおばちゃんたちだ。一時法人需要の低迷などで落ち込んでいた熱海も現在は、個人需要を掘り起こして活気がでている。立ち上がったおばちゃんたちが、一役買っているのだと思う。

2017年3月30日 (木)

サクラの開花

2017.3.30(金)

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郊外なので開花は都心よりやや遅い。相模大野にある黒河内病院には信州高遠から持ってきた小彼岸桜があり、毎年、入院している患者さんだけでなく、近所のお住まいに皆さんにも喜ばれ満開となっていた。ソメイヨシノよりやや早く咲く品種だ。

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これは近所のソメイヨシノでまだ一部咲きにもならない。

2017年3月28日 (火)

安田講堂での公開講演会

2017..3..28(水)

テーマが学生時代に興味のあった分野だったので、最先端の話を聞きたいと思い、東京大学の本郷キャンパスにある会場の安田講堂に行ってきた。
この講演会は定員800名、事前申し込み不要、無料ということで、特に高校生や大学生の参加を呼び掛けていた。

自室に学生のとき出会った一冊の本、今堀和友著「生命と分子」1968.11.30 2版 ダイアモンド社刊がある。

生物化学分野の分子生物学と酵素化学から生命活動のオオモトともいえる生体高分子について、大学新入生クラスを対象に分かりやすく解説している本で、いまでも大切に保管してある。

当時の農学部の講義でも生物化学の講義があったような気がする。ワトソンとクリックの提唱(1953年)したDNA二重らせんのモデル構造に関するものがあったと記憶している。二人は1962年のノーベル生理学・医学賞を受賞し、歴史に名を刻むこととなった。ちなみに20世紀の3大発見は、つぎのものが挙げられている。その一つだ。
1.アインシュタインの相対性理論 ※物理系は私にはとても理解できない
2.フレミングの抗生物質の発見
3.ワトソンとクリックのDNA二重らせん構造解析

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正門 明治45(1912)年竣工   
※登録有形文化財

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安田講堂、安田善次郎氏の寄付により大正14(1925)年に竣工。高さ39.7m。現在は式典・公開講座・五月祭などで使用されている。
※登録有形文化財

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安田講堂前の広場地下に生協中央食堂があった。会場の座席を確保したあと、遅い昼食をここで食べた。とろろ、豚汁定食@550

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機器調整中の講演会会場

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閉会後、時間があったので三四郎池を1周してみた。
この池の正式名称は、旧加賀藩屋敷「育徳園心学池」。夏目漱石の小説「三四郎」以来、この名で親しまれている。
※本郷地区キャンパスガイドマップより

私の父は大正4(1915)年生まれで、養子に出された先がここ本郷で、生意気盛りの子供のときにここに入り込んでよく遊んだという。当時三四郎池にボートがあって遊んだらしい。隣接したところに医学部の施設があり中ををのぞき込んでエライもの?を見てしまったという。

【講演会内容】
①分子生物学最先端の研究者は、遺伝子の二重らせんを解きほどき、切断するだけでなく貼り付けたり編集することができるようになって、その結晶構造を突き止め作動機構を解明するに至っている。様々な遺伝疾患の遺伝子治療を近々の目標としているとのこと。
②ファインケミカルズの世界では有機合成化学で得られる安価で簡単な構造の原料から製造されているが、革新的な製法の開発に成功した。タンクや釜を用いるバッチ法から触媒を充填した管などに原料を流すフロー法を開発した。廃棄物を圧倒的に減らし、省エネ、省スペース、省コストのモノづくりとして、ものづくり日本への回帰、製薬産業の競争力強化に貢献ができる。
③医薬品開発の主流は長い間有機小分子剤であったが、標的タンパク質へ高い特異性をもつ抗体が近年盛んに開発されている。タンパク製剤の毒性やコスト高といった患者負担から、有機小分子薬剤なみの低い分子量をもつ第3の医薬品開発の期待が高まっている。そういった中で医薬品として開発できる特殊ペプチドの創薬イノベーションについて解説された。発表者は創薬ベンチャー企業の立ち上げに成功した研究者だ。

科学の最前線をのぞかせてもらったような気になった。基礎研究から応用への距離が短くなった事例だろうか。モノづくりの日本は健在だと思って少し安堵した。しかし科学と技術進歩のスピード競争に遅れたら落伍することには変わりない。
近年この分野の進歩はスゴイ。個々のDNAで4つの塩基配列の決定に取り組んでいたかと思っていたら、いまはエックス線回析により高度なCGで分子の立体構造が目でみられるようになっている。分析手法の進歩には驚かされた。

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